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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第1章 異世界へ
17/110

間話  前夜 


時間を戻し異世界を越えて少し前の日本のどこかでの出来事。



「こんばんわ。おやすみの所にいきなり押しかけてゴメンね。突然なんやけど、じぶんヒーローになってくれへんかな?」


突然自室に現れた見知らぬ美少女が俺に変な事を言い出してきた。


ゆるやかにウェーブした長い髪。通った鼻筋と大きな眼が強い眼力をで俺を見下ろしている。


そんな女の子が自分のベットの横に突然立っていたら、驚いて飛び起きる所だが、俺は全く動じなかった。


この妙にリアルに感じるのに全く現実感がない感覚。

俺はこれを知っている。

これ夢だわ。

なんか言ってきてるな。でもすごい眠いから、寝よう。


「ちょっと待って!眠いのは分かるけど寝るの待って!わざわざ異世界からスカウトに来てるんやから、話だけでも聞いてや。チャンスは今日のこの一回だけなんやで」


 そう言われたら気になるけどさ、夢の中でする話じゃないだろ?

 現実世界の方に出直してください。


「そやね、確かに夢の中でする話とちゃうんやけどね。何事にもコストがかかるもんなんよ。異世界を越えて対話するだけでエライ労力やねん。わかるよね?」


 はぁ、それはなんかわかるような気がするけど俺には関係ないような気が、


 俺の答えが終わらないうちに少女が言葉を被せてきた。

「そやろ!わかるやろ!無駄なコストは掛けられへんねん。それに目を覚まして普通に生活してる時に頭に声が聞こえてきたら自分どうする?まともに話聞いてくれるか?」


 うーん、、、

 無視するか病院に行くか、かな?


「そうなるやろ?でも、そうなったら台無しや。さっき言うたけど、チャンスは一回やからね」

 少女は肩をすくめながら俺を見つめてくる。


 だから、夢の中で話しをさせろって?


「そうゆう事やね。分かってもらえて嬉しいわ」


 わかったよ。話聞くよ。

 俺は起き上がってベットの上に座った。

 変な夢だな。


「夢やけど夢やないけどね。まあ、話が進めよか。自分にはとある異世界に来て世界を救って欲しいんよ。剣と魔法の異世界やで。自分好きやろ?」


 異世界物は好きだけどさ、これ俺の夢なんだよな?

 なんか、すごく違和感があるんだけど。


「これは自分の夢や、でも自分の決断次第で異世界に来てもらってヒーローになってもらうからね。真剣に考えてや」


 夢の中で真剣に考えるって無理じゃないか?

 まともに判断できる気がしないんだけど。


「大丈夫やで、夢の中って本音が出るから。それに嫌なやつは断るしな。自分も気に入らんかったら止めたらええよ。自分の夢の中や、自分の気持ちに正直になったらええだけや。それに、話は聞いてくれるんやろ?」

そう言って少女は俺に微笑みかけてきた。


 なんか納得できない気もするが、俺は女の子の笑顔に押されてしまった。


 そういうもんか。それでヒーローになれって事は、俺に異世界に行って魔王を倒せって話なの?


「いや、魔王はもう俺と仲間で倒したで。やって欲しいのは世界の歪の回復やねん。魔王が何を目指したかは正確には分かってないんやけどね、魔王の行動で世界のバランスが狂ってもうたんや。その悪影響は日増しに大きくなってきて少しづつ人が住めんような地域が増え続けてるんよ」


 んん?つまり、俺に頼みたい事ってあんたらの後始末なのか?


「言いにくいけど、そうやね」


 馬鹿馬鹿しい。ヒーローになってくれって言っててそれかよ。

 自分の後始末くらい自分でやってくれ。そんな事に俺を巻き込むなよ。


「できたらそうしたいわ。できるんやったら、わざわざ自分をスカウトに来たりせえへんのよ。魔王を倒したのが異世界の時間で80年ほど前の事や。それからすぐ異変の兆候が出てな。それから80年放置してたわけやないねん。世界の歪には沢山の人々がすぐに気がついたし、色々手を尽くしたんや。でも、有効な対策がまったく無いねん」

 そう言って、また少女は肩をすくめて見せた。


 つまり、悪影響を止める事ができなかったと?


「止めるどころか、悪い状況が拡大し続けてるんよ。異世界に留まってくれたナガモリも30年くらい前に死んでもうたしね。打つ手がないねん」


 ナガモリさんて誰?というかあんたは誰なんだっけ?


「そう言うたら自己紹介まだやったね。俺の名前はマサイエ。ナガモリは俺と同時期に日本からアインソフに渡った4人の仲間の一人や。本当は5人になる予定やったけど、一人異世界に行くのを拒否してな。俺は色々あってアインソフで神様をやらせてもらってるんよ」


 あんた神様だったの?

 さすが夢だよ。今日の夢は超展開すぎるわ。


「びっくりした?今天界に住んでるんやけど、天国なんて人間が想像してるような楽しい所ちゃうで。俺なんか一番下っ端やから、結構こき使われてるねん」


 あのさ、マサイエさんが神様だってのは分かったよ。

 もうそれは分かった。夢だしそこはいいわ。それより話しを進めてくれ。

 アインソフってのが異世界の名前なんだね?話すんならもう少しちゃんと話してよ。


「ごめんごめん。アインソフってのは異世界の名前や。時間無いのに脱線しとる場合やなかったね。それじゃ改めてざっと話すわ。ある時ネビロスという男が戦乱を起こしよった。それは瞬く間に間に世界を席巻するほど強大な勢力になった。これがさっきから話に出てた魔王やねん。なんでコイツが魔王なんて呼ばれてるんは、コイツが世界を壊そうとしたからなんよ」


 魔王とか言ってたけど、つまり普通の人間なんだ。

 それが世界を壊そうとしたってのは、幕府を倒して明治政府を作ろうみたいな?


「ネビロスが普通の男やったのは間違いないで。元々人望のあるお医者さんやったそうや。でも世界を壊そういう方の意味は違う。自分が言うてんのは古い制度をぶっ壊して新しい国を作ろうって意味やろ?最初に言うたけど、魔王がやろうした事は正確にはわかってへん。魔王は自分の行動を世の中に発表したりはしてへんからね。ただ、魔王の行動の結果が残ってんねん」


 それがさっき言ってた悪影響か。

 人が住めなくほど環境が悪化してるんだっけ?


「それも深刻で拡大し続けてるんやけど、もっと色々あるんよ。詳しくはこっちの世界、アインソフに残ってくれたナガモリが日本語で詳しい資料を残してくれてる。それを読んでくれたら、ほとんど全ての状況がわかるようになってる。俺らが努力を尽くしても手におえない状態とかも分かってもらえると思うわ」


 あのさ、基本的な疑問なんだけど俺にどうしろっての?

 俺なんて何の芸もない高校生だし環境の悪化を改善しろって言われても何にもできないよ?


「自分がそう思うのはもっともやと思うで」

 少女はうなずいて同意を示した。

 そしてまた、俺をまっすぐ見つめてくる。

「じゃあ質問なんやけど、誰やったら問題を解決できると思う?正直、魔王が何をどうやって、今の危機的状況を招いたのかもよくわからん状態やねん。答えてみて、時間ないから手早くね」


 いや、解るわけないって。そんなの魔王に聞くしかないだろ?


「ハイ!正解!というか、俺らも同じ結論になったんや。俺らに不可能なら魔王にやらせたらええやん、てな」


 ん?どういうこと?

 魔王って死んだんだよな?


「だから代わりを探したんよ。魔王ゆうても元はネビロスって名前の人間や。似たような人間は必ず居るはず。数は少ないけど優秀な人材はおったから探してみたんよ。その時点で、もう打つ手が無くなってたしな」


 魔王とか言ってもそんなもんなんだ?

 そんなに魔王になれる人たちが居るんなら、アインソフって世界では魔王って珍しい存在じゃないのか?


「魔王なんて呼ばれるほどの存在は滅多におらんで。そんでも必要なスキル持ちは珍しいけど、それなりに数はおるねん。だから、俺らが下駄を履かせたったらなんとかなるかも?って思ったんやけどね。俺ら天界の眼鏡にかなう人間は結局おらんかったんや。それで、とうとう異世界まで探し回る事になったんよ。メッチャ時間かかったで」


 つまり、俺か?俺の事を言ってるのか?

 自分で言うのもなんだけど、本当に平凡な高校生だ。そんな特殊能力は持ってない。


「当たり前や日本におったら自分に魔力があるかどうかわからへん。日本には魔法なんか使えるやつおらんやろ?まあ、日本には魔力が存在してないから当然なんやけどね」

 そういって少女はベッドの隣に腰掛けながら無遠慮に接近してくる。彼女は至近距離で俺を強い視線を向けて囁きかけてきた。

「なによりな今スカウトに来てるんやで?わざわざ異世界からやで?自分が異世界に来たらすぐわかる。自分に強い魔力があるってな。そして、世界を救う力もあるんよ」


 少女の圧力に押された俺は少し座ってる位置を離してから答える。


 俺が魔王に似てるのか?信じられない。

 それに似てたとして、どうやって世界の歪なんかを直せるんだよ?


「似てるのは間違いない。俺は直接やりあったから信用してくれてええよ。ただな、どうやって世界を正せるかは俺にはわからへん」


 はっ?

 それがわからなかったら、どうするんだよ?


「だから、何回も言うてるやん。魔王が何をどうやって世界が歪んだか分かってないねん。それを含めて自分になんとかして欲しいねん。雲を掴むような話で悪いけど成功できたら本当にヒーローやろ?」


 つまり、誰も見つけることができなかった世界を壊している方法を探し出して、その解決策も発見しろ。それから世界を歪を正せっていうクエストなんだな?

 無茶振りにも程があるだろ?


「誰にもできないことを成し遂げる!そして世界を救う!それでこそ真のヒーローやろ?男たるもの困難に立ち向かうもんやで!」


 いやいやいや。言ってることはかっこいいけどさ、無理だよ。

 もう話は聞いたし帰ってもらっていいかな?




「待った!まだ話は終わってへんで。まだ報酬の話をしてへんやろ?」


 報酬?

 確かに聞いてないけど、当然成功報酬なんだろ?

 それは妥当だと思うけど、成功する気がしないよ。


「もちろん成功報酬やで。でも俺らにとっても最後の賭けなんよ。絶対自分に成功してもらわんとアカンねん。とっておきのアイテムを用意してるで」

 そういうと彼女は俺に手の平を差し出した。

 そこには指輪が一つ載っている。

「これがそのアイテムや。ネビロスを魔王たらしめたアイテムらしいで」


 中央に黒い石が嵌めてある指輪だ。

 二つの金属が互いに巻きあっていて、それが環状になって指輪の形状になっている。


「さっきから言うてるけど、魔王の事は正確には掴めてないんやけどな研究は色んな人間が盛んにやっとんねん。優秀な医師で特に問題なく生活しとったネビロスがな、ある日を境に奇行が目立つようになるんや」

 そういって俺に強い視線を向けながら掌の指輪を示す。

「色んな人間の調査の結果、この指輪を身につけたあたりから素行がおかしくなったとの説が最有力なんや。高価な材料をふんだんに使ってるけど、医療用の魔道具のはずなんやけどね」


 医療用?そんなのもらって俺にどうしろって言うんだ?


「ただの医療用のはずやった、はずなんやけどな。これを身につけたネビロスは莫大な魔力を持つ魔王へと変貌してもうたらしい。俺らも指輪を付けたら変わるんかと思って何度も実験したんやけどな、全然結果は出んかった」


 じゃあ、その指輪は関係なんじゃないか?


「いや、ある程度の高度な術者に持たせるとネビロスと同じ反応を起こすのがわかってるんや。ネビロスとは比べ物にならんくらい弱い効果やけどな。つまり、魔力の多寡と指輪との相性、なによりスキルの有無が影響しとるんちゃうか?ってのが結論なんや」


 つまり、俺がこの指輪を嵌めたら魔王並みになる可能性が高いって事か?


「その通りや。あとなちょっと言いにくいんやけど、死人がメッチャ寄って来るで。ゾンビとか幽霊とかな」


 は?ゾンビ?

 それ付けたら襲われるのか?


「いやいや、メッチャ慕われるんよ。周りにゾンビやら死霊が付き従うようになるらしいわ。それで結果的に代償なしで亡者を使役できるようになんねん。だから、この指輪を俺らは『亡者の指輪』って呼んでるんよ。ある意味凄いチートアイテムやで」


 いや、ダメだろ。

 ゾンビが付きまとうって何だよ?

 日常生活ができないだろうが!


「あら?気付いてもうた?でも大丈夫やから」


 誰でも気付くわ!

 全然大丈夫じゃない。もう帰ってくれ。


「だからさ、ちょっと待って。確かに最初、ネビロスも困ってな。大騒ぎになったらしいわ。まあ、街中に死体を連れ回す事になったみたいやしな」


 さっき言ってたネビロスの奇行ってのがそれか。

 そりゃ誰でも驚くし困ったろうな。


「それでや、魔法の熟練者でもあったネビロスは使役している亡者を現世と冥界に出し入れできる魔法を開発してな。それをその指輪にインストールしとるねん。せやから自分が使う時は心配いらんで。邪魔な亡者は収納しとったらええねん」


 インストールってアプリかよ。

 それに冥界ってなんだよ?

 本当にあるのか?


「わかりやすく言うただけや。冥界ってネビロスが言うてただけで、それが何かは知らん。冥界が嫌やったら4次元ポケットって思っとき。それでな、成功した場合の報酬の話しよか」


もう突っ込みもいいや。

ここまで聞いたんだし、最後まで聞きますよ。


 少女いやマサイエは髪をかき上げ、しっかりと強い目線を俺に向ける。

「成功報酬はな、日本に戻る時に一つ願いを叶える。しかも自分の好きな時間、例えば人生をやり直したい瞬間に戻れる。もちろん記憶を持ったままでな」


 マジでか?

 一つの願いってのは、どういうが可能なの?


「大抵は大丈夫やで、例えばイケメンになりたいとか、抜群の運動能力が欲しいとか、遊んでて東大に楽勝で入れるくらいの頭脳が欲しいとかな。ただし、アインソフから日本に帰る本人に限定した願いやからね。あんまりイケメンとかにすると色々と面倒が起こるやろから、そこは考えてや」


 しかも、好きな年月日にその時の自分の年齢でって話だよな?


「そやで、しかも記憶もったままや。誰にでもある人生のターニングポイントに戻るのも可能や。誰にでもあるやろ?あの時こうしてたら良かった とか、あの時こう言えば良かった とかな。ほんの少し勇気がなかったりタイミング合わへんかった瞬間。それもやり直せるで」


 いや、俺は『年齢=彼女なし』だから、そういうドラマチックな思い出とか

は全くないけどね。

 それでも、魅力的な話ではある。

 ただ、クエストが無謀すぎるんだよな~。


「おいおい。何迷ってんねんな?異世界に行けるチャンスなんて2度とないで?しかも、チートアイテム付き!このチャンス逃してどうすんねんな?」


 まあ、そうだろうけどさ。

 リスク高すぎ。

 他の人に譲るよ。


 マサイエは立ち上がり俺の正面に立って、呆れた目で見下ろしている。

「他の人間がおったら、異界まで渡ってわざわざ来るわけないやろ?もう時間もホンマに無いわ。ここまでやな。アランソフは死滅するわ」


 俺の責任ではないが、そう言われたらなんか悪い気がする。

 本当は俺の代わりだって居るだろ?


「代わりの第一候補は、この娘やな。まあ、能力的にはかなりもの足らんけど他の条件もあるからな」

 そういって、マサイエは自分を指し示した。


 え、どういう事?この娘?

 マサイエ自身じゃないのか?


「何言うとんねん。俺は日本からアインソフに渡ったって言うとるやろ?この顔が日本人に見えんのか?俺本人の肉体はとっくに消滅してあらへん。神様やって言うたやろ。それに俺は男やで」


 マジか?

 なんかオッサン臭い女の子だと思ってたよ。


「そういや言うてへんかったな。この子は俺が依り代に使ってるアインソフの女の子や。自分の協力者にするつもりやったし、それなりに相性の良いスキル持ちやから、依り代に利用しただけや」

 マサイエは吐き捨てるように話す。元々きつい目つきが剣呑な物になっている。

「しゃあないな、この子世界を背負ってもらうしかないわな。まあ、この娘の力量やと世界が終わるのを延命できたら御の字やけどな」


 ちょっと待てよ。その子には何の責任も無いだろ?

 なんでそんな無茶させるんだよ。


「ガキみたいな事言うなや!この娘に責任が無い事くらいわかっとるわ!アインソフはほっといたら崩壊するのが規定路線なんや。そうなったら世界は消滅。生きてる者は全部死ぬ、やったら無茶させなしゃあないやろが!!」


 マサイエの理屈は無茶苦茶だ。

 だけど俺は反論する事ができなかった。


「まあ、関係ない人間に言うてもしゃあないか。怒鳴って悪かった。自分が朝に目を覚ましたら全て忘れてるはずやから、気にせんといてな」

 マサイエが右手を振ると本棚と机に割り込んでドアが現れた。

 それが、異世界への帰り道なのかマサイエはドアノブに手を掛けて俺を振り向く。

「寝てる所にお邪魔して悪かったね、できたら久しぶりに日本の話でもしたかったんやけどな」


 マサイエがドアを開け、暗闇に消えようとしてる背中に俺は声を掛けてしまった。


 なんとく、マサイエがドアを開けてから出ていく間が妙にゆっくりだったような気がするんだが。気のせいか?


「気のせいやがな!いや~良かったわ。これでアインソフは救われるで」

 マサイエは胸をなでおろして笑顔を見せる。

「そしたら、これを嵌めて。指輪を自分で嵌める事で契約完了の証とするで」

 マサイエが差し出した掌には件の指輪が載っている。


 俺はその指輪を手に取り右手の中指に嵌めた。

 それが彼の日本での最後の記憶だ。指輪を嵌めた瞬間に意識が無くなったからだ。



 目の前でぶっ倒れている人間を見ながらマサイエは満面の笑みをみせる。

「あ、しもた~。契約について言い忘れてもうたわ。その指輪使った契約って魔法契約なんや。つまり、精神操作の魔法やねん。簡単に言うと強烈な洗脳なんよ。それで強烈になればなるほど記憶が飛ぶねん。ま、大抵は時間と共に回復するから心配いらんよな。もう契約してもうたしな」


 マサイエの周囲の景色は薄れて消えていく。

 対話していた対象が意識を失っているから、それに依拠している周囲の情報が消えていくのだ。


「ま、心配はいらんで。きっちり自分が世界を救えるようにサポートするからな。まずは、こっちに都合のええ記憶を植えてつけて、、、ちゃうわ、俺が悪い人みたいやん。こいつが何十年かかろうと世界を救えるようにお膳立てしたらんとな。まあ、こいつはもう契約を果たすまで世界の歪を治すコダワリが消えん、消されへんから本人のモチベーションは心配いらんけどな」


 マサイエはまずは異世界アランソフの言語を記憶に書き込む。

 複数の話し言葉に文字、それだけでかなり情報量である。それだけ情報を一度に流し込むのだから、そりゃ記憶ぐらい飛ぶのだ。


「そうそう、こいつが人前で活躍しすぎたら、すぐ魔王の再来やってばれて晒されるやろうな。ほんだら下手したらすぐ殺されてまうで。ちょっと、そこも考えてやらんとアカンな」


 マサイエは不必要なメモリを削除するように、残った記憶を大幅に消し去って新たな記憶を植えつけた。

『できる限り人前に出るな!』と。


「まあ、言うてもすぐ有名なるのは避けられへんから、最初の一年だけの縛りでええか。世界の歪を治すには人間の協力も必要やろしな」


 マサイエは自身が姿を借りている少女の事を思い出した。

「そや、こいつには有力な協力者も設定しとるし、一年もあればかなり成長するやろ。成長してもうたら魔王並みの力があるコイツを殺せる奴はそうおらんしな」


 マサイエの周囲がさらに白く薄くなっている。周囲の世界が消えかけているのだ。

「くそ、時間があらへん。説得に時間かかり過ぎたわ。コイツの能力に下駄を履かせなアカンし、向こうに無いアイテムとかも選んだらんと。アカン、時間ないわ。まあ、メッチャ色々考えたったし、もうええか。適当に下駄だけ履かそう。こっちにあってアランソフに無いもんなんて滅多にないしな。てか、あらへん、あらへん、心配いらんって」


 マサイエは異次元転送の魔法を発動させた。

 ここだけは慎重に完璧にせねばならない。

 時間が足らなければ、他を削るしかないのも事実だった。


「さあ、頑張ってやヒーロー。さて、最後に名前を入力してっと。お互い変な名前に変えられて迷惑やな。ほんま同情するわ。ほんなら俺も影ながら応援してるわ。何十年後かに世界を救ってくれた自分に再会できるのを期待してるで!」

                                      名前を変えられた少年は異世界への転移ルートに乗せられる。

 実はこの異次元の壁を越える転移ルートには莫大な魔力コストが掛かる。

 その為、今回の少年の物は前回使われなかったルートを再利用しているのだ。

 前回とはマサイエ達4人が使った時。4人?いや、前述しているが実は設定されたルートは5人分あった。異世界が歪む前は異界の神々も、今より潤沢に神通力が使えていたのだ。

 だが、無くなった力を嘆いても仕方ない、神々は再利用可能なものを使う事にしたのだ。

 そして、その再利用する為の条件の一つが名前である。


 こうして、名前を変えられた一人の少年が日本から異世界アランソフへと旅立って行った。





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