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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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109  坑道に出る地下水は凍結させます


 タイタニア暦881年、タイタニア帝国を揺るがす大乱が起きる。

 タイタニア帝国の首府ジュノーを機能不全にし、精兵揃いの近衛兵を含む帝国第一軍を壊滅させ、一時期はタイタニア本国の西半分とメリクリウスの大部分を賊軍に支配下されるというタイタニア帝国にとって屈辱の戦乱。後にネビロスの乱とされる武力紛争である。

 その首魁であるネビロスは半年ほどで討ち取られるのだが、その混乱と被害は収まらず、むしろ拡大して魔王禍としてタイタニア暦960年の現在に至っている。

 魔王禍とされる悪影響は大きく分けて二つある。

 一つはこれまで何度も出てきた魔境という現象。

 特定の地域の魔力濃度がとんでもなく高くなる事を言う。生物へ夥しい影響を与え、死に至る場合も珍しくない。

 この地域は拡大を続けている。

 つまり、人間が住めない範囲が拡大しつづけている事になる。

 もう一つは、魔力の枯渇若しくは大幅な減少である。もともと魔力は目に見えない酸素のような存在で、元来魔力濃度の濃淡は様々で少ない地域は珍しくない。その為、こちらの魔王禍に人々が気が付くのは少し遅れた。

 だが、異常はすぐに知れ渡った。

 何故ならこの世界は魔法という技術が人々の生活に直結している世界だからだ。

 魔法という便利なツールが存在すれば、人類がそれを活用しない訳は無い。

 そして、魔法がある事が前提で作られている社会で魔力が枯渇するという事は、私達が今住んでいる日本で電気が無くなるようなもの。ただし、地域限定で。

 当然、大混乱が起きるが、完全に魔力が枯渇する地域は少なく、全く影響が無い地域もある。

 ただ、魔境と同様に程度に差があるにしても魔力が減少する地域は少しづつ、確実に拡大している。それは魔境と同様に人々の暮らしに大きな影響を与えていた。



 そして、魔王禍から5年後混乱が加速しつつあるタイタニア帝国において一人の王が即位する。

 自ら王冠を頂いた男、レオポルド2世だ。

 当時のエルライン公国は19の州を持つタイタニア帝国の支配国の内で2番目の大きさの大国になる。これはタイタニア帝国の常道で、喧嘩の強い大国は内部で細かく線引きしてお互い争うように仕向けている。ガイアの民がいるネルトウス地区と同じパターンだ。

 ただ、エルライン公国の場合元々のエルライン同胞国が有ったのは19の州のうち8州ほどで、残りはタイタニア帝国の支配国になった後、エルスタルの民が荒地を開墾し山を削り谷を埋めて作った沃野だ。タイタニア帝国から魔法を含む高度な技術力を援助され開拓の効率が上がったのだ。そして同時に技術援助を受けてている関係上、どうしても内政に嘴を突っ込まれる事になる。

 つまり、魔法に優れたエルスタルの民はタイタニア帝国の支配下に入ったおかげで、さらに高度な魔法力を身につけたのだ。それを生かし長い年月をかけて沙漠を沃野に、丘陵部を改変して都市を築き街道を通したのだ。


 そして、時代が進むにつれてタイタニア帝国の経済が発展してくれば、どの国も特産品などを作るようになるが、それにも魔法を生かした技術が当然使われていく事になる。

 エルライン公国の大部分は、魔境の影響を大きく受けた。

 社会の基盤となっているエネルギー『魔力』が目減りしてく地域だったのである。その魔力が無くなれば、農作物も商品も、その製造コストが跳ね上がるか製造不能になる。

 その上、魔境の拡大によりオルティウス山地を通る流通の要が使用できなくなった。そうなると地理的にエルライン公国を通る物流は激増する。

 実はエルライン公国は魔王禍直後は大もうけしていたのだが、すぐに困窮することなる。5年後には同国は魔力の枯渇がさら深刻化した。そして、魔力の枯渇の影響がない地区から大量の商品が流入する事になる。

 エルライン公国はルート上の経由地なのだが、それでも地元の経済は壊滅的な被害を受けていた。そして、言うまでもなく、大量の商品の流通が生む関税はエルライン公国にはなんら寄与しない。タイタニア帝国の取り分だからだ。

 その難題山盛りの時期に、即位したのがレオポルド2世だ。




 ナガマサ達が宿屋に行った後の門前の広場にブリュノが4人のごろつきゾンビを連れて戻ってきた。彼らに胡散臭げな目をこちらに向ける隊商達が広場のあちこちにいる。

 商人達はさきほど、ナガマサがどデカイ魔力を練っていたのを目撃しているのだから当然だ。ただ、早朝から出発の準備をしている彼らが未だに広場にいるのは、北門が開かないからだ。

 それどころか、必ずいるはずの門番もいない。

 もっとも何故か兵士達が居ない、という事を確認しているからこそ、ナガマサも街中で魔法を放ったのだ。でなければ、即座に衛兵が駆けつけてきてナガマサは詰問を受けていたし、最悪の場合は逮捕されていただろう。

 本来なら早朝であろうと当番のティモン市民のドワーフ達が門番をしているのだが、偶然老猟師ギルダインからの不審者発見の通報があったのだ。

 何日も前からティモン市民をイラつかせていた怪しい奴らの発見に喜んだ門番達は逃げられないうちにと手分けして族長や有力者の家へ通報に向かったのだ。なにせ、いち早く注進に及べば自分も不審者探索に連れて行ってもらえるかもしれないのである。


 ブリュノは広場に残っている人数が少ない事を直に見取りった。

 レダがナガマサに付いて行く事を主張した為、当然その護衛の4人も移動し、何故かアルドとコージモまで同行したので広場に残っているのはイザベラ、ナザリオ、アンヌ、クランツ、マーセラと護衛のごろつきゾンビだ。

 内心の不満を押し殺してブリュノも広場での警護に加わった。

 本心ではご主人様を追いかけてナガマサの為に働きたいブリュノだが、そのナガマサからの命令が「見張りを生け捕りしろ」と「捕まえたらイザベラ達と合流して警護していろ」なのだ。


 だから、つい語気が荒くなってしまっていた。

「おい! 荷物を目立たない場所に置いておけ!」

 銀獅子騎士団の見張りはナガマサの『長耳』で正確な居場所を割り出した。その情報を元に陰形の魔法が得意なブリュノが捕獲している。その気絶している男の手足を折り曲げ赤子の様に丸めて縛っている。

 つまり、荷物である。

 それをマントを担架の代わりにして、ここまで運んできているのだ。


「ああ?! 誰に口を聞いてるんだ?」

 長剣と小型の盾を携えている男がすぐさまブリュノに低い声で応える。同時に武装してる4人の男がブリュノに敵意のある目を向けた。彼らは生者にしか見えないがナガマサのごろつき達で、全員ゾンビだ。

 そして、実は全員喋れる。


「お前ら亡者共に決まっているだろう? 私がナガマサ様の命を受けている事を忘れたか?」

 少しブリュノの口調が柔らかくなったのは既に自分の失態に気がついたからだ。


「お前こそ忘れたのか、赤目の幻獣野郎! 俺達はお頭の兵士だ。お前に命令される謂れはねぇよ」

「ロクローの言う通りだ! 俺達はナガマサ様の騎士団だ。命令できるのはお頭の他はクリスの兄貴だけだろうが!!」

 マントの担架を掴んでいる男達がブリュノに毒づく。

 が、その手は離さない。

 見張りを運べと命じたのはナガマサだからだ。


 彼らナガマサのごろつき達はナガマサの手によるゾンビである。

 当然だが、クリスと同じ高性能なゾンビなのだ。

 ナガマサはこの異世界でゾンビ作りを趣味にしている。オタク傾向の強い彼は喋る事もできないような作品などは作らない。

 クリスほどではないが、彼らもかなりナガマサの手がかかっているのだ。

 

 彼らが普段喋らないのは、そう躾られているからだ。

 ナガマサではなくクリスの趣味である。

 生前から無口だった彼は、作戦行動中にぺちゃくちゃ喋る兵隊が嫌いだった。ごろつきゾンビが呻き声を上げても決して喋らないのはクリスの方針の為なのである。クリスは任務中は喋るなと命じているだけなので、彼らは作戦行動以外では喋っても良いはずなのだが、クリスとナガマサの前では決して喋らない。

 だが、喋りたい事はある。だから、うーうー、あーあー と呻き声を上げているのである。

 元々素行の悪い、規則などクソ喰らえの無法者たちがナガマサのゾンビ達なのだが、彼らはナガマサの命令は絶対遵守だ。

 既に死者である彼らは幾ら強くてもクリスを必要以上に恐れてはいない。彼らがクリスに従うのは、それがナガマサの命令であるからに他ならない。


 クリスは新たにナガマサの配下となったゾンビ達を使って彼の騎士団を作ろうとしているのだ。

 ナガマサの戦闘スタイルを生かすには彼を守る盾がいる。

 それはクリス一人ではどうしても心許ないのだ。

 クリスの強い進言にナガマサはごろつき達の組織化を認めた。元々ナガマサは彼らの有用な利用法は考えていなかったので特に異論はなかったのだ。

 そうなると必然的にクリスが彼らの指揮官となる。

 つまり、ブリュノにごろつき達への命令権は無いのである。



「おお! 凄いのう!」

 宿屋一家が逃げ出し人気のいなくなったグロース・レオンの食堂でレダの嬉々とした声が響く。

 食堂どころか宿屋の一階の大部分を凍結させた大量の氷はあっという間に撤去されたからだ。


「本当に凄いですね」

 レダの護衛のエルザが目を丸くして言う。

 実は、鉱山事業が盛んなツェルブルクではよく見られる魔法技術なのだが、ナガマサの魔法総量で編む魔法は見慣れた技術でも目を見張るものになるのだ。

 初めてこの魔法技術を目にするサワは声も出なかった。

 もっともナガマサは此の場にはもういない。既に凍結を解除した銀獅子騎士団のメンバーへの尋問を開始しているからだ。



 宿屋グロース・レオンの客室に仮死状態になっている銀獅子騎士団の4人が寝かされている。身動き一つ出来ない彼らだが、ただ横たわっているだけではない。彼らはナガマサと対話している最中なのだ。

 ナガマサの此の異世界での能力をゲームの職業を当てはめればネクロマンシーになるだろう。ゲームや漫画では死霊術師とされゾンビやスケルトン、ゴーストを使役する魔法使いだから、大体あってる。

 ただ、本来のネクロマンシーは任意の死霊を呼び出しあらかじめ用意した死体に憑依させて情報を聞きだす技術者なんだそうな。

 そういう意味でもナガマサはゲームの方のネクロマンシーに寄っている。彼は霊視能力を持っているのでわざわざ死体など用意しなくても、死霊と直接コンタクトできるからだ。

 そして、仮死状態にある肉体でも同様だ。生命力が極端に落ちた人間は生物が生まれ持つ衛気も極めて弱くなっているので、直接魂にコンタクトする事が可能なのである。

 

「早かったっすね。もう終わったんすか?」

 ヤンスは深々と椅子に座り込んだナガマサに水筒を差し出した。

 魔力に疎いゴブリンでも、魔法を使い終えた人間の状態は判断できる。ナガマサは明らかに疲弊していたのだ。


「ああ、なんとか知りたい事は聞けた」

 クリスやイザベラで経験を積んだナガマサは他人の魂の歩き方は既に知っている。彼が本気で魂の深部に潜ればどんな秘密も知る事が出来る。

 ただ、下手すれば悪夢の代償もあるし、ナガマサが本気で情報だけを得ようと実践するのはこれが最初だ。

 自分の能力を実際に運用するのはとても難しく、ナガマサは疲労困憊して座り込んでいるのである。


「大丈夫っすか? ふらふらっすよ」


「ああ、少し休んだらすぐ行こう。こんな場所に長居しないほうがいい」

 ナガマサ達は住人が逃げ出した宿屋に居るのだから当然なのだが、すぐに動きたくないほどナガマサは疲れていたのだ。


 それというのも必要な情報を適度に入手するのがナガマサには難しかったのだ。

 彼は銀獅子騎士団の言い分が理解できなかったのだ。

 ナガマサは彼らの本音と直接向き合っていたのだが、彼らの理屈はわからない。魂と直接コンタクトを取っているので、嘘はない。

 無いのに理解できない。

 黒人というよりも、商人、商業に対する反発。


 なんでだ?

 

 問えば必ず答えてくれるのだが、その答えは強い拒否感情で、アムリタたちの黒い肌はその感情を煽るようであるのは、なんとなく理解できた。

 でも、なんとなくなので、つい質問を重ねるのだが、相手も明確な答えがないのである。


 その為、ナガマサの問いには全て答えるのに、答えが分からないという結果になっていた。

 ナガマサは比較的冷静なプルケウスから、ナガマサ達を狙った周辺情報だけをなんとか聞きだしたのだ。


「ナガマサ様、やっぱりこの男達も始末しないんすか? 」


「ん? うん。ほっといても数日は喋る事も出来ないよ」

 直接魂で対話したナガマサはどうしても、彼らの気持ちとシンクロする。

 そうなると、彼らに危害を加えるのが避けたくなってくるナガマサだ。

 それにナガマサは銀獅子たちの体の状態を正確に把握していた。彼らが歩けるようになるまでは、それなりの時間が必要なる。それも、適切な治療を受けての話なのだ。


「そうっすか、、、」

 ヤンスはナガマサが銀獅子の男達を生かしておく判断をしたのが、少し不満だった。宿屋一家が逃げ出したのもナガマサが手を出すなとの命令があったからだ。

 だが、事情があるにせよ客を陥れる宿屋は盗賊同然である。

 そして、盗賊は裁判なしで縛り首だ。それはタイタニア文化圏において常識だ。

 それでも小さい子供もいたし、おそらく脅されて協力させられていた宿屋一家を見逃すのは分かる。それはなんとかヤンスも納得できるのだが、今ベットで寝かされている男達は別だ。

 本当の狙いがレダだったとしても、明確に危害を向けてきた連中を生かしておく理由は無い。自力救済が基本のこの異世界では自分の身は自分で守るのが基本なのだ。

 もしファナティックなブリュノが此の場にいれば、彼の崇拝するナガマサを狙った男達を絶対許さない。ナガマサの命令が無くても主人を襲った男達を始末しようとするだろう。いや、ナガマサが止めても行動に移すかもしれない。

 それが分かっているからナガマサはブリュノを此処には呼んでいないのだ。

 出来るだけむやみな殺生を避けようと考える現代日本人の彼の気持ちはこの異世界では理解されない。





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