玉城さんとの再会 ③
玉城さんの袋の中身は、プレゼントの箱ではなく宝石が入っていた。
祐也はそっと袋を閉じて、その事実に呆然とする。
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。これは、何かの手違いだ。
ふらり、とよろけた祐也に山田が怪訝な顔をする。
「工藤?」
祐也は、無意識に頬を叩いた。
「おい、大丈夫か、お前」
「──ハイ、なんとか」
痛みと山田の声で、現実に帰ってこれた、が。
「はー……マジでこれからどうしよっかなぁ」
いきなり聞こえた玉城さんの声に、祐也は心臓がはねた。見上げると、トイレから戻ってきた玉城さんが濡れた手を振っている。思わず、祐也は顔をしかめた。
「ちょっと、玉城さん。手を洗ったら拭いて下さいよ」
「うっせぇな。お前は俺の母ちゃんか」
言いながらも、しっかり服で拭いてくれるのが、玉城さんのいいところだ。とても、祐也を騙す宝石泥棒には見えない。
祐也はぐっと拳を握る。揺らぐ気持ちを抑えて、祐也は前を向いた。
玉城さんは、泥棒なんかじゃない。
「山田さん、ありがとうございました。裏口から失礼させて頂きます」
「あいよ、まぁ頑張りな」
ひらひらと手を振る山田に手を振り返して、祐也は裏口へと進んだ。その様子に、玉城さんは感心したように言う。
「これぞ、勝手に知ってる人の家ってやつか」
残念ながら、それを言うなら『勝手知ったる他人の家』である。人の家を勝手に知っていたら、それはストーカーだ。
しかし、祐也は玉城さんを尊重し、ノーコメントで裏口から出た。続いて出た玉城さんが、思いっきり、伸びをする。
「いやぁーシャバの空気は美味いなぁ」
「ムショ上がりみたいなこと言わないで下さい。これからどうします?」
言いながら、祐也は玉城さんについて歩いていく。
「まぁ、だいたいの事情やら状況は理解したぜ」
「えっ?」
スタスタと歩く玉城さんは、どうやらもう何かをつかんでいるらしい――マジでか。
思わず、声を失った祐也は、玉城さんの背中を見る。
『本当に、サンタクロースだなんて馬鹿げた話を信じたの?』
嘘じゃない。玉城さんは、サンタだ。
迷ったらダメだ。自分は信じると決めたのだから。信じたいものを、真っ直ぐに信じ続ければいい。
一瞬、ほんの少しだけ、意識が考えに集中した。
その時だ。
真横の路地から伸びてきた手に、腕をつかまれて祐也は身を固くした。驚く間もなく、路地へ引きずりこまれる。
祐也は思わず、舌打ちした──しまった。
「っ工藤!」
一応、視界の端には入れてくれていたのだろう。玉城さんはすぐに引き返すと、祐也の元へ走ってきた。祐也は、無意識に玉城さんが来てくれたことにホッとする。
しかし、それがいけなかった。
祐也が油断した瞬間、思いっきり銃の底で頭を殴られる。ガッと鈍い音がしたと同時に、体から力が抜けた。
「っ……」
「祐也!」
崩れ落ちた祐也に、玉城さんは駆け寄ろうとする。しかし、ぐっと、祐也のこめかみに銃口が当てられた。
祐也を捕まえたのはスーツを着たヤクザではなく、先ほどバット片手に追いかけてきたチンピラ集団の一人だ。グリグリと銃口を祐也のこめかみに押しつけて、玉城さんに言った。
「こいつは人質だ。連れて行くぜ。頭に風穴あかせたくなかったら──わかってんだろ。お前荷物を渡せ」
玉城さんは、嫌悪を隠しもせずに顔をしかめた。荷物とは、玉城さんのプレゼント袋のことだろうか。
「わかった」
「玉城さん?!」
ギョッとした祐也に、玉城さんは祐也を捕らえる男を睨みつける。
「だが、今持ってるのが全部じゃねぇんだ。一旦戻って、まとめて持ってきてやるよ」
「玉城さん、何言って──」
「だがな」
遮るように言って、玉城さんは祐也に目を向けた。そうして、少しだけ笑う。
何かを諦めたみたいな、苦いものを飲み込んだみたいな。それでも、今まで見た玉城さんの笑顔の中で、一番優しい笑顔だった。
「人質には俺がなる。俺が、巻き込んじまったんだしな」
「や──」
やめて下さい。
言いかけた言葉は、途中で玉城さんに遮られた。白い袋を押しつけるように渡されて、祐也はよろける。それを支える振りをして、玉城さんは耳元で小さくささやいた。
「それ持って、お前は警察に駆け込め」
え?
目を大きく見開いた祐也に、玉城さんは苦笑する。
「今日だけでも、保護してもらえ。これ以上、俺に関わったら、死ぬぞ──巻き込んで悪かった」
「た、玉城さ…」
「ほら、行くぞ!」
力任せに引っ張られて、玉城さんが顔をしかめた。
玉城さんが。玉城さんが、行ってしまう。
とっさに追いかけそうになった祐也を振り返って、玉城さんは微笑を浮かべた。その唇が、わずかに動く。
『今まで、ありがとう』