玉城さんと別行動 ①
玉城さんって、考えていないようで、実はちゃんと考えているのかも。
……なんて、最近思ったりするけど。
街ゆくミニスカサンタ服のお姉さんの生足を、真顔で眺める玉城さんを見ていると、やっぱり気のせいか気の迷いなのかもしれないなぁ、と思う。
玉城さんが黒服のおじさんを拉致する前に、祐也がその黒服のおじさんに捕まってしまった。アーメン。
「──で、ここに拉致ってきた、と」
言いながら、なんとも言えない表情で祐也を見るのは、中性的な顔立ちの青年だった。
祐也の周りには、退路を塞ぐかのようにガタイのいい男達が取り囲んでいる。ハッキリ言って嫌な眺めだが、問題はそこじゃない。
樅ノ木組。
そう名乗った彼らに連れられ、祐也がやってきたのがここ、本拠地である事務所である。まぎれもなく、玉城さんを追いかけ回していた連中のアジトだ。
(頭が痛くなってきた)
両手を縛られて座る祐也が、思わず嘆息すると、目の前の青年が眉間に深いしわを刻んだ。
「俺は、ガキに手荒なマネはすんな、と言ったはずだが?」
ちらっと目をやるだけで、祐也を囲む男達が怯えて怯んだのがわかった。
見た目は、上流階級のエリートサラリーマンみたいだが、口を開くと確かに極道、恐らく若頭だ。その祐也の読みは当たっていたようで、近くにいた男が、困惑気味に言う。
「でも、若が言ったんですよ。連れてこいって」
「保護しろっつったんだよ、俺は。縛り上げて連れてこいって言ったのは、サンタ服のチンピラ野郎の方だ」
サンタ服のチンピラ野郎とは、いわずもがな玉城さんのことだろう。
「確かに、人質にされた少年は保護した。でも──縛り上げて無理やり連れてきた時点で、命令違反、ですよね?」
そう言ったのは若頭の隣にいる青年だった。
綺麗に笑うその青年は、鳶色の髪を左分けにした端正な顔をしていて、若頭よりも少しばかり年上に見える。笑いながら、嬉々として抜いたのは、単刀いわゆる“ドス”だ。キラリと光る刀身に、うっとりして青年は組員に告げた。
「命令違反は、詰めないと」
笑顔とは正反対な冷ややかな声に、組員達がすくみ上がったのがわかる。かくいう祐也も、ちょっと引いた、が。
「おい、柏木。おま──」
「待ってください! 違うんです」
苦い顔で止めに入った若頭を遮って、祐也は抜き身の刃を持つ青年の前に立ちはだかる。
「お前!」
「危なっ……」
その行動に驚いたのは、柏木と呼ばれた青年だけではない。若頭も、背に庇われた組員達も愕然とした表情を浮かべている。
祐也は間近に迫る刃物を気にもとめずに、両手を縛られたまま柏木に訴えた。
「違うんです。俺は無理やり拉致されたわけでもないし、縛り上げられたわけでもないんです」
「はぁ?」
声を上げた若頭に、耐えきれなくなったのか、後ろにいた組員達が
「すいやせん、若!」
と、次々に謝ってきた。困惑したのは、若頭と恐らく幹部であろう柏木である。
「──おい、どういうことだ」
低く問うた若頭に、説明したのは祐也だった。
「えーとですね。何やら俺かサンタ服のチンピラを捕まえないと、詰めさせられるって言われて……」
言いながら、祐也はその時のことを思い出した。
肩を叩かれ、このまま強引に殴るなりして連れていかれてしまう。そう思い、身を固くした祐也に彼らはいきなり頭を下げてきたのだ。
『頼む! 大人しく一緒に来てくれ』
『じゃないと、俺達が詰めさせられるんだ』
『手荒なことはしないから、お願いだから、マジお願いだから、逃げないで来て下さいよ~』
半分泣きながら、道の往来でスーツを着た男達に叫ばれ、すがるように服をつかまれて祐也は慌てた。
『ちょ、こ、困ります』
『お願いします』
『お願いします』
『お願いします』
泣きながら頭を下げる彼らがなんだかいたたまれなくなって、祐也は頷いてしまったのだった。
「いや、さすがになんか、可哀想になっちゃって……両手を縛ったりしとけば、それらしいんじゃないのって、提案したのも俺なんです」
「…………」
「…………」
若頭と柏木が、そろって絶句した。柏木は黙って単刀をしまい、若頭は天を仰ぐ。
まぁ、気持ちはわからなくもない。
「でも、あの──怒らないであげて下さい」
反ってきたのは心底、呆れた声だった。
「情けなさすぎて、怒る気もおきねぇよ」
「16かそこらの高校生に庇ってもらうなんて──やっぱり、詰めるか」
ニヤリと笑ってドスに伸ばした柏木の手を押し止めて、若頭は疲れたように祐也の前にきた。そうして、黙って祐也を縛った縄を解いてくれる。
「あ、ありがとうござ──」
「お前を人質に逃走したサンタ野郎のことだが」
お礼を遮って、若頭は睨むような目を祐也に向けた。
「いろいろお前が知っていることは聞かせてもらおう。名前は」
「俺は工藤祐也です」
「お前じゃねぇよ、サンタ服の方だ」
あ、そっちか。
祐也は質問に素直に答えた。
「玉城さんです」
「玉城、か」
目を細めて、若頭は探るように続けた。
「玉城、なんだ? 下の名前は」
「……知りません」
今更ながら、祐也は衝撃を受ける。
今の今まで、玉城さんに下の名前があるという概念がなかった。
(だって、玉城って言うし、サンタって言うし!)
なんとなく、下の名前なんてない、あの生物の名前は『玉城』だと思い込んでいたようだ。
内心、ショックを受ける祐也をよそに、若頭は質問を続行した。
「年は」
「……たぶん、20代半ば、ぐらいかな。あ、24って言ってたかもしれないです」
「根城にしているところは?」
「……さぁ」
「じゃあ、仲間は? 何人いる」
「他に協力してる人なんて、見たことないですけど」
「連絡先を教えろ」
「そもそも、あの人が携帯を持ってるのか、知りません」
室内の空気が、凍った気がする。思うような情報が得られなかったからか、若頭が青筋を浮かべて怒鳴った。
「んだよ、お前! 何にも知らねぇじゃねぇか!」
「そうなんですよ! 何にも知らなさ過ぎて、自分でもちょっとビックリしました!」
言われてみれば、祐也は玉城さんのことを何も知らない。知らないということに、気づかされた。
年齢も、フルネームも、住所も、携帯のアドレス以前に携帯をまず持っているかさえ、知らない。むしろ、祐也が知っているのは『玉城』と名乗ったことと、職業がサンタクロースというだけだ。
若頭が、眉間にしわを寄せて、ため息混じりに言う。
「その調子じゃ、あいつがどういう種類の人間かなんて、知らねぇだろうな」
その言葉に、室内の気温が下がった気がした。何故か周りの人間の顔に浮かぶのは、同情や哀れみの感情だ。
それを訝しく思いながらも、祐也は口を開いた。
「どういう種類の人間って。知ってますよ」
唯一、祐也が知っていること。
「玉城さんは、サンタさんです」
「…………」
「…………」
大真面目に告げた祐也に、あの時のような『へぇ、下の名前三太さんって言うんだ』なんてのんきな反応を返してくれる人間はいなかった。
なに言ってんだ、こいつ。とでも言いたげな、でも否定するのすら馬鹿馬鹿しい、みたいな呆れた顔で見られる。
泣きそう。




