40. あの竜の名は?
ミリアが中門から低所にある正門や工房が見渡してもキッカの姿は何処にも見えない。文化系のキッカは常人以下の身体能力しか持っていない。まだ移動している姿が見えるのではないか?と期待していたのだが。キッカが何処に潜んでいるのか移動しているのかも分からない。クルツ城内は死角も多いのだ。
「ヤバイ。出遅れたみたい。キッカは見えない」
ミリアは念話達者であるセレンに報告する。
両親を納得させるのに、なによりスベンを室内に残るよう説得するのに時間がかかってしまったのだ。
さすがにドラゴン相手にヘイトを取るのは危なすぎる。ミリアはスベンに死んで欲しくない。
キッカが目視できれば、場合によってはミリアが直接彼女を捕らえるつもりだったが、こうなれば両親の指示通り中門の塔に待機させている衛兵達を起動させるしかない。彼らの目はそのまま、念話によりセレンの目となる。一気に捜索範囲が広がるのだ。
念話なんて使えないミリアからしたら、全くわからない感覚である。
故にミリアは中門の塔に入って直接衛兵達の眠りを覚ます。
ミリアも常に身につけている首飾りの宝珠と左手の指輪を接触させる。後は直接声をかけてゾンビ共を起こした。念話能力の無いミリアにとってゾンビへは直接命令するか、念話の魔法道具を使うしか手段がない。
今はセレンが衛兵ゾンビ達に指示を出してくれるのでミリアの役割は彼らを起こすだけでいい。
起き上がったゾンビ達は立ち上がりは鈍い。だが、すぐに機敏に駆け出して中門の塔から次々と出て行く。
「ミリア聞こえますか?」
「うん、セレン姉さん。よく聞こえるよ」
「興奮した魂を見つけた。東から南に向かっています。無理しないでね」
「わかった。すぐキッカを捕まえて納屋か何かに放り込んでおくよ」
「ミリアの安全を第一に考えて。ゾンビには既に命令しています」
そして、念話は消えた。さっき衛兵たちが駆け出していたのは命令を受けていたからだ。念話は本音が伝わりやすい。ゾンビを先に走らせたのはミリアの盾にする為、そしてキッカよりミリアの命が大切なのが伝わってくる。
ミリアがその念話を受け、中門の塔から内壁の城壁の上に出ようとした時、轟音が響いた。ミリアの感覚はその音が南側からだと教えてくれた。
ミリアは城壁の上を走りながら疑問に思っていた。
キッカは轟音の前から南に移動していた。何故、彼女はドラゴンの動きを予測できたのだろうか?
その時、キッカは必死に建物に身を隠しながら城の南側に到達しようとしていた。彼女も別に死にたいわけでは無い。自分の身体をドラゴンに晒すのが危険な事くらいは分かっている。
ただ。工房の窓から見えたドラゴンの姿を見て愛用の望遠鏡を握り締めてしまっていた。
ちらりと見えた白いドラゴンを見て胸の高鳴りを押さえられなかっただけだ。
あの細長い首に長い尻尾。全身を覆う白い羽毛。高速で旋回するドラゴンは滅多に見れないあの翼竜かもしれない。もう二度と見れないかもしれないドラゴンを前にしてキッカの決意は揺るぎ無い物になっていた。
キッカが潜んでいた工房からはナキカズラの泣き声がはっきり聞こえていた。そして、ドラゴンの旋回する軌道が円形から楕円形へと変わったのも分かった。それ故彼女はドラゴンの着陸地点を予想できたのだ。ナキカズラの位置と楕円形軌道の方向が分かれば予測可能なのだ。
そして、今。東の正門から南側への傾斜を駆け上り今は使用されていない兵舎の影から内壁と外壁の間に立つドラゴンを発見した。
翼を畳んで、その長い後肢だけで立つ白鷺のような姿、なにより頭部にある独特の飾り羽。
「間違いない。ヴィクトル・ベロサウルだ。もしかしたら、ヒトコブ・ヴィクトル・ベルサウルかもしれない」
キッカは命を掛けた賭けに勝った。彼女は今死んでも悔いが無いほど感動していた。
「なあ、ヤンス。さっきから隠れてコッチ見てる人間が泣いてるみたいなんだけど。どういう事だと思う?」
「わかんないっす。泣くほど怖いなら近寄って来ないと思うっすけど」
「だよなあ、、、権威に恐れ入ってって訳でもなさそうだしな」
ナガマサはドラゴンがクルツ城に着陸した時から、得意の周辺探知を作動させていた。ドラゴンに対する反撃への備えではなく当然やってくるであろうゾンビ屋の人間達を察知する為だ。
「ん。城壁の上から速い奴が一人。下から遅いのが10人ほどやってくる。つか、城壁の上奴がやたら速いな」
ナガマサの周辺探知にさらに接近してくる人々が感知できた。
「あらら、向こうは戦闘準備っぽいっすかね?という事はあそこで泣いてるのは斥候すか?」
「わからないけど、揉めても嫌だからコッチから声をかけるわ」
できるだけ偉そうに。上から目線だ。そうナガマサは心に留めた。
その為、あえてドラゴンから降りずに声をかける。
「おい!そこ!ゾンビ屋の人間か?話がある!」
近眼のナガマサには建物の影に隠れている人間の姿は目視できない。
だが、そこ居るのはハッキリと探知できている。
「そこのお前だ!建物に隠れているのはわかっている」
「あれ、反応無いっすね。怯えてる奴は出てこないっすかね?」
だが、そのヤンスの言葉が終わらないうちに相手が出てきた。
「何故?ドラゴンに人が乗っているの?」
低所にあった工房からの角度ではドラゴンの背中にしがみ付いているナガマサ達は視認できなかった。だから、キッカは今初めてドラゴンに人が乗っている事実を知った。
「はい?」
「どうして?!何でドラゴンに人が乗れるの?!」
目を血走らせ鬼気迫る勢いで怒鳴るキッカ。
「いや、このドラゴン俺に馴れてるんだよ」
気迫に押されたナガマサは普通の態度に戻ってしまう。
「馴れてる?信じられない。人に馴れているの?!じゃ、私も触れるのかな?触らせてください!!」
キッカは人生の賭けに勝ち馬鹿ヅキ状態だ。確変がかかっている!
そのツキに乗って目を血走らせながらドラゴンに駆け寄ってきた。
「ちょっと落ち着いてください!危ないですよ!」
このドラゴンはプライドが高いのだ。無遠慮に近づけば反撃しかねない。いつしかナガマサは敬語になって注意していた。
ドラゴンは走りこんでくる小さき者を見て不愉快である。
ただ、明らかに弱い存在だ。攻撃するまでもない。だから、反魔法で自らの重力を消して長い後肢でステップを踏んだ。ほんの数歩で距離を取りなんの被害も受けていない健在な兵舎の屋根の飛び乗った。
小さき者など相手にするまでも無い。
「なんで意地悪するのよ!降りてきなさい!私もドラゴンに乗せて!!」
「ちょっと、落ち着きましょう。ドラゴンが気分悪くしてるから!」
だが、キッカはナガマサの声など届かない。
彼女は人生の絶頂期にあるのだ。
「ちょっと、落ち着けって!」
「ウキャウキャ。人間って面白いっすね!」
ナガマサの説得空しくキッカの興奮は止まらない。ヤンスはキッカの奇矯振りに大喜びである。
「え。何これ?どういう状況なの?」
内壁の城壁の上で現場に到着したミリアは自分の眼を疑った。
ミリアの眼下では、キッカがドラゴンを追い回し屋根の上に追いやっているのだった。




