#1-7
「もう着きます!」
「わかった。じゃ、私こっから出るわ」
今、戦場がすでに混乱していることを知らせで聞いていても立っていられなくなっていたヴィグレット。魔光速機関車は予想通りに十分程度でスペル平原に着こうとしていた。すでにスペル平原は目前。しかしヴィグレットはもう我慢の限界に来ていた。
「ちょっ、ヴィグレット様!?」
「ネコウサギ。後は頼んだよ。騎士団長としてこの機関車に乗っている全員を死なせることだけは無いように。もちろん戦場だから死人は出るとは思うけど。それでも誰一人かけることなく帰ってこられるように頑張ってね。じゃ、戦場で」
ヴィグレットは機関車の上部の扉を開け一人飛び出していく。
「…さて、こうなったら頑張るしかないよね。トウヤ。テルーゼ。ルティル。そしてアリス。頑張って行こう!」
ネコウサギの目の色が変わった。その目に誰もが思った。着いていこうと。
「はっ!」
「はーい」
「はい」
「アリスは?」
「…えぇ、頑張るわ」
その場の全員の顔つきが一斉に頼れるそれに変わった。
「さてと。あんな大口叩いたんだし、私も頑張るっきゃない」
一人、機関車の屋根にいるヴィグレット。そのヴィグレットは思いっきりその場でしゃがむとそのままジャンプなんて生ぬるいそれとは違う。いうなればスペル平原へと前進しながら飛翔した。
「さーて、このまま戦場に!」
そしてその勢いを持てあますことなくそのままスペル平原に、ズドンッと盛大なる地響きとともに着地する。
「とーちゃく」
ヴィグレットは盛大にドヤ顔をする。
「…ヴィグレさんの到着デスますデス!」
「お、シャルル。久しぶり」
ヴィグレットが着地したち丁度右横二百メートル程度離れたところでシャルルとマカが戦っていた。
「……何この不幸。まずい状況になったわね」
一人。マカは焦った。世界に名を轟かせるヴィグレットの加勢。それは連合軍に対して想像以上の士気を高まらせることだろう。そうすれば今この互角に保てている戦況が完全に連合側へと傾いてしまう。しかも全体以外に今、目の前のマカ自身の身に関してもシャルルだけなら足止めはたやすくむしろ殺せる可能性は多少だがあった。だがそこにヴィグレットが加勢してきたとなればマカの勝利の可能性は完全なるゼロ。今すぐにでも白旗をヒラヒラとあげて撤退した方が利口なこの戦況。しかしそうするわけにはいかない。
なぜなら、マジニカル神国にもごくわずかな望みがあったからだ。
「さて、アイツを倒せばいいの?」
「そうデスのデス」
「…連合に入っとけばよかったかな」
マカは、あはは、と空笑いをする。
「いくデス!」
シャルルの士気が高まったのだろう。先程までとは比べ物にもならない脚力で地面をけりマカへ聖剣を両手にとびかかる。
「そんなんじゃ私を止められないわよ!」
――ッド!
聖剣同士がぶつかり合う。その場には得体のしれない音が一瞬その近くにいた人たちに重くのしかかった。
「止めるなデスのデス!」
「止めなかったら私死ぬで、しょっ! とらぁ」
マカが精一杯の力を込めシャルルを弾き飛ばす。その反動でシャルルはバランスを崩しよろめく。その一瞬の隙を突くようにマカが聖剣をシャルルに振りかざす。
「…ヤバっデスますデス」
シャルルは焦り笑う。
「まずはお前からっ、なっ!?」
「…忘れてもらっちゃ困るなー。わ・た・し・を」
「あはは。…ババァがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
瞬間だった。そのわずかな瞬間と隙間にヴィグレットの魔剣レーヴァテインがシャルルをマカの攻撃から救い出した。しかもかなり余裕に。それを証拠にヴィグレットはいたって涼しい顔をしている。しかも何とも言えない爽やかな笑顔でいる。額に怒りマークをうかばせながら。
「……次、ババァとか言ったら殺しちゃーうぞっ」
「それはなんとも。…クソおばあ様」
その言葉はまさに命取りになった。マカが言い終わると同時に右真横に地面を抉り削るように斬撃が通った後があった。
「……ね?」
「……は、はい」
マカは唇の両端をヒクヒクと痙攣させていた。
目の前で見せつけられた絶望的な力量の差。想像はしていたがまさかここまで展開が早くなるとは思いもしなった。最早、マカには足止めすらできない。自然とマカはその場にしゃがみこんでしまう。
「ほい。これでおわ」
一度展開が早く動き出すとそれはそれはご丁寧なほどに戦場のすべてが早く動き出す。それはマジニカル神国側も例外ではなかった。
「ぽよよーん。到着だっっっおぉぉ!」
スペル平原西側にひときわ目立つ国旗を掲げその一言を魔法で戦場全てに轟かせる集団。
「キスボール騎士団! 本団合流ゥゥゥゥゥ!」
それは今この戦場にいるキスボール騎士団の約十倍にも相当する人数。しかもその中にはマジニカル神国現女王であるマリーがいた。
「我は、マジニカル神国現女王! マリー・フォン・カタリ―ナだ!」
「そっしてー。私はそんなふっつくしぃマリー姉様の可愛くてとーーーってもプリプリプリチィなウルトラでハイパーな妹にしてキスボール騎士団団長のぉぉぉ、エーレン・フォン・カタリ―ナだお!」
マリーはその整った容姿であるうまれ持っての美貌と美しく滑らかな金色の髪の毛がとても似合うスタイルの良い女性。
たいして妹のエーレンは見た目は可愛い。まるでどこかのアイドルのようにかわいかった。マリーとはまた別の意味で容姿が整っており、髪はセミロングで色は金。
「ねぇ、マリー姉様? 私あの、ウザい語尾してるクソビッチ殺したいんだお」
「勝手にしろ」
「わーい。私うっれしーんだお☆」
ゾクッとシャルルに悪寒が全身を襲う。その悪寒の主は目の前にいるあのエーレンだろう。とてつもなく犯罪臭のする気分が悪くなるようなニヤつき方をしている。
「ヴィグレさん。私とても、何故か私個人に向けられた殺意を嫌と言うほどに感じちゃっているのデスのデス。…もしやこれがあのモテキとか言う俗物デスか!? もしその場合キタ―、と叫ばなければいけないような謎の使命感が有るのデスますデス」
「いいから、シャルルは」
ヴィグレットがそう言った時にはもうすでに遅かった。
「……んね。アナタは私を楽しませてくれる?」
「ッ!?」
シャルルの背にピタッと密着し艶美に耳元でささやくエーレン。
さすがのシャルルも恐怖にかられ勢いよく後ろを振り向いてしまう。
「はぁはーぁはぁ。…一体今何が起こったんのデスのデスか」
「キャッハ! 何ビビってんのぉぉぉぉぉぉ! バッカみたい。…だーおっ」
その相手を最大限に馬鹿にした笑いをするエーレンは、シャルルの真後ろにいたはずなのに何故かマリーの隣にいた。
「キャハハハハハハハハ! …あー、面白いんだお」
「エーレン」
「なーに? マリー姉様」
―――ズブ。
エーレンの胸にマリーの剣が刺さる。いや、マリーが故意にエーレンを刺した。
「あちゃー。こりゃ本格的にやばいかも」
「私も聞いた限りですが。この状況になったら命はないものと聞いたことがあるのデスますデス」
その光景はあまりにも歪。……なはずだった。しかし今それを目の前で見ている騎士団は平然とし、シャルルとヴィグレットは冷や汗をかきながら空笑いをしている。
「ほら、早く羽化しろ。時間が惜しい」
剣を刺されそのまま力尽き意識のない死人と化したエーレンに話しかけるマリー。
「……い」
するとエーレンから人からは決して発しない不気味な音がする。
カサカサ。ビリビリ。バリバリ。
そんなエーレンを見てつばを飲み込むシャルル。
「…話は本当だったんデスのデス。“死生姫”。ってことはこっから本番ってことデスね」
シャルルが覚悟を決めたように聖剣を強く握ったまさにその瞬間。エーレンの死体から灰色の綺麗な翼が二つ生えた。
「…やっとか。遅い」
「…ごめんなさい」
マリーは一歩下がるのと同時にエーレンに刺さっていた剣を抜く。そこからは血の一滴も流れてこない。
剣を抜かれたエーレンの死体はそのまましばらく何事もなかったかのように微動だにせずにいた。しかし、それは突如として起きる。
エーレンの両目から腕が急に出てきたと思えばそのまま顔面が真っ二つに割れそこからエーレンが狂喜に満ちた満面な笑みで現れた。
「ハロー! ニュー、私! ハロー、世界! ハローハローハロー。……だっお」
「よし。これからだ」
「はい。マリー姉様」
マリーの問いかけに今度はにこやかに答える。さっきまでの狂喜を捨てたかのように。
「キスボール騎士団! 突撃ィィィィ!」
マリーのその言葉に続くようにキスボール騎士団は士気高々に雄たけびをあげその勢いを持て余さずまさに突撃してくる。
「ねぇ、シャルル。この状況二人だけで何とかなると思う?」
「マリーとエーレンが居なければ何とかなるとは思うのデスのデス」
「…やっぱか」
「でも、さいっしょから諦めるのだけは絶対に嫌デス」
「だよねぇぇぇ!」
ヴィグレットとシャルルはそれぞれ剣を持ち構える。
「やってみなきゃ」
「なに事もわからないデェェェッス!」
しかし二人のそれは無駄になる。
良い意味で。
「到着しました! 姫様」
まさに両者が戦いを始めようと突撃し合ったその間。そこにプラムケーキの魔光速機関車が無事スペル平原に到着した。
魔光速機関車は両者の突撃を中断させた。このタイミングでの登場にヴィグレットは笑いをこらえきれず笑い、シャルルとエーレンは口を開けポカーンとし、マリーは眉を小さく動かした。
「いや~、これってついてるわ」
「あ、姫様。もしかして今ベストタイミングとかでした?」
「うん。ものすっごくベストタイミング」
ヴィグレットは魔光速機関車に勢いよく親指を立てグットを盛大にする。
そんな魔光速機関車の中は極限の緊張状態になっていた。
「なんか良さ気だし。…みんな出るよ」
車内ではネコウサギが車内アナウンスのような魔道具を使い乗っている全員に伝える。
「みんなそれぞれちゃんと装備の準備をしてからだよ。もうここを出たら目の前は戦場だから。いい? 最後にこれだけは言っておくよ。……死ぬなよ」
ネコウサギの普段とは全く違う真剣みを帯びたその言葉に全員が息をのみ、はい。と返事をする。
「よし。――トランプ騎士団! 第一分団、第三分団、第六分団及び本団、アリス・キャメロット! 出撃ィィィィィッ!」
まるでそこにはなかったかのように。存在していなかったかのように魔光速機関車は一瞬にして魔法陣にのみ込まれ消える。
そして気付けばすでに平原の上に立っていた。
目の前には重装をしたマジニカル神国のキスボール騎士団。後ろには魔剣を持ったヴィグレットと聖剣を持ったシャルル。
「とらぁぁぁぁ!」
アリスがそんな状況に茫然としているとすでに周りでは血飛沫が染める戦闘が始まっていた。剣と剣がぶつかり合う耳の痛くなるような不快な音。
「……ッリス! アリス!」
「……え?」
「何ボーっとしてるの!? ここまで来たらもう覚悟もクソもないんだよ! やれることやっといかなきゃ。ちゃんと死に抗わなきゃここでは生き残れないんだから!」
ネコウサギは自身の聖剣ブルードガングを振り翳しながら言う。
「見ィィィィィツゥゥゥケェェェチャッタァァァァァァァァァァたんだおぉぉぉぉ!」
そんなネコウサギに灰色の翼の生えた一人の少女が剣を片手に勢いよく襲いかかってきた。
「――っ! エーレン!」
「やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと会えたんだお! ネコウサギャァァァァ」
「ちょっ、ネコウサギ」
アリスはエーレンの攻撃を防いだ勢いでそのまま後ろへと行ってしまったネコウサギを呼ぶ。
しかしネコウサギはそのアリスの声には反応できずにいた。目の前の猛攻から自身の身を守ることで全神経を使わずにはいられなかったから。一瞬でも油断したら死んでしまう状況だったから。
「…どうすればいいのよ。私、人なんて殺したことないのよ」
その場で立ったままのアリスを見て罪悪感にかられるネコウサギ。
(ごめんね。だけど今は。今だけは!)
「油断なんてしちゃダメなんだお」
一瞬。ほんの一瞬だけアリスに意識をむけてしまったネコウサギはまさに油断したと言っていいだろう。その一瞬がまさに命取りとなる。
眼前にはニカッと笑ったエーレンが今にも斬ってかかるように剣を大胆に横へ大きく構えていた。
「死ね。だお」
エーレンは剣をモーション大きくネコウサギを斬る。
「させないデスますデス! …ッゥ!!!」
エーレンのその剣をいつの間にかネコウサギの前に来たシャルルが受け止める。
「シャルル! いつの間に」
「クソビッチィ。邪魔するんじゃないんだお!」
シャルルは汗ひとつ頬にたらし苦笑いをしながらも剣を受け続ける。
「久しぶりデスね。ネコウサギ。けど今は再会にひったっている余裕はまったくもって無いデスのデス」
「うん。そうだっねっ!」
下から流れあがるように綺麗な曲線を描きながらネコウサギはエーレンに斬りかかる。しかしエーレンは寸前にバックスッテプしその斬撃を回避する。
「二対一とか卑怯なんだお」
「はにゃ? 二人でも足りないぐらいなんだけどな」
「それな、デスますデス」
「…まぁ、いっか。なんたって私のアロンダイトは強くなったし丁度いいハンデなんだお」
エーレンは愛らしそうに自身の剣を撫でる。
「ちょっと待って。強くなったって」
ネコウサギは焦りながらそうエーレンに問いただす。
「堕聖したんだお。簡単に言ってしまえばこのアロンダイトは光と闇の力の両方を兼ねもつ絶対的な勝利の剣。聖魔剣アロンダイトになったんだお」
エーレンは過剰な愛情をささげる親のように今度はアロンダイトの刃の腹の部分に顔をすりすりさせる。
「…ねぇ、勝てると思う?」
「絶体絶命デスますデス」
シャルルとネコウサギは互いに苦笑いをする。そんな二人にエーレンは目を細め最後の忠告をする。
「……それでも私と戦うの?」
「当たり前じゃんか。私たち以外に誰がエーレンの相手できるのかにゃ?」
「同意見デスのデス」
「…そう。なら、とっとと殺してやるんだお」
静かに笑うエーレン。
「アロンダイト。あの二人を殺るんだお」
周りが騒がしいはずなのにその三人周辺は地面を這う風の音しか聞こえない。戦場の中心ともいえるこの場所にいてもなお静まり返る。
「―――ッッッッ!」
「―――っっっっ!」
動いたのはエーレンとネコウサギ。音を凌駕し光にのるように圧倒的に美麗な剣劇が始まった。
二人の動きは、二人の剣劇は視覚にとらえることができず剣と剣がぶつかり合う金属音も時折重なって聞こえ、その剣劇がどれだけの速さで繰り広げられているのかがよくわかる。
「遅いんだお。隙だらけでいつでも殺せちゃうおっっ!」
「うにゃん。ぐだぐだ言っている暇が殺したらどう?」
「無駄口叩くんじゃねぇぇぇんだおっ!」
エーレンの表情がいきなり変わる。その表情は喜怒哀楽すべてに当てはまらない気味の悪い表情。
「…っ!? おっもい一撃」
「そんなの乙女のたしなみ程度だお。本番はこっからだお」
気味の悪い表情が見る見るうちに戦闘狂特有の気品のかけらもないゲスな表情へと変わる。
そして剣劇を一度止めネコウサギから距離をとるエーレン。
「アロンダイトよ! ホルダーである私にその真の姿を魅せよ! だっお」
「そっちがそうなら。…ブルードガングよ! ホルダーである私に真の姿を魅せて! んにゃー」
二人の剣は自ら光だし姿を変えていく。その形状そのものが原型をなくすように変わっていく。
エーレンのアロンダイトはその全ての原型ともいえるような形状の剣から洗礼されたすべての無駄を排除したシンプルな形状へと変わる。レイピアよりも太く丈夫に。ソードよりもシンプルに。今の形状に一番近いものは刀。
対してネコウサギのブルードガングは最初の形状こそエーレンのアロンダイトと似ていたが変化を遂げ大剣ともいえるような圧倒的な存在感を放つ。しかしその大きさは規格外にもほどがあり一振りするだけで天を切り裂き大地を破壊する。そんな規格外すぎる大剣。
「これがアロンダイトの真の姿。その名もぉぉぉぉぉ。ででんっ! オートクレールだお」
「私の聖剣ブルードガングの真の姿。ハイメ。うんにゃぁ」
オートクレールのシンプルさの中にあるその美しさは人々の目を引きつけるほど。しかしそんな美しいオートクレールを前にしてもきっと人々はネコウサギの持つハイメに目がいってしまうだろう。そのネコウサギの聖剣ハイメは距離を詰めているはずのエーレンまで届こうかと言うほどの巨大さ。最低でもエーレンとネコウサギにあいた距離感は三百メートルはある。それから推測するにハイメの大きさは実に二百七十メートルはあるだろう。だからネコウサギはハイメを常に地面においた状態にしている。
「すっごいね。ハイメだっけ? …でもこんな見た目だけの超大剣で何ができるの? だっお」
「なら、何ができるか見てみるといいよ。つおぉぉぉぉぉぉ!」
ネコウサギは雄たけびと、ともにハイメを持ち上げるとそのまま後ろへと勢いよく叩きつける。
「…一体何がしたいんだお」
「んっふー。見てのお楽しみ」
次にネコウサギはハイメを持ったまますべての力を足にそそぎ地面をたたきつけるように飛んだ。するとハイメがネコウサギの飛翔とも呼べるようなジャンプに合わせるように起き上がり地面から離れていく。
「まさか、いや。…でも」
この時エーレンはすでにこの後起きるであろうことが予想できた。しかしそれはあまりにも非現実的でほぼ実行不可能な芸当だった。そう、ほぼ不可能だった。
「きっと、今頃気付いているんじゃないかな? でもコレはよけられないよ」
ハイメがついに完全に地面から離れ宙に浮く状態となる。するとハイメはエーレンに向かい側面だった向きをグルンと勢いよく刃へと変わる。
「あはは。…あの女、マジかよ。……だお」
エーレンはオートクレールを自分の上空を向いている視界の上へと構える。
「よし! せぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぬおぉぉぉぉぉ!」
綺麗な円を描くようにハイメは振り落される。その圧倒的な物理的暴力を前にしては魔法もそこまで通用しないととっさに理解したのだろう。しかし、ここで魔法を使わずに防御などできるはずもない。それら全てを理解したエーレンは今できる最大にして迅速な防御をする。
「絶対的神域防御結界! だっお」
魔法陣が盾の形を成しオートクレールを軸に形成されていた。その盾のような魔法陣はハイメに引けを取らない程に巨大だった。
「打っ壊せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「こんなところで負けてたまるかぁぁぁぁぁぁだぁぁおぉぉぉぉぉぉ!」
大地を粉砕する力を有するハイメと大地を守護する力が追加されたオートクレール。何物をも貫く矛と何物をも防ぐ盾。そんな矛盾した二つの剣。
「んにぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「だおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ハイメとオートクレールが激突し合った瞬間、スペル平原には爆発的な暴風と鋭利な空気振動が戦場全てを一瞬にして襲い、一瞬にして消える。
「うっわ。これまた盛大にやってるねぇ。最初っから死力つくしちゃってっと」
「よそ見は感心しないな。ヴィグレット」
「くっそぉ。アンタがもうちっと愉快なやつだったらなぁ。友達になれたかもしんないのに」
「戯言を抜かす余裕があるのならこちらにも少しはその余裕を分けたらどうなのだ」
ネコウサギとエーレンが激し戦闘を繰り広げている最中、ヴィグレットとマリーは静かに戦闘を繰り広げていた。
「避けてばかりいるのなら我が魔剣ティルヴィングの錆となれ」
「その魔剣。錆ないようにできているのにどう錆になれって?」
マリーが剣を振ればそれをヴィグレットが軽々と避け、今度はヴィグレットが剣を振る。しかしマリーもこれを軽々しく避ける。それを静かに静かに他の団員に紛れるように繰り広げる。
「無駄口を叩くなと言っているだろがっ」
「ざーれごと戯言ぅ。…だったらアンタはいつまでこう静かに剣の稽古をつけているつもりだよ?」
「なら聞くが。貴様はいつまでそうやって遊んでいるつもりだ! ヴィグレットォッ! ここはただ騒がしいだけの遊技場ではないのだぞ! 騎士たちが誇りを武器に前へと突き進み生きるために死力を尽くす戦場なのだぞ!」
「…じゃあさ。お互い本気で殺し合おうよ。マリー」
ヴィグレットが胸の奥にある狂喜を隠しきれないように表情を煌々とさせ笑う。