48. フィオナ・マルト
ゼーフェンの街の東部、ナウル湖に面した港湾部に港を見下ろす広大なベルデンソン商会の商館兼屋敷にミリアは居た。
イレナの実家であり忙しい時間帯にサボってやってきたヨハンナと共にミリアはイレナの自室で集まっていた。
ミリアの愚痴に友達二人が付き合ってくれているのだ。
ミリアはナガマサを王家と繋がりの有る異界人の医師でゾンビ屋を見学に来た人だと伝えている。
異界にはゾンビはいないらしいし、今はこの世界でもゾンビ屋は珍しい存在になっている。そのため、ナガマサの存在を隠せないと踏んだアーシアが決めたナガマサの設定である。
「そりゃ、酷いな。キモイよな」
「だよね。気持ちが混乱するのわかるよ」
「そうなの!別に何とも思ってない奴に上から目線で言われたんだよ」
ミリアの心を困惑させたナガマサの言動。一度誰よりも高く持ち上がれられてから下に叩き落されたような思い。その言いようの無い不条理な扱いを受けたミリアの気持ちを友人達は共感してくれている。
「好きでもない女にベラベラお世辞を言ったりしねえよ。そいつは絶対ミリアに気があるんだぜ。ふざけやがって!」
イレナの大切なミリアが傷つけられた。その異界人を許せないイレナである。
「間違いないね。異界人て魔力が強いのが多いから調子に乗ってるんだよ。それでミリアを見てちょっかい出したんだ!本当はミリアが好きなんだよ!」
様々な情報に接しているヨハンナは異界人の噂もよく耳にしている。この異世界では魔力の強さは能力の証。この異世界に転移してくる異界人たちは強力な魔力持ちが多いので、様々な噂となるのだ。もっとも、実際に異界人を目にする機会などはこの辺りの住人には、ほぼ無くヨハンナもイレナも異界人を見た事は無い。
「でしょ? やっぱりそう思うよね?」
ミリアは生まれて初めての賞賛と拒絶を立て続けに味わい混乱していた。そして、受ける必要の無い痛みを負ってしまっていた。だが、そのショックは共感してくれる友人達のおかげで軽減し消え去ろうとしていた。
「でも、大丈夫か? しばらく、うちに泊まっていくか? イエソドからの客だと追い返すわけにもいかないだろ?」
イレナはミリアを気遣って、自分の部屋にミリアを逗留するように勧めている。
彼女達3人は皆、富裕層ではあるが身分的には庶民に過ぎない。身分の差からくる権力の圧力に抵抗しきれるとは限らないからだ。
「それは大丈夫だよ。その気ならお父さんの話を断らないだろうしね」
「確かにそうだよね。 よく分からない男だよね?」
ヨハンナもミリアの話を聞いても、ナガマサの意図が読めない。ミリアは嘘をつく子じゃないし、その異界人はミリアに気が有るはずだ。はず、なのかな?ヨハンナはほかの可能性を聞いてみる。
「ソニアちゃんの言う通り、その異界人は変わり者なのかな? もしかして、ほかの女の子に手を出そうしてるとか?」
「あ~それあるかもな。ミリアの所にはドラゴン好きの暗い女いただろ?あっちのほうが簡単に落せそうだからじゃないか?」
「うん、それあるかも。美人のオバサンもいたでしょ? その男歳上が好みなのかもよ?」
元女医のドロテアは26歳。15歳の彼女達からしたら、可哀想だがオバサンである。
「それは無いかな、、、(あいつ、私しか見てなかったし)」
ミリアは思い出していた。ミリアしか見てなかったどころではない。キッカは必死のアピールも空しく相手にされず、ドロテアはその存在さえナガマサは気が付かなかっただろう。
「そっか、やっぱただの変わり者かな?」
「そうなるね」
イレナたちも、ソニアの異界人変わり者説で納得しつつあった。ただ、だとしたら珍しい異界人への興味は残る。
「やっぱさ、異界人て凄い?」
「どんな感じなの?」
「それは凄かったよ。私が最初に会ったんだけどね。噂以上に魔力は強いしさ、すっごく高そうな蜘蛛糸の服を着ててね」
ミリアは友達に異界人の凄さを説明しながら、思い出していた。
あのドラゴンはミリアがアナンケと名づけたのだ。キッカの名前も良かったのにナガマサはミリアの案に決めてくれた。
そして、そのアナンケとの契約時に見せたナガマサの莫大な魔力。それを使い巨大なドラゴンを屈服させ僕に変えるナガマサの姿にミリアは心底度肝を抜かれた。
同時に、巨大な魔力を意のままに操る男の姿は理屈抜きに凄くて、胸が激しく鼓動していた。その事もミリアは思い出していた。いや、認識していなかった事実に気が付いたのだ。
そして、そのミリアをドキドキさせた男は、どう考えてもミリアに気がある?
「あれ? どうしたミリア。顔真っ赤だよ?」
「なんでもないよ!」
「てかさ、さっきからミリア笑ってない?」
☆
クルツ城の地下工房は、しばしの休息に入っていた。
ナガマサの訓練は順調に進んでいたが、研究員達の魔力と体力が限界に来てしまったのだ。この異世界では消費した魔力はその瞬間から回復が始まる。ただ、その回復速度は周囲の環境に大きく左右される。
魔力濃度の高い所では当然回復速度は速く、逆だと遅い。その濃度差はまちまちなのだが、通常人里では魔力の回復量が低く、山野では回復量が高い。
クルツ城は街道から離れた山中にあるので、魔力が枯渇するまで魔法を使っても30分もすれば全快する。
その為、気力と体力と魔力を回復させるべく休憩に入っているのだ。
ナザリオと研究員達が疲弊して、地下の実験室を離れ旧居館で各々休憩に入っている。地下の実験私設には飲食物は持ち込み禁止なので、上でコーヒーでも飲んでいるのであろう。
ただ、ナガマサだけは特に消耗もしていないので、復活させた騎竜を眺めていた。これはこのアクィナス家の所有物なのでナガマサと契約する訳にはいかないが、人に危害は加えないように施されているの安心して見学できる。
そこに、ゲームを終えたヤンスとソニアが近づいてくる。
「ナガマサのお兄ちゃん、凄いね! 全部成功だね!」
ソニアは小首をかしげながらナガマサを見上げる。
「うん、医術と共通点が多いから助かってるよ。でも、死霊術も勉強になるから、俺もありがたいよ」
ナガマサは先ほど窮地を救ってくれた小さな少女に優しく応えた。彼は美少女というものは根拠無く善良であると信じている所がある。
「お兄ちゃんのおかげで、この竜は凄く良い出来になりそう。もう実験ていうより騎竜の生産だよ」
ソニアは両手を後ろ手に組みながら、さり気なくナガマサに近づく。
「そうなの? ゾンビの良し悪しって何? 俺のいた世界ではゾンビなんて居なかったから、その辺りは分からないんだ」
「えっとね、うちのゾンビはかなり質が良い事で有名なんだよ。お父さんがうるさく魂と肉体にリンクに拘ってたでしょ?」
「うん、すっごく細かい指示だった」
もっともナガマサにとって至近距離での細かい魔力の操作はお手の物だ。何度もクリス達と実験してそれはよく理解している。指輪の特性によりそういう効果があるとナガマサは考えていた。
それは医師としてだけでなく、ゾンビ製作においてもとても有利な条件であった。さらに医師もゾンビ屋も人体、もしくは生物の身体を取り扱う為か両者には似通った魔法技術が多かったので、実験も速やかに進んだのである。
「それくらい細かく魂と肉体をリンクさせて魔力を循環させるとね、死体が長持ちするんだよ。生者みたいに動かせるの。そうなるとゾンビの性能も跳ね上がるの。後は半年に一回くらいメンテナンスすれば半永久的に使えるみたい」
「そういえば、ベルム・ホムのゾンビもそうっすね」
ベルム・ホムの地下深くの坑道、ゴブリンでさえ近づけない場所で鉱夫として使われているゾンビ達。彼らのメンテナンスも半年に一度ほどだ。
「それはマキナ公との契約だよね? ベルム・ホムのは大口契約だし、その縁でウチがこの城に引っ越してきたらしいよ」
高い技術を認められてアクィナス家がツェルブルクに来たのは、ソニアやミリアの祖父デボルトの時だ。今はナザリオの研鑽も加わりさらに高度な技術を持つに至っている。
「なるほど。じゃあ、ナザリオ先生の目標っていうのは高度なゾンビを商品化する事なのか?」
「まさか~。そんな小さい目標なわけないよ」
ナザリオはその目的の為に死霊学者としての未来を捨て、アクィナス家に実践の機会を求めてやって来たのだ。その背景にタイタニアの国是がある。魔王禍により死霊学の研究は実践する事ができなくなり理論のみの場となった事実があるのだ。
「お父さんのライフワークだよ」
そう言ってソニアは猫のような目でナガマサを見上げる。
「いやいや、別に知りたくないっすよね? ナガマサ様はゾンビ屋になるわけじゃないっすから」
ナガマサはヤンスの目を見る。その目がナガマサを制止しているのは彼にもわかった。ヤンスなりにナガマサを心配して止めているのだ。
だが、
「知りたいな。魔法を使ってさ、死者の魂までを使って、ナザリオ先生は何をしようとしてるのかな?」
それは、ナガマサの素直な気持ちだ。
魔法を使える世界の人たちは何をしようしているのか? ナザリオは娘のミリアを差し出してまで、何かを欲している。それが知りたくなったのだ。
ソニアはナガマサを見上げながら、後ろ手に組んだ両手をゆっくり顔の前に持ち上げ、自らの口を覆い隠す。
「お父さんは死者を蘇らそうとしているんだよ。動く死体じゃなくて、生きている人間をね。成功したら神様に近づいちゃうよ」
ナザリオが目指しているのは、神の御業。
実在の人物として歴史書に刻まれている成功例フィオナ・マルトである。
ただ、それを実現させたのは契約神ミフラ。
神の伝説へ挑戦しているのだ。




