玉城さんの事情 ①
玉城さんって偉そうなんじゃなくて、ただ強引すぎるだけなんだよね。
最近の俺のどうでもいい発見。
樅ノ木組。
それは、盟華学園の近くに事務所を構える、いわゆる仁侠と仁義に生きている世界の方々が働いている組だ。弱きを助け、強きを挫く──昔気質の人情に比較的厚い組として、混乱と犯罪を統治により抑えている。特に(何故か盟華地区に多い)人智でも理解の範疇を超える怪奇な事件の収拾にも一役かっている、素晴らしく住民に優しい極道といえるだろう。
そんな、樅ノ木組の事務所内では、ブリザードが吹き荒れていた。
「……てめぇ、もう一度言ってみろ」
低くドスの効いた声は、決して大きくはないのに、やけに室内に響いた。
発言したダークグレーのスーツを着た男は、まだ青年といえる程に若い。しかし、室内の空気を支配しているのはこの男だ。“極道”という単語のイメージからは少し想像がつかない、黒髪に中性的で端正な顔立ちをしている。それだけに、黙って睨まれると威圧感と迫力があった。
ローテーブルを挟んで向かい合う青年のその迫力に、押されたように組員は報告を繰り返した。
「その、目的の人物を見つけて追いかけましたが、通行人の少年を人質にとられ──逃げられま」
ダァンッ
報告を遮るように、目の前のローテーブルに片足を乗せて青年がぐいっと身を乗り出す。その顔には柔和な笑みが浮かんでいたが、目は全く笑っていなかった。
「逃げられただぁ? ただのチンピラ風情に、お前達が。しかも、一般人のガキまで巻き込んで?」
「すっ…すいません! 若頭!」
速攻で土下座した組員に、若頭と呼ばれた青年は足をテーブルから下ろすと、舌打ちした。
この若頭、見た目は上品で綺麗で中性的な顔立ち、頭もキレる。しかし、中身は言葉遣いも荒く、大雑把で、すぐに足も手も出るといった、まさに見た目を裏切る典型的なタイプといえた。
青年がタバコをくわえると、近くにいた腹心の幹部が黙って火をつける。こめかみに青筋を浮かせながらも、ゆっくり息と共に煙を吐いた。そして、近くにいた幹部に指示する。
「柏木、あいつらがすべきことが何か、わかってねぇみてぇだから、教えてやれ」
言われて、柏木と呼ばれた幹部が前に出た。鳶色の髪を左分けにした、20代後半ほどの青年だ。
「はい、では皆さん横に並んで下さい」
穏やかな微笑を浮かべて指示をした柏木は、迷いなく刃物に手をかけた。その瞬間、笑顔が消えた。
「指を出せや、ボケどもが! 血を流さねぇとわかんねぇのか、あ?!」
低く、ドスの効いた声で刃物をスラリと抜いた柏木に、組員は悲鳴を上げる。
慣れた手つきで刃物を逆手に持ち変えたところで、若頭が慌てて止めに入った。
「待て待て待て! 誰が詰めさせろっつったよ?!」
パッと柏木の持つ刃物を奪い取ると、柏木は怪訝そうな顔をした。
「しかし、若。教えてやれって言いましたよね?」
穏やかな調子で問う柏木は、先ほどとは違う、元の様子に戻っていた。それを確認して、若頭は手で額を覆ってため息をつく。
「そういう意味で言ってねぇんだよ。この忙しい時期に、怪我人増やしてどうすんだ」
その一連の様子に、組員達は改めて痛感した。
柏木は、刃物を持たせると人が変わる。
「柏木はさぁ、むやみに刃物持っちゃいけないんじゃない?」
笑いながら、それでも組員達が強く思ったことを代弁するように言ったのは幹部の一人、沢井だ。
いつも笑みを浮かべていて、何を考えているのか読めない節のある人間だが、思うことは一緒らしい。
舌打ちして、結局は若頭がまとめた。
「お前ら! 最近、うちのシマで宝石強盗にいいようにされたばっかりなんだぞ……今日はその落とし前つけに行ったはずだ。その意味、わかるよなぁ?」
「──ハイ」
組員達は、一様に顔をしかめた。
メンツにかけて、必ず捕まえてこなければならない人間だったのだ。それを、まんまと逃げられてしまった。
黙る組員達に、若頭は鼻を鳴らすと、凶悪に笑んだ。
「──わかってんだろうなぁ。今日中に、必ず縛り上げて俺の目の前に連れて来い。次は、ねぇ」
次は、失敗したら詰めさせられる。
その重大さを改めて理解した組員達は、顔を青ざめさせて事務所を飛び出して行った。
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
とりあえず、またあんなスーツのいかついオジサン達に見つかったらたまったもんじゃないので、祐也は自分の家に帰宅した。もちろん玉城さんを連れて、だ。
普通のサンタなら目立つどころか上手く紛れ込めるはずだが、玉城さんの場合、格好がアレなので逆に目立ってしょうがなかった。見つかりやしないかと最初はヒヤヒヤしたが、意外にも数分で祐也は平然と街を闊歩していた。
どうやら、この状況に慣れてしまったらしい。さすが中等部から桐嶋と同じクラスなだけあって、こういうあり得ない不測の事態には免疫がついている。
(まぁ、修学旅行のアレに比べたら、銃持ったオジサン達に追われるなんて可愛いもんだよ)
一応言っておくが、誇大表現ではなく事実だ。まぁその話は機会があればおいおい語るとして、まず考えるのはこれからのことだろう。
「あれ? お前、親は留守なのか」
言いながら、玉城さんは案内されたリビングを軽く見回した。それに祐也は無言で頷く。前述の通り、両親は海外旅行中だ。
祐也は友達とのパーティを優先したことを、本気で後悔している。両親は今ごろフランスのパリでそろって爆睡しているだろう。人が、というか息子がこんな目にあっているというのにのんきなもんだ。玉城さんだって真剣な顔(仏頂面とも言う)で祐也の家に来たというのに。
「おっ、ヘソクリ発見」
玉城さんは、そう言いながらガタガタとタンスの引き出しをゆらした。
前言撤回。玉城さんもかなりのんきだ。
「人ん家で何やってんすか。それ戻しといて下さいよ」
「おーわかってるって」
玉城さんはそう言いながら、サンタの衣装に手を突っ込む。
「おい、今明らかに自分の物にしたろ。返せドロボウ」
祐也は強引に玉城さんからヘソクリを奪うと、雑にもとの場所に返した。全く、油断も隙もないな、この人は。
「もう風呂でも何でも良いから、サッサと入って下さいよ」
言い終えて、祐也が玉城さんを見ると、その姿はもうなかった。あれ?
気付けば、いつの間にかシャワーの音が響いている。風呂入りにいくの早っ。祐也は呆れ半分感心半分で突っ立っていた。
(玉城さんって何者なんだ? 明らかに暴力団系の人達に追われてるし、格好はあんなだし)
そこまで考えて、ハッとした。
あれ? 俺ってもしかしてもしかしなくても……
「初めて会った怪しい人を家にあげちゃったりしてる?」
サンタ衣装に金髪サングラス、思えば第一印象は怪しいチンピラ男だった。
祐也はサッと血の気が引いた。おいおい、何してるんだ? 俺は。いくら玉城さんが強引だったからって、初対面の人間を家にあげるなんて警戒心なさすぎだろ。だいたい、あんな人達に追われてる時点で玉城さんもそっち系のヤバい人なんじゃないのか。
「…………何で考えなかったんだろ」
祐也はタラタラと、暑いわけでもないのに冷や汗が流れた。
(風呂から出てきたと思ったらいきなり拳銃突きつけられたりして)
あり得そうで怖い。思わずそれを想像して、祐也が口元を引きつらせた瞬間。
軽く、床が揺れるぐらいに凄まじい音が響いた。風呂場だ。慌てて、祐也は風呂場に駆けつける。
「玉城さん、どうしたんですか!?」
言うと同時に扉を開けて、祐也は唖然としてしまった。
「あー……ハハハ」
乾いた笑みを浮かべた玉城さんが、風呂場の床に仰向けになって転がっている。
「滑って転んだ」
もしかしなくても玉城さん、ドジ?
自然とため息が出た。
なんか、玉城さんについて考えてたのアホらしくなっちゃったよ。