#1-6
その頃スペル平原にはマジニカル神国と連合国のアシェンリヨン王国の率いるシューラス騎士団とカワチネヤ帝国が率いるツボセ藩(他国で言う騎士団に当たる)が緊張状態を保っていた。
「はぁ、さっさと来ないデスかね。もうこの状況辛いデスますデスよ」
金髪の良く似合う純白のドレスを戦闘用にあしらったのか通常のドレスよりもスカート丈が短くなったドレスを身にまとった十代前半の少女。彼女はシンデレラの子孫でありアシェンリヨン王国次期女王シャルル・チェネレントラ。
「およ? 童は全然辛くはないのじゃよ」
そしてシャルルの横にいる二十代前半に見える女性。和服である着物を着た大和撫子の名にふさわしい綺麗でつやが輝く長い黒髪が目を惹くおっとりとした雰囲気を持っていた。彼女は鉢かつぎ姫の子孫でありカワチネヤ帝国現國主(他国の女王などに当たる)でありツボセ藩藩主(他国で言う騎士団長にあたる)ハツセ・カンノン。この国は他国とは違い独自の文化がある。
「そりゃ、ハツセだけデスのデスよ」
「およ。そうなのかの」
ちなみに二人ともバリバリの戦闘肌でも知られている。
そしてそんな二国からかなり離れた真正面にはマジニカル神国が率いるキスボール騎士団が姿を見せていた。
「だって、あそこにマジニカル神国がいるじゃねぇデスか。そりゃ、今の状態で戦闘初めても負けるのは私達ってわかってはいるのデスますデスよ」
「童はそれよりも、プラムケーキ公国に戻ってきたリリス様とその孫であるアリス様と言われる少女の方が気になるのじゃ。まだ風の噂程度にしか聞いておらんからの」
「私もそれは噂程度で聞いたのデスよ! そして私も気になるデス、デス、デース!」
シャルルは急にテンションが上がる。
「こら、シャルル。戦場でそうはしゃぐものではないのじゃよ」
「…う。わかったデスのデス」
シャルルはわかりやすくしゅんとなってしまう。
「およ。しばらくその状態でお願いするのじゃ」
ハツセはそのまま一瞬瞼を閉じ思う。
(速く来てください。もうこの状態を保つのはかなり難しいのじゃよ。ヴィグレット姉上よ)
「後、どれぐらいで着く」
「大体十分程度です!」
トウヤが切羽詰ったように言う。
ヴィグレット達は今、魔光速機関車で移動している。
あの後、馬で行こうとしたがウサギネコが密かに準備をしていたようで確実に移動速度が上だった魔光速機関車で移動することにした。
スピードはその名の通り尋常じゃないほど速く最早、木々を揺らすことすらないほどに風を起こさず、どんな生物もその移動音を聞き取れないほどだった。
「一秒でも速く着くようにしろ!」
「は!」
魔光速機関車の中は特に先頭に当たる運転制御室は重い空気に包まれていた。普段底ぬけて明るいネコウサギは平静を保つためなのかずっと地面にあぐらで座りながらで目をつぶっていた。分団長たちはトウヤ以外、メガネをかけたルティルはみため通り本をずっと読んでいる。調理服を着たテルーゼはずっとエア調理をしている。
「……なんなのよ」
アリスは掃き捨てるかのように誰にも聞こえないほどの小さな声でそう言った。
「ハツセ。私、どうしたらいいかわからないデスのデス」
「およ。どうかしたのかの」
「…我慢できないデスますデス」
「……花摘みなら今は」
「いやいや違うデスのデスよ!? 私はただ向うでなぜか迫ってくるマジニカル神国を迎え撃ちたいだけデスのますデスよ」
「…迫ってくる?」
ハツセは焦り勢いよくマジニカル神国が待機する方角へと顔を向ける。すると土煙猛々しくマジニカル神国のキスボール騎士団が進攻を始めていた。
それを見たハツセは顔を凍りつかせ急ぎ言う。
「なぜもっと早く言わなかったのじゃ!」
「…いや、待機って」
「シャルルよ! それは相手も同じようにしていた場合じゃ!」
「そ、そうだったんデスのデス!?」
「あぁ。もう良い。我が武士たちよ! 急ぎ進攻開始じゃぁぁぁぁ!」
「わ、私たちもい、行くのデスますデスよ!」
その場は雄たけびに支配され圧倒的な存在感とともにシューラス騎士団とツボセ藩全員が進攻を始める。
「シャルル、聖剣をもう出しとくのじゃ」
「わかったデス。…レーヴァテインいくデスのデス!」
シャルルの出したその聖剣はまさに剣そのもの形をしたものだった。幾つもの宝石が埋め込まれ豪華絢爛な聖剣。
「私も出すかの。…天之尾羽張。伊都之尾羽張」
ハツセが出した聖剣。それはもはや剣の形をしていなかった。それは扇。二つの扇だった。右は桜が描かれ風情のある扇。これが天之尾羽張。左は川が描かれどこか懐かしい風景のある扇。これが伊都之尾羽張。
「いつみてもハツセの聖剣は不思議デスますデスね」
「固定概念ばかりに頼ってはいけないのじゃ。もっと自由な発想を持つのじゃよ」
「うーん。私にはさっぱりデスよ」
「今はいいのじゃよ。目の前の状況さえ理解できていれば」
「それは大丈夫デスのデス!」
とたんシャルルはニカッと笑い勢いよく単独でキスボール騎士団目掛け飛び上がる。一気に雲の真下程に到達するとその勢いのままキスボール騎士団へと落下する。
「ウィィィィィデェェェス!」
「…また始まったのう。ヴィグレット姉上を真似したいのはわかるんじゃが」
瞬間。その場に響き渡る剣と剣が激突するかん高い音とそこから生み出される衝撃波と化した空気の振動は目に見えるまでになっていた。
「いたのデスますデスね! マカ」
「いるに決まっているじゃない」
シャルルのその重い剣を喰らいながらも冷めたようなその女性。かつては栄華を誇った国の末裔。マカ・ミュレーン。彼女は『マレーン姫』の子孫である。
「もっと笑顔になったらどうデスのデスか?」
「命かけている時に笑顔になれる方がどうかしてるんじゃない」
そんなマカは一見とてつもなく容姿端麗だがその眼つきと目元に出来ている隈がせっかくの美人を台無しにしていた。
「マカと会えてニヤついちゃっているだけデスのデース!」
「そう。なら、とっとと私に負けて頂戴」
「ソレはソレ。コレはコレ。なのデーッス」
「本当にいい性格してる」
マカの使う聖剣はミスティルテイン。その形容はまるで樹木が絡みついたかのようにあまりにも自然に見えてしまう木肌。
「褒められたデスますデース」
「いいからそろそろソレ。ヤメたら?」
――ドゴッ!
地面に何かが叩きつけられる。
「……っー。デス」
「ほら、立ちなさいよ」
「立っているじゃないデスかデス!」
地面にたたきつけられたのはシャルルだった。マカがシャルルの剣を受け止めていた剣をもっていた右腕を流れに任せるように下におろした。ただそれだけ。
「…っさい。少しは黙ってられないの」
「私、黙れと言われて黙れないデース」
「っざ。じゃあ、いつもみたくしてあげる」
「それはご遠慮ご無体デスますデス」
シャルルは聖剣を構えながら口元をニヤつかせそう言った。
一方、ハツセの前にもキスボール騎士団が迫ってきていた。
「およよ。取り逃がしがいるではないか。シャルルよ」
ハツセはどこか面倒くさげに言うがその目の奥には強い意志が宿っていた。
「童はそこら辺の雑兵を相手に楽したいのじゃ。狂敵なんぞ現れた際には童の身がどうなることやら。およよ」
「なら、その身を一度は見てみたいよーな」
「現れてしもうたか。空気の読めん生き損ないの野糞め」
ハツセのその言葉に反応したかのように目鼻立ちがすっきりと整っているようで整っていない何とも普通でどこか憎たらしい男が、額に怒りマークを出しながら出てくる。
「これで僕のことをクソと呼んだのは一体何回目だ? ハツセ姫」
「貴様のような下水のように汚らしい奴のことをそもそも覚えておらんのじゃよ。ちと自意識過剰が過ぎないか? 汚物」
「…うん。冷静になるんだ。僕」
「自問自答とはまた」
「ヤメロッ! そのちょっと憐れむ目をヤメロッ!」
「ヤメロと言われてものう。自然となってしまうからの」
「クソ憎たらしい。ハツセ姫」
ハツセとの言い争いに見事に負け地団駄を踏むこの男。彼は『哀しみの聖女』の憂悶と『忠臣ヨハネス』のヨハネスの子孫である。キスボール騎士団第三士団団長。名はユハンネス。持つ聖剣はフロッティ。見た目がレイピアのように細く鋭い鋭利な聖剣。
「およ。落ち着くのじゃよ」
「アンタがイラつくことを言ってくるんだろうが」
「およよよよよ。そんなこと童は言っておらぬゆえになぁ」
「大根芝居にも程があるだろうが!」
完全にハツセに遊ばれているユハンネス。
「…もういい。とっとと殺してやる」
「これこれ。そんな物騒なこと言うではないぞよ」
「我が姫君に勝利の祝杯を」
「最早、聞いてすらいないのじゃ」
ハツセはどこか呆れたように言う。そんなハツセの目の前でユハンネスは左手に持つその聖剣を胸の前に掲げ瞼を閉じる。
刹那、一体何が起きたのか理解ができなかった。瞼を閉じていたはずのユハンネスが一瞬にしてハツセの眼前に来たと思えば聖剣を突き刺す。しかし、ハツセはそれを難なく自身の聖剣で防ぐ。しかもかなり余裕の表情を浮かべて。
「くっそ、がぁぁぁぁぁぁ!」
「およよん。もっと冷静に使うものじゃよ。レイピアは」
「うっせー! 人には人の使い方があんだよっ」
「なら、もっと上手な使い方を習得するべきだったのう」
「だからうっせぇぇえぇぇぇ!」
ユハンネスが聖剣を一度ハツセから離し今度は自身の上半身を右へ半ひねりし、そしてひねりを戻す勢いを生かしさっきよりも重い一撃をハツセに喰らわせる。…が、ハツセはまたもそのユハンネスからの一撃を聖剣で防ぐ。
「学ばん奴じゃのう」
「防ぐんじゃねぇぇぇよっ! ってか、防ぐことばっかすんじゃねぇぇ」
「…なぜ童が今、説教されておるのかのう? まぁ、野糞の言う通り童も攻撃をするかの」
空気が変わる。さっきまでの空気が騒がしく感じられるほどに葉一つ動かないその静けさ。まさしく嵐の前の静けさを具現化したかのような不気味さ。その不気味さにユハンネスは思わず唾を飲み込んでしまう。
「…遅いぞ」
「っ!? …っあ」
気付いた時にはハツセが聖剣でユハンネスの背を斬りつけていた。それはさっきのユハンネスのさっきのスピードとは計り知れないものだった。簡単に言ってしまえばウサギとカメ。月とすっぽん並の差があった。
「およよ。さっきまでの威勢はどこに行ったのかの。おーい。どこじゃー」
ハツセはまたわざとらしく探して見せる。しかもニタニタと笑いながら。
「あまり童を見縊ることなかれじゃ。自己愛慢心の野糞よ。野糞は野糞らしく田畑の肥料となっておればよいのじゃ」
ゴガッ! と、音をたて倒れたユハンネスの顔面を踏むハツセ。その姿はまさしく女王様。これがハツセの幾つもある異名の一つをきっと表しているのだろう。絶世の絶対女帝。
「因みにのう。童の聖剣はこんな形をしとるが一撃でも喰らわせることができれば相手を絶命できるほどの威力を持っておるでのう。その一撃がどんなに浅くてもじゃよ」
「…なぁ、ハツセ姫。僕の祖先を知っているよな」
「憂悶とヨハネスじゃよな」
「あぁ、でだ。その憂悶はな、聖女。つまりはシスターだったらしいんだわ。それってさ神へ祈りをささげその見返りを得る仕事ってことだよな」
「…なんじゃ。いきなり」
ユハンネスのそのあまりにも余裕の態度にハツセは若干の焦りを覚える。
「まぁ、なんだ。その聖剣の効力が即死性だったらよかったのにな」
「一体何を」
「…神よ。我の傷を癒して」
ボソッとユハンネスが言った。それはきっとハツセの油断が招いた結果だろう。それともユハンネスの強運か。
「いやいや、嘘じゃよ。童のつけた傷が完全治癒するなど」
なにもなかった。特に光ったわけでもなく天から舞い降りてきたわけでもない。地味だが確実に気味悪くその背の傷は塞がっていく。
「あぁー。よかった」
その不気味さゆえにハツセはユハンネスの顔面から足を離し距離を取っていたためにユハンネスは軽々しくスクッと立ち上がる。
「これ、“神言”って言って僕の隠し技の一つなんですけどね。…十回に一回程度で成功するんですよ。コレ」
「……まさかのその確率で今成功したと言うのか」
「そうですよ。きっと僕の運がよかったんですよー」
ユハンネスは憎たらしい笑い方をしながらハツセを見る。
「……野糞以下の下郎めが」
「はい? きっこえましぇ~ん、よ」
「…ふぅ。どう殺してやろうかのう」
「あっれ~? そんな怖い顔してどうしたんですかぁ?」
ユハンネスは是でもかと言うほどにハツセを馬鹿にしコケにし煽る。そんなユハンネスの煽りにわざとかは知らないがハツセは額に怒りマークをうかばせる。
「…さて、おふざけもここまでかな。流石に本気で行かせてもらい」
ユハンネスのその言葉は全て言い終わる前に強制的に中断された。
「その傷一つが治癒できるのなら、治癒できないほどに傷を与えるまでじゃ」
「マジっすか。ハツセひ、めっ!」
至近距離からのそのレイピアの最大速度での突きはハツセの聖剣でもかすめる程度が精一杯でその起動をずらし擦り傷程度に抑えるのが最大だった。
「やりおるのう」
「その余裕面いつまでできるかな? …とっとと本性むき出しにしちゃいなってハツセ姫」
「…これが童の本性じゃよ」
「そうですか」
ユハンネスは再び聖剣を構え直す。
「今度は少しだけ本気で行きますよ」
「およ。来るがよいのじゃ」
やはりユハンネスのスピードは人知を超えていた。無論、ハツセのスピードの方が圧倒的大差で速いのだがそれでもユハンネスのスピードは人類のそれを超えていた。
「殺させていただきます。ハツセ姫」
「…残像かのう。野糞が八人に増えておる」
「その余裕。本気で殺したくなる」
ハツセを囲むように八人のユハンネスが聖剣を突き刺してくる。
「だからお主は野糞なのじゃよ」
ぼそっと言う。その瞬間だけ善悪のどっちともつかないただ見ていてイラついてくるようにニヤッとほくそ笑むハツセ。
その場には耳が痛くなるような金属音の音が鳴り響く。
「……なにが起きた」
そこにいるはずのハツセがそこにいない。ハツセを中心に円を描くように囲んでいたユハンネスの残像は全て消え、ユハンネス本体のみが残っている。しかし刺殺したはずのハツセはどこにもいない。
「あんのクソ姫がっ! どこ行きやがった」
ユハンネスがその場で激昂していると葉を大袈裟に踏む音が聞こえた。
「これこれ。そんな怒るんではないのじゃ」
「ハァァァツゥセゥェェェ!!!」
「およよ。…そんな怒るのではないものぞ」
「ッセェェェェェェッ!!」
ユハンネスは今までの最高速度でハツセに刺しかかる。
「状況判断もできぬ野糞目が」
ユハンネスは後悔する。自分の怒りに身を任せたその攻撃に。
「…ははは。ウソだろ」
聖剣をハツセの眼前で止めるユハンネス。
「どうした? それを童に突き刺せば童の右目は使い物にならなくなり視界が半減しお主の優勢になるのじゃぞ」
「おいおい。その余裕の混じった冗談は、キツイって。ハツセ。テメェ」
「およよ。文句は言わせんよ。…ただ童もちと勝ちにでただけじゃよ」
ハツセの後ろには持っていたはずの扇型のあの聖剣。しかしそれはあまりにも相手にしたら絶望的な光景だろう。
天之尾羽張と伊都之尾羽張。そのハツセの聖剣。それが二つしかなかったその聖剣が数多に増え視界全てを聖剣で埋め尽くされる程。
「因みに全て本物じゃよ。残像や偽装物とは違うからの」
「マジで少しは手加減しろよ。ハツセ姫」
ユハンネスはその場に縛り付けられているかのように動けなくなりずっと聖剣をハツセの眼前で止めたまま。そしてそんなハツセは静かに笑っていた。