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魔王の指輪と壊れゆく世界  作者: 鶴見丈太郎
第4章 タイタニア
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101. 巨神像が鳴く谷


 ナガマサ達がルキアノス山脈を歩んでいる頃、ゼーフェンの王城は華やかな宴が続いており、その町も活気づいている。

 かっての主要な販路であったサメフやエルライン公国への道は閉ざされたが、変わってツェルブルクやフレスベルクへの交易が盛んになっている。

 また交易の中継点としてだけではない。最近開山した鉱山事業により人・物・金が呼び込まれ、それがこの町の特需を生んでいたからだ。 

 さらにマキノ公がこのゼーフェンで大規模な催し行う事によって、その好景気に拍車をかけている。

 この世界の権力者は庶民から財物を納めさせておきながら堂々と踏み倒す輩も少なくないのだが、マキノ公は豪気で気前が良い事でも有名だ。

 もちろんラルンダのそうした振る舞いは金持ちだからという理由だけではなく、計算されたものだ。

 ヴラドルクの民草から信じられない幸運を積み重ねて王妃にまでなった彼女は庶民の視点を忘れていないのだ。

 特にこの町ゼーフェンはツェルブルクの軍門に下ったのはわずか20年前ほど。

 占領地の人心掌握に注意するのは為政者として基本なのだ。


 人・物・金が集まるゼーフェンは情報も集まる。

 この異世界はまだマスコミが存在しないので、ラルンダは意図的にフレスブルクとの友好関係と二代目マキノ公の政治的立場を大規模な祭りを開催する事で表明しているのだ。

 特にツェルブルクとフレスベルクの関係を注視している諸国は敏感にそのメッセージを受け取る。それにより対外的なアピールを行っているのである。


 そして、この世界では情報はかなり速く伝達される。それはこれまでの物語で述べてきた通りだ。




 ナガマサ一行は巨石が並ぶロウハリアに到達した。ロウハリアとはルキアノス山脈に広がる各地下都市の総称なので正確に言うとロウハリアの一つへの入り口に辿りついたのである。

 そこは3つの巨神像が聳え立つ風の強い土地。今まで昇ってきたアンティオコス岳と、そこからペレグリーノス岳を結ぶ稜線にある場所だ。

 木々が無い事もあり見晴らしは良いのだが、見えるの山々だけだ。

 樹木が無い為、レダが馬上で眠っているのがナガマサの魔法のセンサーによく映る。森ではしゃぎ過ぎたのだろう。マリー達が毛布を掛け落馬しないように気を使っているのが、はっきりと分かるくらいだ。


 それらの巨像には大穴が穿たれており、そこからロウハリアの地下深くに風が流れ込むようになっている。この地の住人であるドワーフの手による空気循環システムである。


「さっきから聞こえる音はこれが原因か、、、」


「うむ、ここは山間の強風が常に吹き続ける。それを利用した結果だね。だから、この場所は鳴き谷と呼ばれている」


 ナザリオがナガマサの疑問に答える。強風が山々を渡る時に音を立て続けているのだ。特に巨像が空気を飲み込む時に異様な音がするのだ。その音は泣き声のようにも聞こえるのだ。

 

「それで、これは何だ? ドワーフの偉人? それとも、神様か?」

 ナガマサは独特にデフォルメされた像について尋ねている。

 大きく開かれた口や腕に抱くツボに穿たれた穴を持つ像は、まず空気を取り入れる目的を持つためか奇妙な造形をしているのだ。


「これはテラタヌス、エポナ、タラニスを現しているんだよ」

 それらは、タイタニア文化圏で神聖視されているこのルキアノス山脈でも特に著名な山々で古くから神格化されているのだ。


「山が神様か、そういえば『t』の記載が多い地域だったな」


「ん、なんだって?」


「いや、なんでもないよ」

 ナガマサは咄嗟にナザリオを誤魔化した。

 『t』とはナガモリ文書の地図に記載されていたアルファベットで、どうやら重要なポイントらしい。

 ナガモリ文書はこの異世界の情報を日本語だけでなく、英語に加えてこの世界のタイタニア語とガイア語で綴られている。どうやらインテリだったらしいナガモリは英語以外の言語も使っているらしいのだが、ナガマサにはよくわからない。もちろん英語だって普通の高校生の水準以下である。

 ある程度、その文書を読み解いてくれているのはブリュノだ。

 彼はタイタニア語とガイア語を能くするだけでなく、密偵だった仕事柄かガイア地方の詳細な情報も持っている。それに加えてナガマサへの強い崇拝がある。それが原動力となって文書の解析を行っているのだ。


「それより、これ古い像なんだろ? 誰がいつ頃作ったんだ?」

 ナガマサはナザリオを信用しているが、ナガモリ文書については話せない。この文書は不正に盗み出した物なのだ。


「いや、、、知らないなぁ。知っているか?」

 ナザリオはアルドとコージモを振り返るが彼らも首を振る。

 博学なナザリオだが、何でも知っているわけではない。


「そっか」

 ナガマサは深く追求しない。彼の質問は疑問の答えが目的ではなく話を逸らす為なので十分な成果だからだ。


 だが、


「それを作ったのはラース・カノウスだ。150年くらい前だから、それほど古いもんじゃない」

 突然見知らぬ低い声がナガマサの質問に答えた。

 いつの間にか目の前に長柄の斧を持った男が立っていた。

 

「こ、この風の音でよく話しがわかったな」

 ナガマサは驚いて、つい心中を素直に吐いてしまう。

 目の前の像の下あたりから突然現れた男はナガマサ達から5メートルほどの距離しかない。その間隔でナガマサの周辺把握魔法が男を見落とすはずが無いのだ。

 つまり、この目の前の男は突然現れた事になる。

 ナガマサの警戒と動揺は瞬時に仲間たちに広がってしまう。


「落ち着けよ。ここに入り口があるんだ。というか下の町への穴だ。だからお前の長耳にかからなかっただけだ」

 その男は身長150cmほど、ヤンスと変わらないがその肉の厚みはまるで違う。背は低くとも分厚い胸板と太い胴、それに丸太のような太い両手足がついている。

「俺はな、あんたらが、いつまでも中に入らないから様子を見に来ただけだよ。町に入るなら、早く入ってくれ」

 流暢なタイタニア語を話すその男は、長く大きな鼻と耳を持ち民族的な特長である豊かな髭を蓄えている。


「つまり、あんたがロウハリアの住人なのか?」


 太い眉の下にある目は黒目勝ちでナガマサの想像していたよりつぶらな瞳だ。

 だが、その瞳に意を込めて男は言った。


「そうだ。俺はティモンのマグナ。あんたらの言うドワーフだよ。速く穴に入れ客人達」

 マグナは、はっきりとナガマサを見据えてさらに言う。

「特にあんたみたいに魔力がバカデカイ奴がいたら飛龍が来てしまう。此処は大事な場所でな、ドラゴンに荒らされたくないんだよ」


 この異世界では穴居性動物だけでなく穴居性の人種も結構多い。

 亜人も含めて人類という猿は自然界ではかなり大型の生き物で、文明という武器を手にしてからは、生態系の上位になっている。

 ただ、私達のいる世界では人間は最上位だが、この異世界ではそうとは言えない。

 

 この異世界ではドラゴンがいるからだ。その空からの脅威に備えて、あえて人工の物を含めて洞窟など、地中に住む人々が多いのだ。

 彼らは人類が文化に加えて魔法という武器を携えてもかなわない存在だ。

 特殊な人種である勇者みたいな極少数の人間以外ではである。

 つまり、ドラゴンはこの異世界の覇者だ。

 立ち向かうには一匹のドラゴンに対して、十分に用意をした軍勢と有利な地形が必須となる。

 特にここルキアノス山脈はドラゴン達が住まう山だ。ナガマサがよく手入れをしているドラゴンゾンビのアナンケもルキアノス山脈から飛来してきたのだ

 ナガマサ達のルキアノス山脈越えの山路も初日は深い渓谷沿いで、二日目の今日は深い森を進んできている。二日間で見晴らしが良いのはこの鳴き谷だけなのだ。何れも飛龍が襲ってくる事が出来ない地形であり、この山路はそういった地形を選んで作られている。

 そのドラゴンに教われない安全なルートの重要な箇所がロウハリアだ。ドワーフたちの地下都市とそれを結ぶ地下通路を人間達が利用させてもらっているのだ。


 イエソドの王城の奇妙な岩山の景観も、ベル・ホルムのゴブリン都市も基本的にドラゴン除けの為の建築なのだ。本来、彼らは森と共に生きてきた。

 それなのにルキアノス山脈の膝元で森を開いて畑などをすれば、ドラゴンを呼び寄せるようなものである。

 ベルム・ホムにある村には春になればドラゴンがやってくる。

 それは必然なのだ。



 ドワーフのマグナに伴われ、ナガマサ一行は巨神像の足元からロウハリアへの入り口に入った。

 ナガマサ達のいる位置からは見えなかったが、像の下には高さ3メートル10×20メートルほどの空間があり6名ほどのドワーフがたむろしている。

 つまり、バレーボールのコートほどの広さの空間の片隅に街の入り口を守るドワーフ達がいて、同時に町へと通じるかなり大きな通路が地下へと延びている。

 マグナは単純に穴と言ったが荷駄がすれ違えるほどの幅と高さを持った道が作られているのだ。その道は大きな曲線を描いているのだが、それとはっきり分かるのはこの地のドワーフの地下都市ティモンの壁面に出た時だ。

 ティモンは巨大なドーム状の空間に築かれている。そのドームの壁面に沿うように道が作られているのだ。ナガマサ達はその空間に入った瞬間に最初のロウハリアの町の全景を目にする事になる。

 この地下空間は天然の岩盤に手を加えてドワーフ達が何世代もかけて作り上げたものだ。掘り進めた土砂を彼らが土属性の魔法で岩盤に変えている。それが地下に出来た空間を強固な物へとしている。

 ゴブリン達がベルム・ホムを作るときに使った物と基本的に同じ物だ。だが、数百年の年を経て地震にも耐えてきたこの地下都市は遥かに高度な技術である。


「しかし、明るいね。暗視の魔法なんて要らないな」

 荷駄どころか荷馬車でも楽に通れそうな広い道を降りながらナガマサは感心していた。ロウハリアの内部は地下なのに暗所は無いのだ。

 

「うむ、天上部に光を放つ仕掛けがあるからね」

 ナザリオがナガマサに解説をしてくれる。

 魔法の中でも光を出す魔法は最も単純で魔道具としても簡単に作れる。

 この世界に満ちている魔力というエネルギーを魔法という方法で消費すると魔法光という光を放つ。つまり、ただ魔法を使うだけで光は得られる。ナガマサも使っているトーチという空中に灯火代わりの光球を浮かべる魔法は初心者が最初に覚える基礎的で簡単な物だ。技術的に楽なだけでなく光を作り出す魔法は魔力のコスパが良いので魔法の練習にも最適なのである。

 だから、天井部に光を放ち続ける魔道具を大量に備え付けても何の問題もない。いや、おかげでこの地下都市は外と違って常に昼間になってしまっているが、ここルキアノス山脈は極めて魔力が濃い地域なので魔力の枯渇については心配は要らないのだ。


「俺達は暗闇でも見えるんだけどな。客人達は夜目が利かないだろ? だからだ。いちいち松明とか焚かれると俺達が困るからな」

 松明は灯り出すと同時に酸素を消費するのだ。地下都市では不必要な酸素の消費は好ましくない。

 ティモンのマグナは何故かナガマサ達に同道していた。それもナガマサのすぐ横にいる。はっきりとナガマサをマークしているようだ。


「あのさ、マグナさんは案内人なの?」

 ナガマサは彼を入り口を守る番兵のような立場だと思っていたのだが、何故かマグナはナガマサ達についてきているのだ。


「いや、案内人って訳じゃない。入り口からティモンまで迷いようが無い一本道だからな。ただ少し忠告があってな」


「・・・?」


「お前がボスなんだろ? 悪いが少しだけ聞いてくれ」

 マグナは有無を言わせずナガマサを見据える。

「実は最近から変な奴らがティモンの辺りをうろついててな。最初は硫黄の盗掘にでも来たのかと思ったんだ」

 年中地中を掘っているドワーフ達なので値打ちのある鉱脈を掘り当てる事はめずらしくない。この地のドワーフたちは先年硫黄の鉱脈を見つけて大もうけしている。そして、その情報はすぐに広がる。この世界では硫黄は高価な商品なので泥棒だってくるのだ。


「当然俺達は不届き者を取っ捕まえようしたんだが、逃げられてな」


「追っ払ったんだ? じゃ、もう安全なんだな?」


「うん、、、まあティモンからは追い払ったんだけどな、、、」。


「おいおい。何だよ歯切れ悪いな。どういう事か聞かせてくれよ」


「連中は盗掘目当ての鉱夫じゃなかったんだ。武装した集団だった」

 マグナは口にしていないが、正確には彼らはその怪しい集団を追い払ったのではない。彼らは正体を見せずに逃げたのだ。そんな真似は盗掘狙いのこそ泥にはできない。地の利の有る地元のドワーフ達から消え去ったのだから。


「最初から見間違いとかじゃないか?」


「無いな。俺の長耳も奴らを捕らえた。20人はいたはずだ。足跡は消していたが野営していた跡は発見してるからな。まあ、もう大丈夫だと思うがその騒ぎがあったのがタイタニアへの街道沿いでな。このティモンの地下道を抜けてタレントゥムの辺りになる」

 タレントゥムはルキアノス山脈の主峰テラタヌスの地下にあるロウハリアで険しい山道を回避できる有り難い地下道なのだ。

 つまり、ゼーフェンからタイタニアに向かう旅行者は全て通ると言って過言ではない場所になる。

 地元のマグナとしてはタイタニアへ向かう旅行者に注意しておきたい所なのだ。


 会話してる間に町へ降りる道はそろそろ終わろうとしている。

 マグナは用も無いのにわざわざ一本道を同道しながら忠告しに来てくれていたのだ。

「分かった気をつけるよ。悪いな気を使ってもらって」


「何、当然よ」

 マグナは自慢の髭を触って微笑む。

 この当然の意味をナガマサが知るのはほんの少し先の未来である。

「特にリーダーのあんたは長耳の使い手みたいだからな、忠告した甲斐が有る。連中、移動中ははっきり長耳にかかるからよ」


「さっきから、マグナさんが言う『長耳』ってなんだ?」

 ナガマサはドワーフは長い鼻と耳を持っているので、その事かと思っていたのだが、話しているうちの違和感を覚えたのだ。


「あん? お前、今も使ってるだろ?」

 マグナは少し不思議そうな顔をしながら、元来た道を戻って行った。


 長耳 とは、普段暗所で生活しているドワーフ達が持っているスキルでナガマサがこの異世界に来て以来、知覚としている周辺把握魔法の事である。




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