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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
36/110

35.人間の世界の事情

 

「ダメだ。全然ダメだ」


「ナガマサ様の家来になって良かったっすよ。まさかドラゴンの背中で迷子になるなんて考えた事もなかったっす」


「嫌味言うなよ。俺の言った通り防寒具が役にたっただろ?」


「いや、マジっすよ。ドラゴンで空を飛んだゴブリンなんて居ないっすよ。おいらだけっすから!」


 ナガマサとヤンスはドラゴンゾンビとなった新しい仲間の背中に乗りながら途方に暮れていた。

 一応、ドラゴンに蜘蛛糸を縒り合わせたロープを括りつけているが、それはただの命綱だ。ただ落ちないようにしがみ付くだけ。

 そもそも、ドラゴンは生き物であり乗り物ではない。その上、手綱も鐙も無い。ドラゴンにナガマサの意思を伝える手段が何もないのだ。その為、ただドラゴンの思う儘に大空を飛び回っている。


「それにしても、ドラゴンって速いんだな。そして寒い」


「そっすね。こんなに高く飛ぶんすね。そして、寒いっす」


 なんとなく日本での知識で空の上は寒い事を知っていたナガマサの記憶で彼らは真冬の防寒具を着ている。ナガマサの装備は事前にゴブリン達が用意していてくれたものだ。フード付きのローブに、大ネズミの手袋とブーツ。一応、クリスの仲間から貰ったお金も持ってきた。

 それとドラゴンの背中はふわふわの羽毛で覆われており、寒さを凌ぐ助けになっている。

 

「でも、マジで嬉しいっすよ。空からベルム・ホムやイエソドのお城まで見れたっすよ」


「そりゃ、よかったな」

 もちろん、近眼のナガマサにはボンヤリとしか見えない。

 実はマキナ山と呼んでいるのはミフラ神殿のあるマキナ山とベルム・ホムがあるシナイ山から成る双耳峰である事を知った。

 また、ぼんやりとでもイエソドの3重の城壁の巨大さも分かった。

 ただ、ナガマサにはヤンスと違って何の思い入れも無いので、感動はいまいちであった。


 そして、反魔法を揚力や推力に変えて飛ぶドラゴンは気持ち良さそうに高速で飛び回る。ドラゴンゾンビとなった今は特に疲れも感じないようだ。


 目的地であるゾンビ屋に早く行きたいナガマサだが、その前に地面に降りられるかどうか、、、  

 その心配がナガマサの心に出てきていた。




 その同時刻、はるか東方。

 ミリアはナウル湖を見下ろすオープンカフェで友達のイレナとコーヒーを嗜んでいた。ゼーフェンでの仕事を終えたミリアは母の会合が終わるまで自由時間をもらったのだ。

 コーヒー豆は魔境の影響により価格が高騰しているロウハリア経由ではなく、北方のオルベ海からフレスベルクを経由してきた薫り高い品だ。

 魔王の死後80年経過した、今でも魔境により依然多くの人々が苦しんでいたが、その一方でその危機をチャンスと捉える人々も沢山いる。魔境の影響の大きいルキアノス山脈を経ずに、北海ルートの販路を開拓した商会は莫大な富を手に入れていた。

 

「はぁ。コーヒー美味しいね。この辺じゃ作れないもんね」

 コーヒー豆も作れないが、これほど香りの高いコーヒーも一般家庭では淹れる事はできない。便利なドリップ用品などないのだ。

 ミリアは挽きたての香りを堪能した。こんなタイプのカフェはゼーフェンでもここだけ。いや、イエソドやサメフでさえ、こんな店舗は無いだろう。

 

「確かに美味いよな。ヨハンナの話じゃコーヒーを作る機械まで田中商会から買ったらしいよ」

 ミリアとコーヒーを嗜んでいるのは、同い年のイレナである。

 彫りの深い顔立ちと新雪ような肌は大人の雰囲気を醸し出し、グレーの瞳と豊かな赤毛は女性らしさを示すので、到底同い年には見えないが。


「田中商会は何でも扱うよね。ってさ、聞いてよ。今日は朝から大変でね」

 ミリアは早朝からトニーのオッサンに迷惑を掛けられた話をした。


「あのキモイ奴か。最悪だな」


「まあ、殴ったのはやりすぎだったかも」


「全然やりすぎじゃねぇ。俺のミリアに手を出すなんて私刑だろ?」

 イレナはミリアの親友である。スベンがミリアの騎士ならイレナはミリアの魔導師だ。彼女の敵はイレナの敵。

 彼女にとってミリアと比べたらしょぼいオッサンなど存在価値は無い。


「ハハハ。そういえば、この街でイレナの家以外で魔物を扱ってる商人っているの?トニーがカモられてたし」


「ウチ以外で?この街はウチのシマだからね。堂々と扱ってる奴はいないはずだよ。この辺の魔物には手が出せないしな」

 イレナは眉をひそめる。彼女の実家は魔物商を営んで居るが他も取り扱う商品は多い。分かりやすく言うと魔物も取り扱ってるが他にも手広く商品を取り扱ってる商会である。

 ミリアの実家がタイタニアにもパイプがあるように、イレナの実家もフレスベルクとパイプがある。

 また、どうしても裏稼業との繋がりもあるので取り扱う商品は多岐にわたる。例えば魔物扱いで亜人も売買している。

 つまり、表向きは魔物商というモンスターを扱う合法の商いで、裏では奴隷商というツェルブルクでは禁忌の商売にも手を染めている。

 もちろん、街中で奴隷を売買してはいないし、奴隷商ではなくあくまで人材派遣業である。

 だが、需要があるから商売が成り立つ。特にこの街には事情があった。

 その辺りは屍術業を営むミリアの実家と似た立場で、子供の頃からの家ぐるみの親友同士なのだ。

 

「そりゃ、東の連中かもよ。最近、見慣れない連中がうろついてるって噂だよ」

 小柄なメイドさんが突然話しかけてきた。

 この世界の給仕にはあり得ない可愛いメイド服を着ている。この店の名物で集客に多大な貢献をしている。


「あ、ヨハンナ。もう仕事いいの?」

 ミリアが嬉しそうな声を上げる。


「うん、お待たせ。夕方からの給仕さんが来てくれたからね」

 明るいブラウンの長い髪を後ろで纏め、大きなブラウンの瞳に笑みを湛えてミリアに応える。このカフェの経営者の娘ヨハンナだ。

 小柄なので幼く見えるがミリアと同い年。


「東派かよ。そういやウチの若いのが冒険者がうろついているって言ってたな」

 イレナの家は人材派遣業だけでなく色々裏稼業も受け持っているので、若い衆も沢山いるのである。


「この街で冒険者なんて珍しいね。商隊の護衛とかじゃないんだ?」


「そそ、お客さんの話だと、少し前から居ついてるみたいだよ」

 沢山の人で賑うヨハンナのお店は情報が行き交う。

 この地、ゼーフェンが交易の拠点なので、情報交換の場にこの店は最適だ。ヨハンナの一族が経営するカフェにはかなりの潜在的需要があった。


「さすがヨハンナ情報通だよね」


「ふふふ。異界人カフェ凄いっしょ。お客さんいっぱいだよ。お客さんの配置とかにも工夫してるんだよ」

 ミリア達は気がついていないが、彼女たちは店で一番見晴らしがよい一等席に案内されている。ナウル湖の眺望が楽しめる席は逆に言えば街を歩く人々から見られる席だ。そこに美女を置く。特にイレナの実家を知らない人には効果的なのだ。

  

 平成の御世からやってきた異界人たちの影響は色々な場面に出ている。何度も出てくる田中商会はアイディアと商品をあちこちの地方の資産家にセットで販売したりしているのだ。


「それで密猟でもしてるのか、たまに毛皮とか売りに来るらしいの。ウィズルおじさんを怒らせないかって噂になってるんだよね」


「馬鹿じゃねぇのか?ゴブリンにぶっ殺されるぜ」

 この辺りの魔物の獲れる山野はゴブリン保護区であり、彼らの領域によそ者は侵入できない。もし冒険者などが無断で侵入した場合、ゴブリンに襲われても文句は言えない。当然、保護区内でゴブリンを傷つけたら逮捕である。 

 西派の彼女たちにはゴブリン達と揉める理由もないし、彼らは味方である。



 西派、東派、とこの世界の人間の事情を説明する為に少し背景を説明します。


 西派、東派とはこの町ゼーフェンの東西ではなく、西にあるツェルブルク派と東にあるアレスタット派の事です。

 その両国の背後には、ツェルブルクが所属するエルスタル同盟とアレスタットが参加しているエルライン同胞連合の勢力争いがあります。

 双方似た名前なのは、かってタイタニア帝国の行政区分でエルストル地方と名づけられ一括りにされていた地域だからです。

 タイタニア帝国内には他民族多言語が入り乱れているのだが、エルストル地方はほぼ同一民族、同じ言語です。但し、ツェルブルクは違う人種。


 ナガマサが招来されてきた異世界は、タイタニアという巨大帝国が存在した地域とその影響下にあるタイタニア文化圏を舞台としています。その為、タイタニア語ならどの国の人でも会話ができますし、タイタニアの通貨はどの国でも使用可能になっています。


 ですが、現在、タイタニア暦959年の春。タイタニアの威勢はとっくに地に落ちており、その為に生じた力の空白を争う紛争があちこちで起きています。

 特に80年前のネビロスの乱(タイタニア視点の魔王事件)以来、魔境が発生してルキアノス山脈を越えて南北を繋いでいた主要な街道は通行不能。

 それ以来、コーヒー豆も人間も簡単には移動できなくなりました。

 ルキアノス山脈の北側ではタイタニアの影響力は無きに等しく、新たな権力争いが必然の状況となりました。南側では魔境の脅威が広がっており、あちこちで難民が溢れています。

 ちなみに、ナガマサは比較的安全な北側に招来されましたが、近い将来ルキアノス山脈を越えて魔境の問題に取り組むことになります。

 

 そして、ルキアノス山脈のすぐ北。ツェルブルクとアレスタットの間も争いが頻発します。争いは地力に勝るツェルブルクが優勢に進み、20年前に両国は直接戦火交えます。

 結果だけ言うと、戦前の予想を超えるツェルブルクの圧勝で、実質的にアレスタットはその時点で滅亡しています。

 

 アレスタット第2位の王位継承者である王女がツェルブルクの王族に輿入れする形で、アレスタットはツェルブルクに臣従します。彼らはエルスタル同盟の一員となりました。

 その時にゼーフェンはツェルブルク領となり、街の主権者がアレスタットからツェルブルクの王家に変更されました。

 

 そして、権力者が変わる時、それも支配者の王家そのものが変化する時は庶民の生活は必ず影響がある。

 良い悪いは別にしても必ず変化する。

 例えば、法律は当然として、制度、伝統、価値観の転換の強要など。

 そしてそれは、旧い支配層を破壊し新たな権力者を生む。

 王の変化は実は稀有なチャンスの到来でもある。

 それは新しい支配層への参加する為のレースの始まりなのだ。

 

 ゼーフェンの街でも即座に対応して、新たな上流階級に入り込んだ者達がいる。彼らは新しい支配者に阿り、かっての権力者を見限った。

 また、新しい体制になれば外部から有力選手もやってくる。彼らは最初から新しい支配者のお気に入りだ。

 

 かくして、ゼーフェンで行われたそのレースの結果、ヨハンナの一族はその新しい権力闘争に打ち勝ち見事に勝ち組になっています。ツェルブルクの王族から支持をうけているからこそ、街の一等地でカフェを開店できるのです。

 ミリアの家とイレナの家は最初からツェルブルク王家に気に入られているシード選手です。

 彼女達がこの町で出会うのは少しタイムラグがありましたが、少数派の彼女達が友人となるのは必然でした。

 

 何故なら彼女達が出会ったのは、この世界では珍しいツェルブルクの制度。学校だったのだ。

 ツェルブルクでは14歳以下の子供(15歳以上は成人)は無料で通える学校制度があるのだ。教科書もノートもくれないが読み書きを初めとして、教養と武術と魔法の基礎訓練をしてくれる。


 ここで質問です。

 何故、ナガマサの仲間イザベラが大学に行けたのか?

 裕福とはいえない移民の孫で建具職人の娘である彼女がどうして?

 

 答えはツェルブルクに無料で通える学校があったから。特にイザベラが住んでいたのは首府であるイエソド。そこで優秀だと判断された彼女は奨学金を付きで大学に進む事ができたのです。


 つまり、ツェルブルク王家は自国民に学習の機会を与えて優秀な人材を育成している。そこで才能を発揮したものにはさらに援助を与えています。それは勉学だけでなく魔法や武術でも同じことです。

 さらに移民の子や新たな占領地の子にも分け隔てなく、その機会を与えています。それによってその子供達はツェルブルク王家への親愛の情を持つようになる。


 そういった現代的な発想というのは、なかなか出ません。何故なら、人はその時代の世相を受けて育つからです。時々人類の歴史では飛びぬけた天才が一気に時代を進めたりしますが、そんな天才は滅多に現われません。

 ですが、ツェルブルクはマナタイトというな希少な鉱石の産出国です。魔力を含む燃料のような鉱石で物によっては大きな力があります。

 ですので、取り入りたい人は山ほどいます。例えば、そのマナタイトを自作の魔法道具に組み込みたい商会などが。

 

 






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