玉城さんとの出会い ①
イブの日、俺はその人に出会った
クリスマスイブ
世間一般にそう呼ばれるこの日は、たいして活気のない街も大いに賑わい、子供や着ぐるみが我が物顔で練り歩き、カップルが大量発生する。
全体的にいつもとは違う浮わついた空気。ざわついた街。ひっきりなしにかかるクリスマスの定番曲。その陽気なメロディの中、俺は場違いなほど深刻な声を出してしまった。
「……今、なんて?」
思わず顔がこわばった俺に、電話の相手はこれまた場違いなくらいに緊迫感のある声で言う。焦っているのか、走っているのかだいぶ息が荒かった。
『あぁ。マジで悪い! 急に用事入っちゃってよ。今日、行けそうにない──ってうおわぁぁぁあぁぁぁぁ!!』
いきなりの絶叫に思わず携帯を耳から離すと、次の瞬間には破壊音がもれてきた。
『ドガッシャァァァアンッ』
そのあまりにもの音の大きさに、ぎょっとして携帯の相手に呼びかける。
「どうした?! 高遠! おい、高と……」
ツーツーツー…
切れた。
しかも、尋常じゃない絶叫と破壊音は事故っぽい気もするのだが。
「────────」
とりあえず、アイツ、生きてるんだろうか。
救急車を呼ぶべきか、警察を呼ぶべきか、そもそもどこへ呼べばいいのか。
俺はしばし携帯を見つめて呆然としてしまった。
12月24日 午前9時47分のことである。
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
「はぁ、クリスマスパーティ」
今思えば全ての発端はここにあった。
俺、工藤 祐也は思わず間抜けな声でそう答えてしまい、提案者は顔をしかめる。
「んだよ。お前もしかして予定入ってんのか」
「いや。特にないけど」
そう言った瞬間、提案者であるクラスメートの高遠は『なんだ』とつぶやいて、ニヤリと笑った。
「よおっし! 祐也、お前も参加決定な!」
「え? さ、参加って何の……」
なぜか満面の笑みでバシバシと肩を叩かれ、祐也は困惑の表情を浮かべる。その隣で、どこか呆れたような声があがった。
「もちろんクリスマスパーティでしょ。参加者は俺に黒華に桐嶋、あとチカに秋君とか」
いつの間にいたのか、そう答えたのは高遠と同じくクラスメートの灰妃だ。
「桐嶋も黒華も彼女いないし、ヒマなんだよ」
その高遠の言葉に別名、シンデレラ王子(由来はいわずもがな、その名字、灰妃だ)とも呼ばれる彼は、中性的に整った顔に微笑みを浮かべる。
「ま、楽しそうだから俺はいいけどね。今年は色々あって疲れたし」
何だか非常に実感のこもった声だ。
(今年に入って、何かあったんだろうか)
確かに最近、たまに疲れたようにフラフラ廊下を歩く姿は見かけるが。まぁ本人が何も言ってこないので、放置している。
追求する代わりに、祐也は軽く首を傾げた。もちろん、そのメンツに、だ。
「まぁ、秋君はわかるけど……桐嶋と黒華がよくOKしたよね」
桐嶋と言えば不登校、黒華と言えば睡眠である。
黒華は学校にも最低日数しか来ない上に、たいてい寝ている。睡眠を愛している超低血圧さんだ。
そして、面倒なことを嫌う天才児の桐嶋は、たいてい気が向いた時にしか学校に来ない。
そんな二人がよくそんなパーティの参加を決めたものだ。そう、勝手に祐也が感心していると。
「別に俺も黒華も行くなんて言ってねーんだけど。つーか、誰が彼女いなくてヒマだって?」
機嫌の悪そうな低い声に祐也と灰妃は振り返り、高遠はギクリと顔をこわばらせた。
「あ、桐嶋。やっほー」
非常に上ずった声の高遠に桐嶋はチラッと鋭い目を向け、それから──
「ぎゃあぁああぁあああ!」
※ 自己規制により回想強制終了※
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
そんな経緯で、高遠が(命がけ)でセッティングしたクリスマスパーティだったのだが。
(結局、残ったのは俺だけか)
桐嶋と黒華はもちろん参加拒否、灰妃はバイトで秋は用事、チカは予備校の補習で、最終的には高遠と二人で遊ぶハメになったわけだが。そんな高遠も、ついにさっき不幸な事故に見舞われて、所在すら不明になった。
おかげで祐也は一人、寂しいクリスマスを送ることになってしまったのである。
(こんなことなら、二人の旅行について行けばよかったかな)
残念ながら、祐也の両親は海外旅行中で、家に帰ったところで米しかない。
仕方なく祐也は持て余しまくった時間を、街をぶらついて消費することにした。が、それももう限界に近い。
街といっても、そんなに大規模なわけでもない上にカップルだらけである。そんなところを一人でぶらつくのは、せいぜい30分ぐらいでいい。それ以上いると、何だか精神的にくるものがある。
「もう帰ろっかな」
そう、祐也がため息をついて家の方向へ足を向けた時だった。ふいにショーウィンドウに飾られているものが目に飛び込んできた。
「あ」
祐也は思わず足を止める。それはアクセサリーのショーウィンドウで、いくつかのシルバーアクセサリーが綺麗に飾られていた。
祐也はイルミネーションの光を受けて輝くシルバーアクセサリーの中で、1つのネックレスに目を向ける。それはシンプルなプレートのもので、何か英語的な文字がセンスよく彫られていた。
「そういやこの前してたヤツ、高遠に貸して失くされたばっかりなんだよな、俺」
そう誰にともなく祐也はポツリとつぶやく。せっかくクリスマスだし、買おうかな。何気なく、財布に手を伸ばしながら値札を見て祐也は思わずギョッとした。
「2万?」
あれ? 思ってたより丸が1つ多い。
「……………………」
たっぷり沈黙した後に、祐也はくるりと方向転換した。
「普通に無理」
つーか、なんでこんな高いんだ?
普通はもっとこう、クリスマス特価とかで割引きされてたりするじゃないか。まぁそれだけ良い品ってことだろうけど。世知辛い世の中である。
はぁ、と祐也は深いため息をついた。友達とも遊べず、一人で満足に買い物も楽しめないとは。もう家で寝ているほうがよさそうである。
(この際、家にあるのが米だけでもいいや)
米だってたくさん炊けば、俺に満腹という素晴らしいプレゼントをくれるじゃないか。
(そうだ。温かい料理に囲まれて温かいクリスマスを過ごそう)
俺、ご飯炊きしか出来ないから、もちろん食べる物は白ご飯オンリーだけど。
「…………白米か」
まぁ、そんな食生活だってたまにはいいだろう。空腹よりはマシだ。
気を取り直して、祐也はとりあえず早く家に帰ろうと足を早めた。いつもより人口密度が増した歩道で、前方からの集団を避ける。その集団の中心では、サングラスをかけたサンタ衣装のお兄さんが子供に引っ張られて……ん?
(あれ、サングラスって何かおかしくない?)
思わず、バッと祐也は勢いよく後ろを振り返った。
見間違いかと思ったが、そこにはやはり白い袋を担いだサングラスのサンタ衣装のお兄さん。そのまわりにはワイワイと騒いで引っ張る子供たちが。
「ち、ちょっと! お兄さん今仕事中! アルバイト中だから!」
そう言って必死に抵抗するお兄さん。しかしその抵抗も虚しく、子供たちは口々に何かを言ってお兄さんを引っ張って行ってしまう。なんというか。
(サンタの衣装着たバイトって大変なんだなぁ)
というか。
「今の人、どこかで見たことあるような」
気のせいかな。
祐也が、じっとそのサンタの背中を眺めていた時だ。
「おい、そこの少年!」
いきなり声をかけられたのは。