霜月の僕の財布と置き引き泥棒 ③
玉城はさっと周囲を確認し、目を鋭くした。
(見当たらねぇ)
肝心の、プレゼント袋が見つからなくて、舌打ちする。玉城の脳内を、最悪な想像がよぎった。
プレゼント袋は白くて典型的なサンタの担いでいる、あのフォルムだ。相当目立ったに違いない。そこを、更に柄の悪い連中が置き引き犯から袋を強奪していったなら?
こいつらが、ボコボコにされて路地裏で沈んでいるのも、袋が見当たらないのも、全て説明がつくではないか。玉城は、目の前の男を睨み付けた。
「──おい」
「は、はいっ」
「誰にやられた。俺のプレゼント袋は……どこだ」
ドスの効いた低い声音で尋ねた玉城に、男は震え上がった。よほど怖い目にあったのか、裏返った声で必死に言葉を繋ぐ。
「あ、あいつが……高校生が、盟華の…」
「要領を得ねぇな」
グッと胸ぐらを更に強くつかみ引き寄せた玉城は、男に凶悪な笑みを向けた。
「それ以上、ボコられたくねぇなら、俺の質問に、ハッキリ答えろ──白い袋をどこにやった」
低い声音のその問いに、男は裏返った声で叫んだ。
「こ、こここっ」
これでコケコッコーとか言ったら、殴り倒す。
玉城が拳を握った瞬間、男はやけくそのように叫んだ。
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
「あぁ──白い袋の落とし物ですね。こちらの交番で預かってますよ」
爽やかな笑顔で、玉城の問いにあっさり答えた警官に、少々あっけにとられた。
(交番って聞いた時には、マジで嘘つくなって思ったのに……)
まさか、本当に交番に届けられていたとは。驚きを通り越して、信じられない。しかし、警官が持ってきたのは、まさしく玉城のプレゼント袋だった。
(まず、置き引きしたあいつらが、自分達の意思で持ってきたとは考えられねぇ)
はじめから交番に届けるならば、そもそも置き引きなんてしない。あのボコられた状況から、何者かが、見とがめて正義の鉄槌を下し、これをここに持ってきたと考えた方がいいだろう。でも
「一体、誰が……?」
つぶやいた玉城に、警官は爽やかな笑顔で答えてくれた。
「あぁ、高校生ぐらいの子がね。持ってきてくれたんだよ」
『若いのに、感心だね』と朗らかに笑う警官に、玉城も激しく同意だ。今時、置き引き犯から荷物を取り返すだけでなく、交番にまで届けるとは。
「次は、落とさないで下さいね」
こんなデカい荷物、二度も落とすか。
内心で思いながらも、玉城は無言で頷くに留めておく。交番を出て、玉城は近くの路地に足を向けた。プレゼント袋を地面に下ろして、その横にどかりと座る。
くわえたタバコに火をつけ、玉城はプレゼント袋の中を検分した。ざっと見た感じ、置き引きにあった割には、何も盗られていないし、開封されている物もない。綺麗なものだ。しかし
「ん?」
一つだけ、潰れてぐしゃぐしゃになった箱があった。
「あー……こりゃ、駄目だな」
踏まれたのか、足跡がくっきりついた箱はひしゃげ、中身の硝子細工が割れて粉々になっている。買い直さなくてはいけない。
玉城はタバコの煙を吐いて、思わずつぶやく。
「予算、足りるかな」
足らなかったら、自腹を切るしかないのだが。……まぁ、これに関しては、戻ってきたこと自体が奇跡なのだから、むしろこれだけで済んだことを喜ばなければ。
何気なく、駄目になったプレゼント箱をくるりと裏返した玉城は、動きを止めた。
「なんだ、コレ」
そこには、見慣れない封筒が張り付けられている。開けてみると、中には壱万円札と、ちぎったメモが入っていた。
『ごめんなさい。壊してしまいました。これで足りるかわかりませんが、お金を同封しておきます』
思わず、笑みがこぼれた。
「置き引き犯を成敗して、交番に届けた上に、弁償までしてくれんのかよ」
世の中には、馬鹿みたいに親切な善人もいるのだな、と玉城はタバコの煙を吸い込む。
(まぁ、こういうヤツがいるんなら、まだ俺達は存在出来そうだな)
ふっと笑んで、玉城はメモを指で弾いた。
「受けた恩は、倍に返してやらねぇとな」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
「あー、諭吉さんが……飛んだ」
高校生にとって、かなり手痛い出費に、祐也は財布片手に嘆いた。所持しているのは、樋口さんでもなく野口さんだ。
しかも、三人。
「……来月まで、あと2週間はあるんだけど」
生活出来るだろうか。いや、するしかない。
祐也は足を止めて、背後を振り返った。その方向の先にあるのは、先ほど自分が白い袋を預けた交番だ。
(ちゃんと、持ち主に返っているといいけど)
なんせ、無理やりチンピラから強奪して、勝手に持って行ったのだ。あの袋の持ち主が、交番を思い付いて、足を運んでくれるといいのだが。
少々、心配ながらも祐也は再び歩き出した。そうして、くすりと笑う。
(あの袋──本当に、サンタクロースの担いでいる袋みたいだったな)
フォルムもそうだが、中身がプレゼントで詰まっているのも、それらしい。もしかして、本当にサンタさんの物だったりして。
沈んだ夕日に目をやって、祐也はぽつりとつぶやいた。
「──今年は、来てくれるかな」
毎年、信じることを辞められなくて、枕元にサンタからのプレゼントを期待してしまう俺は、きっと馬鹿なんだろう。
でも、信じてきたことを辞めることは、きっとツラい。だから、今年も俺は、クリスマスの朝に、枕元を確認するのだ。
サンタクロースがいると、信じて。
この1ヶ月後
二人が出会うことになろうとは、まだ、誰も知らない。
これで完結となります。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました!




