玉城さんのお仕事 ⑤
佐倉啓次。
樅ノ木組の若頭が、倉庫の入口に立っていた。その姿に、玉城さんはふっと笑みを浮かべる。
「──遅せぇよ」
「え?」
祐也は振り返って、玉城さんを見上げる。玉城さんは薄く笑ったまま、倉庫の入口を指差した。乱入してきた樅ノ木組の人間達の間をぬうようにして、何かがこちらにやってくる。
否、それは。
「トナカイ……?」
一頭のトナカイが、玉城さんの元へ走ってきた。その頭を、玉城さんはぐしゃぐしゃになでる。
「よしよし、よくやった」
玉城さんになでられたまま、じっとしているトナカイは、あれだ。先ほど、一頭だけ倉庫から飛び出していったトナカイ。
てっきり逃げたのかと思ったが、違ったらしい。樅ノ木組の人間を、ここまで連れてきてくれたのだ。
「すごいな、君」
感嘆の声を上げた祐也に佐倉は舌打ちし、不機嫌丸出しの苦い表情を浮かべる。
「いきなり事務所に鹿が乱入してきたと思ったら、俺の頭に噛みつきやがって──危うく仕留めかけたぜ」
よかった、仕留められなくて。
心底ほっとした祐也の耳元を、乾いた音と共に何かがかすっていった。気がついた頃には、近くの壁に弾丸が当たって、あらぬ方向へ跳弾している。
撃たれた。
そう頭が理解した頃には、玉城さんに突き飛ばされていた。
「……っ」
乾いた銃声がして、祐也の近くの段ボールに穴が空く。地面に転がった祐也に、沢井さんは銃口を向けた。その目は、どこまで冷たく、感情がない。けれど、その奥でゆらめいているモノは──
「っ危ねぇ!」
ぐいっと佐倉に腕をつかまれて、祐也は物陰に引きずりこまれる。同時に、片手で両頬を力いっぱい、わしづかみにされた。
むにゅっと頬が寄ったせいで、口がタコになる。
「てめぇ、なにをボサッとしてんだよ! 死にてぇのか、あぁ?!」
言った佐倉のこめかみには、青筋ができていた。
「しゅ、しゅいません」
口がタコになってて上手く発音できなかったが、通じたらしい。あるいは通じてなくともいいのか、佐倉は舌打ちして祐也を睨み付けた。
ガシッと両肩をつかまれる。超痛い、つーか顔が怖い。
「いいか、生き延びたかったら、むやみに動くな。つか、1ミリも動くんじゃねぇ、一言も喋んな、呼吸すんな」
「呼吸しなかったら、死んじゃいます」
「っせぇな! そんだけ静かにしてろってことだよっ!」
若頭、意外といい人のようだ。祐也を気づかって忠告してくれるとは、優しいではないか。
「ありがとうございます」
にっこり笑った祐也に、佐倉は不愉快そうに眉を寄せる。
「──死なれちゃ、後始末が大変だからな」
「とかなんとか言っちゃってぇ~ケイちゃんったら、ツ・ン・デ・レ」
ひょいっと段ボールの向こうから現れたのは、美人で女装男子の多々良だ。彼に、佐倉は冷ややかな視線を向ける。
「多々良、背後には注意しとけよ。俺の手元がうっかり狂うかもしれねぇ」
暗に撃つぞと言った佐倉に、多々良はにんまりと笑った。好戦的に笑った視線の先には、祐也としてはすっかり忘れていた窃盗団が身構えている。
「柏木」
名を呼ばれただけで、気配もなく柏木が現れた。武器らしい物を持っていない柏木は、佐倉の聞きたいことを的確に答えた。
「……意外ですが、相手はそれなりに訓練をつんだ手練れです。下手に踏み込むと、やられますよ」
「銃は」
「沢井がついているところをみるに、拳銃を持っている可能性もなくはないでしょうね」
ひとつ頷いて、佐倉は物陰から出ていく。そして窃盗団と真っ正面から向き合うと、凶悪な笑みを浮かべ、言った。
「やれ」
たった一言。しかし、それでお互い十分だ。
まるで合図だったかのように、乱闘が始まった。黒スーツの男と、見た目チンピラ集団がぶつかる。殴り合い、荒っぽい物音と雄叫び、時々発砲音も聞こえてきた。
「じゃ、お先に☆」
ウインクして出ていった多々良が、軽やかに飛んだ。かと思えば、不運にもその先にいた男がドロップキックをかまされる。
「あぎゃあ!」
ミシッ
……なんか、リアルに鈍い音がしたんだけど。
倒れて動かない男の背中を思いっきり踏んで、多々良は両側にいた男の頭をわしづかみにして、ぶつけ合わせる。そうして、背後の男にはターンした勢いも乗せたハイキック。その一連の動きは、映画のアクションシーンのようだ。
俺が敵役じゃなくて、よかった。祐也は心からほっとしたが、ここは戦場だ。
「このガキっ」
高校生の未成年だろうと関係ないらしく、男が襲いかかってくる。しかし、祐也が動くより柏木が動く方が速かった。どこから持ち出したのか瞬時に短刀を抜き、閃かせる。倒れた男を柏木は蹴りつけた。
「ガキを狙うとは、穏やかじゃねぇな。恥ずかしくねぇのか、てめぇ」
「ひぃっ」
……穏やかじゃないのは、柏木さんも一緒だと思うけど。
怯えて動かない男を無視し、柏木は短刀を振るう。逆手に持った短刀が闇夜に閃き、それは舞っているような、洗練された動きだった。周りで次々と倒れる男達を、気にも止めずに進んでいく。その顔には笑みが浮かんでいた。
狂気にも似た、酷薄な笑み。
「────」
うん、楽しそうだ。
軽く引いた祐也は拳が顔の前を通って、びくりと反応してしまった。身構えた祐也の隣で、段ボール箱の山を殴って崩した佐倉は険しい顔をしている。
「どいてろ」
言いながら、祐也を後ろに押し退けて前に進み出る。崩れた段ボール箱の向こうには、拳銃を構えた沢井が笑っていた。
ダァンッ
銃声が聞こえると共に、身を低くして佐倉が沢井に突進する。そのしなやかな、しかし凄いスピードに沢井は一歩下がるしか出来なかった。その手首を、佐倉が払って拳銃を落とす。そうして鳩尾狙って蹴りあげた。
しかし、沢井はそれを紙一重でかわし、床に落ちた拳銃を拾う。すぐさま佐倉に向けて発砲した。
当たり前のように弾丸をよけた佐倉はニヤリと笑う。それは、凶悪犯も顔負けな悪人の笑みだった。
「……上等だよ」
なにが上等なのか。怖くてきけない。
祐也は新たな物陰に隠れ、向こうで右往左往している玉城さんを手招きした。
「玉城さん、こっちです」
「祐也っ…おま……もうちょっと早く呼べよ!」
素早く滑り込むように箱の後ろに隠れた玉城さんは、深い深いため息をつく。
「なんなんだよ。何でクリスマスイブの夜にドンパチ始めなきゃいけねぇんだ。危うく、体に風穴あくかと思ったぜ」
「まぁ、気持ちはわからなくもないですが……」
そもそも打開策とはいえ、佐倉達をトナカイに呼ばせたのは玉城さんだ。そこは玉城さんも理解しているのか、心底、疲れた顔で遠い目をする。
「呼んだのは俺とはいえ……俺はクリスマスにこんな目にあうような、何か悪いことでもしたのか。そんなに神様は俺がキライなのか」
「ぶっちゃけ、俺も同じ心境ですよ」
ため息をついて、祐也が玉城さんを見た時だ。男がナイフを玉城さんに降り下ろそうとしていた。
「っ玉城さん、後ろ!」
とっさに玉城さんを突き飛ばす。祐也の頬を、ナイフがかすった。それと同時に、後ろから羽交い締めにされる。
「祐也!」
玉城さんの声に、振り向いた人間が動きを止めた。
祐也の首筋にナイフを当てて、男がにやにやと笑んでいる。その傍には更に三人、男達が牽制するように控えている。
「全員、動くなよ。動いたら、こいつの命はねぇからな!」




