玉城さんのお仕事 ⑧
サンタが信じられないと消滅してしまうという話は、あっさり信じた祐也に玉城さんは呆れた声で言う。
「そいつは、信じちまうんだよなぁ」
「でも、裏切りは嘘だと?」
静かに問う佐倉に、祐也は薄く笑った。
「目を見れば、わかります」
「……だってよ」
佐倉が拳銃を下ろして、沢井さんに目を向ける。
「俺も、同感だ。理由を言えよ」
沢井さんは長い長いため息の後に、諦めたように言った。
「──先月、あの宝石店の店主が、俺達を裏切って商品を流していることに気がついた。裏で本物を売ってたんだよ。商品の半分は偽物だった」
「なんだと」
片眉を上げた佐倉に、沢井さんは呆れたように肩をすくめた。
「俺達に偽物を売ったから、調べてみたら顧客リストまで窃盗団に流してたみたいでね──痛い目みせてやったんだよ。警察か組にバレれば大変なことになるし、保険だって下りないしね。というか、詐欺で捕まるんじゃないの。もちろん、組との関係は綺麗に掃除済みだ」
言いながら、沢井さんは懐から書類を取り出す。顧客リストだ。それを沢井さんは佐倉の足元に投げ渡す。
「……お前」
顧客リストが渡った窃盗団に手を貸して、自ら裏切り者として振る舞っていたのだ。組を騙していた宝石店を返り討ちにし、窃盗団を逮捕まで追い込んだ。
自分も、道連れに。
「警察に、売人の恰好を匿名でタレコんだのはお前か」
佐倉の言葉に沢井さんは、力無く笑うだけだ。
意義を申立てたのは、玉城さんである。
「ちょっと待てよ! それで俺が売人で捕まってたら、どうするつもりだ!」
確かに。
玉城さんが警察に捕まっていた可能性も、充分にあったわけだ。むしろ、よく捕まらなかったな。
「その時は、まだ袋の中身を替えてなかったからね。プレゼントが入っていたら、警察も人違いだと気づくよ」
玉城さんの場合、見た目はかなり怪しいので、そのまま拘留される可能性も高いのだが。きっと、安心している玉城さんには言わない方がいいだろう。
「警察と組に、売人の特徴を伝えたんだ。どっちかに売人が捕まればいいと思ってね」
玉城さんが、舌打ちした。
「警察が俺を売人と勘違いして追う間に、組が本物を捕まえてもよし。組が俺を売人と勘違いして追う間に、警察が本物を捕まえてもよし……つまり、俺はどっちかを引き付ける囮か」
「当たり」
沢井さんが朗らかに笑い、玉城さんのこめかみに青筋が浮かんだ。売人の恰好は、警察も組員も知っている。売人を追っている間に、鉢合わせしてはマズイ。玉城さんは、それを防ぐ囮だったわけだ。
「……沢井さん、頭いいですね」
「何でお前は、自分に銃口向けて人質にしてるヤツを誉められるんだよ!」
玉城さんがわめいたが、沢井さんにはため息で返された。険悪な空気が流れ、祐也はとりなすように話を戻す。
「じゃあ、沢井さんはやっぱり裏切ってなんかいないじゃないですか」
「いいや、裏切ったよ」
「確かに、手を貸したのは事実だしな」
「ケイさん!」
佐倉は、ひどく不機嫌な顔をしていた。眉間に深いしわを刻み、うなるように言う。
「何で、自分を道連れにするようなことをした? お前なら」
そこで言葉を止め、佐倉は拳を握りしめた。
「お前なら、もっと上手くやれたはずだ」
方法なら、たくさんあったはずだ。けれど、沢井さんは自らの破滅を選んだ。
佐倉の問いかけに、沢井さんは乾いた笑みを浮かべる。
「もう、信じるということに疲れたんだよ。自分でわかる──消滅が近づいているってね」
佐倉は眉をひそめ、玉城さんはそっと目を伏せた。
「消滅って……」
「死んじゃうってこと。言ったでしょ、お迎えが近いって」
確かに言った。それを祐也は、病気か何かと勘違いして病院に行かなくてはと言ったのだ。
(あぁ、何で沢井さんがあの時に爆笑したか、よくわかる)
病院で治る問題ではない。
「サンタってね。消滅する時、雪みたいに消えちゃうんだよ。そうして、誰の記憶にも残らない」
「え……」
「消えるんだよ」
玉城さんは理解が追いつかない祐也のために、説明してくれる。
「サンタが消滅したら、遺体は残らない。雪みたいに消えちまう。そしてサンタと関わった人間の記憶からも、消えるんだ──忘れられるんだよ」
「そんな!」
祐也は思わず沢井さんを見上げた。つまり、沢井さんが消滅すれば遺体すら無く、佐倉や祐也の記憶からも無くなってしまうということか。
「何も残していけないなんて、残酷だと思わない? でも一つだけ、サンタの消滅から逃れる方法がある」
「あるんですか!」
パッと顔を輝かせた祐也に、玉城さんは目を逸らす。
「まだ人のカタチが保てている内に、人として死ぬことだよ。そうすれば遺体もあるし、記憶も消えない」
祐也は息を呑んだ。
サンタの消滅から、生きて逃れる方法は無いということだ。
「なぜ道連れを選んだか、簡単だよ。俺はサンタとして消滅したくない」
『だから』と微笑んだ沢井さんは、すっきりした顔をしていた。
全部、諦めて、全部、捨てて。もう、思い残すことなんてないみたいな笑顔で。
「この命、サンタとしてでなく組のために使おうと思ってね。俺は、人として死にたいんだ」
「それが裏切り者の汚名を着てもか?」
「それでも、だよ」
確かめるような佐倉の問いかけにも、沢井さんはすっきりしていた。
佐倉は嘆息して、頷く。
「そうか──わかった」
再び沢井さんに銃口を向けた佐倉に、祐也は目を見開いた。
「それなら、望み通り死なせてやるよ」
「ちょっ……ケイさん! やめて下さいっ」
人質から一転、沢井さんを庇うように立ちはだかった祐也に、佐倉はただ眉を寄せる。
「どけ、工藤」
「嫌です!」
「祐也!」
慌てて飛び出した玉城さんが、沢井さんから祐也を引き剥がしにかかった。
「こっち来い、祐也!」
「行きません!」
ぐいぐいと腕を引っ張られながらも、祐也は渾身の力で耐えた。腕がちぎれそうに痛いけれど、ここで引いてはいけない。
「祐也、これは仕方ねぇことなんだよ! 諦めろって!」
「仕方なくなんかない! 俺は、諦めたくなんかない!」
叫んだ祐也に、玉城さんの動きが止まる。
「サンタが、人の天命を全うする前に消滅することは仕方ないことだよ。今でさえお迎えが近いのに、俺がおじいちゃんになるまでの何十年後まで、信仰がもつと思う?」
もつわけがない、と沢井さんは鼻で笑った。
「もう『信じてる人がいる』なんて信じることは、疲れたんだよ」
だから、死のうというのか。
沢井さんは、薄く笑っている。その目に浮かぶのは、諦感。
「綺麗な幻想を信じて、希望を抱いて……死ぬ直前にそれがただの夢だったと絶望して死んでいくのは、御免だ。どうせ手に入らないなら、早いうちに諦めた方が利口だよ」
そう言って全てを勝手にふっ切ったような。その諦めにも似た言葉を聞いた時、祐也の中で何かが、切れた。
「違う!」
「イテッ」
手を振り払った祐也に、玉城さんが何か言ったが耳に入らない。
「そうやって投げやりになって、諦めた振りして……かっこつけてるだけだろ!」
祐也は、沢井さんを睨み付ける。
「ただ、信じることに疲れてるだけでしょ」
──いつまで、信じていれば報われるんだろう。いつまで、これを続けなきゃいけないんだろう。
先の見えないことに不安を覚えて、やめようとしたことが祐也にもある。
「最初から信じなければ、裏切られることはないですもんね……でも」
そこで言葉を止めて、祐也は再び沢井さんを見据えた。




