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このホテリアにこの銃を  作者: 懐拳
12/22

12 風防室


僕の正体を

知ってから

ふっつりと

雲隠れして

しまった君を

まる一昼夜

探しあぐねて


それでも行方の

知れない君を

探し歩くのは

もうやめた


君が来るなら

ここしかないと

いう場所で

待とうと決めた


昼下がり

閑散とした

ホテルの裏手


従業員の通用口に

ふいに響いた

快活な声


角を曲がって

現れたのは

他でもない


気も狂うほど

確かめたかった

迷子の黒子の

無事で元気な

いつもの姿


でも

安堵したのは

最初のひと目


今の僕には

あまりに遠く

屈託のない

その笑顔

正視するのも

苦しかった


僕だと見るや

足止めて

黙りこくった

君の拒絶も

こたえたけれど


「時間が欲しい

話がしたい」と


食い下がる

僕の真横を

素通りしていく

そっけなさに

胃の腑がよじれた


君の誤解を

解こうにも

ここへ来た

真の理由を

打ち明けようにも

今しかないのに


遅きに失した

僕にとっては

次なんか

もうないのに


呼んでも呼んでも

振り向きもしない

君の背中に

これ以上

何ができる?


取りつく島も

ない君に

どうしようもなく

苛立って

衝動が

自制を超えた


「ソ・ジニョン!」


語気を荒げて

恫喝まがいに

君の歩みを

止めたのと


前後の

防火扉を2枚 

ロックしたのは

ほぼ同時


君の

進路と

退路を断った

ロックの一つは

焼き切った


今を逃せば

もう二度と

僕に捕まるような

ヘマなど

君は

してくれそうもない


それより何より

これ以上

すれ違いなんか

願い下げ


話も出来ずに

拒まれたまま 

これ以上

耐える気はない


茫然と立ちすくむ

君の前後に

にわか作りの

防火扉の

盾2枚


逃げ道を封じ

閉じ込めてでも

君と話が

したかった


それがたとえ

殺風景な

風防室でも

かまわなかった


君への想いを

1度たりとも

偽った覚えなんか

僕はないけど


「全部話すから

聞いてほしい」と

声を限りに

訴えても


「話にならない

聞きたくもない」と

金切り声の

一歩手前で


僕を睨んだ

その目すら

怒りもあらわに

逸らして伏せる


君はまるっきり

閉じた貝殻


その貝殻に

はね返されて

ああそうですかと

引き下がれるなら

最初から

こんな馬鹿げた

真似などしない


歯がゆくて

限界だった


気がついたらもう

壁を背にした

君の両肩

痛いほど

わしづかみにして

力任せに

押さえてた


その殻を

こじ開けてでも

君の心を

引きずり出して

やりたかった


「どこの誰が

何と言おうと

構わない

ジニョン

僕の目を見て

真っすぐ見て」


声荒げてた

閉ざした君の

心に向かって

叫んでた


人にあれほど

怒鳴ったことなど

後にも先にも

覚えがない


弁解しない

狂気のそしりも

甘んじて受ける


君は怯えて

立っているのが

不思議なほどで


両手でそっと

包んだ頬は

血の気もなくて

震えてたけど


声 荒げたこと

謝る気はない

悔いてもいない


ああする以外に

君は

聞こうとしなかった


「人が何と

非難しようと

知らん顔して

君は僕の

声だけ聞いて


目を閉じて 

耳をふさいで

僕だけを見て」


はったりでもない

誇張でもない

一言一句 

言葉どおりだ


僕の狂気で

君の正気が

麻痺してないか

そのことだけが

怖かったから


恐る恐る

僕を見上げる

君の心に

訊きたくて


君の目に 

君の耳に

問いかけた


「僕の声が聞こえる?」


「僕が見える?」


「僕だけを見てる?」


最初は

かろうじて

ぎこちなく

次は微かに

こくんこくんと

最後は

一瞬おいて

それでもたしかに


たしかに3度

僕の目を見て

うなづいた

君の答えを

信じたかった


何度でも言う


僕は

君だけを追って

この国へ来た


馬鹿みたいに

全部放り出して

君を追いかけて

ここまで来た


ただ単に

利用したいだけの

相手なら

そんなこと

頼まれたって

するもんか


そして何よりも


「よく聞いて

愛してる

ジニョン」


嘘偽りは

一つもない

言いたいことは

残らず言った


今度こそ拒まずに

受け取ってほしかった

心に届いてほしかった


信じてほしい


そう念じて

そっと口づけた


逸らすことなく

射るように

僕を見つめて

ゆっくり閉じた

君の目を

信じたかった


触れた瞬間の

身じろぎを

自分の力で

そっと静めて

応えた君の唇の

その柔らかさを

信じたかった


僕の肩に

それから首に

君が自ら

預けてくれた

両腕の重みを

信じたかった


従業員通路の

風防室で


手出しもできない

野次馬たちが

呆気にとられて

覗き込む

無味乾燥な

鋼鉄の箱の中で


今度こそ

信じてくれたと

信じたかった





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