41. 念話それは普遍的な魔法技術
「離せバカ!私はドラゴンに乗るの!!」
キッカの黒衣を衛兵ゾンビ達が捕らえ拘束している。依然抵抗しているキッカだが2体のゾンビに両腕を摑まれては身動きできない。
黒衣とは長袖で膝下までの長さがあるコート状の丈夫な作業着だ。つまり、黒色の白衣だ。この世界では葬儀屋の代名詞でもある。ゾンビ屋の仕事には血液や体液の汚れが日常茶飯事なのでうってつけの作業着である。
「キッカは捕まえたよ。それとドラゴンはドラゴンゾンビだったの。ビックリしたけど、大人しくしてるし間違いないと思う。なんかウチに用があって来たんだって。私がお相手してるから、父さんか母さんにコッチに来てもらって」
ミリアはセレンに状況を伝えた。
ドラゴンに乗る人に敵意が無いと判断したのだ。ドラゴンを自在に操れるなら、キッカの暴走など簡単に処理できる。だが、それをせずに穏便な対処をしてくれていたからだ。
「ありがとう。今、そっちに降りるよ」
ドラゴンの主は、竜を兵舎の屋根から降りるように思念を送っている。
何故かそれを感受したミリアの目の前にドラゴンの巨体がふわりと着地する。
此のドラゴンは降りる時は背中側の傾斜を利用して尻尾の方から地面滑り落ちるように移動するらしい。
尻尾側に降り立ったドラゴンの主は何故か冬用のローブとごつい毛皮の手袋をしている。
アーシアはナザリオと共に現場に向かっている。臨月のセレンと幼いソニアの二人は居館に残している。
彼女はセレンの報告により、少し状況が理解できた。ドラゴンの襲撃と違って、危険は無いようではあるが、不吉なのは間違いが無い。
邪魔な対空結界を破壊して強引にドラゴンで乗り付けるような乱暴者が来訪しているのだ。
セレンの報告によると来訪者はマキナ公の使者だという。本当だったら、絶対に逆らえない相手だ。何の用件か分からないが頭が痛くなりそうなのだ。
そして、ドラゴンは実はドラゴンゾンビであるという。信じられない話だが、現実にクルツ城にそれが来ている。
アーシアはその意味を考えるとやはり頭が痛くなりそうだ。
なによりも、のんきにミリアがその使者とお話をしているらしい。
才があるとか言われているが、ミリアはまだ子供だ。世間の恐ろしさを知らない。アーシアの足は必死に城の南部に向かうのだった。
城の南部では、権威を見せつけ城の修理代をうやむやにする作戦を遂行するはずだったナガマサ。だが、彼は何故かイきりまくっていた。
「だから俺はただ一人ドラゴンに立ち向かったのさ。人々を苦しみから救うのが勇者たる俺の仕事だと思ってるんだ。もちろん何の見返りも期待していないよ」
「うわ~凄いですね」
「いや~それほどでも。それでも殺生してしまったこのドラゴンが哀れに思えてね」
「ドラゴンを哀れですか?すごいです」
生まれて初めて美少女に褒められて、有頂天になっているナガマサ。
もし、ナガマサが異世界に転移せずに日本でそのまま生活していたら、彼はキャバクラの良いお客さんになった事だろう。
だが、この浮かれぶりは異世界での生活の影響も少なからずある。ナガマサはこの世界に招来されて以来、ずっとベルム・ホムで生活していた。つまりゴブリン社会の中で生きてきたのだ。
そして、もう一つこの世界に招来された初日にクリスの出会い、ずっと彼に警護されてきた。
ずっとである。
お化けは眠らない ではないが、幽鬼であるクリスは睡眠を必要としない。常にナガマサの側に仕え一瞬たりとも緩まない。
そして、寝る時もトイレの時も風呂の時も常にナガマサの側を離れない。時々何処かにフラフラ遊びに行くイザベラと違って、クリスは歴戦の戦士の気迫を持ってナガマサを警護しつづけていたのだ。
最終的にはナガマサの方が慣れたが、いくら部下となっても歳上でもあり抜き身の真剣のような迫力を持つクリスにナガマサはあまり注意できない。
ナガマサは色々と限界に来ていた。
昨日と今日、初めてクリスとイザベラの呪縛から開放されて実は少し気分が楽になっているナガマサなのだ。
そのせいもあり彼は、限りなく調子乗っている。
「僕は生きとし生けるものが幸せでありますように、と何時も願っているからね」
「お優しいんですね」
ナガマサはミリアの上目遣いに浮かれはしても動じない。
調子に乗っている為だろうか?この異世界の短い期間に成長したのか?
ナガマサは自分より少しだけ背が低い美少女を真っ直ぐに見据えて会話している。日本に居た時の彼なら、仮にそんなチャンスがあったとしても即座に挙動不審になり目線を逸らしたはずである。もちろん、そんなチャンスなど一度も無かったナガマサであるが。
彼は心の中で喜びの声をあげる。
この世界に来て以来一番幸運な日だと。
最初に会った女の子がメッチャ可愛い!と。
「色々突っ込みたい事はあるっすけど、最初に会ったのはキッカさんすよね?」
「うん、私だよ。確かに印象は悪かったけど。ヤンス君のご主君はいつもこんな感じなの?」
「いや、こんなナガマサ様初めて見るっす」
ヤンスは興味を持った人間・キッカの許に来て話していた。衛兵に取り押さえられて、元々普通の人であるキッカは冷静さを取り戻しヤンスと会話をしていた。
「ヤンス君。私、ドラゴンを観察したい。さっき話したみたいに私ドラゴンに詳しいし役に立つと思うの!なんとかご主人様に話してよ」
「うーん。おいらは家来っすからね。それにドラゴン学っすか?それだと弱いっすよ。なんかナガマサ様の役に立ってくれたら、話も持って行きやすいっすけど」
そして、またナガマサの念話が伝わってくる。
それはミリアの美しさへの気持ちだけが頭に響いてくる。
「フン!念話で口説くってダサいわ」
キッカだって本来は十分美少女の範疇に入る美形なのだ。しかも、幼少のころから学業優秀な神童だった。
ミリアばかり褒められたら面白くない。
「ちょっと変っすね」
ヤンスはイきりまくるナガマサの異常にようやく気が付いた。
「ナガマサ様~!念話が漏れてます。なんか心の中がダダ漏れになってますよ!」
「うわぁぁぁ!マジか!!」
ナガマサはヤンスの大声でようやく事態に気が付いた。
昨日今日とドラゴンに大声でコミュニケーションをとる時、無意識に念話でそれを行っていた。その為、念話を自然に使用し続ける癖が付いてしまっていたのだ。
若い頃にはよくある事だが、本来すべき事を放置して美女に夢中になってしまっていたナガマサのミスである。
彼は、イきりまくって会話しただけでなく全力でミリアを口説いていた。
なお、念話とはこの世界では普遍的な技術であり、基礎的な魔法技術の一つとされる。だが、一般的な基礎魔法と違いはっきりと能力の有無が分かれる。
旧い魔法大国のタイタニアでは、建国直後から念話の魔法道具が開発されており、議員が民衆への演説にしようしたり、将軍が兵士への連絡などに利用されている。
ただし、念話は発生させ相手に伝えるのは比較的簡単だ。。魔法道具などで念話を発生させ対象とする存在に言葉を伝えるのは技術的に易しい。
逆に、念話により相手の意識を感受するのは高度な技術を要する。
その延長線にある物が霊能力である。
ナガマサやヤンスなど死霊と会話できるものは、この高度な念話能力を持っているのである。ナガマサが一章でクリスに出会ってから、次第に彼の髑髏フェイスの感情を読み取っていたのも同じ理由による。




