玉城さんの作戦 ①
玉城さんって、あんな格好してるからそうは思わないけど……
普段は一体どんな格好してるんだろう?
と、ちょっと気になっちゃったりする。
「頭が、いてぇ」
樅ノ木組の若頭は、現在の状況に顔をしかめて頭を押さえた。部屋には幹部の柏木と沢井がいる。
「……で、巻き込んだガキってぇのは調べがついたか」
「はい。盟華学園の生徒ということくらいは」
すかさず書類を眺めて答えた柏木に、若頭は嫌そうに眉を寄せた。
「また盟華かよ。まぁいい、そのガキも見つけ次第、保護だ……くれぐれも傷つけんな」
まだ若い者には、頭に血がのぼると見境いなく攻撃するような輩もいる。釘をさした若頭は、沢井に目を向けた。
「あのチンピラサンタから強奪してきたっていう、あの鹿はどうだ?」
「鹿じゃなくてトナカイですよ、若」
「あぁ? 四本足立ってりゃ皆、似たようなもんだろ」
「その理論でいくと、犬でも鹿になるけどね。まぁいいです。トナカイは、今のところ俺が倉庫で保護してますよ」
「一言多い。管理は全部お前に任せた……で、本題だが」
さりげなくトナカイを丸投げした若頭は眉間にしわを寄せ、うなるように言った。
「盗難に遭った宝石店は、うちのシマで組、おかかえの店でもある。警備の厳重さは、俺がよく知っている」
それが、あっさりと窃盗団によって攻略されてしまった。オヤジの顔に泥を塗る事件でもあったが、それ以前に。
「当日、警報システムは作動しなかった。しっかり解除されてたぜ……警備会社と俺達しか知らねぇはずなのになぁ」
つまり、それがどういうことか。
柏木と沢井は、顔を見合わせた。代表して柏木が口を開く。
「うちの組員の中に、警備システムについて窃盗団に情報を流したヤツがいる、と?」
ニヤリと笑って若頭はタバコをくわえた。
「……そうだ。裏切り者が誰か、洗え」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
午後13時23分。
クリスマスソングがしきりに流れる、イルミネーションで飾られた街中。
『あ~はっはっは』
『あ~はっはっは』
隣で響く笑い袋の笑い声が、クリスマスイブの街中と不協和音を奏でていた。
祐也は歩きながら、無言でそこに視線を向ける。玉城さんはニヤニヤと笑いながら、笑い袋で遊んでいた。
「……玉城さん」
祐也はとうとう、隣で歩く玉城さんに話しかける。
「いい加減、その笑い袋しまって下さい」
その笑い声を聞いていると、なんだか疲れる。精神的に。
玉城さんはタバコを吸いながら、怪訝な表情を浮かべた。
「何でだよ。いーじゃねぇか」
「よくありませんよ、全くよくないです。つーか、何で俺の笑い袋を、玉城さんが普通に持ってるの? そんなんでも、一応クリスマスプレゼントなんだけど」
憮然として祐也が笑い袋を引ったくると、玉城さんは舌打ちして言った。
「そんなんとは何だ、そんなんとは。笑い袋でも心のこもった立派なプレゼントだぜ」
「心がこもってると言っても、明らかに一般的な心のこもり方じゃないですけどね。絶対に面白がって送ったんですよ、それ」
げんなりする祐也に、玉城さんはタバコの煙を吐き出した。
「まだプレゼントあるだけいいだろうが」
「そりゃそうですけど」
でも笑い袋ってどうだろう。いっそのことない方がマシだと思えてくるのは、俺だけだろうか。
そこまで考えて祐也はハッとした。そうじゃない。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、玉城さん」
「あ?」
「とりあえず街歩いてますけど、これからどうするんです? 何か、作戦でもあるんですか」
そうなのだ。今二人が街中を歩いているのは、玉城さんから言い出したことだ。しかも一言だけ『よし工藤、とりあえず外出るぞ』である。
玉城さんはトナカイがないと、プレゼントが配れない。でも、今からトナカイを呼ぶのは無理らしいし、だからと言って自力で配るのは不可能に近い。つまり、クリスマスプレゼントを配り始めるまでに、トナカイを取り返さないといけないということだ。
もうここまで、気持ちいいくらいに全力で巻き込まれた祐也としては『どうせなら最後まで付き合ってやろう』という気持ちだ。どうせクリスマスイブもクリスマスも予定ないし。
玉城さんは道端でケーキを売っている、ミニスカサンタのお姉さんを、ボーっと見ながら答えた。……本当に真面目にやる気あるのだろうか。
「もちろん、作戦ならある」
「ほら、やっぱりあるって──ん?」
何気なく聞いていた祐也は、思わず聞き落としそうになった。
「え、あるんですか。作戦」
どうせ何も考えてないと踏んでいた祐也は、それを聞いて目を丸くさせた。玉城さんは得意げに言う。
「こういうこともあろうかと、トナカイには発信器がつけられてるんだよ」
「じゃあ、もうそこに行って、トナカイ奪ってくればいいだけじゃないですか」
祐也は驚いて玉城さんを見た。
そうか、発信器がついていたのか。それだったら、玉城さんがフラフラと街中を歩き出したのにも納得がいく。安堵して、祐也は息を吐き出した。
「そうならそうと言って下さいよ。俺はまず、オジサン達の居場所から探さなきゃいけないと思ってたんですよ」
「そんなもん、今日どころか1ヵ月かかっても無理に決まってんだろ。いや、常日頃から用意周到でいいね、あの機関は」
「まさに、備えあれば憂いなしですね」
祐也がそう言うと、玉城さんはゴソゴソとポケットをあさった。そして中から取り出したのは、黒くて薄い板みたいな機械だ。
(ポケットから何でも出してくるな)
あのポケットには、一体どれだけ入ってるんだか。
玉城さんは、機械を操作し、ニヤリと悪人めいた表情を浮かべた。
「場所がわかったぞ」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
「ここだ」
玉城さんは、サングラスをキランと光らせながら、ザッと地面を踏みしめた。そこは近場の港で、あれから歩いて10分もかからない場所である。周りに人はいない。代わりにズラリと倉庫が立ち並んでいるだけだ。
玉城さんはほくそ笑むと、さっそくトナカイの場所をつかもうと機械片手に歩き出した。
「おっ工藤、近いぞ。かなり近い……ということは、そこの倉庫か」
言って歩き出した玉城さんに、慌てて祐也もついていくーーが、その瞬間。
グシャ
何か、不吉な音が足元のほうからした。
「────」
「────」
すごく、嫌な予感がする。
玉城さんは、ピタリと足を止めると、おそるおそる靴をどけた。すると、そこには赤いリボンと共に、黒い残骸が散らばっている。
祐也は、ほぼ絶望的な気持ちで、玉城さんに尋ねた。
「もしかして、もしかしなくても。それが発信機だとか、言いませんよね」
玉城さんは無言で地面を見つめるだけで、答えなかった。
しばらく、妙な沈黙が玉城さんと祐也の間に流れる。ふいに、玉城さんは黙ってリボンを拾うと、ポケットへ突っ込んだ。
どうでもいいかもしれないけど、玉城さんって何気に拾い癖あるよね。いや、本当に、マジでどうでもいいけど。
「──ハ、ハハハハ」
いいなり、玉城さんから乾いた笑い声があがった。とうとうおかしくなったのかと思ったが
「ま、なな何だ。こ、こういう日も、あるよなぁ~」
違うらしい。かなり、焦って動揺している。
「玉城さん、現実逃避はやめよ。こういう日ってどんな日? 明らかに動揺してるんですけど」
祐也が言うと、玉城さんはピタリと乾いた笑い声を止めた──いきなり止まると怖いんですけど。玉城さんは舌打ちして、タバコに火をつける。
今度は、重い沈黙が、二人に訪れた。そうして、たっぷり息と煙を吐き出すと、玉城さんはキリッととした表情を祐也に向ける。ポンと肩を叩いて言った。
「よし、とりあえず街歩くか!」
つまり、発信機がなかったらお手上げってことか。