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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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107. 銀髪の獅子


 タイタニア帝国において豊かな土地とは農地として優れた土地を指す。この点では去年の秋ナガマサが居たガイア地方の沃野とエルスタルの民の住むエルライン公国はよく似ている。

 ただ、魔力濃度は全く違う。魔力の薄いガイア地方と濃厚なエルスタル地方。

 エルスタル地方はルキアノス山脈の北部で、もっとも山々に近い人間の都市がある地域だ。大河の恵みと豊かな魔力をルキアノス山脈から潤沢に受け取る事ができる。まさにエルスタルの民から見るとルキアノス山脈は神々の住む地なのだが、同時に荒ぶる神であるドラゴンが飛来する土地でもある。

 エルスタルの民が鍬と魔法を使って農地を広げると決まって、飛竜や存分に魔力を蓄えた強力な魔物達がやって来た。鍬は大地を耕す道具だが簡単に武具へと転用できる。同じく大岩を砕き水路を穿つ魔法の力は強力な武器にもなる。

 魔法力に優れるエルスタルの民はそうして育まれ、豊穣なエルスタルの土地は自らの血を流し汗を流した同国の民の努力により作られたのだ。彼らは本質的に大地に根ざす農夫であり、農場の経営者だ。

 そして、この異世界で農業とは特定の植物や動物のみを育てる行為だ。その目的はその土地を人間の占有物にして人間だけの利益の為の道具にする事だ。ドラゴンが襲ってくるのは必然で、ゴブリンが畑を荒らさない方がおかしい行為である。そして、ルキアノス山脈は魔力というエネルギー始め多様な実りを与えてくれるが、ドラゴンもゴブリンもその他の魔物も山盛りいる。

 それらとの戦いに勝ち残って来たのがエルスタルの民であり、彼らが人一倍自らの故郷を誇る由縁である。

 彼らは時に争い、時に協力し合いながらエルライン平野に広く複数の小国家が乱立しながら栄えていた。

 だが、彼らが誇りもって各部族が並び立っていられた時代は終わる。

 ハトリエ海を制覇したタイタニア帝国が伸張してきたからである。

 この時、タイタニア帝国は支配地を直接統治から間接統治へと方針を変化させている時期であり、それにより帝国の膨張はさらに加速する事になる。

 ちなみに、この直接統治されている地域が現在タイタニア本国とされている地域となっている。 


 

 アルドとコージモが汗だくになってナガマサ一行に追いついた。

 クロエが歓声を上げて迎えている為か、二人ともやけに爽やかな笑顔である。 

 これで全員揃った事になる。突然の予定変更でごたついたが、取りあえず全員無事なのだから、すぐさま此の地を去るという選択肢もあるのだがナガマサはそんなつもりはなさそうである。

 ナガマサは魔力を纏い、その部下達は既に戦闘準備を終えているからだ。

 その様子を見ながら、クランツの双子の妹マーセラは口中を苦くしていた。

 彼女はナガマサ一行の中で料理番を任されるようになっているので、戦闘に加わる必要は無い。

 だが、マーセラは同じ狼人の兄と比べても飛びぬけて優秀な鼻を持っている。

 彼女が普通に注意していたら、今回の異変も誰よりも先に気が付いていたはずだった。

 だが、彼女は昨晩違う事に気を取られて全く宿屋の変化に気が付かず、一人アンヌだけがナガマサに忠告する事態となっていたのだ。


「うわぁ。汗だくだよ、大丈夫?」

「全然!」

「若いからね」

 クロエのねぎらいに競って返事をするアルドとコージモ。どちらも左様とか然りとか口にしない。クロエに気に入られたく必死なのだ。

 そして、土色の顔で彼らを気にしている兄クランツ。

 女の子には、いや人間には大切にしなければならない事がある。それが人間と獣を分けるはずだ。マーセラとクランツのハーマン兄妹は狼人であり獣と蔑まれる事のある亜人だが、彼らは人としての倫理は人一倍厳格に守って生きてきた。その倫理の中でも貞操は何より神聖なもの。それがマーセラの倫理観だ。それ故、それを利用して男に取り入るクロエがマーセラは大嫌いなのだ。

 正直、アルドとコージモなどマーセラから見たらどうでも良い人間ではあるが、クロエの行動は気になって仕方がない。

 だから、昨日アルドとコージモの部屋にクロエが忍び込むのも知っていた。

 兄がそれを気にしているのも分かっていた。 

 クロエの恥知らずの行動にムカついて、そっちを意識していた為、宿屋の異変に気が付かなかったのだ。

 ちなみに、マリー達がナガマサ一行に合流した時からクロエはチャンスを伺っていた。それもマーセラは感づいていた。

 だが、意外とナガマサ一行のガードは固く、先日兄がクロエに引っかかるまで誰もサッキュバスの誘惑に落ちなかったのだ。ゾンビのクリスとゴブリンのヤンスは論外で無理。また、クロエらが陰でウサギと呼んでいるブリュノはナガマサに一途なので相手にされず、本命のナガマサには全く相手にされていなかったのだ。視覚的に男の心を攻めるサッキュバスにとって接近する事も難しい近眼のナガマサは攻略が難しいのだ。

 ゼーフェンでのマーセラの激怒は肉親の失態への怒りも大きかったのである。


 だが、今マーセラの口を苦くしているのは、自分のうかつさだ。

 一歩間違えたら、

 もしアンヌが気が付かなければ、

 彼女達は朝食に毒でも飲まされいたかもしれない。


 その後悔に加えて、強い憐憫の情もあった。マーセラは同時に昨夜見た女給の少女や調理場にいた子供達の運命を思ってしまうのだ。

 自分が甘いのは分かっている。

 宿屋が宿泊客を害するなど言い訳の出来ない行為だ。

 ただ、彼女の特別製の鼻は条件が整えば相手の感情さえ読み取れる。

 彼女は今朝、すれ違う時に宿屋の主人の気持ちを嗅ぎ分けていた。

 必死にナガマサ一行を押し留めようとした宿屋の主人の強い焦燥と恐怖心をマーセラを感じていた。 

 そこから、彼にやるせない理由があったのと自分達に害意の両方とを彼女は確信しているのだ。


「では、あの宿屋は妾らに害意が有ったと言うんじゃな?」

 マリーからの報告を受けたレダは目を輝かせている。

「いえ、確実ではありません。情況から見て不自然ですので、、、」


「うむ、ここは懲らしめてやるか! のうナガマサ?」

 姫様は実際の戦闘が見れるかもとワクワクしてしまっている。

 レダはすぐ傍でオジスの杖を使っているナガマサに声を掛けるが返事はない。

 彼は『長耳』の操作と念話を同時に扱っているので聞こえていないのだ。


「いや、手荒い真似はやめませんか? 折角、危険を回避できたのですから、此の町のドワーフに話して協力を仰ぎましょう」

 ナザリオが遠慮勝ちにレダに意見する。

 正直、彼もレダに逆らう様な事はしたくないのだが、直接戦闘は困る。

 何せこちらは人数が多いが戦闘が不得手の人もいる。というかナザリオやその弟子達も戦闘経験はほぼ無い。

 ナガマサ君もそうだよね? とナガマサを見るがやはり彼は返事しない。


「いや、状況証拠だけでこちらに何の被害もありません。ですから、このまま出発しませんか? 怪しい男が数名いるのでしょう?」

 マリーが冷静な意見を述べる。

 ドワーフ達なら、不義があれば懲罰してくれるだろうが、ナガマサの行動の理由はアンヌの勘だ。何の物証も無い。

 それに、数名でも相手に手練れがいればこちらに怪我人が出る可能性が高いのである。

 だが、やはりナガマサは返事をしない。

 返事をせずにいきなり魔法を発動させた。


「おお? なんじゃ?」

「どうしたのかね?」

 レダとナザリオに返事もしないナガマサ。

 彼は、いきなり纏っていた魔力を行使して魔法を編んでいる。

 それは20秒ほど続いた。

 何度か書いているが、魔導師が魔力を纏うのは戦闘準備だ。剣士で言えば鞘から剣を抜いた状態、銃士でいえば手にしている銃に弾を込めた状態だ。

 ナガマサは魔力を纏っていたので、すぐさま魔法を発動できるのだ。

 ちなみに、早朝で人気が無いからそれが可能だったが、人通りの多い街中で魔力を纏えば直に衛兵が飛んでくる。それほど危険な状態なのである。


「終わった。俺は宿屋に戻るけど、レダとナザリオは此処に残っていていいよ」

 平然と話すナガマサは、そのまま歩き出した。宿屋に戻ろうと言うのである。

「あ、クランツは此処でイザベラとマーセラを守っていてくれ。もう敵は残ってないけどな。あ、一応一郎のチームも此処で警護しててくれ」

 ナガマサの12人のゴロツキは、適宜人数をナガマサが割り振るのだが、最初からチーム分けもしている。


「終わった? 何がじゃ?」

「敵がいない? って、どういう意味かね?」

「今の魔法の説明してもらえますか?」

 突然の魔法に目を丸くするレダとナザリオ。

 さすがに、ナガマサの魔法の行使にも冷静さを失わないマリー。

 ただ、3人ともナガマサの行動を全く理解できていないのは同じだ。


「ああ、そっか」

 ナガマサは足を止めて3人を振り返る。

「念話でな、ブリュノから情報が入ったんだ。奴の予想通り向こうの監視が動いてな。既に一人捕縛した。戦力は把握してるよ」

 ナガマサは元密偵の進言を受け入れていた事をレダ達に説明した。

 即ち、必ずナガマサ達を監視している人間がいる事、それはおそらく複数である事、こちらの動きを宿屋にいる仲間に必ず連絡するだろう事。である。

 実際、アルドとコージモが到着するのを待って、二人いた見張りの内一人が宿屋に戻っている。監視が一人になった時点で即座にブリュノが相手を行動不能にして六郎のチームがそれを確保しているのだ。


「そういえば、さっきからヤンス殿もいませんね」

 マリーはいつもナガマサの周囲にいる小柄なゴブリンが居ない事に気が付いた。いつの間にか彼も動いていたらしい。


「ああ、奴ももう動いてる。分かったらいくぞ、あまり時間がない」


「なんとも、手際が良いのう」

「・・・・・・」

 平然と動くナガマサに呆気取られるレダとナザリオだが、此の手の訓練は実は散々やっているナガマサである。

 彼がこの異世界に来た時に仲間になったクリスはナガマサの戦闘の師匠だ。魔法は不得手の彼だが、教えられる事は何でもナガマサに叩き込んでいる。

 元傭兵でもあった彼は、ナガマサのゴロツキを彼の騎士団にしようとしている。その為の軍事行動も訓練しているのだ。


「待ってください。それでは相手が不明なのに、もう戦闘を行ったのですか?」


「ああ、相手の正体ならブリュノが掴んだ。 銀獅子だとさ」


「銀獅子? ズィルバーン・ レーヴェですか?」

 銀獅子とは銀獅子騎士団ズィルバーン・ レーヴェの略称だ。

 彼らの事はマリーはよく知っていた。ツェルブルクと境を接する敵国の騎士団だからだ。もっと正確に言えば現国王であるレオポルド三世の親衛隊のような集団である。彼らが動いているという事は単純な盗賊などではない。

 その狙いも露になり限定される。


「ああ、なんかそんな名前だったな。ほっとける相手じゃないだろ?」

 そう言ってナガマサは宿屋に急ぐ。

 エルライン公国の騎士が動いているなら、確かに放置するほうが危険である。



 ほんの少し前の宿屋にて


「お父さん、僕ね、ゴブリン君にあったの」

 宿屋グロース・レオンの厨房でアムリタにしがみつくように息子のカイオンが囁く。普段はお利口な7歳児だが、今朝は何かを感じてか彼にまとわりつく。

 アムリタは今しがた飛び込んできた男に追加のお茶を急いで用意しなければならないのだ。

「カイオン、お母さんの所にいなさい。いいかい、しばらく出てきたらダメだよ」

 早朝にも関わらず、昨夜から何か異常を感じるのか三人の子供達は落ち着きがなく両親に傍に居たがっている。

「お父さん、僕の話を聞いてよ」 

 普段お利口な息子カイオンが何故か我を張っている。  



 客がいなくなった宿屋グロース・レオンで黒尽くめの男を中心に3名が優雅にお茶を嗜んでいる。昨夜、アムリタにいきなり声を掛けた男である。


「美味しいお茶だ。芳醇な香りをよく引き出している」

 

「ありがとうございます」

 アムリタは頭を下げながら、ほっとしていた。なんとか機嫌を取りたい一心で細心の注意を払ってお茶を淹れたのだ。


「これはバルミオン産かな? 下がってくれたまえ、アルトゥス君。君が勤勉な我が同胞である事を誇らしく思うよ」

 金髪の男はアムリタを意思を無視し、エルライン公国での彼の名を呼ぶ。


「はい、それでは失礼します」

 アムリタは頭を深々と下げて厨房に戻った。

 バルミオンはエルラインの有名ブランドの高級品。

 今出しているお茶は本当は他の国のルゴス産なのだ。値段の差はかなりあるが、味が良さはほぼ同じでよく売れている商品だ。

 この手の男は、やたらと国内のブランドに拘るのをアムリタは知っていた。だから、詳しい説明は避けたのだ。

 

 宿屋の食堂には4名の黒尽くめの男達が座っている。

 彼らはナガマサ達がゼーフェンを出る時から密かに尾行を続けていた。

 元々は派手に政治的ショーを行っていた2代目マキノ公の動きを監視する為に送り込まれていた密偵達である。彼らは銀獅子騎士団の構成員だが正式な騎士は昨夜アムリタに接触した男だけである。

 あとの4名はナガマサがフェーべで会ったマグノリアや仲間になったブリュノと同業者。つまり、スニーキングスキルを持つ密偵である。気配を消して追跡する事など朝飯前だ。ナガマサの『長耳』の事など知りもしないが、その索敵範囲はうっかり入るような間抜けはいない。その為、今朝アンヌのおかげでギリギリ危機を回避できたのだ。


「プルケウス様、どうなさいますか?」

 彼らは同じ密偵だが、明確に上下関係は存在している。同じテーブルに座っていてもその態度は全く違う。

 お茶を嗜む昨夜の男プルケウスと、全くお茶に手をつけない3名の部下。


「ふん、どうせ行き先は分かっている。予定変更は無い」

 彼らの本命の仕掛けはペレグリーノス岳に伏せている手勢だ。まさか、老猟師にその仲間が発見されているとは知らないプルケウス氏である。 


「はい、卑しい商売人共は失敗しました。プルケウス様どうなさいますか?」

 この工作員達にとって宿屋に手を汚させた事等どうでもよい事なのだ。それには他の意味がある。

 だから、あえて部下はリーダーのプルケウスに問うているのだ。

 命令を失敗した彼らをどうするのか? と

 分かっている答えでも、上司からの命令が必要な場合もある。

 卑しい商売人で、卑しい黒人どもをどう罰するのか? と

 プルケウスの答えが分かっていてもだ。


 宿屋グロース・レオンでお茶を嗜んでいる三名の黒衣の襟には銀獅子の紋章が刺繍されている。レオポルド一世は金髪だったが、血縁の無い二世と三世の親子は銀髪なのである。



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