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このホテリアにこの銃を  作者: 懐拳
21/22

21 万朶の桜


国外退去と

引き換えにしか

手に入らない

ホテルの無事なら

甘んじて

この国も発とう


君が願った

ホテルの平穏

それさえ

約束されるなら

本望だった


改心した狩人の

最後の努め

そう割り切って

喜んで

この国を発とう


ひとつだけ


君さえいっしょに

来てくれるなら

その望みさえ

叶うなら


だから渡した

チケットだった

ニューヨークに

いっしょに行こうと


でも遅かった


一足先に

君はあまりに

君らしく

自分の努めを

背負ってた


今わの際の

老女丈夫が

君を見込んで

預けた夢

託した遺志


ソウルホテルを

守ってくれと


うなづくことは

とりもなおさず

ホテリアとして

自分の骨を

ここに埋めると

誓うこと


ホテルを離れる

ことはおろか

ましてや

僕と行くことなど

望みはしないと

誓うこと


それでも君は

うなづいた


僕が一目で

見初めた君は

拒まなかった


人の心を

忖度せずには

いられない

君だからこそ

拒まなかった


うなづいた

君の姿を

見届けて

女丈夫は

安堵したろう

そして

安らかに

逝ったはず


目に浮かぶよ

ジニョン


君の選択は

まちがってない


うつ向いて

手にしたチケット

虚ろに見ながら

僕の隣りを

延々歩くに

歩いた挙げ句


「行けそうもない

どうにもならない

ごめんなさい」と


それだけ言うのが

やっとの君を

どんな顔して

見ればよかった?

何と返事を

すればよかった?


よしんば

脅してみたところで

その決心は

変わるまい

君の目を

見てればわかる


ジニョン


あまりに君らしい

選択だから

責めはしない

翻意を促す

勇気もない


だからと言って

その選択を

手放しで

褒めたたえるほど

鷹揚にも

なれそうにない


なれるぐらいなら

最初から

こうまで君を

求めなかった


この僕を

信じてくれた

君だから


求婚に

応じてくれた

君だから


まちがいなく

逡巡もし

涙だって

枯らしたろうに


それでも最後は

自分が

寄り添うべきものを

見失わずに

寄り添いとおす

君のその

呆れるほどの

強さと律儀が


今はつくづく

恨めしい


愛おしさすら

通り越して

狂い出すほど

恨めしい


いつだったか


「この先

たとえ何があっても

僕と一緒に

いてくれるか」と


冗談めかして

尋ねた僕に


「死ぬまで一緒で

離れないから

半身と

言うんじゃないの?」と


たちどころに

口とがらせた

君の声


耳の奥から

不意に聞こえて

よりによって

どうして今と

呪いたかった


ただ1人

心に決めた半身と

共に生きたい


見るもの

聞くもの

味わう苦楽の

ひとつひとつを

残らずすべて

穏やかに

分かち合いたい


最初も今も

僕の望みは

それだけなのに


たった

それだけなのに


それがそんなに

不遜だろうか

身の程知らずな

望みだろうか


たかだか

紙切れ1枚が

ニューヨークまでの

チケットごときが

つくづく因果で

途方に暮れた


泣きたいほど

途方に暮れて

それでも


夜更けの

万朶の桜の下で


君が黙って

返そうとする

そのチケットを

受け取る気には

なれなかった


受け取ることは

君なしで

1人で発てと

自分に課すこと


君を金輪際

あきらめると

自分で自分に

宣告すること


それだけは

したくなかった

支離滅裂だと

わかっていても

できなかった


今は

意地でも

受け取らない


宙ぶらりんの

そのチケットは

今夜一晩 

君に預ける


うなだれて立つ

君の両肩

強く支えて

額にそっと

口づけた


考えてみて

もう1度だけ


出発は明日

時間はまだある


きまぐれな

万朶の桜の

花びらが

漂っては

舞い落ちながら


支離滅裂な

僕の本音を

笑ってた



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