玉城さんのお仕事 ②
「普通に考えたら、警察呼ぶのが一番いい気がするけどね」
「それはそうなんですけど……ちょっと、不安要素がありまして」
「不安要素?」
頷いて祐也は声をひそめた。
「まず、玉城さんって見た目はかなり怪しいじゃないですか」
「君、さっき信じてるって言ったよね?」
それと見た目の印象は別の問題だ。
「職務質問されることは、何とか避けるにしても。事情聴取で警察に連れていかれることは、避けられません」
被害者とはいえ、事情聴取はされるだろう。
「犯人じゃないんですから、長くは拘束されないでしょうけど……今夜、クリスマスまでに間に合わないかもしれません」
「あぁ、そういうこと」
美咲さんは、納得したように声を上げた。
現在、クリスマスまで6時間を切っている。今から犯人を逮捕、玉城さんを保護して事情聴取を始めたとしても、クリスマスまで間に合うかは怪しい。
「あと、肝心のトナカイが押収されてしまう危険性が高いんです」
いくら玉城さんの物だと主張しても、警察もろくに調べもせずに『はい、どうぞ』と返してくれるわけがない。今夜、プレゼントを配る時に玉城さんはいても、結局トナカイがいないのでは意味がないのだ。
「ぼーっとして何にも考えてないようで、いろいろ考えてたのね。意外」
美咲さんは感嘆しながらも、本音が出ている。酷い。
祐也はヘコみながらも、何とか言葉は繋げた。
「警察に通報しても、イタズラだと思われたら困りますし。すぐ動いてもらえなかったら、助けることは出来ても時間のロスが大きい──プレゼントは配れなくなります」
祐也はため息をついた。
なんとか、玉城さんを助けてトナカイを救出してクリスマスまでに間に合う方法はないのか。
まず、玉城さんを連れていった連中の目的すらわからない祐也である。
(玉城さんみたいにある程度、状況さえわかっていれば、まだ考えようはあるんだろうけど)
同じ出来事を体験してきて、何故玉城さんだけわかったのか、謎だ。
頭の違いなのだろうか。
(そういや玉城さんがひらめいたのって、俺が言ったことがキッカケだったよな)
なのに言った本人がわからないとはどういうことだ。
祐也はもう一度、玉城さんに言った内容を思い出してみる。あの時、祐也はこう言った。
『そういえば、玉城さんに会う前に同じような格好の人とすれ違いましたよ。サングラスに白い袋背負った人』
……うん。だからどうした。
思わず遠い目をした祐也は、必死に考えた。
(何で玉城さんが、この情報で全てを理解したのかはわからないけど。見たことはあったんだよなぁ)
玉城さんに会う前にすれ違った、金髪サングラスのサンタ服。どこか、見覚えのある人だった。けれど、出てこない。
頭を抱えた祐也に、美咲さんも苦い表情で天を仰いだ。
「あー八方塞がりって感じ……世間はクリスマスだってのに、全然楽しむ暇もないわね」
『仕事仕事仕事! なんでクリスマスだってのに、仕事ばっかりしなきゃいけないんすか!』
「あ」
似たようなセリフを最近、聞いた気がする。そう言って上司に殴られたのは、確か。
「わかった」
──あの人だ。ようやく、思い出せた。玉城さんと似たような恰好をしていた人が誰か。
「美咲さん、いま光明が見えたかもしれません」
言った祐也に、美咲さんはニヤッと笑った。
「私も。いいこと思いついちゃった」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
12月が、好きだった。
なんだが、皆が騒がしくて、自分ひとりじゃないみたいな気がして。
『でも、クリスマスが──いいえ、サンタクロースが嫌いなのね。違う?』
惜しいです、美咲さん。
嫌いなんじゃなくて、向き合うことが、きっと怖かったんです。
信じていた存在を、この目で確認出来ないのが不安で、いないのだと、いつか諦めてしまうのが、怖かったんです。
現実を直視した時、信じてたモノが壊れたらと思うと怖かった。
でも、もう腹をくくりました。
(どんな現実でも、絶対に目を逸らしたりなんかしない。信じてたモノが壊れたら、また直せばいい)
だから、何も怖くはない。そう思えるようになったのは、きっと──
美咲さんからもらった白い袋を担ぎ、祐也は大きな倉庫の前で立ち止まった。冷たい金属の扉に手をかけ、祐也は笑う。
玉城さんのおかげで、やっと12月がまた好きになれそうだ。
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
19時──クリスマスまで、あと5時間。
祐也は、やけにうるさい心臓を押さえて、倉庫のドアを力いっぱいに開ける。
「来ました」
薄暗い倉庫の中には、祐也を追いかけてきたチンピラ集団がいた。その中央で縛られているのは、夜でもわかる赤い服の玉城さん。
祐也は、驚きに目を見開く玉城さんを真っ直ぐに見て言った。
「玉城さんを、返して下さい」
「祐也、おまっ……何で来た!」
玉城さんの言葉は無視して、祐也は視線をチンピラ集団に向ける。
もう一度、繰り返した。
「約束の荷物は持ってきました。まずは、玉城さんを返して下さい」
強く射抜くような祐也の目に、男達は顔を見合わせて頷く。するとドサッと何かを、否、玉城さんを乱暴に蹴り飛ばしてきた。──なんか、いま痛そうな音がしたんだけど。
蹴られて、こちらまで転がってきた玉城さんは身をよじらせて喚いた。
「いったぁ! てめぇらマジで扱い悪すぎだぞ、こらぁ!!」
なんだろう。
とりあえず、その姿に祐也は安心を覚えた。
「玉城さんが、いつも通りにカッコ悪くて安心しました」
「ケンカ売ってんのか、てめぇ!」
よかった、いつもの玉城さんだ。
祐也は安堵して、玉城さんの縄をほどこうとする、が。
「おい、その前に袋を渡せ」
牽制するよう威圧的に声を張った男に、祐也は黙って白い袋を背後に庇った。途端に男達の目が鋭くなる。
「おい、どういうことだ」
「まさか、渡さないつもりじゃねぇだろうな」
祐也に対して不信感をあらわにした男達は、にわかに殺気立つ。玉城さんも、緊張した面持ちを祐也に向けた。
「おい、祐也」
「……大丈夫です」
大きく息を吸い込む。大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせて、祐也は再び口を開いた。
「まだ、全部返ってきていません」
「あぁ!?」
「トナカイ……トナカイも、返して下さい」
「──てめぇ」
欲張った要求に、男達はギロリと目を鋭くする。しかし、祐也は落ち着いて言った。
「玉城さんは人質で袋と交換ですから、返してもらって当然です。でも、トナカイはどうするんですか?」
「どうって」
「このまま、貴方達が全部、世話して飼ってあげるんですか? トナカイを持っていても、貴方達には何のメリットもないはずですが」
まくし立てた祐也に、それもそうかと男達が頷いている。犬や猫なら面倒を見れなくもないが、トナカイ9頭の世話はさすがに無理だろう。
男達は渋々頷いた。不機嫌を隠しもせずに顎をしゃくる。
「こっちだ、来い」
「玉城さんも来てください。トナカイはこの人の言うことしか聞かないんです、いいですよね」
有無を言わさず、祐也は玉城さんの足だけ縄をほどく。両手は後ろに縛られたままだったからか、男達は文句は言わなかった。
それに内心安堵しながらも、顔には出さずに祐也は玉城さんを連れてついていく。
「ここだ」
言いながら、男がこつんとドアを叩いた。確かに中で生物の鳴き声がする。
(……ここからだ)
ごくりと、固唾をのんだ祐也は、どん、と男達の前に白い袋を置いた。
「祐也? お前、本気で」
「その袋を開けるのと、俺が扉を開けるのを同時にしましょう」
言われる前に、すかさず提案した祐也に男達はたいして面白くもなさそうに鼻を鳴らす。どうせ、何も出来ないとタカをくくっているのだ。
ふん、と祐也も小さく鼻を鳴らして扉に手をかけた。
「じゃ、行きますよ。せーのっ」
クリスマスが近づいてきましたね。完結も近づいて参りました。
この話の間が、冒頭のシーンに繋がっています。わかりづらくてすいませぬ。




