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玉城さんのお仕事~不良サンタのトナカイ奪還計画~  作者: 沙槻
最終章・僕の出会ったサンタクロース
22/31

玉城さんのお仕事 ⑤


 佐倉啓次。

 樅ノ木組の若頭が、倉庫の入口に立っていた。その姿に、玉城さんはふっと笑みを浮かべる。


「──遅せぇよ」

「え?」


 祐也は振り返って、玉城さんを見上げる。玉城さんは薄く笑ったまま、倉庫の入口を指差した。乱入してきた樅ノ木組の人間達の間をぬうようにして、何かがこちらにやってくる。

 否、それは。


「トナカイ……?」


 一頭のトナカイが、玉城さんの元へ走ってきた。その頭を、玉城さんはぐしゃぐしゃになでる。


「よしよし、よくやった」


 玉城さんになでられたまま、じっとしているトナカイは、あれだ。先ほど、一頭だけ倉庫から飛び出していったトナカイ。

 てっきり逃げたのかと思ったが、違ったらしい。樅ノ木組の人間を、ここまで連れてきてくれたのだ。


「すごいな、君」


 感嘆の声を上げた祐也に佐倉は舌打ちし、不機嫌丸出しの苦い表情を浮かべる。


「いきなり事務所に鹿が乱入してきたと思ったら、俺の頭に噛みつきやがって──危うく仕留めかけたぜ」


 よかった、仕留められなくて。

 心底ほっとした祐也の耳元を、乾いた音と共に何かがかすっていった。気がついた頃には、近くの壁に弾丸が当たって、あらぬ方向へ跳弾している。

 撃たれた。

 そう頭が理解した頃には、玉城さんに突き飛ばされていた。


「……っ」


 乾いた銃声がして、祐也の近くの段ボールに穴が空く。地面に転がった祐也に、沢井さんは銃口を向けた。その目は、どこまで冷たく、感情がない。けれど、その奥でゆらめいているモノは──


「っ危ねぇ!」


 ぐいっと佐倉に腕をつかまれて、祐也は物陰に引きずりこまれる。同時に、片手で両頬を力いっぱい、わしづかみにされた。

 むにゅっと頬が寄ったせいで、口がタコになる。


「てめぇ、なにをボサッとしてんだよ! 死にてぇのか、あぁ?!」


 言った佐倉のこめかみには、青筋ができていた。


「しゅ、しゅいません」


 口がタコになってて上手く発音できなかったが、通じたらしい。あるいは通じてなくともいいのか、佐倉は舌打ちして祐也を睨み付けた。

 ガシッと両肩をつかまれる。超痛い、つーか顔が怖い。


「いいか、生き延びたかったら、むやみに動くな。つか、1ミリも動くんじゃねぇ、一言も喋んな、呼吸すんな」

「呼吸しなかったら、死んじゃいます」

「っせぇな! そんだけ静かにしてろってことだよっ!」


 若頭、意外といい人のようだ。祐也を気づかって忠告してくれるとは、優しいではないか。


「ありがとうございます」


 にっこり笑った祐也に、佐倉は不愉快そうに眉を寄せる。


「──死なれちゃ、後始末が大変だからな」

「とかなんとか言っちゃってぇ~ケイちゃんったら、ツ・ン・デ・レ」


 ひょいっと段ボールの向こうから現れたのは、美人で女装男子の多々良だ。彼に、佐倉は冷ややかな視線を向ける。


「多々良、背後には注意しとけよ。俺の手元がうっかり狂うかもしれねぇ」


 暗に撃つぞと言った佐倉に、多々良はにんまりと笑った。好戦的に笑った視線の先には、祐也としてはすっかり忘れていた窃盗団が身構えている。


「柏木」


 名を呼ばれただけで、気配もなく柏木が現れた。武器らしい物を持っていない柏木は、佐倉の聞きたいことを的確に答えた。


「……意外ですが、相手はそれなりに訓練をつんだ手練れです。下手に踏み込むと、やられますよ」

「銃は」

「沢井がついているところをみるに、拳銃を持っている可能性もなくはないでしょうね」


 ひとつ頷いて、佐倉は物陰から出ていく。そして窃盗団と真っ正面から向き合うと、凶悪な笑みを浮かべ、言った。


「やれ」


 たった一言。しかし、それでお互い十分だ。

 まるで合図だったかのように、乱闘が始まった。黒スーツの男と、見た目チンピラ集団がぶつかる。殴り合い、荒っぽい物音と雄叫び、時々発砲音も聞こえてきた。


「じゃ、お先に☆」


 ウインクして出ていった多々良が、軽やかに飛んだ。かと思えば、不運にもその先にいた男がドロップキックをかまされる。


「あぎゃあ!」


 ミシッ


 ……なんか、リアルに鈍い音がしたんだけど。

 倒れて動かない男の背中を思いっきり踏んで、多々良は両側にいた男の頭をわしづかみにして、ぶつけ合わせる。そうして、背後の男にはターンした勢いも乗せたハイキック。その一連の動きは、映画のアクションシーンのようだ。

 俺が敵役じゃなくて、よかった。祐也は心からほっとしたが、ここは戦場だ。


「このガキっ」


 高校生の未成年だろうと関係ないらしく、男が襲いかかってくる。しかし、祐也が動くより柏木が動く方が速かった。どこから持ち出したのか瞬時に短刀を抜き、閃かせる。倒れた男を柏木は蹴りつけた。


「ガキを狙うとは、穏やかじゃねぇな。恥ずかしくねぇのか、てめぇ」

「ひぃっ」


 ……穏やかじゃないのは、柏木さんも一緒だと思うけど。

 怯えて動かない男を無視し、柏木は短刀を振るう。逆手に持った短刀が闇夜に閃き、それは舞っているような、洗練された動きだった。周りで次々と倒れる男達を、気にも止めずに進んでいく。その顔には笑みが浮かんでいた。

 狂気にも似た、酷薄な笑み。


「────」


 うん、楽しそうだ。

 軽く引いた祐也は拳が顔の前を通って、びくりと反応してしまった。身構えた祐也の隣で、段ボール箱の山を殴って崩した佐倉は険しい顔をしている。


「どいてろ」


 言いながら、祐也を後ろに押し退けて前に進み出る。崩れた段ボール箱の向こうには、拳銃を構えた沢井が笑っていた。


 ダァンッ


 銃声が聞こえると共に、身を低くして佐倉が沢井に突進する。そのしなやかな、しかし凄いスピードに沢井は一歩下がるしか出来なかった。その手首を、佐倉が払って拳銃を落とす。そうして鳩尾狙って蹴りあげた。

 しかし、沢井はそれを紙一重でかわし、床に落ちた拳銃を拾う。すぐさま佐倉に向けて発砲した。

 当たり前のように弾丸をよけた佐倉はニヤリと笑う。それは、凶悪犯も顔負けな悪人の笑みだった。


「……上等だよ」


 なにが上等なのか。怖くてきけない。

 祐也は新たな物陰に隠れ、向こうで右往左往している玉城さんを手招きした。


「玉城さん、こっちです」

「祐也っ…おま……もうちょっと早く呼べよ!」


 素早く滑り込むように箱の後ろに隠れた玉城さんは、深い深いため息をつく。


「なんなんだよ。何でクリスマスイブの夜にドンパチ始めなきゃいけねぇんだ。危うく、体に風穴あくかと思ったぜ」

「まぁ、気持ちはわからなくもないですが……」


 そもそも打開策とはいえ、佐倉達をトナカイに呼ばせたのは玉城さんだ。そこは玉城さんも理解しているのか、心底、疲れた顔で遠い目をする。


「呼んだのは俺とはいえ……俺はクリスマスにこんな目にあうような、何か悪いことでもしたのか。そんなに神様は俺がキライなのか」

「ぶっちゃけ、俺も同じ心境ですよ」


 ため息をついて、祐也が玉城さんを見た時だ。男がナイフを玉城さんに降り下ろそうとしていた。


「っ玉城さん、後ろ!」


 とっさに玉城さんを突き飛ばす。祐也の頬を、ナイフがかすった。それと同時に、後ろから羽交い締めにされる。


「祐也!」


 玉城さんの声に、振り向いた人間が動きを止めた。

 祐也の首筋にナイフを当てて、男がにやにやと笑んでいる。その傍には更に三人、男達が牽制するように控えている。


「全員、動くなよ。動いたら、こいつの命はねぇからな!」

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