玉城さんの作戦 ③
祐也は、クリスマスイブの街中を歩いていた。
(玉城さんはトナカイを隠せる場所を探せって、言ってたけど)
トナカイも生きているし、鳴く生き物だったはずだ。鳴き声聞いたことないけど。
空きビルにつないで閉じ込めたとしても、鳴き声までは抑えきれないように思う。鳴き声知らないけど。となると、人が多すぎて鳴き声などかき消える場所か、全く人が通らないような場所になる。
盟華地区の果てには、廃虚となったゴーストタウンがあるが、あれは除外していいだろう。海の近くに並び立つ倉庫も怪しいが、祐也では入れない。
「とりあえず、鳴き声も聞こえないぐらい、人でごった返している所にいくか」
この地区のセンター街。一番、人通りが多くて夜も人は途切れない所だ。祐也が、そちらに足を向けた時。
ドォォォン…
低い、地響きのような音が聞こえた。見ると、街並みの遠くで黒煙が上がっている。
「爆発かな?」
しかも、それを皮切りに、いくつもの爆音が聞こえてきた。街中を歩いていた人間も、みんな驚いたようにその方向を見ている。そこは──桜華学園だ。
「…………」
祐也の脳裏に浮かんだのは、そこに通う友人の顔だ。
(あいつ、大丈夫かな)
『ハッ……俺に不可能はねぇんだよ。黙って、とっとと俺様に従っておいた方が賢明だぜ』
同時に、友人の性格と異常な悪運の強さを思い出して、祐也は心配を引っ込めた。
あいつは、地球が滅んでも、生きてそうだ。
「まぁ、爆発なんかで死ぬような人じゃないしね」
「俺の知り合いも、あんな爆発では死にそうにないの、ばっかりやな」
つぶやきに言葉が反ってきて、祐也は勢いよく振り返る。
そこには、祐也と同じ年頃の少年が立っていた。白い肌に整ったワイルド系の顔立ち、シルバーのピアスやネックレスなどのアクセサリーも嫌味なく付けこなしてる。そうして、コートにマフラーという出で立ちではわかりづらいが、制服のズボンは灰地に白と黒のチェック。
祐也には、その制服に見覚えがあった。
「もしかして、桜華学園の生徒ですか?」
「当たり」
ニヤリと笑った少年は、ずいぶんと余裕に見えた。
自分の学園が爆発しているというのに、全く焦る気配も動揺もしていない。ただ、困ったように頭をかいている。
「あのさ、キミここん人間ばいね。黒のコート着てて、やたら顔がいい無表情の20代半ばの男の人、見てなか?」
博多弁……か? 祐也は記憶を辿ってみる。
「えーっと……たぶん、見かけてないです」
金髪のサングラスのサンタ服なら、嫌と言うほど見たが。
「そっか。京極先生、どこに行ったんだか」
先生を探しているらしい。不思議に思う祐也は、ハッとして少年に訊いてみた。
「すいません。トナカイを見かけませんでしたか?」
「は? トナカイ?」
怪訝な表情で聞き返した少年に、祐也は真剣に頷く。
「はい、その……本物のトナカイを飼ってる人がいて。そのトナカイがさらわれちゃったみたいなんです」
我ながら、そんなことあり得るのか疑問だが、事実なのだから仕方ない。しかし、少年はあっさりとそこには疑問を持たなかったのか、薄く笑って答えた。
「知らなかけど、お礼に占ってあげる」
「占い?」
黙って笑って、少年はネックレスの一つを外した。銀のネックレスでトップのゴールドリングが揺れている。それを手に持って垂らすと、少年は何かを低くつぶやき始めた。
小さな声で、よくわからないが、なんだか呪文のようだ。そう思って、祐也が見ていると、少年の手から垂れたネックレスのトップ、指輪が宙で揺れた。手は動かしていないのに、指輪が勝手に動いて揺れている。
「……あっちだ」
揺れが大きくなると、少年はネックレスを止めて、ある方向を指差した。それは、指輪が大きく揺れていた方向である。
「あっち、ですか」
祐也は、なぜだか大きなヒントを得た気がして、少年に笑いかけた。
「ありがとうございます! あっちで探してみますね!」
ぺこりとお辞儀した祐也に、少年は驚いた。
「あれ、あっさり信じたね。普通は疑われることが多いんだけど?」
いきなり標準語になった少年に、祐也は大きく頷いた。
「はい、だって、わざわざ占ってくれたんですから」
疑う方が変だろう。
そう笑う祐也に、少年は思わず爆笑していた。
「あっはははは! そっか、そうやな──って! 京極先生、俺を置いていかなんでくれんね!」
「はぐれたのは安藤だろう。ちょうど、町内放送で迷子の連絡を流してもらおうと思っていたところだ」
「それだけはやめて!!」
どうやら、目的の人物を見つけたらしい。何やら迷子扱いされているが。
危うく町内放送で迷子の呼びかけをされるところだった少年は『じゃ』と片手を上げて走り去って行った。
(不思議な人だったなぁ)
残された祐也は、その背に手を振って少年が言っていた方向へと歩き出した。なんだかよくわからないが、不思議とこの方向を進んでいけば、トナカイにたどり着くような気がする。
祐也は先ほどよりも、軽い足取りで道を進んだ。そして、祐也も玉城さんも、すっかり忘れていたのだ。
スーツの男達は、玉城さんを追ってはいるが、人質に連れていかれた少年、祐也の顔も見られていたことに。
「おい、坊主」
「はい?」
振り返って、祐也は凍りついた。
黒いスーツを着た、どう見ても一般人ではない雰囲気の方々が、退路を塞ぐように道いっぱいに広がって、祐也を見ている。
「────」
思考も動きも固まった祐也に、男が一歩、進み出た。
「おい、お前。一緒に来ちゃくれねぇかな」
「……い、嫌でーす」
言った瞬間、祐也は全力でダッシュした。
「っ待て!」
バタバタと男達が追いかけてくる気配を感じて、祐也は涙がこぼれそうになる。
(待てって言われて待つやつなんかいないよ!)
何故、自分まで追われなきゃいけないのか。
ただ、ひたすら祐也は走り続けた。スピードは緩めたら駄目だ。全力疾走も、体力が切れた時が危ないから駄目だ。
ひたすら走って、走りながら逃走経路を頭の中で整理する。
(桐嶋と同じクラスでよかった)
悲しいかな、彼とクラスメートをしているおかげで、前述したように、こういったことには慣れている。
祐也はビルとビルの間の、狭い路地に入った。すぐさま、ビルの非常階段に登って、踊り場まで駆け上がる。そうして、踊り場にあるゴミ箱をつかむと、追いかけて路地に入ってきた男達に、ゴミ箱の中身を上からぶちまけた。
「わぁぁああ!」
「んだ、これ……ゴミ?!」
「くっそ、臭ぇー」
「目が、目に魚の骨が!」
地面でのたうち回る男達を通り過ぎて、祐也は元の道に戻ろうとした、が。
「待って、まだ戻っちゃ駄目」
背後から腕をつかまれて、祐也は、声の主を見た。そして、目を見開く。
祐也を引き留めたのは、ミニスカサンタ服の綺麗な女の人だった。
いきなり声をかけられ、目を瞬く祐也に彼女はウインクして無理やり向こうの角まで引っ張って行った。




