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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第2章 異世界アランソフ
22/110

21.一月で医学を覚える方法




 


 ナガマサが来てから一月ほど経った。晴天のベルム・ホムは春らしい日差しに恵まれている。


 レダに保護され、ベルム・ホムに居住している人間たちは数日前から田起こしを始めていた。


 そんなうららかな日。





「アカンわ~頭痛い。完全に寝不足だよ。」


 朝食時から赤い目をしたナガマサである。ただ数日前と違うのは彼にだけ瑞々しい春の野草が一皿添えられている事だ。数が少ないため、調理場と給仕の2つのスタッフから人気が高くないと手に入らない一皿である。





「ナガマサ様、大丈夫っすか?寝てるんすか?」





「いや~どうせ寝れないからな。ま、もう少ししたら落ち着くかもな。それより最近死人番の仕事はどうだ?」





「大丈夫っすよ。ナガマサ様が手伝ってくれたおかげっすよ。ねぇ」


 ヤンスは隣にいるヴァレンに声をかける。





「そ、そ、そだな。な、ナガマサ様の、お、おかげです」


 といいながら、居心地が悪そうなヴァレン。そして、同じテーブルを囲む若手薬師たちも同様だ。このテーブルの注目度が日に日に跳ね上がっているからだ。





「ナガマサの旦那、おはようございます。おかげで膝の具合がいいんすよ。若い時分に戻ったみたいでさ」


 薬師達の気も知らず、彼らとは違う文様がデザインされた作業着を着たゴブリンがナガマサに話しかけてきた。作事部のヘンデである。





「そりゃ、よかったよ。ヘンデ。他にも具合が悪いゴブリンが居たら連れきてくれ。俺が旅に出る前にな」


 ナガマサが話している死人番の年長者で、ヤンスの仕事を手伝っている時に知り合っている。





「旦那~もう旅なんてよして、ずっと此処にいてください。みんな感謝してるんでさ」


 ヘンデは人間で言えば50過ぎだろうか?その彼がまだ少年のナガマサに低姿勢を崩さない。ナガマサに深く頭を下げながらテーブルを去った。





 これがここ数日で起こっている現象である。数年かかるはずだった医学を一月足らずで修得し、勝手にゴブリン達に治療しているのだ。


 そして、その方法をナガマサは口にしなかった。周囲の者は、彼が日に日に寝不足になっていくのを知るばかりである。


 その為、恐れられ嫌われていたナガマサの株は上がり、朝食が一皿増える事態となっていた。


 


 その時、長身のゴブリンがナガマサに声をかけた。レダの執事ユルングである。


 ナガマサは彼にお願い事をしていた。


「ナガマサ様、ご無沙汰して申し訳ありませんでした」


 レダが多忙な時はユルングは必ず忙しい。もしくは数倍忙しくなる。なので用件を頼んでも遅れるのは仕方ないのだ。





「頼まれていた件ですが、お探しの人物は先代の町長の息子のようです。詳しい調査結果はもう暫くお待ちくだい。それとレダ様がナガマサ様の魔法のスクロールを発注して下さっている件ですが、そちらもまだ少しかかります」





「ありがとうユルング。そういえば、明日にも神事とかでツェルブルクに出かけるんだろ?調査っても、別に急いでないから気にしないで。てか、後回しでいいよ」





「はい、今日の午後には出発いたします。ですので、そう言っていただくと助かります」


 有能な彼はどれほど多忙でもしっかり仕事をこなす。ナガマサの調査依頼もレダの指示による注文も実際に差配するのはユルングだ。


「ただ、何故この人物を探すのですか?まだハッキリとした結果は出ていませんが凡庸な人物のようですよ」





「そうか。迷惑かけてるね。」


 そういいながらナガマサは依頼を撤回するつもりは全く無い。ユルングはナガマサから強い意志を感じている。





「あの、ナガマサ様は既に医学を修得したと聞き及んでおります。そして、人間の街に出て臨床経験を積みたいとの希望もお聞きしましたが?」





「そうだよ。既に耳に入ってるだろ?もう、ゴブリン達は診ているんだ。だけど、人間の診察するにはそれなりの身分がいるんだろ?正直に異界から来ましたとか、ゴブリンの町で研修しました、なんて言うわけにはいかないからな」





 ユルングは少し考えこんだ。


 確かに、レダの執事としてベルム・ホム全般の情報を得る立場の彼に頻々とナガマサの噂は届いている。ここベルム・ホムにおいて、ナガマサは常に目立つ存在だからだ。


 つい最近まで、その噂は芳しくない物が多かった。曰く、不平不満をこぼしてダラダラ日々を過ごしているとか、ヤンスとつるんでベルム・ホム内でサボっているとか、此処での生活に馴染めていなさそうで、ユルングも注意していたのだ。


 それなのにナガマサは急激な変化を見せた。





「どうなさったのですか?なにやら急激に成長されましたね?」


 医学の修得など早くても数年かかる。ユルングはそうレダから聞かされている。





「そうか?世界が俺を待ってるだろ。頑張ったんだよ。」


「よく言いますよう。ズルばっかりして!」


 イザベラがナガマサの言葉に自分の気持ちをかぶせる。そんな言い方は珍しいのだが、ユルングはイザベラの存在も言葉も分からない。


 この場でナガマサの他にイザベラの声を聞こえているのは、ヤンスとヴァレンだけだ。





「えっと、よくわかりません。何故、一月足らずで医学を修得できたと?数年かかるはずですよね?」





「噂は耳に入ってると思うけど、納得できないか?」





 ナガマサの不遜な態度は少しユルングをイラつかせるが、異界人の恐ろしい能力はユルングだって知っている。


 だが、


「事態を確かめ、確認した上で報告するのが私の務めです。納得できる答えを頂けないとレダ様への報告はできません」





「わかった。じゃ、最初から説明するから聞いてくれ。」


 ナガマサはユルングを説得する事にした。彼が動いてくれないとレダに話が行かない。そうなるとナガマサが欲しいものが手に入らないのだ。


 それにナガマサにユルングを馬鹿にする気持ちはない。クリス達やゴブリン達に持ち上げられて不遜な態度が身についてしまっているだけだ。


 ナガマサは地下貯水池でイザベラの記憶を見た話をした。


「その時も少し思ったんだけどね。このスキルってどのくらいの力があるのかなってさ。でも、その時は先を急いでいたしスキルの探求は後回しにした」





 だがその後、ベルム・ホムに落ち着いた時にナガマサは自分の能力を総点検する事になる。


 それは、クリスの強い要望でもあった。冒険者や傭兵として長く現場に携わっていた彼は自身の能力を把握する事に強いコダワリを持っていた。


 孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず。


 もし、クリスが孫子を知っていれば、この言葉を言ったかもしれない。敵は常に不確定だが己は常に把握しておけ と。





「それで、どうなったのですか?過去の記憶が見える能力ですか?不思議ですが変わったスキルですね。」





「ま、な。俺も自分の固有スキルがこれなのは、ちょっと納得いかんけど、これな使いようだったのよ」


 霊の記憶が見える能力。ナガマサが霊に接触する事で起きるスキルだ。見たくもない記憶を見て悪夢にうなされる事もあるが、他人の記憶、知識や経験を見て我が物にできる能力でもあった。


 つまり、新米医師イザベラが苦学して得た知識をナガマサはスキルで自分の記憶へと変えてしまったのだ。





 それに関するイザベラのコメントが


「ズルイ!」


 なのである。





 確かにズルイこのスキルなのだが、記憶とか知識は必ずといっていいほど感情とセットになっている。ナガマサが必要な知識や経験を得ようとすると、絶対といえるくらいの確立で強烈な感情もついてきてナガマサの心に焼きつく。


 それは、当然強く印象的な感情であり、負の感情が多数だった。また、必要な知識を得ようとすると見たくないものを呼び起こしてしまう事も多々あった。


 それらも全てナガマサの記憶となり、ナガマサの悪夢へとなった。おかげでナガマサは医学の修得とクリスの戦闘経験と眠れぬ日々を同時に手に入れてしまった。


 


 クリスの意見では、ナガマサがこの一月でもっとも伸びたのは魔術でも剣術ではなく、他人の魂での泳ぎ方だそうだ。


 何度も繰り返した実践により、変な魂の突き方をしなくなったのだという。





「と、いう事だ。俺の医学の修得納得したか?」





「な、なるほどよく理解できました。それでは、町長の息子の捜査はイザベラさんの為なのですね?しっかりと調査させてもらいます」


 ユルングは見えないイザベラへの気遣いを見せた。





 だが、イザベラは喜んでいない。


「ナガマサ様、私ならもういいですよ。もうアストリアに会いたくないです」


 現在の自分を受け入れたイザベラにとって顔を見るのが辛いのだ。





 ナガマサはイザベラに手を振り、ユルングを見て喋る。


「その小物を探すのは俺が会いたいんだよ。ただそれだけ。会えば何かスッキリする気がするんだ。悪夢の原因を1つでも消さないとな」


 既にイザベラの記憶はナガマサの記憶だ。何故会いたいのか?と問われたら分からないと答えるしかない。だが、ナガマサはただ会いたいと思っている。





 ユルングは寝不足の赤い目をして語るナガマサの言葉が理解できなかったがそれを口にはしなかった。代わりに最後の疑問を尋ねる。


「ナガマサ様、既にゴブリン達を診ていると聞いています。まだ人間の臨床は必要なのですか?本当に医学を磨いて医者になるつもりはないのでしょう?」





「そりゃ医者になるつもりはないよ。それにゴブリンも人間もある程度同じだと思うよ。」


 というか、生物の体の仕組みはかなり似通っている。哺乳類ならなおさらだ。


 だが、ユルングは根本的に分かっていない。医学を修得する為のスキルじゃない。今回は医学を修得する為に使ったがそれはあくまで手段だ。





 ナガマサの目的は世界を救う事、その難題の鍵を手に入れる行動がミフラ神のナガマサへの課題だ。


 ナガマサだって毎日不満を言っていたが、毎日取り組んでいれば気が付く。これはクエストだ。形がはっきりしてないから、分かりにくかっただけ。


 まず、魔王ネビロスの生活というか社会的地位?をトレースする必要があるのだろう。そういうクエストだ。だから、医師の修行をしているんだ。


 だったら、人間の診察をしなくてはならない。ネビロスは人間の医師だったんだから。


 そして、なによりもだ。


 俺の右手に嵌っている指輪。これは何だ?


 ミフラ神は言っていたそうだ。医療用の指輪だと。


 だったら、使うしかない。人間に使ってみなくては分からない事があるかもしれないのだ。


 


 ナガマサはユルングに適当な身分を用意してもらう約束を取り付けた。





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