36.人間の世界の事情 続き
「あれ?なんかこれでいけるか?」
「そっすね、ドラゴンがナガマサ様の指示に従っているみたいっす」
「だな」
ドラゴンの背中に乗って数時間。
このままだと、空の上で飢え死にしかねないナガマサ。
他に何も出来ないので、せめて必死にドラゴンに語りかけてみる。というか、それ以外何も出来ない。
その結果、何故かドラゴンが指示通り動き始めたのだ。
「まあ、なんとか掴んできたって事だよな」
「そっすね。これで何とかウィズル様の所に行けるっす」
「ああ、東に向かおう」
ナガマサは心の中でイメージを描いて、大声でドラゴンに伝える。
ようやくナガマサとドラゴンのコミュニケーションが成立しつつあった。
その頃のゼーフェンのカフェにて。
「そういえばさ、今朝西の方でなんかあったかな?なんか大きな魔力が動くような事件とか?」
ミリアは妹ソニアから頼まれた話をした。妹の妙な熱量も。
「有ったよ。星読みのティコさんが騒いでたらしいよ。俺の予言が当たったって」
ヨハンナの話では御歳92歳になる老占い師のお爺さんがマキノ山の辺りで強い魔力を検知したという。
そして、彼はこの町では有名人である。
「それって、一月くらい前に魔王が復活するとか言ってた人?」
「それそれ、その人だよ。『再び世界は魔王の脅威に晒される!』って騒いでた。久しぶりに占いが当たって嬉しかったみたいだよ」
「じゃ、朝の大きな魔力って魔王って事?」
そう言いながらミリア街の風景を見る。街は平穏そのものだ。
「どういうこと?」
「朝はちょっと騒ぎになったみたいだよ。でもすぐにお城から情報が来てね」
ヨハンナはマキナ山に大きなドラゴンが出てゴブリン達が襲われた事をミリアに話した。そして、朝方の巨大な魔力の出現はそのドラゴンの物らしいと。
魔法技術の進化により、ある程度大きな都市間では通信が可能だ。ただ、その恩恵に与れるのはインフラの整った一部の都市であり、その情報は基本的に支配者階級の独占である。
「ドラゴンだったんだ」
ミリアは妹のがっかりする顔が浮かんだ。ものすごい遠くの魔力を探知出来ていたんだから誇っていい。でも、、、
「あのな、星読みの爺さんも間違えたんだから気にする事ねぇよ。つか、あの爺さんはドラゴンじゃないって、言い張ってるらしいしな」
イレナはミリアを気遣う。星読みティコはよく当たる事で有名だ。最近は寄る年波に勝てずボケ気味ではあるが。
「うん。あれは絶対ドラゴンじゃないって騒いだらしいよ。子供の頃に感じた魔力と同じだって叫んでたんだって。あの爺様、子供の頃にナイロニアに住んでたらしいからね」
ヨハンナの情報によると、老占い師は遥か昔に魔王に会った、というか魔王
の魔力を直接感知するという貴重な体験を持っているらしい。
「二人共ありがとう。考えてみれば変な人にソニアを会わせるよりドラゴンが魔力の原因の方がいいや」
「だよね。魔王なんて今更復活されても困るしね」
ヨハンナの言葉にミリアたちも同調する。
ちょっと、自分のせいで空気が重くなったのでミリアは話題を変えた。
「そういえば今日仕事でテオに会ったよ」
「ええ!」
「何で?!」
「仕事の時に偶然だよ。テオのお父さん鉱山事業に入りたいみたいなの。それで鉱夫用ゾンビの注文っていうか、見積もりだよね」
「それで何でミリアがそんな仕事の話するんだよ?」
「だよね。テオドリヒ君はまだミリアを諦めてなかったんだ」
「違うって、ジョルジュ叔父さんに頼まれたから行ったの。そしたら、そこにテオが居たんだって」
ミリアが今日ジョルジュ叔父さんに呼ばれたのは確かだ。だが、特にやるべき仕事は無かった。だから、ここで友達とお喋りしているのだ。
「じゃ、ミリアはテオに会うためだけに呼ばれたって事じゃん!」
「テオの癖に生意気な!それで何て言ったの?」
「何も言われてないよ。テオは騎士見習いを志願してイエソドに行くんだって。そんな話を聞いただけ」
「え~?」
「それだけ?」
「何度も同じような事は言ってたけど。あ、だから次の大会は出られないって」
「テオはやっぱり馬鹿なの?もうチャンス無いだろうに」
「だよな。それに大会って、あいつミリアにワンパンで負けた癖に。もう優劣ついてるって」
テオこと、テオドリヒ・イェーリング。彼女らの同窓生で地元の旧家の息子である。もし、20年前の敗戦が無かったら間違いなく支配者層の一人だった。
魔法の有るこの世界では支配者層は強力な魔法という武力を持つ者たちで構成されている。テオもその一族の名に恥じない能力者であり、この街の旧家である彼はれっきとした東派。
彼女達が学校で学んでいる時は戦後15年経過していたので、既に順位付けは終わっていたが、人心は未だ複雑だった。
学校での体育教練の徒手格闘の試合が次第に過熱していき、ミリアたちが在学している時には収穫祭の人気イベントになっていた。
西派と東派の代理戦争的な感もあり、ここゼーフェンは前線の街なので優秀な兵士を育てたい思惑もあった。
「もう、その話はやめてよ。私、好きで出たんじゃないし。それに、鉱山の話はいいの?なんか、秘密みたいだけど、もう確実みたいだよ」
「それが本当だと、凄い話だよね」
「ああ、確かにデカイ儲け話だよな」
言うまでもなく、鉱山という事業が立ち上がれば人も金も物も動く。彼女達の実家には大チャンス到来である。
「でしょ。それで、今思いついたんだけど、冒険者がうろついてたのって、山師の護衛じゃないかな?」
「なるほど、有りそうな話だね」
「冒険者っぽいやつらなんだろ?そいつらが山師そのものって可能性もあるよな」
もちろん、証拠は無い。情報としての精度は低いが噂話としては面白い。
ヨハンナもイレナも話に少し食い付いた。
だが、実家の儲け話より気になる話がしたい、イレナとヨハンナである。
「やっぱ、テオの話に戻そなねぇ?あいつ武術はともかく頭は馬鹿だろ?ミリアの気を引けるのってソレしかないんだよ」
「同感。騎士見習いの話もさ、馬鹿だから肝心な所を言えてないんだ。騎士になって帰って来るまで待ってて欲しいって意味だと思うな」
「いやいや、そんなんじゃないって。テオと会ったのも半年振りくらいだし、そんな雰囲気じゃなかったもん」
ミリアにとって、テオは一番話しやすい男の子ではある。幼くして突出した身体能力を持っていたミリアは、特に武術教官たちに可愛がられていた。
ツェルブルクの教育制度により、優秀な生徒は無料で高度な教育を受ける事ができる。ゼーフェンの街の地勢的事情もあり、優秀な武術・魔法の教官達からミリアは英才教育を受けている。
そんなミリアと肩を並べていたのがテオだ。同い年でもある二人は必然的に共に切磋琢磨する事になる。
「だから、私とテオは友達なの!故郷を離れて修行するから挨拶してくれただけだよ」
「テオは馬鹿だよね。もうミリアだって15なのに」
「だな。やっぱ、試合で一回もミリアに勝てなかったのが男のプライドに刺さるのかな?やっぱ、馬鹿だわ」
15歳にもなれば、いつ見合い話があっても不思議ではない。
まして、有力者の娘であればなおさらだ。
言うまでも無く、美女ほど早い時期に、数多くの縁談が持ち込まれる。
3人はソニアの話題や鉱山の儲け話など忘れて、熱心に語り合う。
やはり、この手の話題に熱が入るのは仕方ない。
15歳は成人のこの世界では、彼女達にとって何よりも熱い話だ。
最大関心事である。
ミリアは父ナザリオが呼びに来るまで、飽かずに話していた。話題はイレナやヨハンナの恋話もあり、尽きる事が無かった。
その日の夕刻。
「ナガマサ様有りました!多分、アレが双子岩っすよ!」
かなりの高度で大空を飛ぶドラゴンの背中から地上のランドマークを発見するのは近眼のナガマサには到底無理である。
視聴覚に優れた森ゴブリンのヤンスの視力が頼りだ。
ちなみに、巨大なドラゴンといっても人間が乗れるポイントは少ない。最初にドラゴンがナガマサを載せた首の後ろの僅かな空間だ。そこはドラゴンが飛んでも歩いても屈んでも、ほぼ平行なのだ。
ただ、ナガマサとヤンスが並ぶと後のスペースはほぼ無いのでクリスとイザベラは指輪の魔法で冥界に収納している。
双子岩は森の中に開けた草原にある。
明らかに異様な屹立した巨石なのだが、上空からだと点である。
そこに向かってドラゴンはゆっくり旋回しながら降下していく。
ナガマサもヤンスも特に何も思わなかったが、それはベルム・ホムでの光景が繰り返されていたのだ。
双子岩のゴブリンコロニーは大混乱になった。
コロニーが始まって以来初めて巨大ドラゴンが飛来した。
そのコロニーは周囲のゴブリンのコロニーを統括するボス、ウィズルの支配する集落であるが、生活しているゴブリンの数は400余。到底ドラゴンに対抗する事は出来ないからである。
「それで、ウィズルさんは何処に居るんだ?」
ようやく地上に降り立ったナガマサは巨大な岩が二つ並ぶ奇景を見ながらヤンスに話した。
この草原には人っ子一人居ないからである。
「え?知らないっす」
「この辺りの事をヤンスは詳しいんだろ?」
「いえ、来た事ないっすよ」
何故なら、この辺りはウィズル親分の縄張りなのだ。
ベルム・ホムの下っ端であったヤンスが双子岩に来るわけが無いのだ。
勝てない戦いは誰だってしない。
ドラゴンと戦うゴブリンなんて、ベルム・ホムくらいなのだ。
ウィズル以下双子岩コロニーのゴブリン達は安全な所に避難している。
ナガマサとヤンスが彼らから助力を得るのには、まず双子岩コロニーを探し回らなければならなかった。




