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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
43/110

42. それはNGワードです


 ようやく現場に到着したアーシアは驚きで息を飲んだ。

 クルツ城の南部に本当に巨大なドラゴンが大人しく立っているのだ。

 そのシュールな情景を見れば、それがドラゴンゾンビだと納得しないわけにはいかない。ドラゴンを使役する困難さはこの世界の常識である。


 そして、アーシアをさらに驚かせていたのは、来訪者の姿だった。

 セレンからの報告によると、何故かミリアが仲良く話している相手は、黒目黒髪の魔相の持ち主だという。確かにイエソドの王家に多い異相だが、顔の造りに特長がある。それは、ツェルブルクには一人も居ないはずの異人の相なのだ。

 もし、彼が異人ならツェルブルクは異人協定を無視しているという証拠だ。

 異人が出現すれば、それを公にする決まりだ。もっとも、裏では各国とも協定など遵守しているかは怪しい。少なくてもアーシアはそう思っている。

 言うまでもなく、そんな秘密を知ったらろくな目に合わない。絶対知りたくもないアーシアである。 


 そして、さらに驚くことは来訪者の衣装だ。その着ている衣服は高価な蜘蛛糸であるのも珍しいが、問題はその意匠だ。まだ直接目視するには少し遠い。だが、セレンの念話によると天空に浮かぶ巨大な単眼。それにひれ伏す人々の図柄であるという。

 その独特の意匠の単眼は明らかにミフラ神を指す。

 庶民には恐れ多くて、明確に神を示す衣装を身につける事はできない。 

 特にミフラ神はツェルブルクの主神であり、その祭祀を司るのはマキナ公だ。であれば、その衣服を身につけている者の身分も極少数に限られるのである。


 何よりも。

 何よりも老舗のゾンビ屋「エリクサーの瞑眩」の責任者であるアーシアには、信じられないのだ。

 これほど巨大な竜をゾンビとし、自ら使役する者の存在を、である。

 アーシアたちが現在所持している、騎竜のドラゴンゾンビでさえ大変な労力を要して完成させたのだ。


 アーシアは、目の前で娘のミリアと親しげに話す若い男が恐ろしい。

 どれだけの力量があるのか?

 どれだけの身分のあるのか?

 さっぱり理解できない。

 彼女はこの望まない客の真意を掴まなければならない。


 アーシアは来訪者にこの城の責任者として挨拶する為に歩み寄る。

 そうする事により来訪者がとても若い男とゴブリンである事がわかる。男はミリアと変わらない年頃のであり、ゴブリンはあまり見かけない服装をしている。

 クルツ城は双子岩のウィズルというゴブリンの縄張りの中にあるのでアクィナス家の人々はゴブリン達を見慣れている。やってきた見慣れないゴブリンはやはり、ベルム・ホムから来たのかもしれない。そこはマキナ公のお膝元だからだ。

 

 挨拶すべく接近したアーシアに彼らの会話の内容伝わってくる。



「だから却下だ!何回も言わせるなよ!」


「酷い!贔屓だ、エコ贔屓だよ、ズルイ!」

 キッカが激しくナガマサに食い下がる。何としても手柄欲しくて逆効果になってしまっている要領の悪い娘である。


「まーまー、落ち着いて欲しいっす。」

 

「俺は落ち着いてるよ。でも、日本人的にダメなんだ」


「なんでよ!あの白いやつ の名前にぴったりじゃん!」


「だーっ!だから、言うなって!お前の名前も日本の伝統でギリギリなんだぞ!」

 ナガマサがキッカに強くダメだしをする。

 いくら世代じゃないナガマサだって、それはダメだと分かっているのだ。


「人の名前をギリギリって何?それに私の出した名前案は、テラ・タヌスの旧い言葉で『燃え上がる』ってカッコイイ意味なの!ガ――」


「燃え上がれとか言うなって!!ソレは日本の文化的にNGなんだよ!」


「キッカ興奮しないで。ナガマサの国の伝統じゃ仕方ないじゃない。ナガマサのドラゴンなんだし。意地悪じゃないよね?」

 ミリアがキッカを宥めながらナガマサの立場を思いやる。


「そうなんだ。ちょっと文化的な問題があってね。ミリアはなんか名前の案ある?良かったらドラゴンの名前つけてみてよ」


「え?いいの?」

 ミリアは顔に手を添えて思案する。

 その様子を見て、キッカは何か黒いものが胸の奥から噴出するのを感じる。

 

 そしてすぐ近くまで接近しているアーシアは思った。

 この子たちは何をしているのだろうか?と

 アーシアは声を掛けるのを少し待つことにした。


 普段は人一倍鋭敏な感覚を持つ娘のミリアは背を向けているとはいえ、アーシアに気が付かない。

 また、従業員の大人しい女性であるはずのキッカは見た事の無い表情でミリアを睨め付けている。

 つまり、何を話しているのか興味を持ったので気配を消して聞き耳を立ててみたのである。

 


「えっとね、アナンケでどうかな?物語に出てくる竜の名前なんだけど」


「いいね!ドラゴンに聞いてみよう」

 ナガマサは今度はちゃんと意識して念話でイメージをドラゴンに伝える。

 彼は魔力が桁外れに大きい為か、不器用な面がある。普通なら意識して使う念話や周辺探知の魔法を無意識で使ってしまっているのだ。

「お前の名前はアナンケだ!アナンケ、分かったら返事しろ!」


「キュオオオーーン!!」

 ドラゴンはナガマサの問いかけに咆哮で答えた。


「これで問題解決っすかね?」

 ヤンスが背の高いミリアを見上げながら質問する。


「うん、さっき聞いた問題ならこれで大丈夫だよ。動物は名前ないからね。人間が名前付けたらいいんだよ。大事なのは本人が納得する事だから」

 ナガマサはイきりながらミリアに色々と話していた。念話がダダ漏れになって好意が暴走しもしたが、事情もよく伝わっている。

 動物には言葉そのものは通じないが、人間の意図は通じる事は珍しくない。ペットである犬、猫を初め馬や牛なども人間の意思を理解し、また自身の意思を人間に伝えてくる。これは動物に接している人間なら誰もが知っている。

 ナガマサはドラゴンが相手だという事で構えてしまっていたが、要するに念話という魔法技術で効率よく意思疎通すれば良いのである。


「さすがはゾンビ屋さんだね。助かったよ」


「何が流石よ!」

 一人納得できないキッカは両手を拘束されたままだ。 

「私は納得してない。私は『この白い奴』を『燃え上がる』って意味のガン――」


「うるさい!ヤンス、こいつを黙らせろ!」

 日本の文化的NGを決して許さないナガマサなのだ。



 アーシアにはさっぱり理解できなかった。

 何故、ドラゴンの名前ごときに拘っているのかが。

 アーシアの常識では、そんな物の為にわざわざやって来る人間はいない。

 何か、他の意図が有ってクルツ城に来たはずなのだ。


 だが、ナガマサの用事はほぼ終わりである。

 キッカを黙らせて、アナンケと名づけられたドラゴンに冥界法が通用する事を確かめたら、ナガマサがこの城いる理由は無くなる。

 ほっといても、ナガマサとヤンスは帰るだけだ。

 


 

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