玉城さんのお仕事 ①
玉城さんってあんな見た目だけど、意外と優しいんだよね。
そして意外と頭もキレるんだよ。
時刻は17時58分ーークリスマスまで、あと6時間。
だというのに、祐也はいまだに、ふらふらと夕闇に輝くイルミネーションの街中を歩いていた。
『いいか、7時だ。7時までに全部持ってこい』
玉城さんを連れて行ったチンピラは、そう言っていた。
けれど。
(俺は、どうすればいいんだろう)
玉城さんは祐也に、これ以上関わらず、警察へ行くよう言っていたが。
『今まで、ありがとう』、そういった玉城さんの顔が浮かんで、祐也はぐっと拳を握り眉を寄せた。
「そんなん、出来るわけないだろ……!」
こぼれた心の声は、わずかに上擦って掠れていた。
玉城さんを放って、自分だけ安全なところで、のうのうとクリスマスを迎えるなんて、絶対に出来ない。玉城さんは、命の危険を感じて、祐也を逃してくれたのだ。わざわざ、他にも荷物があるから、なんて嘘までついて、自分が捕まって。
「玉城さんが、捕まっちゃったら……っ」
プレゼント、配れないでしょう?
祐也を助けるために、袋まで手放して、サンタの仕事も出来なくなって。あの時の、何かを諦めたみたいな、苦いものを飲み込んだみたいな玉城さんの表情は。
それは、きっとサンタの仕事を諦めた決意の顔だ。
『巻き込んで悪かった』
そんなの、今更じゃないか。さんざん、振り回したくせに。人のこと、ぶんぶん振り回して、目が回るくらい振り回しても足りないくらい振り回したくせに。
あれだけ、俺のこと巻き込んでおいて。
『今まで、ありがとう』
そんなの、ずるい。
「……ずるすぎるよ」
どうせなら、最後まで付き合わせてよ。
どうせここまで来たんだから、考えた作戦を俺に実行させるぐらい、させてよ。ここで身の危険を感じたら、パッと手放すなんて。
「カッコよすぎで、ずるいよ」
玉城さんらしくないじゃないか。
目元をぬぐった祐也は、空を見上げた。冬の夜空は真っ暗で、黒い雲のせいで星すら見えない。
──本当に、これで玉城さんとはお別れするしかないのかな?
祐也が必死に、打開策に考えをめぐらせていると。
「あら、祐也くん」
聞き覚えのある声に呼ばれて、弾かれたように顔を上げる。そこには、赤いミニスカサンタ服のお姉さんが立っていた。
「美咲さん!」
昼間に会った時と違い、サンタ服に合わせた赤いポンチョを着ている。美咲さんはその名前通り、まるで花が咲いたように笑った。そうして、祐也に駆け寄ってくる。
「久しぶり……でもないわね。元気にしてた?」
優しく、労るように顔を覗き込んだ美咲さんに、祐也は何故か、涙が出そうになった。そんなに心細かったのだろうか。
祐也は、じんわり温かくなった目元を押さえて、なんとか頷く。それに、美咲さんは苦笑した。
「全然、元気そうじゃないわよ。どーした? 迷子にでもなった?」
「──ある意味、迷子みたいなもんです」
これからどうしたらいいのか、全然わからない。
玉城さんの白い袋にはプレゼントではなく宝石が入っているし。それでも、やはり、祐也は玉城さんが宝石泥棒だとは思えなかった。
玉城さんは何かを確実につかんでいたようだけれど。全く、そこを理解していない祐也が勝手に動いて、それで玉城さんを助けることは出来るのか疑問が残る。
「あまりにも、自分が無力で、情けなくなっちゃって」
何とか笑った顔は、きっと泣き笑いのようになっていただろう。美咲さんはそれを突っ込むでもなく、あっさりと『そっか』と頷いてくれた。そうして、力一杯、祐也の肩を叩く。
バシィンッ
「いっ……!」
痛い!
痛みに悶える祐也に、美咲さんはいい笑顔で親指を立てた。
「なんか悩みがあるなら、この美咲さんに相談しな」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
「ねぇ、君ってバカ正直すぎ。お人好しもここまでくると、すごく心配」
事情を話した祐也への、美咲さんの第一声はそれだった。あまりにも率直な意見すぎる。
美咲さんは不思議そうに、祐也の顔を覗き込んだ。
「第一、サンタクロースですって言われて、よくあっさりと信じられたわね」
「まぁ、通っている学校が盟華なので」
盟華学園は、何でもありな学校だ。超能力から幽霊、果ては宇宙人がいても納得できる。しかしながら、信じることと、許容して受け入れることは別らしい。
「普通、疑うんじゃない? しかも袋の中身、結局プレゼントじゃなかったんでしょ」
玉城さんがいつも担いでいる(今は祐也が持っているが)白い袋の中は、宝石が詰まっていた。しかも、樅ノ木組の沢井さんからは『窃盗団の一味の特徴として金髪にサンタ服、サングラス』という前情報すらあったのだ。
しかし、祐也はそれでも玉城さんをサンタだと信じている。
「騙されたとは、未だに思っていないのね」
「……はい」
我ながら、信じやすいにも程がある。
苦笑を浮かべながらも、祐也はハッキリと断言した。
「俺は、玉城さんを信じています」
同時に、覚悟も決まる。
ただの高校生の祐也に、何が出来るかなんて分からないけれど。
玉城さんを、助けに行こう。
強い光を帯びた祐也の真っ直ぐな目を見て、美咲さんは苦い笑みを浮かべる。
「君は、何でそんなに信じていられるの」
ぽつりと、つぶやくように言った美咲さんに、祐也もつぶやくように答えた。
「小さい頃に、ただ信じてほしくて。信じてくれると思った人に打ち明けたら、信じてもらえなかったんです。『嘘つき』って、罵られました」
信じてもらえない側の気持ちを、祐也はよく知っている。
「人が人に到底信じられないような話をする時って、信じて受け止めてほしいからなんだと思うんです」
信じて、わかってほしい。そんな、祈りにも似たような気持ちが、きっとある。
「この人なら、言っても信じてくれると思ったから、打ち明けてくれているんです──なら、信じるしかないでしょう?」
優しく微笑んだ祐也に、美咲さんは少しだけ眉を寄せた。切ないような、涙を我慢するみたいな顔。
それに、祐也は面食らっていると。
「君は、本当に変わらないなぁ」
独り言のようにこぼした言葉に、祐也は問うような眼差しを向ける。しかし、美咲さんは通常運転に戻っていた。
「それで? 祐也くんは何に悩んで、迷子になってたんだっけ」
「これから、どうすれば玉城さんを助けられるのか、わからなくて」
約束の時間だけ、刻々と迫ってくる。
祐也はぐっと拳を握りしめた。




