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玉城さんのお仕事~不良サンタのトナカイ奪還計画~  作者: 沙槻
第3章・拉致られた俺と、拉致しに行ったサンタさん
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玉城さんと別行動 ①

 玉城さんって、考えていないようで、実はちゃんと考えているのかも。


……なんて、最近思ったりするけど。


 街ゆくミニスカサンタ服のお姉さんの生足を、真顔で眺める玉城さんを見ていると、やっぱり気のせいか気の迷いなのかもしれないなぁ、と思う。


 玉城さんが黒服のおじさんを拉致する前に、祐也がその黒服のおじさんに捕まってしまった。アーメン。


「──で、ここに拉致ってきた、と」


 言いながら、なんとも言えない表情で祐也を見るのは、中性的な顔立ちの青年だった。

 祐也の周りには、退路を塞ぐかのようにガタイのいい男達が取り囲んでいる。ハッキリ言って嫌な眺めだが、問題はそこじゃない。


 樅ノ木組。

 そう名乗った彼らに連れられ、祐也がやってきたのがここ、本拠地である事務所である。まぎれもなく、玉城さんを追いかけ回していた連中のアジトだ。


(頭が痛くなってきた)


 両手を縛られて座る祐也が、思わず嘆息すると、目の前の青年が眉間に深いしわを刻んだ。


「俺は、ガキに手荒なマネはすんな、と言ったはずだが?」


 ちらっと目をやるだけで、祐也を囲む男達が怯えて怯んだのがわかった。

 見た目は、上流階級のエリートサラリーマンみたいだが、口を開くと確かに極道、恐らく若頭だ。その祐也の読みは当たっていたようで、近くにいた男が、困惑気味に言う。


「でも、若が言ったんですよ。連れてこいって」

「保護しろっつったんだよ、俺は。縛り上げて連れてこいって言ったのは、サンタ服のチンピラ野郎の方だ」


 サンタ服のチンピラ野郎とは、いわずもがな玉城さんのことだろう。


「確かに、人質にされた少年は保護した。でも──縛り上げて無理やり連れてきた時点で、命令違反、ですよね?」


 そう言ったのは若頭の隣にいる青年だった。

 綺麗に笑うその青年は、鳶色の髪を左分けにした端正な顔をしていて、若頭よりも少しばかり年上に見える。笑いながら、嬉々として抜いたのは、単刀いわゆる“ドス”だ。キラリと光る刀身に、うっとりして青年は組員に告げた。


「命令違反は、詰めないと」


 笑顔とは正反対な冷ややかな声に、組員達がすくみ上がったのがわかる。かくいう祐也も、ちょっと引いた、が。


「おい、柏木。おま──」

「待ってください! 違うんです」


 苦い顔で止めに入った若頭を遮って、祐也は抜き身の刃を持つ青年の前に立ちはだかる。


「お前!」

「危なっ……」


 その行動に驚いたのは、柏木と呼ばれた青年だけではない。若頭も、背に庇われた組員達も愕然とした表情を浮かべている。

 祐也は間近に迫る刃物を気にもとめずに、両手を縛られたまま柏木に訴えた。


「違うんです。俺は無理やり拉致されたわけでもないし、縛り上げられたわけでもないんです」

「はぁ?」


 声を上げた若頭に、耐えきれなくなったのか、後ろにいた組員達が


「すいやせん、若!」


 と、次々に謝ってきた。困惑したのは、若頭と恐らく幹部であろう柏木である。


「──おい、どういうことだ」


 低く問うた若頭に、説明したのは祐也だった。


「えーとですね。何やら俺かサンタ服のチンピラを捕まえないと、詰めさせられるって言われて……」


 言いながら、祐也はその時のことを思い出した。

 肩を叩かれ、このまま強引に殴るなりして連れていかれてしまう。そう思い、身を固くした祐也に彼らはいきなり頭を下げてきたのだ。


『頼む! 大人しく一緒に来てくれ』

『じゃないと、俺達が詰めさせられるんだ』

『手荒なことはしないから、お願いだから、マジお願いだから、逃げないで来て下さいよ~』


 半分泣きながら、道の往来でスーツを着た男達に叫ばれ、すがるように服をつかまれて祐也は慌てた。


『ちょ、こ、困ります』

『お願いします』

『お願いします』

『お願いします』


 泣きながら頭を下げる彼らがなんだかいたたまれなくなって、祐也は頷いてしまったのだった。


「いや、さすがになんか、可哀想になっちゃって……両手を縛ったりしとけば、それらしいんじゃないのって、提案したのも俺なんです」

「…………」

「…………」


 若頭と柏木が、そろって絶句した。柏木は黙って単刀をしまい、若頭は天を仰ぐ。

 まぁ、気持ちはわからなくもない。


「でも、あの──怒らないであげて下さい」


 反ってきたのは心底、呆れた声だった。


「情けなさすぎて、怒る気もおきねぇよ」

「16かそこらの高校生に庇ってもらうなんて──やっぱり、詰めるか」


 ニヤリと笑ってドスに伸ばした柏木の手を押し止めて、若頭は疲れたように祐也の前にきた。そうして、黙って祐也を縛った縄を解いてくれる。


「あ、ありがとうござ──」

「お前を人質に逃走したサンタ野郎のことだが」


 お礼を遮って、若頭は睨むような目を祐也に向けた。


「いろいろお前が知っていることは聞かせてもらおう。名前は」

「俺は工藤祐也です」

「お前じゃねぇよ、サンタ服の方だ」


 あ、そっちか。

 祐也は質問に素直に答えた。


「玉城さんです」

「玉城、か」


 目を細めて、若頭は探るように続けた。


「玉城、なんだ? 下の名前は」

「……知りません」


 今更ながら、祐也は衝撃を受ける。

 今の今まで、玉城さんに下の名前があるという概念がなかった。


(だって、玉城って言うし、サンタって言うし!)


 なんとなく、下の名前なんてない、あの生物の名前は『玉城』だと思い込んでいたようだ。

 内心、ショックを受ける祐也をよそに、若頭は質問を続行した。


「年は」

「……たぶん、20代半ば、ぐらいかな。あ、24って言ってたかもしれないです」

「根城にしているところは?」

「……さぁ」

「じゃあ、仲間は? 何人いる」

「他に協力してる人なんて、見たことないですけど」

「連絡先を教えろ」

「そもそも、あの人が携帯を持ってるのか、知りません」


 室内の空気が、凍った気がする。思うような情報が得られなかったからか、若頭が青筋を浮かべて怒鳴った。


「んだよ、お前! 何にも知らねぇじゃねぇか!」

「そうなんですよ! 何にも知らなさ過ぎて、自分でもちょっとビックリしました!」


 言われてみれば、祐也は玉城さんのことを何も知らない。知らないということに、気づかされた。

 年齢も、フルネームも、住所も、携帯のアドレス以前に携帯をまず持っているかさえ、知らない。むしろ、祐也が知っているのは『玉城』と名乗ったことと、職業がサンタクロースというだけだ。

 若頭が、眉間にしわを寄せて、ため息混じりに言う。


「その調子じゃ、あいつがどういう種類の人間かなんて、知らねぇだろうな」


 その言葉に、室内の気温が下がった気がした。何故か周りの人間の顔に浮かぶのは、同情や哀れみの感情だ。

 それを訝しく思いながらも、祐也は口を開いた。


「どういう種類の人間って。知ってますよ」


 唯一、祐也が知っていること。


「玉城さんは、サンタさんです」

「…………」

「…………」


 大真面目に告げた祐也に、あの時のような『へぇ、下の名前三太さんって言うんだ』なんてのんきな反応を返してくれる人間はいなかった。

 なに言ってんだ、こいつ。とでも言いたげな、でも否定するのすら馬鹿馬鹿しい、みたいな呆れた顔で見られる。


 泣きそう。

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