玉城さんの事情 ③
ソファにどかりと腰をおろすなり、タバコを一本取り出す。そうして、ゆっくりと息を吐いてから、玉城さんは、まるで一試合終えた戦士みたいな顔つきで額の汗をぬぐった。
「いやーあれは今までにない戦闘だったな」
祐也はそれに冷たい視線を向けるのみだ。思わずジト目になる。
「何が戦闘ですか、ごまかさないで下さい。ただ単に宅配便が来ただけでしょうが」
カッコよく廊下に飛び出したものの、あの後、玉城さんは玄関にすら辿り着かなかった。途中で足がつったらしい。
スパイ映画だか刑事ドラマだか知らないが、あんな慣れない壁づたい歩きなんてするからだ。いきなり廊下に転がって玉城さんが手足をバタバタし出した時には、サイレンサーの銃ででも撃たれたのかと思って、ヒヤリとした。本当に。
結局、祐也が普通に歩いてドアスコープを覗いたところ、オジサンはオジサンでも宅配便のオジサンだったことが判明した。
「玉城さんがしたことと言ったら、足がつって床で転がっただけじゃないですか」
受け取りのサインをしている間、玉城さんが床でのたうち回るのを、配達のオジサンが不思議そうに見ていたのを思い出す。その姿を思い出した祐也に、玉城さんはわざとらしい咳払いをして配達物に目を向けた。
「で、その郵便物はなんだ? まさかヤツらが送りつけてきた爆弾じゃないだろうな?」
「まさか」
桐嶋じゃあるまいし、そんなことがあるわけない。
「親からの贈り物みたいです。クリスマスプレゼントじゃないんでしょうか」
祐也が旅行について行かなかったので、両親がプレゼントを送ってくれたらしい。あの両親にそんな甲斐性があるとは驚きだった──が。
言葉を続けようとした祐也は、ハッと表情を強ばらせた。そういえば。
(……高遠って、大丈夫なのかな?)
銃を持ったスーツの人間に追い回されて、すっかり忘れていたが、悲鳴を残して連絡の取れなくなった友人は、生きているのだろうか。
祐也は即座に携帯を取り出して、チェックした。
「着信もメールもない、か」
「どうした?」
いきなり真剣な顔つきになった祐也に、玉城さんは怪訝な顔をする。
「いえ、ちょっと」
言いながら、高遠の携帯にかけて、テレビのニュースをつけた。
「友達の安否確認を」
「安否確認?!」
電話は、繋がらない。
『見境交差点で、トラックと乗用車が衝突し、見境道路は渋滞となっています。非常に大きな事故となり、近くの通行人も巻き込まれたとの情報もありますが、詳しいことは、わかっていません』
一瞬、テレビから流れるニュース内容にヒヤリとしたが、違う。高遠が悲鳴を上げたのは朝の10時前の話であって、このニュースの事故の前のことだ。
他には……
『次に、宝石店の窃盗です。3日前の深夜、何者かが宝石店に侵入し、数千万相当の商品を盗まれたとのことです。犯人は複数とみられ──』
嘆息して、祐也は胸をなでおろした。
どうも、昼前のニュースを見る限り、高遠が巻き込まれたような事故や事件はなさそうだ。
「おい、何かあったのか?」
「いいえ、何もなくて安心しました」
「は?」
一息ついた祐也は、もう一度深呼吸して、気持ちを切り替えた。高遠の無事はとりあえず確認できたので、次は自分の問題だ。
「で、玉城さん。どうして俺がアンタを家にかくまっているのか。話してくれるんでしょうね?」
両親からのプレゼントの箱に手をかけて、祐也は何気ない調子で尋ねた。唐突に本題に切り込んできた祐也に、一瞬だけ玉城さんが黙る。
テレビの画面から玉城さんに視線を移した祐也に、彼は観念したように両手をあげた。
「まぁ、なりゆきとは言え、巻き込んじまったのはしょうがねぇからな」
「なりゆきって」
巻き込まれたこっちとしては、銃口は向けられるわ、ゴミ収集所に体つっこむわ、大迷惑極まりないのだが。
プレゼントの箱に手をかける祐也に、玉城さんはサラッと告げた。
「まず言っておくが、俺はサンタだ」
「…………」
箱のラッピングを解く手を止めて、祐也は思わず玉城さんを見た。
「玉城さんって下の名前、三太さんなんですか? さすがに、その格好でそれはダッサイですね」
しかし、そんなことはどうでもいいんだが。
祐也が怪訝な表情でそう言うと、玉城さんが半眼で睨みつけてきた。普通に怖い。
「わざとか? 本物だよ、本物」
言いながら、玉城さんはタバコに火をつけた。よく見ると、空っぽだった灰皿にタバコの吸い殻が山盛りになっている。玉城さんいつの間に?
祐也は灰皿を見ながら反論した。
「本物って何がですか? 心配しなくても玉城さんは疑う余地なく男ですよ」
言い終えるや否や、思いっきりげんこつを落とされた。
「いっ~~~~~」
「なんの心配だ、なんの! てめぇマジで1発殴るぞコラァ!」
そう言いながらグリグリとグーで頭をえぐられる。
「イタタタタ! 穴開きますって! 頭蓋骨に穴があく!」
冗談抜きで痛い。つーか、もう殴ってるじゃないか!
「だから、サンタクロースだよ! 俺は本物のサンタクロースだっつってんの!」
何とか逃れようとしていた祐也の動きが、ピタリと止まる。
さんたくろーす?
十秒ほど固まった後、まじまじと玉城さんを見た後、祐也は素直な感想を述べた。
「サンタクロースって……ないない。そんな不良やチンピラみたいなサンタさんなんて」
ゴンッ
先ほどより容赦なく、玉城さんのげんこつが投下された。
「痛ぁっ……」
頭蓋骨が揺れたような鈍い痛みに、祐也は頭を押さえてうずくまる。そろそろ本当に割れそうだ。対して、玉城さんは舌打ちと共に、ソファでふんぞり返りると、煙を吐き出した。
「だぁから、俺がサンタだっつってんだろ? ないないって何だよ、全否定かこの野郎」
「だって」
祐也は口ごもった。サンタクロースと言えばクリスマスの定番だが、その姿を見たヤツは祐也の知る限りいない。サングラスにシルバーアクセサリーをじゃらじゃら付けた、恰好だけサンタのチンピラ男に『俺はサンタさんなんだぜ』と言われたところでハイ、そうですかと受け入れられる訳もない。だって──
「だって、イメージ違い過ぎますよ! サンタって普通、白髪頭でキモイぐらいにヒゲはやしたおじいちゃんでしょ?」
「それはお前の勝手な想像でありイメージだ。しかも何だ、キモイって。かわいそうじゃねぇか」
別に俺個人じゃなくて、ごく一般的な認識なんだけどな。
玉城さんは、ため息混じりに言った。
「だいたいなぁ。お前、よく考えてみろ。あんなじじいが、全世界の子供達に一晩でプレゼントを配りきれると思うのか?」
「いや、それは」
「無理だろ? 配れたら、スーパー通り過ぎてハイパーだぞ。ハイパーじじいだ。時速何キロのソリ使ってんだよ」
まぁ、確かにそうだけど。
「でも、玉城さんには『サンタクロース』じゃなくて『玉城』って名前があるでしょ。それって、普通に日本人ですよね?」
「あん? サンタは俺だけじゃねぇんだ。サンタに個々の名前があるのは、当たり前だろ。それとも何か? サンタ1号2号か。1号2号なら満足なのか?」
誰もそんなことは言っていない。むしろ、なんか違うものを連想するから、サンタ1号2号はやめて欲しい。っていうか。
祐也は驚いて玉城さんを見た。
「サンタって、何人もいるんですか? 玉城さんだけじゃないの?」
なんか今『俺だけじゃねぇんだ』っていう言葉が聞こえた気が……
玉城さんは呆れた表情を浮かべた。