106. 獅子頭王
グロース・レオン
それは偉大な王を讃える言葉。
普通、獅子頭王レオポルドを指す。
エルライン公国の基となったエルライン同胞国の建国者レオポルド一世の事だ。
その地は強靭な戦闘力・魔力を持つエルスタルの民が暮らす豊かな地域だ。ただ、この民族は高い魔法力持つ人々であると同時に同族同士でひしめきあい、争いあう民族であり、為政者としては治め難い土地柄だった。
だが、その地に獅子の頭を持つ異形の王が現れた。
強大な魔力を持つ長命者レオポルドである。
獅子頭王は自らの異形を逆に利用して争い合う人々の心に円環をもたらした。彼の働きによりエルライン同胞国が誕生した。同族だけでなく、近隣の他民族と手を組み、獣人達とも心を通わせる国だ。
彼はその地の民全てが並び立つ同胞としたのである。
その礎を築き豊かな世界を生み出したレオポルドは伝説となっている。その結果王を讃える言葉『グロース・レオン』も生まれたのだ。
その円満な方針はタイタニア帝国にも強い影響を与えた。
エルライン同胞国がタイタニアの傘下となってからも、それは変わらない。
ただ、レオポルドが民族の団結を必要としたのは、強大な侵略者に対抗する為だった。つまり、当時膨張してきたタイタニア帝国への脅威が原因であったのだから皮肉な話ではあるが。
エルライン同胞国は現在、エルライン公国となっている。
その国はタイタニア帝国の行政区分でエルスタル地方と呼ばれる地域であり、その中枢であり、最も豊かな地域だ。ラスナンティア平原のメリクリウスと並び称されるようになってもエルライン公国ではグロース・レオンの名は讃えられている。
ただ、近年ではその王の名は違う意味が付与されている。
タイタニア暦960現在のエルライン公国の王は、レオポルド3世。
タイタニア帝国に反旗を翻した男レオポルド2世の王太子だった男である。
ちなみに、レオポルド2世と3世は親子だが彼らと獅子頭王とは何の血縁も無い
☆
宿屋グロース・レオンを最後に出たのはアルドとコージモ、それと昨日まではいなかったはずのロリ巨乳だった。
何故か三人はとても仲良しである。
「あれ? もう誰もいないですよぅ」
「大丈夫だよクロエちゃん、俺がついてるし!」
「わぁ、頼もしいですぅ」
「心配いらない! 次の町まで一本道だからね、俺がクロエちゃんを守るから!」
「嬉しいですぅ」
ちなみに誰もいないわけではない。
彼ら、特に友人のクロエを待ってマリーが残っている。
マリーの突っ込みが入らないのは、宿屋の主人の相手をしているからだ。
最後に残った彼女に何故か必死なアムリタの懇願が続いていた。
「それでは、ほんの少しお時間を下さい。すぐに朝食をお弁当に致します」
「いや、お構いなく」
宿屋の主人アムリタの必死の懇願である。
土下座しかねない彼の勢いはただ一人友人を待っていたマリーに向けられている。
「もう、連れが出てきましたので、私も行きます」
「お願いします。お弁当を作らせてください」
ついに、跪いてしまうアムリタ。
まるでマリーが無理難題を押し付けているような画だが、宿代は多めに先払いしている。その上で朝食をキャンセルしているだけなので、マリーは全く悪くない。
困ったマリーは友人クロエに助けを乞う視線を送った。
が、
「クロエちゃん、俺の馬に乗りなよ」
「え~嬉しいですぅ」
「いや、俺の馬に乗ってよ」
「二人共、優しいよぅ」
といいつつ、クロエは巨乳をぐいぐいと見せ付けている。
レダの護衛であるマリーとクロエには乗馬は無い。
護衛の任務の為、あえて徒歩で移動しているのだ。
マリーは情況を把握すると決断した。
「失礼します!」
マリーは素早くアムリタの前から去ると同時に、クロエに差し出されているゾンビ馬の一頭に飛び乗った。彼女は幼少から乗馬を嗜んでいる。
「お二人ともありがとうございます。馬をお借りします」
言うなり、馬を走らせるマリー。
いつの間にかクロエも馬上の人であり、それに続く。
「二人とも早く~、頑張って~」
いきなり乗馬を奪われたアルドとコージモだが、全く怒りはしない。
全身幸せに包まれている彼らは、親友同士で笑顔を見せ合い全力でクロエの後を追った。全身から幸せオーラを撒き散らしながら走るのみだ。
無言で馬を走らせ、レダを追いかけるマリー。
そを追いかけるご機嫌なクロエ。
「ごめん。怒ってる? 私って、ああいうモテナイ男が好きなんだよね」
「・・・・・・」
返事をしないマリーだが、クロエの趣味は熟知している。
「いいんだよね、女ッ気が全く無い男って。もう、可愛くてさ」
「・・・・・・」
クロエは自分の印象を強く記憶してくれることを好む。だから、モテナイ男と童貞は大好物である事をマリーは知っている。
「あ、ちゃんと仕事してるからね。これで二人の仲が悪くなったりしないから」
「ん、分かってる」
マリーはクロエの手際を信頼している。
彼女は間抜けなサークルクラッシャーのような真似はしない。
これでアルドとコージモはクロエの味方になってくれる事だろう。そして、不思議と男同士で喧嘩をしないように立ち回るのでナガマサ一行の雰囲気も悪くはならないのである。
「で、どしたの?」
「どうもしない。ただ、ナガマサ殿の真意を考えていた」
ずっと返事をしなかったマリーだが、クロエの事は分かっている。
同室の彼女が部屋にいなかった段階で、最初から昨夜の後始末をしているだろうと想定していた。
だから別にクロエを怒っていない。ただ、不自然なのはナガマサだけではなかった事に気が付いていた。それについて考えていたのだ。
「あ、あれ見てマリー」
「ああ、どうやら早朝に出発じゃないみたいね」
クロエが指差す先でサワが二人に手を振る。彼女達の到着を待っていたのだ。
そこは宿屋グロース・レオンから2kほど離れた開けた場所。早朝で人影は少ないがタイタニアへ向かう地下通路へ通じる荷物や駄獣を控えさせる場所だ。
ティモンのドワーフ達の旅人への配慮を感じさせる。地下都市にとって空間は貴重なのだが、かなりのスペースを配されている。早朝という事もあり、人影はまばらだがナガマサ一行以外の隊商の姿もちらほらとある。
つまり、この更地のような場所はおそらく集積場だ。
わざわざ早朝から宿を出たナガマサ一行だが、出口に向かわずに其の場に留まっていた。
ナガマサ達に近づいたマリーとクロエ。彼女達はナガマサと彼の部下の様子が地味に変わっている事に気が付いた。
「あれ? よく見ると地味に戦支度じゃない?」
「ああ、ナガマサ殿はやる気らしいね」
ナガマサの纏う魔力とフル装備になっている彼のゾンビ兵。
そして、オジスの杖を手に『長耳』を発動しているナガマサの姿が見える。
既にナガマサとその仲間達は戦闘準備を終えている。
ナガマサは自身の『長耳』を注意深く運用していた。その魔法を使うのに適したロウハリアの内部でさっきまで自分が宿泊していた宿屋と好条件である。さらに彼はヤンスに指示し、窓を開けさせていた。その為、宿屋の周囲だけでなく内部まで把握しているナガマサである。
この技能を使い始めていた頃は、自らの魔力が大きすぎる事もあって色々と失敗もしていた。だが、今では常に磨き続けた技術でもあり、その為のアイテムも使いこなせるようになっている。
宿屋グロース・レオンの周辺にいる人たちは自分が『長耳』で探られているなど全くわからないはずである。




