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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
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47. エンジェルソーサー


「やるねヤンス君。じゃ、私はロングボウを前進っと」


「むう。おいらのナイトの動きが封じられるっすね」


 ヤンスとソニアが『チャルマ』と呼ばれるボードゲームに興じている。この世界の将棋のようなものである。対人戦争を模した物なのかドラゴンやらグリフォンやらは出てこない。そのおかげでゲームバランスが良く日本の将棋などと同様にプレイヤーの能力で優劣が決まる。


 ソニアとヤンスが向かい合っている小部屋は、ある広い空間の隅っこにある。その場所では、ナガマサが訓練を受けていた。


 ここはクルツ城の旧居館の地下。本来の防御設備の中心であり、普段仕事に使っている工房より優れた設備がある。ここでは、高度な実験を行う施設でありオーダーメイドされた高額な商品を作る工房でもある。

 さらに、今更であるが城の地下ならナガマサの巨大な魔力を使っても目立たないのを考慮した結果だ。


 ナザリオが望む実験に挑む前に、彼の工房のやり方を教えるだけでなく、ゾンビ製作の為の細かい技術も伝えなければならない。つまり、実験を行う為にナガマサの技術を上げ、チームとして機能するように訓練しているのだ。


「先生、各部の準備整いました」


「うむ、私が全身の血脈を受け持つ。さあ、ナガマサ君、さっき教えた通りもう一度だ。トニーが君をサポートしてくれる」


「わかった。じゃ、始める」

 ナガマサは莫大な魔力を小型のドラゴンに注ぎ込む。小型と言っても騎竜に使われるドラゴンであり『ラブ』と同種のものだ。この訓練も3度目、もしナガマサがアクィナス家でラブと同型のドラゴンゾンビを作成できれば、その金銭的価値は大きい。尖塔の修理費は十分カバーできる事になる。

 


「ソニアさんは守りが堅いっすね。それはそうと、さっきは助かったっすよ」


「え? 何が? てかさ、私はこのゲーム何年もやってるけど、ヤンス君は今日初めてでしょ? そっちのが凄いよ」


「そっすか?嬉しいっすよ。」

 ヤンスは目を輝かせて喜ぶ。初めて手にした人間のボードゲームはとても新鮮で彼の知的好奇心を強く刺激していた。

 だが、今それはどうでもよい。ヤンスはソニアにお礼を言いたいのだ。

「ほら、さっき、おいらのご主人様を助けてくれた事っすよ。ナガマサ様大ピンチだったっすよ」


「あはは! さっき、私がエンジェルソーサーにのって到着した時の話だね。ナガマサさんには私が天使だったのかな?」

 ソニアは快活に笑うが、まさにナガマサにとっては天使の如くの活躍だった。

 

「そっすよ、ナガマサ様はソニアさんの背中の羽を捜してたんじゃないすかね」


「あはは!でも、私が言わなかったらヤンス君がなんとかしたでしょ?」

 ソニアは何の気なしに笑っていた。

 特に仲良くなく人間関係の薄いゴブリン相手だからかだろうか。


「いやいや、おいらじゃソニアさんみたいに華麗にさばけないっすよ」


「え~事実を指摘しただけだよ。あ、その砦兵もらい!」


「ええ! ここから詰むんすか?」

 それは、ソニアの妙手はヤンスが読んでいない手筋であった。



 少し時間を戻してアナンケの上からヤンスが人間を見下ろしている時に、ソニアがスベンに引かれて其の場に飛び込んできていた。

 ちなみに、ソニアが乗っているエンジェルソーサーとはソニア自作の魔法道具である。クルツ城に転がっていた廃品の大型の御盆にマナタイトの屑を練りこんだ塗料を塗っただけのものだ。

 自分の魔法を安定させるという効果だけがある単純なものだ。それを使って自身を魔法で浮遊させ犬ぞりのようにスベンの脚力と鼻を頼って移動してきたのだ。


「え? 何も問題ないじゃない? お姉ちゃん何を怒ってるの?」

 ドラゴンとナガマサの魔力の巨大さにひとしきり驚いた後、事情を聞いたソニアはあっさりと言ったのだ。


「何って、話聞いてた?」


「聞いてたよ。ナガマサさんは契約に異論があるだけじゃないの?だって、彼異界人じゃない?」


「異界人?」


「うん、昨日お姉ちゃんに大きな魔力で相談したでしょ? あの時から王族じゃなさそうだし、異界人さんじゃないかって思ってたんだ。」

 ソニアは昨日、ナガマサの魔力を感知した時点で彼の正体を異界人だと推察していたのだ。そして、今日、自分の眼で見て、姉の話を聞いて確信したのだ。

 そして、ソニアの確信はナガマサに自分が異界人である事を認めさせた。そうしないと問題が拗れたままであると理解させたのである。

 その結果、ミリアは怒りを解いた。

 ナガマサが異界人であるなら、彼の考え方が奇矯なのは納得できるのである。彼らの奇妙な考え方はこの世界ではよく知られていたからだ。


 ミリアの怒りと不信が解ければ、後は特に問題はない。むしろ、ナザリオが望む結果だけが残っていたのだ。



 回想が終わるや否や、ソニアの鬼手が決まった。

「はい、私の勝ち!」


「あうっ! また、負けたっす。強いっすね」


「いやいや、さっきルール覚えたばっかで、私とまともに戦えるのって凄いよ。本気でやったら、ヤンス君凄く強くなるんじゃない?」

 ソニアは父ナザリオの薫陶により、このゲームは滅法強い。少なくてもゼーフェンの学校で教師達を含めても彼女に勝てるものはいなかった。


「はあ、嬉しいっす」

 このゲームは気に入ったヤンスであるが、本気でゲームに打ち込むという意味はよくわからない。


「ああ、ヤンス君は知らないかな? このゲームで食ってる人いるんだよ。凄く強くなるとお城とかで働けるよ」


「えええ?! マジっすか? 」

 ヤンスが知る衝撃の事実である。彼が思いもしない事が世界には溢れている。


「マジっすよ~。今、お母さんが向かってるお城じゃなくて、イエソドとかジュノーとかのでっかいお城だっていけちゃうよ」


 今、アーシアとミリアはゼーフェンに行っている。

 ナガマサが異界人である事を吐いたので、それをゼーフェンを治める王族の許に報告に向かっているのだ。

 ナガマサの巨大な魔力がクルツ城で出現した以上、それを隠し通すのは、まず無理だ。そのため、直に報告に出向いていた。

 ミリアも竜車の御者として、アーシアのお供を志願している。

 ただし、ミリアの本当の目的は言いようの無い気持ちが彼女の心に渦巻いているからである。ミリアは今どうしても、友達に会いたかった。


 

「それでさ~。ナガマサさんは目的って何?」

 ノンビリとした口調でソニアはヤンスに再び語りかける。

 

「それは、さっき話したっすよね。アナンケの処置に困ってたんすよ。おかげで助かったっすよ」


「違うよ~。ナガマサさんの使命ってやつ? さっきの話の感じだとあるんでしょ?」


「え、えへへへ」

 笑って誤魔化すヤンスだが、もちろんそんな間抜けな事は言っていない。


「あれ? お礼に教えてくれたりしないんだ? ま、いいか、直接ナガマサさんに聞いてみようかな」


「・・・・・・」

 ヤンスがドラゴンの上から観察していた人間達。そこでヤンスは人間達の査定も行っていた。

 彼が要注意と目していたのは、アーシア一人だったのであるが、その査定は間違いだった事を彼は悟っていた。

 ソニアにかかれば、ナガマサがあっさり口を割る図が目に浮かぶヤンスであった。



 その時、実験していた人々から歓声が上がった。

「おお!凄い!」

「成功した!」

「おまえ、もうミリアと結婚して此処で働けよ!」


 その言葉に、ナザリオが何か苦言を呈しているようだが、ヤンスたちの居る所までは聞こえない。


「あれ、また成功したみたいだね。これで3連続か、凄いね」


「そうなんすか?」


「うん、3回目のは多分、循環器系と魂のリンクが必要なんだよね。その為には、メインの魔導師は強力な魔力を維持しながら、細かい作業を素早く大量にやらないとダメなんだ。時間がかかりすぎるとアウトなの」

 

 ソニアは、まだ13歳だが既に実験の内容を理解している。ナザリオがレベルの高いタイタニアの大学に進学させたがるはずである。


「でもさ、一番驚くのはナガマサさんの魔力総量だよね。ここまで、魔力使ってながら全然魔力が涸れる気配すらない。不思議だよね?」

 

 ヤンスはソニアの視線を受けて、一つだけ彼女に情報を贈ることにした。

「ソニアさん、色々思う事はあると思うっすけど、あと少し待って欲しいっす。今はナガマサ様は動けないんすよ。少し事情があるんす」


 ソニアはヤンスに視線で先を促す。


「その時間は、1年ほどっすね。正確には後11ヶ月くらいっす。それまで、ナガマサ様がどれだけミリアさんを気に入っても、一緒に旅に出る事は絶対ないっす。それまでは、この国のどっかに居るっすよ」


 ヤンスの言葉に反応してソニアの瞳は蠢く。

 彼女の目は母アーシアに似て、猫のような目である。



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