玉城さんのお仕事 ⑥
「全員、動くなよ。動いたら、こいつの命はねぇからな!」
安っぽい脅しだ。しかし一般人の、未成年である祐也を人質にとられては、さすがに組の人間もヘタに動けないようだった。
「──おい、てめぇ。ガキを人質にとるなんて最低だぞ」
うなるように佐倉が言うが、それに優越感を覚えた男はナイフを持つ手に力をこめる。祐也の首の薄皮が、切れた。赤い筋が、祐也の首を伝って服の襟に染み込む。その様子に、佐倉も玉城さんも目に剣呑な光を宿す。
「あの、放して下さい」
ひょいっと振り仰いだ祐也に、男は嘲笑を浮かべた。
「解放するわけねぇだろ! このまま、お前を盾にして逃げ──」
祐也は、ためらわなかった。
ナイフを持つ男の手首を捻り上げ、振り向きざまに、その横面を蹴り飛ばす。
「……っが」
綺麗に男が飛んで、周りの男達は目を点にしていた。その一人の鳩尾に正拳突きをお見舞いし、二人目には流れるように、回し蹴りをキメる。最後の一人には、首筋に手刀を一撃。
最終的に、祐也の足元には四人の男達が地面に沈んでいた。ぴくりとも動かない。
「祐也……お前、まさか」
「言っておきますが、気絶させただけですからね」
そこはしっかり訂正した祐也に、玉城さんは長い息を吐いた。その後ろでは、目を丸くした多々良に、驚愕した表情を浮かべる柏木と佐倉がいる。
全員の心を代表して、玉城さんがつぶやくように言った。
「祐也、お前なんでそんなに喧嘩慣れしてんだよ、実は不良か」
「違いますよ、ただの健全な高校生です」
にこりと笑う祐也に、玉城さんが『ただの高校生じゃねぇよ』と言ったが、聞こえない。
「というか、喧嘩とかそういうレベルの動きじゃねぇぞ」
言いながらタバコに火をつけた佐倉に、祐也は苦笑を浮かべた。
「父が武道オタクでして。空手、柔道、剣道、合気道……とりあえず、一通りのものは段とか持ってるんで」
「段って、そんな簡単に何種類も取れるものじゃないよねぇ」
そっとつぶやく多々良に、祐也はにっこりと笑顔だけ返しておく。そこで玉城さんが何かに思い当たったように、尋ねた。
「じゃあ、あの部屋にあった、おびただしい数のトロフィーと賞状は?」
「あぁ。あれは全部、大会で優勝した時のですよ。ちなみに、空手部では今年、インターハイで優勝しました」
「あ、そう」
玉城さんはただ頷くしかなかった。
「ひいぃぃぃ」
祐也の周りにいた男達が、慌てふためいて逃げていく。なんだ、そのオーバーリアクションは。
(逆に、こっちが悪人のような気がしてきた)
数では組員の方が多く、最年少の祐也も武道の達人レベル。そうなれば、いくら腕に覚えがある窃盗団でも、いよいよ追い詰められてきた。
「そこまでだ。大人しく投降しやがれ」
拳銃を抜いた佐倉の要求に、沢井さんは笑って返す。
「残念ながら、却下だね。俺にはまだ、切り札がある」
「っ!」
佐倉は、何か思い当たるものがあるらしい。珍しく焦った表情を浮かべた佐倉に、玉城さんも何かに勘づいた。
祐也の目を手で覆う。
「っやつの目を見るな!」
しかし、叫んだ時にはもう遅い。
「え?」
玉城さんの舌打ちと共に目隠しを外された祐也は、周りの異常に気がついた。
「どうしたんですか」
佐倉以外の組員が、全員ぴたりと動きを止めている。どこか虚ろなその目は、沢井さんをぼんやりと見ていた。
「しばらく、そのまま動かないでもらおうか」
沢井さんの言葉に従うように、組員達は動かない。
「みんな、どうして」
「サンタの特殊能力、催眠だ」
答えた玉城さんは、苦い表情で沢井さんを見ていた。沢井さんに銃口を向けられ、祐也は玉城さんのサンタ服の裾をつかむ。
「特殊能力って……そんな便利に何種類もあるんですか?!」
「いや、サンタの特殊能力は『サンタの国』の血の濃さによる」
血の、濃さ?
「血が薄いやつは、たいした能力は使えない。いくつもほいほい使えるもんじゃねぇ。もちろん、人によって、授かる能力は様々だ」
つまり、玉城さんの袋の中身を入れ替え、これだけの人数に催眠をかけることが出来る沢井さんは、相当に血が濃いということになる。
「玉城さん、何か打開策ないんですか。玉城さんもサンタでしょ。特殊能力でなんとかならないんですか」
「サンタの催眠ってのは、うっかり見られた時に誤魔化すための能力だ。それを打ち破るような、サンタに不利に働く特殊能力なんて、そもそも存在しねぇよ。何でもアリじゃねぇんだ」
沢井さんは、にっこりと笑った。
「そういうこと。俺の場合、空間転移と目を見た者への催眠……かなり便利な能力だよね」
「その能力を窃盗団のために使って、自分が世話になった組織は裏切る──夢と希望を配るサンタが、堕ちたもんだぜ」
玉城さんは顔をしかめ、吐き捨てるように言う。沢井さんの顔に僅かな陰りが見えた。
「──あんたは、お迎えが近くないから、そんな呑気なことを言ってられるんだよ」
「お迎え?」
それは一般的に、死が近いという意味で使われるのだが。
佐倉と玉城さんは息を呑み、祐也は身を乗り出した。
「それって、病気か何かですか? それなら早く病院に行かないと!」
「…………」
一瞬だけ、時が止まった。
「っはははははは!」
次の瞬間、沢井さんに腹を抱えて笑われる。
「病院ねぇ。本当、君といると、一般人の感覚が味わえて楽しいよ」
「それ誉めてないですよね」
「まぁ、なにはともあれ……形勢逆転だ。大人しく投降してもらおうか」
「てめぇ」
お返しと言わんばかりに『投降』という言葉を選んだ沢井さんに、佐倉は鋭い目で睨む。
一方、祐也は腕時計に目を落とし、最後の希望にすがることにした。
約束の時間だ。
祐也は、悠然と微笑んでみた。出来るだけ、余裕があるように。
「ねぇ、沢井さん」
「……なに?」
「俺にも、切り札があるんですよ」
人差し指を唇に立て、祐也は笑う。
「本当の切り札は、最後に出すものです」




