玉城さんのお仕事 ⑨
「だからって諦めてもいいの!? 沢井さんにとって、それはそんな簡単に諦めてもいいものだったの?」
「そ、れは……」
初めて、沢井さんに戸惑いの表情が生まれた。
ねぇ、沢井さん。
「俺といると信じてしまいそうになるって、言ってたじゃないですか。それは──本当は、信じたいからなんでしょ」
『まだ自分を信じてくれている人はいる』って。そう信じていたいから、まだ諦められないから。だから、信じてしまいそうになるのだ。
「なら、信じてよ。簡単に捨てないで下さい。本当は諦めたくなんかないくせに!」
「わかったことを言うな!」
叫んで沢井さんは祐也から距離をとった。吐き捨てるように、顔を歪ませる。
「わからないくせに。信じてもらえなくなったら、何も残さず、存在すらなかったように消える者の気持ちなんて──わからないのに簡単に言うなよ!」
沢井さんの本音。その叫びに全員が口を閉ざした。
もう消えてしまう運命なのに。それでも、まだ信じていたいくせに、疲れたから辞めるなんて、嘘をついた。でも『疲れた』といって諦めることが出来たなら、どんなに楽だろう。
祐也は、そんなもどかしい感情を知っている。
「実は俺、サンタクロースはいるって信じていました」
「え……?」
「子供の頃、親に信じてほしかったのに、信じてもらえなくて『嘘をつくな』と怒られたことがあるんです。その時期が、たまたま12月で……」
『サンタクロースはいい子の所に来る。僕は嘘つきじゃないから、サンタさんからのプレゼントがあるはずだ』
そう幼い自分は思い込むことで、信じてもらえなかったショックから救われようとした。けれど、親を怒らせた祐也には当然、いつもは親が用意していたクリスマスプレゼントはその年の枕元になかった。
「そこで、性懲りも無く俺は思ったんです。『きっと、サンタさんは忙しくて来れなかっただけなんだ。いつか来てくれるはずだ』って」
サンタクロースを信じるようになった経緯を淡々と話す祐也に、沢井さんも玉城さんも苦い顔で眉を寄せている。それに祐也は淡く微笑んだ。
「でも、サンタはいるって信じていても、友達は皆いないって言うんですよ」
サンタから贈られるプレゼントは実は親からの物で、サンタなんていないのだ、と。
「まぁ、それが普通の反応だろうね」
「でも、俺は信じていたかった。どんなに周囲がいないと言っても、そこでサンタさんがいないんだって信じることを辞めたら──あの時にすがった存在まで、なくなるような気がして」
毎年、両親の知らないプレゼントが、枕元に置かれていることを期待して、25日の朝は無意識にプレゼントを探していた。
「プレゼントなんて一回もありませんでしたよ。それで『いないんだ』って諦められたら、どんなに楽だろうって思ってました」
ちらりと、玉城さんを蔑む目で見た沢井さんに、玉城さんは勢いよく首を左右に振る。
「いやいや! 祐也が子供の時の担当は俺じゃねぇから!」
「でも、玉城さんに会えてよかったです」
真っ直ぐに純粋に言われて、玉城さんが黙った。
「サンタさんなんていないかも。そう思いながら、毎年、毎年、枕元を確認して。いつか、来るのを待っている──そんな、サンタを待つ子供の気持ちなんて、沢井さんは知らないでしょう?」
いたずらっぽく笑った祐也に、沢井さんも玉城さんもハッとしたように目を見開く。
「サンタを待つ子供達も、沢井さんと同じなんですよ」
なのに、その沢井さんは諦めて死ぬだなんて。
「沢井さんが死んじゃったら、担当の子供達はどうなるんですか。沢井さんのプレゼント、待っている子がいるんじゃないんですか」
なら、配ってあげて欲しい。
沢井さんのように信じたくても信じることに疲れて、それでもどこかで期待している子供達に。あの時の、祐也に──信じてもいいよって、肯定して欲しい。
祐也は真っ直ぐに沢井さんを見つめる。
「それに沢井さんだって、玉城さんだって──ちゃんと『ここ』にいるじゃないですか」
ちゃんとここにいて、話して、動いて、しっかり存在しているのに。
「全部、無くなって消えてしまうなんて……そんなはずありませんよ。たとえ沢井さんが消えてしまったとしても、配ったプレゼントまで消えて無くなるわけじゃない。消えないものだって、あるはずです」
沢井さんがしたことまで、消えてなくなるわけじゃない。
「俺は、絶対に忘れません。日記だってつけるし、写真だって撮りまくってあげます」
沢井さんに言いながらも、祐也は玉城さんにも聞こえていると、届いて欲しいと思いながら、口を開いた。
「たとえ皆が忘れてしまっても、俺は絶対に覚えてますからね。人に信じられないと死ぬって言うんなら、俺が玉城さんも沢井さんも最後まで信じますから!」
だから、死ぬなんて言わないで。
「もう一度、信じてみませんか……?」
すがるように沢井さんのスーツの裾をつかんだ祐也に、沢井さんは目を細める。まるで、まぶしいものでも見るかのように。
そっと、沢井さんはささやいた。
「ありがとう。君が信じてくれたことは──俺も忘れないよ」
無言で腕を引かれ、祐也は玉城さんに無理やり沢井さんから引き剥がされる。
「ちょっ──沢井さん!」
もがく祐也に、沢井さんは僅かに口の端を上げた。先ほどよりも温かくて、泣きそうな、それでも穏やかな笑顔。
「放して下さい! 玉城さん、沢井さんがっ!」
「おまっ……馬鹿力! 暴れんなよ、どっから出てくんだ、その力!」
今にも銃口の前に飛び出しそうな祐也を、玉城さんが焦ったように押さえる。その片手が、ふわっと祐也の目を覆った。同時に、ふわりと宙に浮くような感覚がする。
突然、襲ってきた眠気に祐也は地面に膝をついた。くらくらと歪む視界の中、玉城さんの声が聞こえる。
「俺も、お前に会えてよかったぜ」
おやすみ、祐也。
頭の隅で、玉城さんが特殊能力を使ったんだと理解する。文字通りの催眠だ。
──眠い。とても眠くて、記憶も段々とあやふやになってくる。
それでも、雪が降ってきたのは覚えている。
ひらひら、ひらひら……
ヒラヒラ、ヒラヒラ……
雪が降る。
まるで春に桜の花びらが舞うみたいに。
ひどく美しいけれど、何故かひどく哀しくて──切ない。
もうろうとする意識の中、目の前ではタバコ片手に笑う青年がいた。
まるで何かをごまかすような、平静を装って笑った顔は苦しみを耐えるように歪んでいる。
その青年の赤い服が雪の白に映えて……
あぁ、なんで。
なんで、俺こんなことになったんだっけ?
真冬の夜空に、乾いた銃声が響いた。




