玉城さんの作戦 ④
黒服のオジサンたちから逃げ惑う祐也の前に現れたミニスカサンタ服のお姉さん。
有無を言わさずにぐいぐい引っ張られて祐也は引きずられながら、やっと我に返った。
「ちょっ……と、あの」
「静かに。追われてるんでしょ」
唇に指を当てて微笑んだ彼女に、素直に祐也は黙ることにした。なんか、悪い人ではなさそうだ。
同時に、バタバタと路地に駆け込んでくる足音が聞こえてくる。
「なんだ、これ!」
「うっ……ガキにやられた」
「また逃げられた!」
「詰められる……!」
「い、いや、まだ探せばいるはずだ! 早くこっちの道に戻って追え!」
バタバタと、慌ただしい足音が去っていく。
「……行ったようね」
様子をうかがっていたお姉さんが、ぽつりとつぶやいた。その言葉に、祐也は張り詰めていた緊張が切れる。深く息をついて、思わず地面に座り込んだ。
追っ手は、あの人数だけじゃなかった。もし、このお姉さんが祐也をここに引っ張ってくれなかったら、時間差で来たあの人達とも追いかけっこをするハメになっただろう。
「ありがとうございます。助かりました」
お礼を言って、祐也は改めてお姉さんに目を向けた。
ミニスカートの真っ赤なサンタ服に赤いブーツ、サンタの三角帽子をかぶり、耳の下で二つに髪を結っている。結んだ茶髪は胸まで垂らしていて、先はくるりとパーマがかかっていた。
祐也より少し年上の、玉城さんぐらいの年頃の美女は、いたずらっ子のように笑った。
「どーいたしまして。クリスマスイブに鬼ごっこなんて、斬新でいいわね」
「えっと、これには、いろいろ訳があって。本当にありが──」
「それもう聞いた。それよりもさ」
お礼を遮って、お姉さんはにやりと笑った。
「ねぇ、何したのよ、あんた。あんな奴らに追いかけられるなんてさぁ」
肘でつつかれて、祐也は戸惑う。
なんだか、すごくフレンドリーだが、さすがにそのまま素直に事情を話すのはためらわれた。
「その……俺にも、よくわかりません」
正直、なぜ祐也まで追いかけられるのか本気で疑問には思う。だいたい、玉城さんですらわからないのに、祐也にわかるわけがない。
最終的に、祐也は簡単に結論づけた。
「まぁ、巻き込まれたんです、俺は」
それにお姉さんは『へぇ』と納得したように頷いた。
「あんた、そう悪い子に見えないもんね。そっか、巻き込まれちゃったんだ。なんかわかるわぁ」
うんうんと頷かれ、祐也は改めて不思議に思った。
ここは、ビルが入りくんだ路地裏である。そんな人通りもない所で、お姉さんは何をしていたのだろう。
「あの、お姉さんはこんな所でどうしたんですか?」
「あぁ……バイトをクビになったから、ちょっと散歩に」
「クビ?」
ギョッとした祐也に、お姉さんは笑っている。しかも、愉快そうに言った。
「そうそう。お客さんがセクハラまがいのことしてきたからさ、蹴り飛ばしちゃった」
「……そうですか」
殴ったとか平手打ちではなく、蹴り飛ばしたとは、なかなかアグレッシブである。
「蹴り飛ばしたお客さんには、何も仕返しとか、されなかったんですか」
「あら、なぁに。心配してくれるの」
にやにやとからかうように言って、お姉さんは『ふふ』と凄みのある笑みを浮かべる。
「大丈夫──仕返しなんて気も起こさなくなるぐらい、やってやったから」
「…………」
蹴り飛ばした後に、何をやってやったかは、訊かない方がいいんだろうな。
触れないことにした祐也に、お姉さんはポツリとつぶやいた。
「──本当、変わらないわね」
「え?」
聞き返した祐也に、お姉さんは何でもないと言うように首を振る。
「それよりも、巻き込まれたって言ったよね、君」
「はい。たまたま、あの人達に追われている人に巻き込まれちゃたので。そのままその人に協力してるんです」
「ん? それ、おかしくない?」
お姉さんは眉を寄せて、首を傾げた。
「その話からすると、君が今まさに協力してるのって、君を巻き込んだ張本人じゃない。なんで自分を巻き込んだ人に協力してるの?」
あ、本当だ。
思わず、祐也は黙った。よく考えれば、ヤクザに追われるのも玉城さんのせいだし、ぶっちゃけ祐也は被害者であって、ここまで危険をおかして手伝う義理はないのだろう。
でも。
「困ってたから」
「ん?」
「あの人が、困ってたから。それに、もしかしたら、たくさんの人が悲しむかもしれないから」
祐也は真っ直ぐにお姉さんを見た。
「俺、そういうの、ほっとけないんです」
「──そう」
頷いたお姉さんは、ぐっと祐也の頭に手を乗せる、と。
「えらいぞ! それでこそ男の子だ!」
「わ、ちょ……」
ぐしゃぐしゃに頭をなぜられる。
玉城さんにもやられたのだが、何故か玉城さんより力が強い。
(お客さんを蹴り飛ばしたって言ってたけど、これは真面目に文字通り、飛んだかもしれないな)
そう、祐也が頭がもげそうになりながら思っていると。
とん、と背中を押された。
「あいつら、戻ってきた」
笑顔を消して、道の向こうを睨むその真剣な言葉に、祐也は忘れていた緊迫感が舞い戻ってくる。
(どうしよう)
この先の道は、祐也はあまり詳しくない。土地勘のない中で、あいつらから逃げられるのだろうか。
「…………」
それでも冷静に、祐也の頭は逃走パターンとその経路を弾き出す。
黙ってそれを見ていたお姉さんは、すっと道の向こうを指差した。
「この先の道を真っ直ぐに抜けて、出た通りの斜向いに、知り合いの店がある。たぶん、匿ってもらえる」
「!」
驚きに目を見開く祐也に、彼女は微笑んだ。
「奴らは関係ない女に危害を加える連中じゃない。私は、何も見ていない、何も知らないの」
だから、行って。
ウインクする彼女に、祐也は深く頭を下げる。
「っお姉さん、ありがとうございます!」
「『お姉さん』じゃない」
彼女は綺麗に微笑んだ。
「『美咲』っていうの。覚えておいて」
☆―…―…―…―…―…―…―…―…―☆
美咲さんに言われた通り、祐也は全力で路地を走り抜けた。すると、通りに出て、確かにそこには店が立ち並んでいる。
「えっと……」
『この先の道を真っ直ぐに抜けて、出た通りの斜向いに、知り合いの店がある』
通りには出たので、あとは斜向いの店だ。それを探して、祐也は愕然とした。
(斜向いって、斜め前にあるって意味だよな?)
どうしよう。右斜め前と、左斜め前、両方に店がある。
祐也は躊躇した。早く、美咲さんの言っていた店にいかなくては。
でも、どっちにする?
「──ええい! 考えても仕方ない!」
ここは、とりあえずカンで行くことにした。祐也は左斜め前の店に足を進める。
「どこに行きやがった、あのガキ!」
「きっとこっちだ」
だんだん、近づいてくる声に、祐也は祈る気持ちでドアノブに手をかけた。
(桐嶋大明神様、御厨大明神様、どうかこの俺を助けて下さい!)
ガッと力を入れて、祐也は思わずフリーズした。
「────あり?」
ドアが、開かない。
よく見れば、ドアには『Close』の文字。
(ま、ままマジで?!)
桐嶋大明神と御厨大明神に祈ったのに、間違えたのか?!
呆然とする祐也の肩に、ポンと手が置かれた。
「捕まえたぜ」




