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ハル・アルダートンと大地の王冠  作者: ゆう
第1章 アキト国
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ハル・アルダートン

 アーベンティア大陸西端部。ガイスト半島と呼ばれるそこは、人々から恐れと憧憬をこめて秘境と謳われる場所である。秘境の東部にある『無間砂漠』、西部にある『暴君の海』、南部にある『常闇の大樹海』、北部にある『天衝山脈』。多くの実力者が富と名声を求め挑戦したが、未だに秘境内で一夜を過ごし戻って来た者はいない。かつて世界最高峰の冒険者と呼ばれる者たちが臨時でパーティーを組み秘境に挑んだことがあったが、結局僅か数時間で攻略を断念しパーティーメンバーの約半数を失いなが這う這うの体で逃げ出してきたということもあった。彼らの多くはトラウマを植え付けられそのまま冒険者を引退してしまったという。


 しかしそんな秘境の中心部には人間たちの知らない秘密の場所があった。かつて世界を恐怖のどん底に陥れた魔神を封印し世界を救った伝説の勇者が、人間から差別され苦しんでいた獣人やエルフたち亜人族のためにつくりあげた亜人たちの国『アキト国』。その亜人の国には今一人の人間の少年が住んでいた――



‐‐‐




 聖陽歴816年6月7日 秘境 常闇の大樹海





 「あっついなぁ・・・」


 思わずそう呟きながらも気配探知への集中は途切れさせない。慣れた狩場ではあるがこの常闇の大樹海で隙を見せることは文字通り命取りになるのだと黒髪黒目の中性的な容姿を持つ少年、ハル・アンダートンは身をもって知っていた。木々が鬱蒼と生い茂った大樹海は地面まで日光が届きにくく昼間でも薄暗い。視界を遮るものが多いため待ち伏せが容易な狩場だが、それは同時に自分もまた待ち伏せで襲われる可能性があるということだ。実際、毎年何名か大樹海に出掛けたまま帰ってこなくなる者がいる。その中には、ベテランの狩人が含まれることも少なくない。視界の悪さに神経をすり減らし、熱帯雨林気候の湿度と暑さにスタミナを奪われる。魔法を使えばその環境を改善できるが、秘境に住む生き物は感覚が鋭く、特に今狙っている獲物は気配に敏感だ。少なくともハルの魔法の制御技術では魔力を感知されてしまう。待ち伏せで獲物を狙っている今は魔法を使う訳にはいかなかった。


 そのまま隠れて待つこと数十分。そろそろ諦めて移動しようかなぁ、と思い始めてきた時、ハルは小型の魔獣が近付いてきているのを察知した。そのまま、隠れて待つこと数十秒。ハルの視線の先の草むらからひょっこりと顔を出したのは長い間不快な環境を我慢して狙っていた標的であり、中型犬ほどの大きさの兎の魔獣だった。魔獣とは体内に魔石と呼ばれる魔力を含んだ石を持つ生き物の総称である。そして、魔獣は、普通の動物と比べて狂暴だったり強い力を持っていることが多い。目の前の兎も、ソニックラビットと呼ばれる魔獣であり、長い耳は切れ味のよい刃物になっている。また、その名の通りとんでもないスピードで走り回ることができる。もともと個体数が少ないため見つけるのが非常に難しく、耳がいいため気配にも敏感で見つけてもすぐに逃げられてしまうためこの魔獣を狩ることは一流と呼ばれる存在になるための条件の一つとなっていた。


 ハルは、音を立てず腰に下げていたホルダーから狩猟用のナイフを抜き、静かに構えた。獲物と自分の距離は10メートル程。


 (この距離ならやれる!)


 そう判断したハルは、しばし目を閉じ心を落ち着けた後、一気に魔力を放出し、その魔力を全身に流すことで肉体を強化し、運動能力を上げる【身体強化】を使った。


 その瞬間にソニックラビットも魔力に反応し咄嗟に逃げ出そうとするが――


 「遅い!!」


 【身体強化】によって強化された足は大樹海の湿った腐葉土の地面をを抉るように弾き、飛ぶような速さで標的との距離を詰め、鋭く振り下ろされたナイフは深々とソニックラビットの急所を貫いた。


 ソニックラビットは少しの間体を痙攣させていたが、すぐにぐったりして動かなくなった。


 「よし!やったぞ!!」


 ここのところずっと秘境の過酷な環境に身を置いていたハルは思わず声を上げる。自分が望んだこととはいえ、与えられた課題・ ・を達成するために秘境に潜り続ける生活に流石に疲れていた。そして、このソニックラビットの狩猟が与えられた課題の最後の一つだったのだ。


 「おっと、もう集まってきちゃったか」


 さきほどの魔力や戦いの気配に釣られたらしく周囲からいくつもの気配を感じる。ハルは空間魔法と時魔法で造りだした【アイテムボックス】にソニックラビットを放り込む。この魔法は、異空間をつくりだしそこに装備や、入手したものを入れておく【収納】という魔法を改良したものであり、空間魔法である『収納』に時魔法を組み合わせることで中に入れている物が劣化しないという優れものである。


 「さて、さっさと大樹海から抜けるか。・・・【転移】!!」





 次の瞬間にはハルは常闇の大樹海を抜け、美しい草原に立っていた。


 過酷な環境と強力な魔物が大量に生息するため危険極まりない秘境だが、実はその中心部には居心地の良い温和な環境が広がっている。さらに、どういう訳か魔獣たちはこの領域に寄り付かない。外部からの干渉を四方の過酷な環境が断ち、その中心部にある安全地帯に人間族から迫害を受けていた亜人族を守るためにかつて世界を救った勇者がつくった国。それがハルの住んでいるアキト国らしい。ハルの視線の少し先には、アキト国をぐるりと囲んでいる『勇者の盾』と呼ばれている高く頑丈な防壁がある。草原につくられた街道沿いにしばらく進んでいくと、『勇者の盾』に設置された外界への扉の一つ、第一南門に着いた。門の前には2名の魔力銃を肩に担いだエルフが立っており、そのうちの1人がハルの顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。


 「よぉ、ハル!帰って来たんだな」


 「ただいま、エリク。流石に大樹海に半月潜りっぱなしはきつかったよ。」


 苦笑いしながら答える。ハルに駆け寄ったちょっとチャラそうなイケメンはエルフ族のエリク・ベルジュ。所属は違うが『軍団』という組織の同期で以前から親しくしている。軍団には3つの部署があり、1つ目が外敵からの防衛と、治安維持を担う警備団。もっともここは安全地帯なので、基本的に仕事は治安維持のみである。エリクはここに所属している。2つ目が猟兵団。秘境での狩りや資源の採取が主な仕事である。ハルは今ここに所属している。そして3つ目が調査団。秘境を抜けて外界に出て外の世界の情報収集と、虐げられている亜人族を発見したら保護をするのが主な仕事である。


 「いやぁ、ハルが無事に帰ってきてほっとしたぜ」


 「うん?どうしたの?」


 「今朝、猟兵団の部隊が大樹海に向かって行ったんだが、いつも数日は帰って来ないのに昼には戻ってきてな?とんでもなく強い魔獣でも現れたのかと思ってさ」


 「うーん。どうかなぁ?しばらく潜ってたけど、大樹海の魔獣のいつもと同じだったよ」


 「そっか。んじゃあ何か装備に不備でもあったのかもな。で、課題はどうだったんだ?大樹海以外はもう達成してるんだろ?」


 「うん、なんとか樹海の課題も終えられたよ。しばらくはゆっくり休みたいね」


 「本当か!?ってことはもしかして史上最年少の14歳で調査団入りかよ!やったな!!」


 「ありがと。これから報告に行ったり面倒な手続きをしたりしないといけないけどようやく夢が叶いそうだ」


 外界から帰るときは転移結晶という魔道具を使えばすぐなのだが、外界に出るには最低でも片道で半月はかかるため、秘境を越えていけるだけの実力を持った者しか調査団には入団できない。そして、さっきまでこなしていた課題の達成が、調査団への入団の条件なのだ。


 「そっか・・・とうとうハルが外界に行くのか。あっちは、ほとんどがハルと同じ人間族らしいな?」


 「自分以外の同族を知らないなんてへんな気分だよ。この国に人間族はオレしかいないからなぁ・・・」


 そう。ハルは赤ちゃんのときに調査団員だった獣人族の父に拾われ、この国で過ごしてきたのだ。人間だからといって差別されることもなく、温かい家族と良き友人、優れた師に恵まれ、この国のことは大好きなのだが、大きくなるにつれて自分と同じ人間を見てみたいという気持ちも強くなっていったのだ。幸いにもハルには魔法や格闘、剣術などにも才能があったらしい。何度かてこずったものの無事に課題をこなせたハルは軍団本部に課題の達成を報告すればついに調査団に入れるのだ。



 「さっそく、今から報告に行くのか?」


 「いや、団の宿泊所で1泊してから明日セントラルまで行く。【転移】でセントラルまで行くには魔力量が足りそうにない。かなり魔法を使ったのにほとんど休めなかったからなぁ。大樹海から出るのがやっとだったよ。」


 「転移結晶なしで【転移】できるってことがそもそもありえないんだけどな。転移結晶って100人のエルフが1月かけて最高品質の魔石に魔力を注ぎ込んでから作るんだぜ?そんな芸当ができるのお前くらいじゃないの?」


 エリクが呆れ顔で問いかけてくる。


 「いや、セシリアも使えるよ。そもそもセシリアから教わったんだし」


 セシリアとはハルの魔法の師匠である。魔力量はハルには及ばないものの魔法の知識と制御ではこの国で彼女の右に出る者はいない。


 「そうなのか、さすがはセシリア様だな。・・・そういえばセシリア様の所に顔を見せに行った方がいいんじゃないか?課題に取り組んでいたからしばらくお会いしてないんだろ?」


 「あー、そうだね・・・。ちょっと彼女に伝えたいこともあったし、それじゃあ今からセシリアの家に行ってみるよ」


 「そっか。それじゃまたな!正式に調査団入りが決まったら連絡くれよ。同期の奴ら誘って派手に騒ごうぜ!!」


 「りょーかい。またね!!」






 エリクと別れて『勇者の盾』の中に入る。ハルが今いるのは5大都市の一角、南部の『森林都市ユグドリア』だ。森林と一体となっているこの都市の建物はほとんどが木造で、所々でツリーハウスも見られる。


 この国は5つの大都市があり南部のユグドリアをエルフ族の代表が、北部のロックベルをドワーフ族の代表が、東部のボーデンを獣人族の代表が、西部のメルキュールを人魚族の代表がそれぞれ領主として治め、中央のセントラルをそれぞれが10年周期で領主を兼任することになっている。南部のユグドリアにはエルフ族が多い。北部のロックベルにはドワーフ族、東部のボーデンには獣人族、西部のメルキュールには人魚族が多く住んでいる。ただ、これは種族間で対立があり、種族ごとに棲み分けがされているという訳ではない。たまたま国の南部にはエルフ族の好む森林が広がっているためエルフが、国の北部には鉱山が多いため鍛冶を好むドワーフが、国の西部には水資源が豊富なため人魚族が、国の東部には広い平地が広がっているため、最も人口の多い獣人族がそれぞれ多く暮らしているというだけだ。それこそ国の中央にあり中枢でもあるセントラルでは様々な種族が協力して生活している。この国に王はおらず、4種族の代表の協議によって国家が運営されている。その4種族の他にこの国の周辺には精霊が住んでいるが、彼らは国民ではなく、アキト国の良き友であり、また上位の精霊は勇者と共に信仰の対象となっている。


 「この時間ならアトリエにいるかな?」


 ユグドリアの中央を貫く大通りから外れ、裏通りに入り2度、3度と細い道をまがった先にあるこの辺りでは1番大きな建物。そこが、ハルの魔法の師匠であるセシリア・オーディンのアトリエだった。


 誤字脱字等ありましたら教えていただけると幸いです。

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