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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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102. ドワーフの掟


 ナガマサの右手の中指に嵌っている指輪は、ミフラ神マサイエから授かった契約の証であり、彼が与えられた使命を果たすまで外せない。

 この指輪の前の持ち主は魔王ネビロス。現在拡大し続けている魔境を生み出した張本人であり、その行動原理は不明。

 ミフラ神マサイエはこの指輪を『亡者の指輪』と名づけており、何らかのキーアイテムであると考えている。

 この指輪には後家石という貴重な魔石が嵌め込まれており、その石には魔法の術式をインストールする事ができる。

 ネビロスはこの魔法に複数の魔法を入力していた。

 その魔法はナガマサがこの指輪を装備した瞬間から彼の魔力を動力して発動可能になっている。中でも盲人であったネビロスが自動発動に設定している周辺把握の魔法は近眼で暗視持ちではないナガマサも愛用している。

 現在、この魔法はナガマサのもっとも頼りにする知覚となっている。



 ナガマサ一行はロウハリアへの入国で少し揉めていた。

 巨神像の足元から長い坂道を降りると街への入り口がある。そこでの審査と入国手続きがあるのだ。ただ、審査はかなり甘いのだが入国税が想定と違ったのだ。


「はあ? 一人タイタニア銀貨30枚? 高すぎるだろ!」

 温厚なナザリオが珍しく怒鳴っている。

 根が几帳面な彼はきちんと下調べをしており、ロウハリアの入国税は銀貨20枚ほどだと聞いていたのだ。というか地下通路の通行料というのが本当なのだが、ロウハリアに入国しないと安全な地下通路は通れない。


「ふん! 嫌なら帰れ」

 いかついドワーフが吐き捨てる。

 街の門を十数名のドワーフ達が守っている。いずれも豊かな髭を蓄えた屈強な男達だ。頑固そうな男達は番兵としては優秀そうだが、税関職員としてはかなり疑問符がつきそうである。


「こっちが知らないと思っているのか? 相場は一人銀貨20枚だろ! なんで、30枚なのか説明しろ!」

 入国税で銀貨20枚というのも、かなりの高額なのだ。普通こんな価格設定をすれば誰もやってこなくなるのだが、ロウハリアは別だ。この国の地下通路を通らないでルキアノス山脈を越えるのは命懸けになってしまう。

 もちろん、入国税だけでなく貨物などにかかる税は別にある。


「俺が30と言ったら30だ。嫌なら帰れ」

 ナザリオと交渉しているドワーフは別に特別悪辣でも足元を見ているわけではない。元々、ロウハリアの入国税は明確に定まっていない。かなりの部分を地元の担当者に任されているのだ。

 彼の判断には理由があった。ナガマサ一行はどう見ても金持ちそうなのだ。

 貴婦人らしき人間が複数いて、気持ち悪いガードが10名以上いる。それを勘案すれば彼らは貧乏人ではない。

 持っている人間から金を毟り取るのはむしろ必然。

 他より多く取らなければならない。

 まして、人数は多いのに商品となる荷物は全く無い。つまり、彼らの荷物は守られている貴人たちだ。他の行商人より入国税が高くて当然である。


 ちなみに、20年前に若きナザリオがタイタニアからゼーフェンに渡った時は、かなり入国税は安かった。

 このドワーフ達は貧しい者たちからは、金を取らない。

 むしろ、難民などがこのロウハリアに逃れてくれば無償で支援する。

 それがドワーフ小人なのだ。


 そして実際、ナガマサもレダも銀貨20枚が30枚でも、どうという事は無い。今揉めているナザリオにしても、部下の分も考慮しても大した問題ではない。

 かって夢を追ってこの山道を通った貧乏な青年は今や裕福な死霊屋だ。さらに彼はそれ以上の成功だって約束されている身の上だからだ。

 普段は温厚なナザリオが少し熱くなっているのは、若い時に親切にしてくれた無骨なドワーフ達の良い印象が作用している。その為、珍しく周りが見えていない。

 見た事が無い師匠の激怒っぷりに弟子のアルドとコージモも固まって気配を消す事しかできない。


 ロウハリアの門前でマリーは判断に迷っていた。

 ラルンダお気に入りの死霊術師に意見すべきかどうか?

 周囲の情況は門前にナガマサ一行しかいないので、少々長引いても問題は無いのだが、マリーからしたら揉め事は困る。レダを守る護衛の立場からしたら、悪目立ちは避けたい。人目を引いても良い事はないのだ。

 彼女から見ても銀貨30枚は確かに高いが法外というほどでもない。

 レダが起きていたら、全員分の料金だって払うと言い出すかもしれない程度の値段にすぎない。

 ただ、こういう時に頼りになるレダは器用に馬上で丸まって寝たままだ。

 豪気な姫様は騒ぎを気にする様子もないのである。


 困ったマリーがナガマサに目をやると何故か馬上でボーっとしている。 

 結局マリーはヤンスに助けを求める視線を送った。


 だが、マリーの視線にヤンスは応える事ができなかった。

 ナガマサの状態も普通ではなかったからだ。


「長耳か、、、確かに視覚じゃないんだよな、この感覚」

 ナガマサの突然の言葉にヤンスは返事をしなかった。

 声のボリュームから言って彼の声がまともに聞こえるのはヤンスだけなのだが、あえて小柄なゴブリンは黙殺した。

 うつろな瞳で馬上で身じろぎもしないナガマサ。で、ありながら彼の纏う魔力はゆっくりと動く。魔法に疎いヤンスがはっきりわかるほどだ。

 つまり、ナガマサがなんらかの魔法を使用しているのだ。この状態のナガマサが無意識に魔力を使うのは珍しくない。魔力の軋む音が聞こえそうな時もあるのだ。

 ヤンスはこの状態を知っている。

 ヤンスがそれを見て当たり前に対応しているのは、最初にリュナスの町の郊外で目にしてから、癖と言えるほど度々目にしているからである。



「この町、ドーム状の構造が良いのかな? 魔法がよく聞こえる、いや、『長耳』だからか、、、」

 独り言を発し続けるナガマサ。

 彼はこの状態を妄想癖と言っているが、異世界に来てからその癖は悪化している。独り言、妄想ともに孤独な人間の通弊のような物だが、この世界では少し意味合いが違ってくる。

 魔法という力は世界に影響を絶大な影響を与えるのだが、その影響は当然本人にも及ぶ。強力な魔導師には魔術師の紋章と言われる独特の痣が浮き出る事で知られている。それは目に見えやすい変化の一つに過ぎない。

 ナガマサの妄想癖。それは能力の発現と同時に精神への影響の発露である。


 今、ナガマサは声を掛けられても彼はまともな反応はできない。

 その事はヤンスだけでなく、イザベラやクリスも承知していた。

 今のナガマサは、強大な魔導師が無意識に魔法を使っている状態である。

 さすがに危険なので周囲の人間も迂闊に声は掛けられないのだ。


 ここロウハリアは『長耳』という周辺把握魔法を常用しているドワーフが建設している町なので、それの使用効果を考慮した設計をしているのである。その為、ロウハリア内では外より遥かに『長耳』は使い易いのだ。

 その使い易さはナガマサに心地よく響く感覚となって現れる。ナガマサは自身の『長耳』に少し酔っているのだ。

 その知覚はとてつもなく広くも深くもなるのだが、術を操る本人が酔っていては何の意味も無い。


 ナガマサもレダも動けないので、ナザリオを諌めるものは誰もいない。

 彼の怒号は、しばらく続くのだった。




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