*Epilogue*
祐也が目を覚ますと、いつの間にか自宅のベッドにいた。
「なんで、家に……?」
祐也はハッとして時計をつかんだ。時刻は、朝の8時45分を差している。
12月25日クリスマスだ。
「玉城さんは……」
いや、それよりも。
ハッとして祐也は、勢いよく身を上こした。
「沢井さん、どうなったんだろう」
あれから、玉城さんの特殊能力で眠らされてしまったので、祐也は沢井さんがどうなったのか知らない。しかし、沢井さんの記憶が無くなっていないことに祐也は安堵する。
忘れていない、夢でもない。
けれど、沢井さんは無事なのだろうか。祐也の脳裏を、ある不安がよぎる。
そんな時だ。
勢いよく電話が鳴って、祐也は飛び上がった。
「わっ!?」
動悸のする心臓を押さえて、周囲に目を配る。とっさに携帯を確認するが、鳴っているのは携帯ではなかった。リビングにある固定電話だ。
祐也は深呼吸して己を落ち着かせると、部屋を出てリビングに向かう。しかし、表示されている番号は携帯のもので、知らない番号だった。
「……イタズラか間違い電話かな?」
不審に思いながらも、祐也は受話器を取る。
『工藤祐也か?』
「……は?」
いきなりフルネームを訊かれ、思わず切りかけた。しかし、祐也はすんでのところで思い留まる。その声に覚えがあったからだ。
「ケイさん?」
恐る恐る尋ねるように言った祐也に、樅ノ木組の若頭は肯定を示した。
『おう、無事に家に着いていたか?』
「え、ええ。でも、なんでケイさんが俺の自宅の番号を?」
そこで佐倉は得意げに答えた。
『俺には、調べてわからねぇことなんてないんだよ』
それは、一般的に違法行為に当たる気がするのだが。たぶん、突っ込まない方がいいのだろう。
祐也は、受話器を握りしめた。
「あの、沢井さんは……」
口ごもって最後まで言えなかった祐也の聞きたいことを、佐倉は察してくれる。ハッと鼻で笑って、言った。
『もちろん、撃ち抜いてやったさ』
「そんな――し、死んだ……んです、か?」
祐也は、思わず受話器を見つめてしまう。その向こうの相手が見える訳ではないが、佐倉は事務所からかけているのだろう。その事務所に、沢井さんはいないのか。
呆然とする祐也の耳をついたのは、
『クックッ………っははははは!』
佐倉の笑い声だった。
「え、あの」
ショックの上に混乱しまくって上手く声すら出ない祐也に、佐倉は涙声で答えた。泣くほど笑ったらしい。
『いや、悪い悪い。沢井は生きてるよ』
「え? でも、いま撃ち抜いたって」
『そりゃ、肩を撃ったって話だよ──勘違いしたら、面白い程度に考えていたが。まさか、死んだと思われるとは』
「だ、だって、あの時は意識がハッキリしてなかったし──勘違いもしますよ!」
言って、祐也は長く息をついた。
心臓に悪い冗談はやめて欲しい。でも、
「よかったぁ」
その場で膝の力が抜けた祐也に、小さく佐倉が笑う。さっきの馬鹿笑いとは違う、親しみのある自然な笑い声だった。
『よくねぇだろーよ。窃盗団に手を貸したケジメに、腕を撃たれたんだしな』
「今は、どうしているんですか?」
『病院で療養中だよ。お前も、暇だったら来るといい。写真、撮りまくるんだろ』
年末だが、暇じゃなくとも祐也は行くだろう。病院名と病室をメモしながら、祐也は微笑んだ。入院も、きっと佐倉の『ちょっと休め』という優しさからきているのだろう。
「ケイさん、いい人ですね」
『────』
笑って言った祐也に、しばし黙った佐倉は、ため息混じりに言った。
『俺は、優しくねぇぞ。退院したら、消滅するまで沢井をこき使ってやるんだからな』
消滅。
それに、祐也は顔を曇らせた。沢井さんは消滅が近いと言っていたけれど、それは一体どのくらいの期間なのか。
「沢井さん、サンタとして生きる方を選んだんですね」
『選びたかった背中を突き飛ばしてやったのは、お前だろ』
それを言うなら“背中を押す”だと思うが。わざとのチョイスだろうか。
『まぁ、俺も出来ることは約束してやったしな』
「出来ること?」
『あぁ──どうしても怖くなったら、俺が終わらせてやるってよ』
明るく言う佐倉は、まるでそんな時は来ないような口調だった。
『あぁ、それと』
「はい?」
思い出したような調子の佐倉に、祐也は首を傾げる。
『今回、巻き込んじまって悪かったな。詫びといっちゃなんだが、好きな物をクリスマスプレゼントにしてやるよ──指でも何でも持ってきてやらぁ』
指!?
あまりにも物騒な内容に、祐也は慌てた。
「い、いいですから! そんなの、悪いですし。というか、指はいりませんからね?!」
『いいから考えておけ』
有無を言わさずに、切られた。
ツーツーと鳴る受話器を見つめて、祐也は黙るしかなかった。佐倉さんも、玉城さんに負けず劣らずの強引さだ。
というか、だ。
祐也は大切なことを思い出した。
「玉城さん!」
沢井さんの件に気をとられて、祐也は玉城さんの存在確認を怠っていた。慌てて、自分の部屋に飛び込む。しかし、玉城さんはどこにもいなかった。
「まさか」
このまま、お別れなのだろうか。そんなの、あんまりじゃないか。
周囲を見回した祐也は、ふと、枕元に何かが置いてあることに気がついた。それを確認し、手に取って目を丸くする。
「……プレゼント?」
それは、赤い包装紙に金のリボンがついた箱だった。紛れもない、クリスマスプレゼントだ。
「もしかして、玉城さんが?」
『サンタクロースはいい子の所に来る。僕は嘘つきじゃないから、サンタさんからのプレゼントがあるはずだ』
あの時、君は嘘つきじゃないよって肯定して欲しくて。
毎年、毎年、枕元に見覚えのないプレゼントがあることを期待していた。けれど、プレゼントは一度もなかった。
それで『いないんだ』って諦められたら、どんなに楽だろう。
そう、何度も思っていた、のに。
「──参ったなぁ」
玉城さんったら、無意識にそうやって一番欲しいものをくれるんだから。
プレゼントを見つめて、祐也は微笑んだ。あの時の自分を肯定してもらえないと前には進めないと、立ち止まっていた。
けれど、プレゼントをもらった今は許されたような気がして、玉城さんに肯定してもらえたような気がして。
これで、やっと前に進めるのかもしれない。
──過去と、向き合う勇気のカタチを、もらえたから。
祐也はなるべくキレイに包装紙をはがすと、中身を開ける。それは、光を反射してキラキラと輝いていた。
銀色のネックレスだ。
『2万? 普通に無理』
昨日、玉城さんと会う前に、そんなことを言って結局買わなかったネックレスである。祐也は感動してそれを握りしめた。
「玉城さん、ありがとう」
微笑んでつぶやくと、祐也はさっそくネックレスをつける。そうして朝の光を取り込むために、カーテンを開けた。
すると、
「………………」
祐也はベランダを見て、固まった。
うっすらと雪が積もったベランダには、赤い服を着たサンタさん──もとい、玉城さん!?
「ちょっと、何してんですか!? 外にいると凍死しますよ!」
慌ててドアを開けると、玉城さんは祐也の言葉にものすごい勢いで頷いた。
「やっぱり、こういうのはサッと消えるのがカッコイいだろ!? そしたら予想以上に寒かったんだよ!」
言って震える玉城さんに、祐也はため息をつく。
カッコつけると、ろくなことにならないな。呆れたように笑って、祐也は玉城さんに告げた。
「 Merry Christmas 」