玉城さんの作戦 ②
午後2時17分
『あ~はっはっは』
「──玉城さん」
『あ~はっはっは』
「玉城さんってば」
『あ~はっはっは』
「玉城さんってば!」
祐也は先ほどから笑い袋をいじっている玉城さんの肩を叩いた。しかし玉城さんは、火の消えたタバコをくわえたまま、笑い袋を見つめているだけである。祐也はため息をついた。
(これは、重症だな)
もう玉城さん、魂抜けちゃってるよ。まぁそれも仕方がないことかもしれないが。あれから探しまわったが、なにしろ探し物がトナカイだ。動物園にでも行かない限り、街中にはいない生物である。いや、動物園でも見たことないな。
(まぁ、あのスーツの怖い人達にも奇跡的に会わなかったからいいけど)
正直、そろそろ何か考えないとやばい。
休憩がてら座っている公園のベンチで、祐也は玉城さんから笑い袋を強奪した。
「おい、おまっ……返せ、俺の現実逃避の道具を!」
「現実逃避って何ですか! これは、俺のクリスマスプレゼントです! 玉城さんはトナカイ探して下さい、トナカイ!!」
「現実から逃避したい時もあんだろーが! トナカイなんて探さなくとも、いたら一発でわかるわ!」
確かに。
「でもっ……玉城さんは諦めないで下さい」
「あん?」
「確かに、ヤクザには追いかけられてるし、発信器は玉城さんが踏み潰しちゃうし、トナカイなんて日本にいない動物だし、玉城さんは強引だし人の話聞かないし」
「おい、途中から俺の悪口になってんぞ」
「でも、玉城さんが諦めちゃったら、プレゼントは……」
祐也は、口をつぐんだ。もし、このままトナカイが取り戻せなかったら、プレゼントはどうなってしまうのだろう。
祐也だってサンタは信じていたい存在だ。だから、サンタを待ちわびる子供の気持ちというのはよくわかる。そして、サンタに会えずに『サンタなんかいないんじゃないか』と不安になる気持ちも。そうして最後には『サンタなんかいない』と諦めにも似た感情を抱くことも。
祐也も玉城さんに会うまでは、そんなつらい感情を抱えていた。でも玉城さんは、サンタはいるんだ。ならば『サンタさんはいる』と、信じて待ってる子供達にプレゼントは配らなければ。
『嘘つき』
もう、信じたものに裏切られるのは、嫌だ。
「おい」
ガシッと頭をつかまれて、祐也はビクりと肩を震わせた。
また、ゲンコツでも落とされるのかと思ったのだ、が。玉城さんは、祐也の髪をぐしゃぐしゃに混ぜっ返す。
「ちょ、玉城さ」
「──誰が諦めるっつったよ」
「え?」
驚いて顔を上げる祐也に、玉城さんは笑っていた。
「俺は諦めるっつーのは嫌いなんだよ。まだ諦めてねぇ。作戦を考えてただけだ」
「玉城さん」
初めて、玉城さんがマトモかつ頼もしい大人に見える。後光さえ見えた祐也に、玉城さんはぐっと親指を出して言った。
「よく考えたんだが、やっぱり、あのスーツ野郎を捕まえようぜ!」
「は?」
目が点になった祐也に、玉城さんは楽しそうな顔で説明する。
「スーツ野郎はトナカイの居場所知ってんだろ。都合よく、俺を探してるんだ。適当に一人かっさらって、ボコって、居場所を吐かせよう」
「玉城さん、それサンタさんの発想じゃないですよ?!」
確かに、それが一番てっとり早い気がするが。子供に夢と希望を与えるサンタさんが、それをやっていいのか。
しかし、玉城さんは即断即決、即行動型だった。
「よし、工藤。4時だ。4時まで、二手に別れよう。俺はスーツ野郎をハントしてくる」
「ハントって気軽に言わないで下さいよ!」
「お前は、ここら辺の地理に詳しい。トナカイを隠せるような場所を探して、友達にもそれとなく聞き込みしとけ」
無視された。しかも、なんかまともな指示だし。
「玉城さん、変な物でも食べたんですか」
「食ってねぇよ! 俺は最初からまともだ!」
誰もマトモじゃないとは、言っていない。
それに、大事なことを祐也は思い出した。
「でも、玉城さん。相手は拳銃を持っているんですよ。ボコって居場所を吐かせる前に、撃たれたらどうするんですか」
「そこは、心配ねぇ。俺には特殊能力がある」
新しいタバコに火をつけて、玉城さんは悪い顔で笑んだ。
「理由もなく、まっとうに生きている俺からトナカイさらって、無事で済むと思わせたくねぇからな……返り討ちにしてやるぜ」
まっとうに生きてる人間の表情と言葉とは思えない。しかし、玉城さんはいきいきとしている。
「4時に、この公園に集合だ。いいな」
そう念をおして、颯爽と走って行ってしまった。
「よっしゃ、出てこい! 拉致ってやるぜ!」
「────」
その前に玉城さんが警察に連行されないか、心配になってきてしまった。
現在の時刻、14時40分ーークリスマスまで、あと9時間半。
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
港の近くにある、一つの倉庫。それは樅ノ木組が数多く所有する倉庫のうちの、一つでもある。中にはダンボールがつまれ、それなりに荷物が置かれていた。広さは体育館並みには広く、屋根も高い。
その、今は誰もいない倉庫の中に、沢井は独りで立っていた。
「トナカイと鹿じゃ、違うんだけどなぁ」
若頭が四本足は何でも似たようなもんだと、言っていたけれど。
「鹿は、飛べないし……」
つぶやくように、小さな声で言った沢井は、倉庫の奥の方へ目を向けた。そこには重厚な鉄のドアがあり、中からは動物の鳴き声がしている。
トナカイがしきりに鳴いているのだ。その鳴き声と連動するように、携帯が鳴った。
「──はい、沢井」
電話に出た沢井は、めったに吸わないタバコに火をつける。向こうで通話相手が、何やら苦情を申し立てるように怒鳴るのを、聞き流した。
「あぁ、うん……中身が入れ違っちゃったのは、そっちのミスじゃない?」
更に、何やらわめく相手に、沢井はなだめるように言う。
「大丈夫だよ。彼のトナカイがここにいるなら、彼は必ずここに取り戻しにくる」
言って、冷笑を浮かべた。
「騙してなんかいないよ。じゃなきゃ、組を裏切って君たちに警備システムの情報を流した意味がない」