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玉城さんのお仕事~不良サンタのトナカイ奪還計画~  作者: 沙槻
最終章・僕の出会ったサンタクロース
24/31

玉城さんのお仕事 ⑦


「本当の切り札は、最後に出すものです」


 パトカーのサイレンが響き渡った。


 かなりの数の、サイレンが倉庫に響き渡る。その大音量と天敵の象徴のような音に、催眠にかかっていた組員達が正気を取り戻した。

 目を見開いて、沢井さんが祐也を振り返る。それは玉城さんや佐倉も同様で、驚いた表情を祐也へと向けていた。

 祐也はヘラッと笑う。


「実は俺の父、刑事なんですよ」

「はぁ?!」

「玉城さんに会う前に、玉城さんと似たような恰好の人を見かけました。サンタ服に金髪、タバコ、サングラス」

「だから、それが本物の宝石の売人だろ」

「違うんですよ」


 訂正して、祐也は玉城さんを見上げた。


「その人、どっかで見たことあるなって思ってたんですけど、実は父の部下でして」

「はぁ? じゃあ」

「あれは、売人に変装した刑事さんだったんですよね」


 玉城さんが、うなだれた。


「何で警察まで、売人の恰好を知ってんだよ」

「匿名のタレコミがあったらしいです。それで、ダメモトで張ってみたそうですよ」

「あぁ、そう」


 遠い目をして、玉城さんは頷く。


「それで連絡を取って、盗品の宝石は警察に渡しました。ちょうど、夜の9時に踏み込むように手筈は整えられていまして」


 佐倉も多々良も柏木も、沢井さんさえ言葉も出ないようだった。玉城さんは、脱力して地面へしゃがみこむ。


「そういうのは、早く言えよな」


 祐也が苦笑いすると同時に、勢いよくドアが開いた。

 外から警官が突入してきたのは、言うまでもない。


「っ引き上げんぞ」


 すかさず指示した佐倉に従い、蜘蛛の子を散らすように組員達は逃げていく。さすがに手慣れたもので、全員残らず逃走していった。幹部の多々良と柏木が、その最後尾について、倉庫を出た頃には警官と窃盗団、佐倉と沢井さん、玉城さんと祐也が残っている。


「確保ォ!」


 逃げ遅れた窃盗団の面々が、次々と捕まっていく。そこで、恐らく全く殺気や敵意が感じられなかったからだろう。

 祐也は沢井さんに後ろから首を腕で絞められ、銃口を突きつけられた。


「祐也!」


 気がついた玉城さんと佐倉に笑みを残して、沢井さんは駆け出していった。



☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆



 『窃盗団逮捕劇』のどさくさに紛れ、その場から祐也を連沢井さんは逃走した。土地勘があるのか、ぐんぐんと港の海の方まで走っていく。


「沢井さん!」


 足をもつれさせながら走る祐也は、思わず言う。


「沢井さん、病人がそんなに走っちゃダメです。悪化しますよ!」


 それに、沢井さんは心の底から驚いたようだ。目を見開いて、僅かに口の端を上げる。それは笑おうとして失敗したような、泣きそうな、そんな表情だった。


「本当に、君といると、信じてしまいそうになるよ」

「え?」


 意味がわからなくて聞き返すと、沢井さんは足を止めた。いきなりのストップに、祐也は思わずコケそうになる。


「ちょ、沢井さん」

「てめぇ、そのガキ放せ」


 見ると、倉庫が立ち並ぶ港で、追いかけてきた佐倉が銃口を向けていた。その後ろでは、玉城さんが膝に手をついて肩で息をしている。


「ぜぇっ…てめ……ゆ、やを……ぜぇ…放、つか…速…だ、よ!」


 文字通り、ぜぇぜぇ言いながら玉城さんが何かを言っている。何言っているのか、全然わかんないけど。


「本当に、組を裏切ったのか」


 玉城さんは華麗にスルーして、佐倉が沢井さんに問う。それが、きっと彼なりの最終確認。

 沢井さんは、はっきりと答えた。


「そうだよ。窃盗団に警備システムをリークして、顧客リストまで流した」

「──そうか」


 答えた佐倉の声は、冷たかった。ただ、黙って拳銃の安全装置を外す。


「俺が、サンタクロースだと知っていて、それでも俺を仲間にしてくれたことは──感謝してるよ」


 淡く微笑んだ沢井さんに、祐也は驚く。佐倉は知っていたのか。

 確かに、佐倉だけは沢井さんの特殊能力について理解しいたようで、催眠にもかからなかった。それに、祐也と玉城さんがサンタの特殊能力について話していても、突っ込み一つ入れなかった。

 知っていた。サンタと知っていて雇ってくれて、そうして分け隔てなく接しただろう佐倉に、沢井さんは恩を感じている。なら、


「なんで、裏切ったなんて、言うんですか。嘘ですよ、そんなの」

「……嘘じゃ、ないよ」


 拳銃を突きつけられながらも沢井さんを睨み上げた祐也に、彼は乾いた笑みを浮かべる。


「君はサンタクロースについて、どこまで知ってるの」


 その質問に、玉城さんがピクリと肩を揺らした。


「どこまでって……」


 祐也は口ごもる。

 あまり、知らない。知らないながら、とりあえず知っていることを列挙してみた。


「えーと『サンタの国』の血を引いていて、それぞれちゃんと名前もあって、クリスマスイブの夜にプレゼントを配ります。プレゼントを配る地区は担当があって、トナカイとソリが必要です」


 あとは、血の濃さによって特殊能力がある。

 覚えていることを全て話した祐也に、沢井さんは『ふーん』と頷いて玉城さんを見た。


「君、ちゃんと説明してあげなかったんだ」

「──言う必要、ないだろ」


 珍しく、弱々しい口調で目を逸らした玉城さんに、祐也は怪訝な表情を浮かべる。沢井さんは、そっと囁くように言った。


「じゃあ、教えてあげる。『サンタの国』はね──滅んだんだよ」

「…………え?」


 滅んだ?

 驚愕に、祐也は目を見開いて玉城さんを見た。いつしか、尋ねたことがある。


『子孫と住人は違うのか』と。


 今ようやく、その意味を理解した。


 『サンタの国』は滅んだのだ。だから、もう国はない。従って住人もいない。

 いるのは、この世界でバラバラに住むようになった、その血を継いだ子孫だけ。


「なんで、なくなっちゃったんですか」

「サンタっていうのは、人と少し違うんだよね」

「違う?」


 確かに、特殊能力が使える時点で違うだろう。しかし、そういう意味合いのレベルではなかった。


「サンタを信じる人の心が、サンタを保っているんだよ。メルヘンでしょ」

「へ?」


 思わず、間抜けな声が出る。

 サンタを、信じる心?

 意味がわからなくて、祐也は首を傾げた。そこで玉城さんが説明してくれる。


「俺達は、人にその存在を信じてもらえるから、生きていられるんだよ。ほら、神社の神様とかだって、信仰してもらえなかったら消えるっていうだろ。それと同じだ」

「え…?」


 祐也は目を見開いて佐倉を見た。しかし、彼は何も言わずに目を伏せるだけだ。訂正するような認識の違いはないらしい。


「まぁ、つまり、誰もサンタを信じなくなったら俺もそいつも消滅するんだよ……実際『サンタの国』はそれで滅んだんだ」


 消滅?

 あまりのことに、祐也は声が出なかった。

 玉城さんは、苦い笑みを浮かべる。何かを、諦めたような。


「人っていうのは、見たいものしか見ない、聞きたいことしか聞かない。信じてないものなんて、そもそも認識できないだろ? そういう原理だよ。昔は、サンタを信じてたヤツがかなりいたから『サンタの国』はやってこれたんだろうな」

「でも、最近になるとその心もなくなって、たくさんのサンタがいなくなった。直に、消滅するよ──俺も、君もね」


 沢井さんが言いながら、玉城さんを指差した。

 玉城さんも、消えてしまう?

 それこそ、信じられない話だった。けれど、直感でわかる。玉城さんも沢井さんも、嘘なんかついてないって。だから、やっぱり。


「嘘ですね」

「そうか。だよね……サンタなんて馬鹿げた話、信じてもらえ」

「そっちじゃなくて。沢井さんが組を裏切ったって話。やっぱり、嘘ですね」


 沢井さんと佐倉が、驚いたように祐也を見た。祐也は、サンタが信じられないと消滅してしまうという話は、あっさり信じたのだ。

 呆れた声で、玉城さんが言う。

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