カヤとチノ
突然冬らしくなり寒さに打ちのめされている、今日この頃。
こんにちは、葵枝燕でございます。
初めて、童話らしき物語を書いてみました。いつまでも暗い話では、それだけしか書けなくなってしまいそうなので……リハビリといいますか、そんな感じです。
投稿してからかなり日付が経ちますが、挿絵を入れました。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
夜の草むらの中を、小さな影が行ったり来たりしています。それは、一匹の小ネズミでした。
ススキみたいな色の毛をしたその子は、カヤといいます。一月前に両親の元を離れた女の子です。一匹で食べ物を探すのも慣れたもので、木の実なんかを次々に見つけていきます。
「何だろ、あれ」
カヤは、ふと立ち止まりました。昨日の夜にはなかったはずのものが、そこにあったからです。
カヤは、そっと近付いてみました。そうして、不思議そうにそれを見上げました。
それは、小さなカヤの身体の何倍も大きな、一つの段ボール箱でした。
「何だって、こんなとこに置いてあるのかしら」
カヤはそれが、何かを入れるための物だということは知っていました。ということは、この中に何かが入っているということです。そんな物をこんな場所――人通りもなく、人目にもつかないようなバス停に置いていくなんて、カヤには理解できませんでした。
(一体、何が入っているのだろう)
気になったカヤは、箱の角を手で触ってみました。そうして、そこに口を近付けて、思いきり噛んでみました。カヤは、自分の噛む力には自信があります。紙でできた段ボール箱にのぞき穴を開けるのは、朝飯前のことでした。
(このくらいでいいわね)
カヤは自信たっぷりに穴を見ました。小さな穴でしたが、カヤにはそれだけで充分でした。
(さぁて、と。一体、どんなものが入っているのかしら)
何だかわくわくしてきたカヤは、勢いよくのぞき穴から中の様子を見ました。
「ひゃあっ」
中をのぞいたカヤは、思わずそう叫びました。そして、今見たばかりのものを思い出して、ふるふると身体を震わせました。
(あれは……見間違い? でも……)
意を決して、カヤはもう一度箱の中をのぞきました。そして、暗闇の中でとらえたそれが、見間違いではなかったことを確かめました。
それは、両親から「出逢ってしまっても、近付いてはいけないよ」と厳しく言われていた生き物であり、カヤのようなネズミにとって最大の天敵といわれている存在――ネコだったのです。
カヤは、静かに回れ右をしました。ネコにとって、ネズミであるカヤはおいしいご飯にしかすぎません。このままここにいれば、カヤはあっという間に食べられてしまうでしょう。だからカヤは、そっとこの場を立ち去ろうと決めたのです。
そのときでした。かすかな音を、カヤの耳はとらえました。
(まずい、見つかった!!)
カヤは、全力で逃げようとしました。逃げ足にも自信があります。そう簡単にはつかまりたくありませんでした。
「待って!!」
カヤの背に、そんな声がぶつかりました。思わずカヤの足が止まります。カヤは恐る恐る振り返りました。
そこにいたのは、箱のふたに両前足をかけて立っている一匹のトラネコでした。淡くやわらかな色合いの黄色の毛が、暗い中でも見て取れました。まだあどけないその顔立ちから、もしかしたら子ネコなのかもしれないとカヤは思いました。
子ネコは真っ直ぐにカヤを見つめています。カヤも子ネコを見つめています。逃げることなど、いつの間にか忘れていました。
「逃げないで」
子ネコはそっと箱から降りて、カヤの元へとやって来ました。カヤは不思議な感覚の中にいるようでした。天敵のはずのネコが目の前に来るというのに、こわくなかったのです。
それどころか、この子ネコの歩き方に違和感を感じ、心配している自分がいたのでした。その歩き方はまるで、デコボコの地面を歩いているかのように、針の敷き詰められた道を歩いているかのように、あまりにも慎重すぎたのです。
「もしかして――」
カヤは思わずそうこぼしていました。子ネコの目が、カヤの立っている方とは微妙にずれた位置を行ったり来たりします。それでカヤは確信しました。
「あなた、目が……」
それ以上言葉を継げませんでした。どんな言い方をしても、目の前の子ネコは傷つくかもしれません。カヤにそんなつもりはありませんでした。
「うん。だから、ここに置いていかれたんだよ」
子ネコが言ったのはそれだけでしたが、カヤは子ネコの境遇を察しました。
ネコは、とてもたくさんの子どもを生みます。きっと、飼いきれなくなってしまったのでしょう。だから、こんな場所に、箱に閉じ込められて置いていかれたのでしょう。子ネコの抱えたそれが、その行為に拍車をかけてしまったのかもしれません。
「そう……」
慰めることは簡単でした。同情することも簡単でした。でもそれは、目の前の子ネコには無意味だとカヤは思いました。カヤは捨てられてここにいるわけではありませんでしたから、この子ネコの気持ちを完全には理解できないと知っていました。
だからカヤは、その代わりにそっと子ネコに近付いたのです。
「あたしのこと、見えている?」
子ネコの足下に立って、子ネコの顔を見上げます。子ネコはそこへ視線を移して、しかしかすかに首を横に振りました。
「ぼんやりとしか、見えないんだ。どんな輪郭なのか、どんな表情なのか……はっきりとは見えないんだよ」
「ここにいるわ。あたしには、あなたが見えているもの」
たとえ子ネコに自分が見えていなくても、カタチも何もわからなくても、自分には見えている――それだけのことでした。それが何になるのか、カヤにもわからなかったけれど、ただそう言いたくなったのです。
「あたしが、この世界を教えてあげる」
カヤは、子ネコにそう言いました。子ネコの目が驚きに見開かれます。
「あたしがこの目で見ているもの、この世界にあふれているもの――できるだけ言葉にして、あなたに教えるわ」
「いいの? ぼく、邪魔じゃない?」
邪魔だと言われてきたのでしょうか。そのことを人知れず抱えてきたのでしょうか。子ネコの過去を思い、カヤはそっと目を閉じました。そしてふるりと首を横に振りました。
「そんなわけないわ」
「ぼく、迷惑じゃない?」
「その目のことを言っているのなら、心配ないわ。だってその目は、授かり物だもの。あなたがあなたとして生まれたことの証だと思うもの」
たとえはっきりと見ることのできない目でも、それにはきっと意味があるとカヤは思いました。何の慰めにもならないかもしれません。それでも、ここで出逢えたことに意味がないなんてことをカヤは思いたくありませんでした。
「あたしはカヤ。ネズミのカヤ。あなたは?」
子ネコが静かにその表情を変えていきます。安心したように、カヤには見えました。
「ぼくは、チノ」
カヤはそっと、子ネコのチノの前足を握りました。見た目どおりにふわふわとした、あたたかくやわらかな手触りをしていました。
「チノ、よろしくね」
そう声をかけましたが、チノからの言葉はありません。カヤはそっと、チノの顔を見上げました。
「どうしたの?」
「本当に、ぼくと一緒にいてくれるの?」
チノは不安そうにカヤを見ました。
「ぼくの友達に、なってくれる?」
願うように、祈るように、チノはカヤを見ていました。
カヤは、その言葉に大きくうなずきました。チノの目にも、しっかり確認できるように。
「あたしはネズミだけれど、あなたといることはできるわ。あなたがちゃんと歩めるように、いつだって一緒にいる。離れるときが来るまで、ずっと」
チノが目を見開いて、それからほっとしたようにほほ笑みました。
「ぼくはネコだけど、きみといることはできる。きみが危ない目に遭わないように、少しでもいい、守ってみせる。別れが来るときまで、きっと」
カヤもほほ笑んで、チノを見つめました。
一匹の小ネズミと一匹の子ネコの影が、しんとした夜のバス停に並んでいます。
暗く寒い夜の底に、幸せそうに語らう二つの影。月明かりがそっと、そんなカヤとチノを見守りながら照らしていました。
『カヤとチノ』、いかがだったでしょうか?
この物語は、私の実体験を下敷きにしています。
あれは、二〇一五年某日のことです。バス停に置き去りにされた段ボール箱に、子ネコが入っていたのでした。しかし、バスに動物を連れて乗車するわけにはいきません。心苦しくもその場を去るしかありませんでした。
チノのモデルは、その子ネコです。そして、カヤとチノの出逢いの場になったバス停のモデルは、そのバス停です。
そんな出来事を元に、この作品を書いてみました。
楽しんでいただけたなら、それ以上のことはありません。
読んでいただき、ありがとうございました。
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改稿情報
二〇一七年十二月十八日、挿絵を入れました。絵は、「SKIMA」様で依頼したそら(そこたら)様が描いてくださいました。転載・使用はご遠慮ください。




