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このホテリアにこの銃を  作者: 懐拳
18/22

18 頭領の目


歯牙にも

かけていなかった


空砲の

1発か

2発も撃てば

足すくませて

一丁上がりと

たかをくくった

狩りだったのに


いざ始めてみれば

さにあらず


しかけた罠は

いともたやすく

かいくぐり


放った犬は

追うべき獲物に

出し抜かれ

すごすご

戻ってくる始末


たかだか

鹿の1匹に

いつの間にやら

本気になって

息さえ荒く

なりかけたころ


突如上がった

不審な野火が

山や野原を

見る間に覆って


なす術もなく

あぶり出された

鹿の頭領


総支配人の

あの男が

火だるまと化して

現れた


またその

現れ方たるや

尋常と言うには

ほど遠く


死なばもろ共と

覚悟の果てか

狩人めがけて

常軌を逸した

捨て身の突進


決して

巨大なわけでもなく

周囲を

威圧するほどの

凄みに溢れた

体躯というでも

ないくせに


ひたすら愚直に

勇猛果敢に

何よりも

群れのために

己を捨てて

ためらわない

鹿の頭領


正真正銘

捨て身だった


決裁権者でも

ない僕に

そうと知らぬ筈も

あるまいに

辞表を

叩きつけるなり

臆面もなく

言ってのけた


「あの者たちさえ

救われるなら

自分が去る」と


「愛するからこそ

去って行ける」と


「ホテリアたちを

よろしく頼む」と


もちろん

計算はあったろう


意表を突いて

職を辞すると

見せかけて

幾ばくか

時間稼ぎも

企てたろう


あわよくば僕の

疑心暗鬼を

誘ってでも

形勢が

多少なりとも

有利になればと

目論みもしただろう


ホテルを背負って

矢面に立つ

総支配人なら

至極当然の

計算だ


けれどそれらを

差し引いてなお

奴は

捨て身だった


蛇の道は何とやら

賭けてもいい


狩人の真正面に

敢然と躍り出る

火だるまの鹿


未だかつて

こんな獲物に

お目にかかった

ことはなかった


虚を突かれて

一瞬ひるんで

身もかわした


されど仇敵


思った以上に

手こずらされて

目ざわり

この上ない仇敵


不意の奇襲に

図らずも逸れた

銃口を

今こそとどめと

意地でも

向け直そうとして


でも2度と

そうはできなかった


「鹿の皮だけじゃ

物足りなくて

人としての魂までも

あんたは商人に

売っぱらったか」


「俺ごとき獣1匹

追いまわすのに

悪徳商人の

浅知恵にまで

便乗するのか」


「森をいたぶり 

山も野原も焼き払い

罪のない

獣たちまで

巻き添えにして

毫も心が痛まない


それが狩りか?

それがあんたの

狩りの流儀か?」


火だるまの鹿の

射るような目が


死も厭わない

手負いの鹿の

淡々と刺す問いが


二の句もつげない

忌むべき事実を

言葉少なに

僕に教えて

臓腑をえぐった


えぐり取られて

余りあった


不審な野火が

聞いて呆れる


突如起こった

山火事は


相棒と

見込んだはずが

獲物の鹿に

とどめをささない

狩人に

しびれを切らした

毛皮商人の

下劣な小細工


「じれったいにも

程がある

一網打尽に

してくれるわ」と


助っ人気取りで

放った火炎の

なれの果て


買収を

一足飛びに

片づけたいと

買う気にはやった

依頼人の

ヤクザまがいの

違法な禁じ手


毛皮商人の

残虐卑劣が

その強欲と悪辣が

ヘドが出るほど

おぞましく


それ以上に

そんな輩と

結託していた

同じ穴のムジナの

自分が

呪わしかった


極悪非道の片棒を

担いだに等しい

自分自身が

いまいましくて

視界が歪んだ


狙った鹿さえ

歪んで見えて

息がつまった


狩人は

たとえ喉から

手が出るほどに

仕留めたくても

野山に火など

放たない


火を以て

一網打尽にすることを

狩りとは言わない


でもそれは

口にするさえ

惨めな言い訳

虫のいい

責任逃れ


獣たちには

通用しない


「俺の皮ぐらい

くれてやる

喜んで

くれてやるから

魂は売るな

人としての

魂まで売るな」と


自分こそ

瀕死のくせに

鹿が狩人を憐れんで

意見するとは


職すら賭して

道破する

総支配人の

この男の目


堂々たる

鹿の頭領の目


どこかで見た目だ

それも

それほど昔じゃない


君だよ

ジニョン


奴が勝手に

書いてよこした

辞表の始末


よこした主に

返すなり

その場で破って

捨てるなり

どうとでも

委ねようと

手渡したとたんの

君の目だ


それが辞表と

気づいたとたんの

君の目だ


そっくりだった


「良心が痛まない?

こんなものを

書かせてまで

ホテルを

自分の物にしたいの?

そこまであなたは

人でなし?


自分から

目を覚まそうと

する気もないなら

この先2度と

会う気はない」と


容赦なく

引導渡して

去り際に


僕の手に

辞表をまっすぐ

握らせた

君のその目が


どうすべきかは

わかってるはず

自分の目は

最後は自分で

覚ますものだと


はっきりと

そう言ってた

少なくとも僕には

そう見えた


悔しいけど

あの君の目と

そっくりだった


-狩人が

獲物の目なんか

見たらおしまい

この先2度と

引き金なんか

引けなくなる-


レオの口癖の

この言葉

泣きたくなるほど

正しくて


引き金を

引けないどころか

銃を構える気力すら

2度とは

湧いてこなかった


「狩人失格」


そう

ひとりごちた

だけじゃない


「敵ながらあっぱれ」


思わず知らず

そうつぶやいて

自分で自分に

苦笑した


鹿の目を見たこと

後悔はしてない


それどころか


一刻も早く

手当てをと

瀕死の鹿を

背負いながら

鹿に負けたと

心のどこかで

認めてた


ジニョン


君たち2人に

僕は負けた


負けて

悔いはなかった



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