帰宅と旅立ち
神殿を出た後、セシリアたち4種族の代表は急いで準備しなければならないことがあると言って早々と帰っていった。4人を見送った後、ハルとレナードは転移魔法でその場を去った。行先は東の大都市ボーデンにあるハルたちの家だ。
「あー、やっと帰ってこれた」
「この2か月ほど帰ってこなかったからな。ブレンダもフィオナも寂しがってたぞ」
「うぐっ、義母さんはともかくフィオナはまずいなぁ。オレが外界に出るのを妙に嫌がってたし、研修期間を飛ばしてすぐに外界行きが決まった上に時々しか帰ってこられないなんて言ったら絶対怒るよね」
「そうだな。フィオナは昔からお兄ちゃんっ子だったからな。『私も調査団に入る』なんて言い出すかもしれないな」
「だめだ!!そんな危険なことオレは絶対認めないぞ!!」
「ハルのシスコンも大概だな。父親としてはハルとフィオナがくっついてくれれば安心なんだが」
「へっ?何言ってんのさ義父さん。あいつは妹じゃんか。それにフィオナはあれだけモテるんだから彼氏がいるんじゃないの?相手がろくでなしだったらオレが潰しに行くけどね」
「・・・今の絶対フィオナの前で言うなよ?」
「うん?わかったよ」
家のドアを開けて中に入る。久々の実家にハルは心が安らぐのを感じた
「えっ、この匂いは・・・お兄ちゃん!!?」
聞き慣れた声が聞こえたと思ったら犬耳が愛らしい超絶美少女(ハル談)、ハルの義妹フィオナが走ってきた。
「フィオナ今帰、いででででで!?!?ちょ、お兄ちゃんが悪かったから思いっきり頬をつねるのやめて!!?」
「ねえ、2か月も家に帰んないで危険な秘境に潜りっぱなしってどういうこと?怪我したらどうすんの?」
「オレが悪かった反省してるだからやめ、おいオレの腕はそっちには曲がらな、あーーーーーっ!!?」
「あらあら、久しぶりに帰ってきたと思ったら・・・。相変わらず仲がいいのね」
「義母さん、そんなこと言ってる暇があるなら助けてよ!?」
数分後、フィオナの技からようやく解放されたハルは義父レナードに異議申し立てをしていた。
「父さん、フィオナになんて技を教えてるんだ!今の動きは猟兵団員も真っ青なレベルだったよ!?」
「すまん、フィオナが変な奴に狙われたらいけないと思って・・・。だが、俺が教えたのは剣術だ。フィオナに格闘術を仕込んだのはゼノンだぞ」
「犯人はゼノンかよ・・・。まあ確かにフィオナはとても可愛いから自衛の手段を身につけさせておくということについては概ね賛成だ。「お兄ちゃん、か、可愛いって・・・」だが、あれはやり過ぎだろ!!?あまりの技の冴えに猟兵団に入ったばかりのころにお世話になったゴリ軍曹を思いだしかけ、ちょ、待て、早まるなフィオナ。話せばわか、あーーーーーっ!!!?」
「あらあら、よっぽどお兄ちゃんとのスキンシップに飢えてたのね」
「ブレンダ義母さん、そういうボケはいいから助け、なっ!?卍固めだと!!?」
その後、キレたフィオナが落ち着きを取り戻すまでハルは獣人族代表にしてレオカディオ流格闘術総師範ゼノン直伝の格闘術を延々と掛け続けられたことは言うまでもない。
「あらあら、それじゃあハルは無事に課題を終えられたのね?」
「うん、なんとかね。辞令が届くまではゆっくりするつもりだよ」
「――ねえ、お兄ちゃん。やっぱり外界に行くの?無理にそんな危ないところに行こうとしなくても・・・。お兄ちゃんは飛び級でさっさと卒業しちゃったけどお兄ちゃんと同い年の人たちの大半はまだ学生をしてるんだよ?」
フィオナが心配そうに言う。表情もあまり優れない。大切な義妹に心配を掛けていることに胸が痛むが、ここははっきりと自分の気持ちを告げておくべきだとハルは判断した。
「義父さんにも義母さんにもそしてフィオナにも心配を掛けてることは申し訳なく思ってるよ。けどオレは自分が生まれたっていう外の世界をどうしても見てみたいんだ。そしてその夢に手が届くところまで来たんだ。悪いけどこれは譲れないよ」
「でも・・・」
何か言いたげなフィオナに父さんが諭すように語りかける。
「ハルは大丈夫だよフィオナ。小さいころから父さんや、ゼノン、ペアーレ様、セシリア様、そしてイゴール様から様々な技術や知識を教わり、全てを吸収してきたんだ。今ならもう、父さんにだって勝てるかもしれない。それだけの実力はちゃんと持ってるんだから」
義父さんの言葉にフィオナは首を振って答える。
「お兄ちゃんが凄いのは知ってる。私が心配してるのはそこじゃないよ。外の世界はお兄ちゃんと同じ人間族が暮らしてるんでしょ?外界に行って同じ人間が暮らしてるところを見たらなんだかお兄ちゃんが帰ってこなくなっちゃうような気がして・・・」
微かに震える声でフィオナが言う。その瞳には薄らと涙が浮かんでいた
「大丈夫だよ」
フィオナのそばに行き安心させるように頭をなでながらハルは告げる。
「確かにオレは人間族だけどそれ以前にオレはレナード義父さんとブレンダ義母さんの息子でフィオナの義兄なんだ。オレの居場所はこの国にあるし、オレの帰る場所はずっとこの家だから。だから、外界に出ても絶対にここに帰ってくる。約束するよ」
そのまま、フィオナが落ち着くまで頭をなで続けた。
「えへへ、ありがとうお兄ちゃん。ま、それに調査団に入ったって言ってもしばらくの間はこっちにいるだろうし「うぐっ」・・・ねえ、お兄ちゃんなんか隠してない?」
「いやぁ、その、なんていうか・・・いろいろ訳ありで辞令が届き次第、だから数日中に外界に向かうことになったんだよね」
「――はぁ?」
数秒後アンダートン家にハルの断末魔が3度響き渡った。
5日後
「ハル、いるかしら?って空の財布なんか覗いて何がしたいの?」
「ああ、セシリア・・・。フィオナを怒らせちゃってね。機嫌をとろうとあちこち連れ出してたらいつの間にか財布がこうなっててね。おかしいなぁ。猟兵団で結構稼いでた筈なんだけど」
「それはご愁傷様ね。それより今いいかしら?少し付き合ってもらいたいんだけど」
「うん、大丈夫。で、どこに行くの?」
「セントラル議事堂よ。調査団の辞令書が明日の朝届けられるみたいだからその前に渡しておきたい物があってね」
セシリアの【転移】で移動する。着いた先は薄暗い廊下のような場所で突き当りに大きな扉があり、その前にはゼノンたちがいた。
「ここが議事堂?なんかイメージと違うなぁ」
「ここは議事堂の中でも特別な区画よ。知ってるのは各種族の代表だけ。ここのことは誰にも口外しないでね」
「ん、了解」
セシリアと共にゼノンたちのもとに行く。
セシリアはゼノンの隣まで歩くとハルの方に振り返った。
「ハルにここに来てもらった理由は2つ。1つ目は私たちが用意した餞別を渡すため」
そう言うと4人はそれぞれ1つずつ【アイテムボックス】の魔法が付与された貴重な魔道具、アイテム袋を渡してきた。
「この中にはそれぞれが用意した餞別が入ってるわ。私の袋の中身は、様々な魔道具と、魔法薬ね」
「わしの袋にはドワーフ族の一流の鍛冶師が鍛えた武具などが入っておるぞ」
「私の袋は~様々な素材や、換金性の高そうな物が入ってるよ~」
「俺の袋は多量の食料品が入っている。外界では手に入らないものを優先的に入れておいた」
「うわぁ、ありがと。ありがたく使わせてもらうよ」
「状況が状況だからな。俺たちも協力は惜しまないさ」
ハルは4人からもらったアイテム袋を一旦【アイテムボックス】に入れると4人に向き直った。
「それで、2つ目の理由って言うのは?」
「そうね・・・口で説明するより実際にやってもらった方が早いわね。ハル、そこの扉に触れてみなさい」
「うん?なんか結界が張られているけど・・・。こうか?」
セシリアに言われたまま扉に触れた瞬間、ハルは自分から大量の魔力が扉に吸い取られるのを感じた。次の瞬間扉がひとりでに開き始めた。
「おお!!」
「やっぱり開きましたね~」
いきなり大量の魔力を奪われ驚きながらハルは扉の向こうを覗いた。
扉の向こうには大きな部屋が広がっていた。部屋の中には武具や魔道具、見たことのない貨幣など様々なものが置かれている。部屋の奥には大きな扉がありその奥にはまた別の部屋があるようだったが扉には一目でわかるほどのとても強力な封印が施されているようだった。しかし、ハルの視線はすぐに一対の武具に向けられたまま動かなくなっていた。ハルの視線の先にあるのは一本の片手剣と対になっている盾だった
「これは・・・」
その剣と盾には思わず息を呑むほどの凄みがあった。
「これはいったい・・・」
ハルが呆然と尋ねる。ハルと同じように剣と盾に視線を奪われたままセシリアが答えた。
「聖剣デュランダルと聖盾アイギス。勇者様が愛用していた伝説の武器よ。この部屋に遺されている物は全てかつて勇者様が愛用していたものよ」
セシリアに連れられ議事堂に行った翌朝。セシリアが言っていた通り、ハルのもとに辞令書が届いた。いよいよハルが旅立つ時が来たのだ。
セシリアたちもこっそりと家まで見送りに来てくれていた。
「よし、それじゃあそろそろ行くよ」
装備を整えハルは立ち上がる。
「気を付けるのよハル」
「何かあったらいつでも帰って来るんじゃぞ」
「協力が必要なときはいつでも連絡してくるがいい」
「私たちも~できる限りの支援はするからね~」
順にセシリア、イゴール、ゼノン、ペアーレである。そして――
「調査団団長として、そしてなによりハルの父親としていつでも力になる。頑張っておいで」
「あらあら、寂しくなるわねぇ。たまには顔を見せに帰って来るのよ」
レナードとブレンダがハルを抱きしめながら伝える。
「・・・もう、止めないけどちゃんと戻ってきてよね」
フィオナが涙交じりに言いながら家族の輪に加わりハルに抱きつく。
「わかってるよ。そう心配するな。オレはいつでも【転移】が使えるんだから。任務の関係上小まめに帰るってのは難しいけど、機を見て時々は帰るようにするから」
ハルはフィオナの頭をなでながら答える。
「約束だからね?」
「ああ、約束だ」
「わかった」
そこでフィオナは顔を上げると輝くような笑みを浮かべた。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん!!」
明日も16時頃更新予定です。とりあえずプロローグを除いた10話目までは毎日更新していくつもりです。その後は少しペースを落とすかもしれません。誤字・脱字等ありましたら連絡いただけると幸いです。