#1-5
ネコウサギとアリスの二人が中庭に着けばそこには中庭の中央に、ある一つの剣があった。それこそがこのプラムケーキ最後の聖剣フラガラックである。その見た目はまるで神そのもののような威圧感があり、今までの使用者である名のある英雄たちの魂の重ささえもがアリスにまでわかるほどに感じ取れた。
「よし。来たね」
ヴィグレットが少ししか待っていないはずなのにやっと来たかと言った表情をしてフラガラックの前に立っている。
「遅いぞネコ。どうせアリス様の足でも引っ張っていたのだろう」
「べー、だ。ウサギなんかには一生わからないことだよー」
「なっ!?」
ネコウサギがこれでもかと言うぐらいに思いっきりのあっかんべーをウサギネコにして見せる。すると右口角をひくひくとさせ怒りがわいてくるウサギネコ。
「はいはい。おふざけはやめる。今はアリスが本当に聖剣を使えるかどうかが問題なんだから」
ヴィグレットが手を二回叩いて場を静かにする。
「アリス。自分を信じて」
「…はい」
アリスが聖剣の前まで来る。すると急に聖剣がアリスに反応したかのように光を放ち、空を突き刺すかのように浮かんでいたその剣はアリスへと自らゆっくりと歩み寄りアリスの足元にカランと地面に落ちる。
「どうやら、アリスでオッケーなようだね。さ、アリス。その聖剣を持つんだ」
「はい」
アリスは足元に落ちた聖剣を手に持つ。
「重いとかそんな感じはない?」
「ないです。むしろ私が想像していた剣の重さに比べると軽いような気がするわ」
アリスは聖剣を軽々と持ち聖剣を隅々まで見る。
「そりゃ、その聖剣に選ばれた証拠だよ。いい例にネコウサギの聖剣を持ってみたら。きっと重すぎて腕取れそうになるから」
そうヴィグレットが言うとネコウサギがてててとアリスに小走りで近づく。
「ちょっと待っててねー」
ネコウサギが急に自分の腰辺りに右手を指二本分程度の間を開けて握りながらそのままでいると膨大な光の粒がその手の辺りに急速に集まり光の集合体が剣の形となった瞬間ネコウサギが勢いよくまるでアリスを切りつけるかのように光の集合体を右手で引き抜く。
「はい。アリス」
ネコウサギがいつの間にか両手で持っていたそれはまさしく剣だった。
「…え? いつの間に」
「まぁまぁ。早く持ってみてよ。面白いからさ」
ネコウサギがぐいぐいと満面の笑顔で剣を差し出してくる。なぜか知らないが妙な恐怖感があった。笑顔で剣を差し出してくるネコ耳少女。一体この世界はどこまでファンタジーなのだろうか。
「わかったわ」
そう言ってアリスは何気なくそのネコウサギから差し出せれた剣を開いていた左手で持つ。
「っっっっっっっっっっ!?」
「どう? 重いでしょ」
ヴィグレットがアリスをニヤニヤとみている。そんなアリスはネコウサギの剣を持った瞬間に左手がある程度の勢いで地面に吸い込まれるかのようにつき、そのままその剣の重さに抗えなくなり向かってヴィグレットへとひざまずく形となる。
「そのままアリスの持っている聖剣をネコウサギが持ってごらん」
「はーい。ちょっとアリスの聖剣借りるね」
ネコウサギはそう言ってアリスの答えを聞かずにアリスが右手に持っていた聖剣をひょいっと取るとアリスと同じように剣を持った右手が地面につきその剣の重さに抗えずにヴィグレットにひざまずくような形となる。
「ね。そう言うこと。自分に適性のない聖剣は徹底的に抗い自身の重さを重力の数千倍の重さになる。だから私が持ってもアリスとネコウサギと同じ結果になるの。わかったらそろそろ放した方がいいよ。重力に押しつぶされて死ぬよ」
ヴィグレットのその言葉に怖気を覚えすぐに手を放すアリス。すると体が一気に軽くなる。
「いやー。ヤバかったね」
ヤバさのかけらも感じないほどに同じく剣から手を放したネコウサギがなぜか爽やかな笑顔でそうアリスに言った。
「そうね」
そんなアリスは尋常じゃないほどに汗をかいていた。しかし横で同じくあの聖剣を手に取っていたはずのネコウサギが汗ひとつかかないでいるのに対抗しているかのように素っ気なく答える。
「って! アリスすっごい汗じゃん」
「…そ、そうかしら? ネコウサギの幻覚じゃないかしら」
アリスがツーンとした表情を浮かべ答える。そんなアリスの姿を見てウサギネコ、ヴィグレット、リリスの三人はアリスから離れているのをいいことに噴き出して笑っている。もちろん口元に手を抑えてアリスにばれないようにしては、いる。
「ちょっ、リリス姉どんな育て方をすればあんなくくく」
「すみません。流石に僕もふふ」
「言っておきますけど、うふふ。アレは自然よ。元々アリスが持っていたスペックよ」
「それって、どんだけの優良遺伝子よ! 最高だぜ、じゅる。まったく我が血筋の罪深きことよ」
「まったく。何言っているのよ」
ヴィグレットが口元に少し垂れたよだれを右手で拭く。そんなヴィグレットを見てリリスは、は~、とあきれ返っている。
「……あ。ちょ、ヴィグレット様。リリス様。アリス様とネコが何かを求めるようにこっちを見ていますよ」
ウサギネコがじゃ間慌てた様子でヴィグレットとリリスに言う。
「なに言ってるの? 知ってるよ」
「えぇ。そんなの気付いているわ」
「…え? 知っているのならなぜ」
「だって、面白いじゃん」
「面倒くさいじゃない」
ヴィグレットとリリスのその言葉にウサギネコは衝撃にも似た形で思ってしまった。
(プラムケーキの王家血筋が絶対強いよ。アリス様のあれも絶対王家血筋だよ。だって、今さっきまで時間がないとか言っていたじゃん)
「…てのは冗談で」
ヴィグレットがウサギネコを見て呆れと怒りを感じたのか慌ててアリスとネコウサギにその場から逃げるように近づいていく。
早歩きで。
「よし。じゃ、次は早速だけど基本からやろっか。自分に適性のある聖剣、フラガラックを取って」
「わかりました」
アリスはカランと地面におかれていたフラガラックを手に取る。
「あ、私は何をすればいいんですかー」
ネコウサギが小学生のようにはいはーいと手を全力で挙げてヴィグレットに聞く。
「アリスの練習相手。もちろん手加減してね」
「はい。わっかりました!」
ネコウサギは今度はどこかの軍人のように敬礼をする。しかしそこまで綺麗なものではなく物凄くゆるい敬礼だ。
「あ、アリスは今出せる全力を出すんだよ。聖剣を使うとはいえ今この状況は基礎もできない素人なんだから」
「はい!」
「よし。じゃあ、まずは思う存分想像ができる範囲でいいから聖剣を振って見せて」
「…は?」
「いいからいいから。ネコウサギを殺すつもりでネコウサギに向かって振ってみ」
ヴィグレットは二カっと笑顔でそう言っているがアリスには意味が解らなかった。基本からやると聞いていたのでてっきり剣の構え方に剣術の最底辺の基礎を叩き込まれるかとばかり考えていたのだ。
「習うより慣れろってね。どんなに綺麗な剣術を持っていたとしてもそれは圧倒的な経験によっていとも簡単に壊される。だから少しでも実践に近づけたこの演習でちょっとでもいいから見出してみん」
「なるほど。…でも、ならどうしてネコウサギは本気じゃないのです。相手が本気じゃないと実践に近づかないわ」
「言っとくけど。ネコウサギが本気を出したら一歩も動かずに死ぬわよ。ばらっばらに」
ヴィグレットはニヤッと不敵に笑う。
「まぁ、だからさ。死ぬ程度に頑張れ」
「死ぬ程度って」
ヴィグレットはバイバーイと後ろを向きその場から歩きリリスたちがいる場所へと行く。
「はいはいっ。演習はじめ」
歩きながらヴィグレットが手を二回叩きながらやる気な下げに言う。
「じゃ、始めるよ。死ぬ覚悟はしといてよ。手加減してもきっと私の足元にも及ばないから」
とたんネコウサギの雰囲気が柔らかく優しい天使のような雰囲気から形がなく冷徹な軍神のような雰囲気へと変わる。これが騎士であるネコウサギの本当の姿。
「さ、動いてごらん」
それは本当に一瞬だった。今まで自分が積み上げてきた常識がただでさえ崩されてきたアリスはすでにある程度のことに関しては驚きはしなかった。しかし、これだけは驚きを全力で隠せなかった。
「そーら」
人が、生物が、光のスピードを超すかのような速さでアリスの股下に砂埃ひとつたてずに現れた。
「ほら、一回死んだ」
そしてそのまま聖剣の腹でアリスの足首をネコウサギからしたら至極軽く、アリスからしたら感覚も何もなく殴られる。
「ぎゃっ!」
足首を聖剣の腹で殴られたアリスは勢いよく前へと倒れる。
「アリス。早く本気出してよ」
ネコウサギは笑顔で言う。それがどれだけ酷く残忍な言動だとも知らずに。
「あちゃー。やっぱしあの二人じゃ基本ステータスが違い過ぎたか」
「わかっていたのね。ヴィグレットも中々よ」
リリスはヴィグレットを見て苦笑いをする。
「えー。私との演習よりかはよっぽどいい気がするけど」
「ヴィグレット。それは本気でアリスが死んじゃうわよ。いくら手を抜いたって」
「だーから、こうやってネコウサギに相手をしてもらっているんでしょ。…お、アリスが起き上がったよ」
「案外、遅かったわね」
リリスとヴィグレットはまたアリスとネコウサギの演習を見始める。その横で冷や汗ひとつかいてウサギネコは思った。
(どっちもどっちだよね。二人ともそろいもそろって天然のサディストだよ)
「お、おはっよ。アリス」
「……えぇ、おはよう。まったくもって嫌な目覚めだわ、ネコウサギ」
起き上がったアリスの表情を見てネコウサギは瞬間ニヤつきを隠せなかった。
「さぁ、ここからが本番よ」
笑っていた。アリスは満面な笑みを浮かべネコウサギを見ていた。そんなアリスを見てネコウサギはまるで生涯の宿敵に会ったような感覚を覚え、つられる形でニヤついてしまう。
「なら本気の力が見れるんだね」
「視界にとらえられたら見れるわよ」
「じゃ、本気出している相手にも失礼だし。…一瞬だけ私も本気出すよ」
「あたりまえじゃない」
アリスは見よう見まねで聖剣を構える。
「さ。アリス。本当に一瞬だからね」
「そんなにハードルあげてもいいのかしら? 後で恥ずかしいめに」
アリスが言葉を言い終わる前にネコウサギが言ってきた。
「……はい。終わり」
「終わりって? ネコウサギずっと動いていな」
言い終わる前にアリスは気付いた。明らかに力がはいらなくなっていた。手と足に。今さっきほんのコンマ一秒前までは力の入っていた手首と足首から先がまるで骨がすべてなくなったかのような感覚に襲われ持っていた聖剣を地面へと落としてしまう。
「はい。今アリスに出せるだけの本気」
「え、ちょっと待ってそれって」
「うん。私の本気の力じゃなくて今、アリスに出せる限界の力つまり本気をだしたの」
ネコウサギは二カッと笑う。その笑みはアリスにとっては悪魔のように見えた。
「そんで、今私がやったのはアリスが得意げに話しているうちに両手足首に聖剣の腹をさっきより強い力で叩いたの。ただそれだけ」
「でも、ネコウサギは動いていなかったじゃない。その場か一歩たりとも」
「それが動いてたんだよー。半歩さえ動ければある程度の距離はつめられるしね」
アリスはネコウサギその言葉に驚愕した。もし本当に動いていたのであれば少なくともアリスのいた世界の頂点に達する速さ。万物すべてを超越した速さだ。しかもその動きに攻撃と言うモーションを加えた。もしだ。ネコウサギ並みに動ける奴が何万とこの世界にいたら、今のネコウサギのあの速さがこの世界での戦争の常識だったらアリスは一発で死ぬだろう。
「はい。そっこまで」
リリス達と一緒にいたヴィグレットが止めにやってきた。
「そこまでって。まだやれるわよ」
「それは自分の今の状態を知っていてなおそう言っているのかな」
それは明らかだった。手足に力の入らなくなったアリスは地面に倒れて草さえもつかめない状態だった。それに比べネコウサギは汗ひとつかくことなく地面に倒れているアリスの眼前に堂々と立っていた。そんなネコウサギの姿をアリスは見て思う。絶対的勝者。血反吐をはいて努力をしても追い越すことは決してできないそんなような気迫がアリスには感じられた。
「はいはい。惨め、惨め。いい、今さっきまでのアリスは自分に自信しかない慢心の塊だった。あんな挑発にネコウサギがのるとでも思った? そんな愚かな考えだったらアリスは最初の犠牲者になるよ。今のアリスは弱者なの。弱者は弱者らしく地面を這いつくばってでも勝利をもぎ取れ! すぐに結果を求めるな! 諦めるな!」
ヴィグレットのその力強い言葉はアリスにとっては自分を生き写したかのような言葉。
「わかったら。今日はもう終わり。ほら戻るよ」
「ごめんねアリス。ちょっと待ってねー」
「いいわよ。…って、ネコウサギ!?」
ネコウサギは手をアリスに伸ばしたかと思うとそのままアリスをお姫様抱っこする。
「ちょっ!? はずか」
「アリスは今、手足に力はいらないから歩けないでしょ。だから私が部屋まで連れてくよ」
「連れてってもらえるのはうれしいのだけれども、そのこの抱っこは」
「あら。いいじゃない。今の衣服にもよく似合っているわね」
アリスの言葉を聞きながらネコウサギはつかつかと歩きリリスの前まで行く。そんなリリスがアリスを見て悪戯っぽく言う。
「まるでナイトとお姫様だな。まぁ、本当に立場上はそうなんだけど」
「確かに。しかもあんな可愛らしい少女二人がっ! ダメよ。落ち着いてヴィグレット」
ネコウサギとアリスを見てウサギネコはニヤニヤとしてその隣にいたヴィグレットは発狂していた。
「…さ、私たちも戻りましょうか」
リリスは一瞬ヴィグレットを最大限の冷たい目で見てそのままアリスたちを見るときには優しい笑顔を見せていたがアリスたち三人にはその笑顔がどうしても無機質な感情を押し殺しているような笑顔にしか見えなくて従わなかったら殺られる。といういたって普通な自己防衛が瞬時に働いたので、リリスに従いヴィグレットを置き帰ることにした。
「あ、だめよ二人とも。やるならこっちに来なさい」
「ねぇ、婆や。ヴィグ」
「どうかしたの?」
「な、なんでもないわ」
廊下を歩いている途中、アリスとネコウサギとウサギネコはその時ようやく解かった。さっきリリスが押し殺していた感情を。
「じゃ、リリス様。私とアリスの部屋はこっちなので」
途中までは一本道のような廊下だったが分かれ道になりアリスとネコウサギは右側へ。リリスとウサギネコはそのまま真っ直ぐ言ったところに部屋がある。
「あ、おまっ。ずり」
ウサギネコは言った瞬間まるで生物とは到底思えない速さで口をふさぐ。そして、ちらっと一度リリスを見る。
「どうしたのウサギネコ? 口を隠しちゃって」
「いや、その」
リリスからすさまじい何かを感じたウサギネコはもうリリスを見ることすらできずに誰もいない真正面を見つつ顔を横にぶんぶんと涙目になりながら必死に振っていた。
しかし、そんな必死さはリリスには伝わらずに頭部をガッシと片手で鷲掴みされる。
「また明日。今日と同じ中庭に集合よ。わかった?」
「は、はい」
「わかりましたわ」
「では今日はこの辺にしましょうか。さ、行くわよ。ウサギネコ」
「……はい」
ウサギネコは抵抗をやめた。そのままリリスに引きずられて行くような形でリリスとともに行ってしまった。あんな無表情で目が死にながら引きずられて行くウサギネコにアリスとネコウサギは敬意と無事を祈りぼそっと「明日また」と、言った。そしてそのままウサギネコとリリスの姿が見えなくなるまでその場から動かなかった。
「…ねぇ、アリス」
「なに?」
「リリス様のアレ。絶対に八つ当たりだよね」
「そうね。ヴィグレットさんに当たれないからウサギネコに全ていったのね」
「本当にアリスと同じ部屋でよかった」
「それと部屋の位置が遠くにあったのも不幸中の幸いね」
二人はその場で、は~、と長めの安堵の溜め息をする。
「…さ、私たちも行きましょう」
「そうだね。なんか戻ってきそうで怖いし」
そう言ってネコウサギはアリスを抱えつつ早歩きで部屋に帰って行った。
そんなコメディのような日から時間は経ち翌日。この日は何もなく、また中庭で演習を行うはずだった。しかし現状は違った。
「至急! スペル平原に向かうぞ」
「マジニカル神国が現れたぞ」
城内は昨日とは一変し血眼になり駆け巡る人々で埋め尽くされていた。
「すでにスペル平原にはカワチネヤ帝国とアシェンリヨン王国がついている模様! 我が国も早く。あ、団長にアリス様」
「ねぇ、何があったの。なんでマジニカル神国が」
「自分にはわかりません。しかし、ヴィグレット様がお呼びです。アリス様も」
重そうな鎧を着た一人の中年男性が急ぎとウサギネコとアリスを急かす。
「わかった。アリス行くよ」
「え、えぇ」
ネコウサギが駆け足になったのでアリスも駆け足でヴィグレットのもとへと向かう。
「ネコウサギ。ヴィグレットさんがどこにいるのかわかるの」
「あったりまえじゃん。こんな時にいる場所は決まってる」
ネコウサギとアリスの二人がたどり着いたのは“軍部室・戒”。
「遅れました! トランプ騎士団団長ネコウサギ、ただいまアリスと一緒に到着しました!」
「来たか。ネコウサギにアリス」
「はい!」
軍部室に入れば中にはヴィグレットにリリス。ウサギネコに個性豊かな恰好をした騎士団とみられる男女が計七人いた。その中にはさっきすれ違ったはずのあの中年男性の姿がなぜかあった。
「ネコウサギは直ちに第一、第三、第六騎士団を率いてアリスと私と一緒に行くぞ!」
「はい。トウヤ」
「はっ」
中年男性が席から立つ。
「テルーゼ」
「はーい」
アリスより少し年上であろう調理服を着た女性が席から立つ。
「ルティル」
「はっ」
メガネをかけたスーツ姿の男性が席から立つ。
「すぐに各自の分団をゲート前に招集!」
「「「了解しました」」」
三人はすぐに軍部室から走り出ていった。
「さて、私たちも行くよ」
「はい!」
「…は、はい」
アリスは今目の前で起こっているこの現状がまだわかっていなかった。これならまだ昨日の状況の方が目に見えてわかりやすいほどだった。
しかしこの状況で何もしないのだけはいけないことだけはわかったのでとにかくネコウサギとヴィグレットについていく。今アリスに出来ることはそれしかないから。
「そうだ。アリス」
「な、なんですか」
ヴィグレットがより一層深刻そうな顔をしてアリスに聞く。
「これから戦場に行くのはわかるよね」
「…え」
「そしてそこで人を殺すことになる。もちろんそれはアリスも例外じゃない」
「……はい?」
「その覚悟だけはしといて。いい。殺らなきゃ殺られるから」
「……いや。いやいや。私そんな」
「…しといてね」
ヴィグレットが一瞬だけアリスを見る。そのヴィグレットの眼は静かにすべての感情を押し殺したような圧倒的威圧感があった。
「…はい」
アリスは自然とそう答えてしまった。
それからアリス、ヴィグレット、ネコウサギは黙ったまま進みゲート前に着く。ゲート前。つまりは国の出入り口前で総勢二万を超える騎士が今アリスの目の前にいる。そのほとんどが鎧に身を包んだ視認したらすぐに騎士だとわかるような恰好をしていた。しかし、その中でもあの軍部室にいた三人はあの恰好のままだった。
「ヴィグレット様。準備は万全でございます」
スーツを着たメガネの男、ルティルがヴィグレットに報告する。
「よし。ではこれよりスペル平原へ急ぎ向かうぞ!」
うおぉぉぉぉ! ヴィグレットの言葉一つでその場にいた二万の騎士たちは士気高々と雄たけびを上げる。
「全団前進!」