玉城さんの事情 ②
「はぁースッキリ」
玉城は髪をふきながらソファに腰かけた。今は工藤が風呂に入っている。響くシャワーの音を聞きながら、玉城は工藤祐也と名乗った少年の姿を思い浮かべた。
背は170cm程のやせ形で、特に何色にも染めていない黒髪。顔はキリッとすればカッコいい分類に入るだろうが、目が少し大きいからか、笑顔が仔犬みたいで、カッコいいというよりかわいらしい印象を受ける。ともあれ、至って普通の高校生だ。
玉城は思わず心の声が口に出た。
「ちょっと、不用心なんじゃねぇのか」
さっき会ったばかりの他人を、自分の家にあげてしまっていいのだろうか。しかも、親もいない家で二人っきりの上、相手はサンタ衣装で怪しげな、自分よりも身長が高い体格差のある人間だ。(それに追われている身の上だし)もし玉城だったら土下座されても家にはあげないだろう。
それを、あの工藤とかいう少年は何の質問もせずに、堂々と街中を歩いて、友人を招くような感覚で玉城を家へ連れて来た。
(警戒心ってもんはねぇのか、あいつ)
それで騙されやしないのかと、逆にこっちが心配になる。でも……
玉城は苦笑を浮かべた。
「ああいう人間がいるから、俺達は存在出来てるのかもな」
まぁ、今は工藤うんぬんより。
(ヒマだな)
ひたすら、ヒマだ。
玉城は特にすることもなく辺りをキョロリと見回した。すると、近くのドアにプレートが下がっているのを発見する。
『 Yuya 』
玉城は笑みを浮かべ、タオルを肩にかけて立ち上がった。
よし、工藤の部屋でものぞいてみるか。玉城は気軽にドアを開けた。
ドアを開けた先は、とてもきちんとしている。男の部屋というには、あまりに整頓されている簡素な部屋だった。しかし、
「お?」
一部の棚だけ、ごちゃごちゃと何やらたくさんのものが置かれていた。それは光を受けて金色に輝いている。玉城はほーと感嘆の声を上げた。
おびただしい数のトロフィーが、小さいものから大きなものまでたくさん置いてあったのだ。しかも、下の方の段には賞状らしき厚紙が何十枚か重ねられていた。
(ここからじゃトロフィーも賞状も字が読めねぇな)
何のトロフィーか気になった玉城はその棚へと足を踏み出そうとした。そんな時だ。
「なに勝手に人の部屋のぞいてんですか。玉城さん」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
全く、何してんだ、こいつ。
半ば呆れて祐也が肩に手を置くと、勝手に部屋をのぞいていた玉城さんは、ビクッと体を揺らした。
「おまっ……どっからわいて出て来やがった?!」
心臓を押さえてそう言った玉城さんは、どうやら本気で驚いたらしい。しかし、いくら驚いたからって何も『わいて出た』は酷くないだろうか。
「まるで虫でもわいたみたいな表現はやめて下さい」
「だって全く気配が無かったぞ、お前……お? おぉ、制服発見」
許可無しに本人の目の前で、一歩踏み入り部屋をのぞく玉城さんは堂々としている。本当に。
(玉城さんはこういう人なんだ。もう無視だ、無視)
祐也がため息をつくと、玉城さんが珍しく真剣な顔でこちらを見る。
「工藤! お前、これ盟華学園の制服だぞ。よその学校の制服盗ってどうすんだ、忍び込むのか」
さすがに無視出来ない言葉が飛び出してきた。
「は?」
思わず、真剣に我が耳を疑った祐也に、何やら玉城さんが力説してくる。
「『は?』じゃねぇよ。いいか、盟華学園って言ったら、超お金持ち学校の永華やら、選ばれた人間しか通えねぇエリートの桜華やらと肩を並べる名門校だぞ」
確かに、玉城さんの説明は間違ってない。
部屋の制服を間近で見ようと踏み出す玉城さんを止めつつ、祐也は肯定した。
「盗んでないってば! 俺はれっきとした盟華学園高等部の生徒です!」
「嘘だ。盟華学園の高等部っていったら、やたらと学科が多いせいで倍率すげぇってきいたぞ。工藤が通ってるわけがねぇ」
「何でそんな頭ごなしに全否定なんだよ。いい加減殴りますよ? 俺は幼稚舎からの内進組なんで、高等部の受験はしてないんです」
盟華学園は幼稚舎から大学までの一貫校なので、たいていは祐也みたいに幼稚舎や初等部で入学してエスカレーター式で大学までいってしまう。そのまま進級していけば、人数はたいして変わらないのだが、義務教育が無くなった高等部になると、一気に学科が増える。
普通科はもちろん、理数科、情報処理科、商業科、体育科、音楽科、芸術科、芸能科など様々あるおかげで、高等部を受験する人数は爆発的に多くなるのだ。その結果、高等部の倍率は毎年すごいことになるという訳だ。
玉城さんは、まだ信じがたいといった表情で祐也を見た。
「盟華学園って、あの学園都市って呼ばれてるあそこだよな?」
「だからそうだって! その他に盟華学園という名前の学校はないです」
盟華学園は、幼稚舎から大学まで全て同じ敷地内にまとめて校舎が建っているため、まさしく学園が都市と化していると言っても過言ではない。従って、玉城さんの認知している盟華学園と、祐也が言っている盟華学園は同じものである。
さすがにこれ以上、疑問を挟む余地はなかったのか、玉城さんは一応、頷いた。
「へぇ、そーか。お前があの名門校の生徒とはなぁ」
『世も末だな』と、玉城さんの口が動いたのが祐也にはわかった。
「本気で殴り飛ばしますよ? だいたい、人の部屋に無断で侵入しておいて──」
「あぁわかった、わかった。悪かったよ、出ていくって」
やっと興味をなくしたのか、最早どうでもいいのか(おそらく後者だろう)玉城さんは、面倒そうに頬をかきながらリビングへ戻って行く。祐也はドアを後ろ手で閉めながら、その背中に向かって嘆息した。
全く、人の部屋のぞくなんて玉城さんって本当にデリカシーがないんだから。
(まぁ別に見られて困るものなんてないからいいけど)
さすがに、玉城さんも悪いとは思ったらしい。
「チラッと見てみたら、なんかトロフィーがたくさんあったからな。こう、気になるじゃねぇか」
とかなんとか、モゴモゴと言い訳めいたことを言った。
祐也は玉城さんが言っている物にすぐに思い当たって、あぁと納得したような声をあげる。
「あれですか。あれは──」
ピンポーン
ちょうど、祐也の言葉を遮るようにして鳴った呼鈴に、祐也と玉城さんは思わずビクッと体を揺らした。
「…………」
お互い無言で、顔を見合わせる。その表情は二人とも引き締まって、もしくは引きつっていた。きっと考えていることも同じだろう。
(もしかして、もうさっきのオジサン達にかぎつけられた?)
祐也と玉城さんの間に緊張が走った。
祐也はおそるおそる足を踏み出して、玉城さんに腕をつかまれる。振り返ると、いつの間に出したのか、玉城さんがメモ帳を祐也の目の前に突き出した。そこには意外と綺麗な玉城さんの字が並んでいる。
『やつらは銃持ってるんだぞ、むやみにドアに近づくな。とりあえずオレが行く。おまえはここで持機しろ』
玉城さんを見た祐也に、彼はグッと親指を立てて笑った。カッコいい所もあるじゃないか、玉城さん。祐也は正直、見直した。
(でもね、玉城さん)
スパイ映画の主人公よろしく壁に張り付いて玄関へ進む玉城さんに、祐也はそっと心の中でささやいた。
(待機の漢字、違ぇよ!)
×持機→◯待機