第二話 復讐者の目覚め
「時間だな、行くぞヴィネット」
「了解だ、シオン隊長」
指定時刻になったのをコックピットの時計で確認し、俺とヴィネットは指定ポイントへと機体を走らせる。
今回の任務は敵野営地の襲撃、及び殲滅。
定刻通り、友軍の工作部隊の手で野営地の発電設備が爆破されたのを確認し、俺とヴィネットは一気に敵野営地へと突撃する。
「ヴィネット!お前は左をやれ、俺は右側を叩く!」
「了解!」
突然の出来事に帝国軍はパニック状態の様で、バラバラと兵士がテントから飛び出してくる。
もちろん、機体への搭乗を許す筈は無い。
俺は無慈悲に榴弾を撃ち続け、無抵抗なガナードと生身の人間を殲滅していく。
ちらりと背後のヴィネットの方を確認するが、彼もまた同様に機械的に敵を撃ち殺し続けている。
目線を前に戻した俺は、尚も辺りを破壊し続ける。
応戦しようと機体に駆け寄って行く者。
小銃を手に無謀な応戦を試みる者。
敗北を悟り必死で逃げようとする者。
様々な人間を、俺はただ吹き飛ばす。
そんな時、ヴィネットが叫んだ。
「シオン!二機起動した!」
見れば確かに二機のガナードが起き上がり武器を抜いている。
「相手は俺がする、お前はそのまま続行しろ」
「気をつけろよ」
とは言うものの、敵の持つ武器はブレードとシールドのみ。
火器は俺達の攻撃で全て失ったか、あるいは装備する暇が無かったか。
どちらにせよ、格闘戦を仕掛けると言うのであれば、俺もそれに倣おう。
俺は榴弾砲を背中にマウントし、代わりに腰にマウントされているブレードを抜く。
挑発されたと勘違いしたのか、敵の一方がこちらに突撃してくる。
単調なその一撃は、回避と呼ぶのかすら微妙な、ほんの少しの移動だけで軽くやり過ごせた。
空振りに終った一撃により、機体のバランスを崩した敵機に、俺は一欠けらの戸惑いや躊躇無く、ブレードでそのコックピットを刺し貫く。
もう一方の敵はと言うと、俺がブレードを引き抜くまでの僅かな隙に攻撃を仕掛けてきた。
俺は咄嗟にブレードを引き抜くのを諦め、バックステップでその場所から移動し敵の攻撃を避ける。
先程の奴とは違い、今度の敵は空振ったからとバランスを崩す事無く、シールドの打突攻撃で追い討ちを狙って来る。
「良い動きだ」
ヴィネットが感嘆の声を漏らすと同時に、俺は敵のシールドを自分のシールドで弾き返し、空かさず踏み込みながら右ストレートを敵機に放つ。
「あー、これは痛い…」
一部始終を見ていたのか、パンチを受けた敵機がよろめくと同時にヴィネットがまるで自分の事の様に呟いた。
「終ったのか、ヴィネット」
「ああ、シオンは少し苦戦しているようだね」
「すぐ終る」
ストレートをもろに受けた敵機はそのまま倒れ込み、俺はその隙に敵機の残骸からブレードを引き抜き、起き上がろうとしている敵機のコックピットを先程と同じ様に貫く。
「相変わらず格闘戦技能は凄まじいね、シオンは」
「射撃はからっきしだとでも言いたいのか」
「そこまで言わないよ、射撃だって人並みにはできてるじゃないか」
「ふん。任務完了だ、帰還するぞ」
俺はレーダーに映る動体が俺とヴィネットの二人だけである事を確認し、敵の野営地跡を後にした。
「シオン・フォンスバーグ、セオルング・ヴィネット両名、敵野営地殲滅任務完了しました」
基地到着後、真っ先に上官であるショーン・マクゲイル少佐に戦果報告へ向かった。
「よくやってくれた、シオン中尉、セオルング少尉。工作部隊からも同様の報告を受けている、いつもどおりの素晴らしい戦いだったとか」
「そんな事はないでしょう、あの程度で良い戦いだったら世の中良い戦いだらけです」
「おいおいシオン…」
「そう言うならそうかも知れないな。よし、下がって良いぞ、今日はもう休め」
「失礼します」
ヴィネットと共に敬礼し、少佐に背を向けた所で俺だけ呼び止められた。
「あぁ、シオン中尉は少し残れ」
「了解です」
ヴィネットは少し不思議そうな顔をするが、何も言わずに出て行った。
俺が扉を閉めたのを確認すると、ショーン少佐はソファに腰を下ろした。
「早いもんだな、あれから一年か」
”あれ”とは俺の故郷が焼かれたあの日の事だろう。
「そうですね」
「今でも憎しみは消えないか?」
「当然です」
あの日、赤い機体との戦いに破れた俺は、隣町の病院で目が覚めた。右目を失った状態で。
数日後に現れたショーン少佐により、俺はセシルの居た研究所の惨状を知った。
生存者は居らず、シェルターは身元不明死体で埋め尽くされていた、と。
俺はそれを聞いた当初、激しい自責の念と無気力に苛まれた。
だが何日も経つ間に、それらは激しい憎悪に摩り替わっていき、次第に復讐への活力が生まれていった。
そして俺は、目の前に居るショーン少佐の助力により軍へ入隊し、士官学校を半年前に卒業して今に至る訳だ。
その際に、少佐は俺に赤い機体の詳細を教えてくれた。
赤い機体はグランディアという、かつて帝国に滅ぼされた国の遺産である事。
その遺産は複数あり、全てが今尚現代のガナードを凌駕する性能を持つ事から特別にゼクストと呼び分けられている事。
そしてあの赤い機体はその一号機であり、レッドクローという名前であるらしい事を話してくれた。
意図としては、俺が相手にしようとしている物の強さを教える事で、復讐の道から俺を遠ざけ様と思ったのだろう。
だが、俺は相手が何であれ、復讐を諦める気など無かった。
「俺は…あの機体…。レッドクローを見つけ出して仇を討たなければいけないんです」
「解ってる、今更止めはしない。さすがに一年も説得して揺らがない意思なら、この先もずっと揺らがないだろう」
「ではいったい何の用事で俺をここに?」
「シオン君は、サンダーフォール要塞を知ってるかね?」
「帝国に占領された、連合軍最大の要塞ですね」
俺が士官学校に通っている間、連合最大にして最強の要塞と謳われていたサンダーフォール要塞は、帝国の執拗な攻撃を前に陥落した。
以降連合最強の盾は、帝国最強の盾として存在し、高官達の悩みの種となっていたらしい。
「そいつの奪還作戦を行う事になった」
「俺に参加しろと?」
「そうだ、今まで幾度の奪還作戦を行ったが、今回は精鋭中の精鋭を集めて行う」
「そんな事しなくても自分たちの作った要塞なんです、思いつく弱点を突けば良いんじゃないですかね」
「弱点があれば良いんだがね、問題は帝国が占領と同時に持ち込んだガナードだ」
占領と同時、と言う事は少なくとも開戦当初の機体という事になる。
そんな旧式機の何が問題だと言うのか、俺にはさっぱり理解できないので率直に聞いてみた。
「その機体の何が問題なんです?」
「主兵装が200mmの徹甲弾を用いたガトリングガンなんだよ」
「馬鹿な、そんな巨砲をガナードに?」
「無論二脚のガナードでは反動を殺しきれず転倒する、だからかは知らんが、その機体は四脚機なんだ。さしずめ固定砲台だよ」
一秒当たりに何発連射できるかはわからないが、200mm砲弾が直撃すればガナードとはいえ無事では済まない。
余程当たり所が悪くなければ一発で撃破される事は無いだろうが、一発一発が機体を抉るには十分すぎる代物、それが弾幕となって襲ってくればまず助かるまい。
「狙撃で対処できないんですか?」
「無理だ、要塞の防壁が邪魔で狙撃ポイントが限定される上に、相手の射程も狙撃ライフルと大差無い。要塞のレーダー網と合わされば狙撃をする前に此方が蜂の巣だ、あの辺りには隠れる場所も無いからな」
「ではどうしろと?」
正面から戦うなど、無謀の極みである事は間違いない。
いくら俺が弾丸斬りの特技があるにしても、弾幕相手では意味が無い。
「陽動で気を引いて、その隙に少数の精鋭部隊で一気に敵ガナードを叩く」
「素晴らしく簡単そうですね、その陽動はどうするんですか?」
「イーリスD型に、C型用の長距離ライフルを持たせて遠距離から牽制する」
最新主力機であるイーリスは、装備換装でA~Dの4タイプに機種を変更する事が出来る。
汎用装備がA、近接格闘装備がB、砲撃支援型がC、そして今回用いるD型は本来補給支援用だ。
しかしD型のコンセプトは、大推力ブースターを用いて中継基地と前線を高速で行き来し、物資の運搬を行う事である。
しばしその大推力ブースターゆえに、今回の様に本来とは異なる用途で用いられる事がある。
確かに機体のハードポイントに何も付けなければ、D型は全型中最高の機動力を発揮するだろう。
「しかし、いくらD型の推力と言えど、弾幕を捌ききるには相当技量が必要では?」
「当然陽動部隊にも本隊と同程度の練度は必要だろう」
「そんな技量の人間、この基地には居ないでしょうに」
自分で言うのもなんだが、この基地内で最も技量のあるパイロットは俺とヴィネットである。
他の連中は通常の戦闘でも流れ弾に被弾する事がしょっちゅうで、とても弾幕を捌ける技量など無い。
「そんな事は無い、私が居る」
「少佐が?馬鹿な、基地司令の癖に前線に出るんですか?」
「シオン君とセオルング少尉の戦力は貴重だ、恐らく短時間で制圧するには君たち二人に要塞攻略を任せねばならない」
「寄りにも寄って、囮役を引き受けると?」
「そうだ。まぁ詳細は追って伝えるから、今日は一先ず休むと良い」
「わかりました、ヴィネットにもこの事は伝えておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「では」
俺は少佐のオフィスを出た後も、少佐の決定が腑に落ちなかった。
確かに、基地内の戦力を鑑みればこの決定は妥当だろう。
だがそれはあくまで、少佐が基地司令でなければの話だ。
万が一にも基地司令が撃破される事があれば、一体どうするつもりなのだろうか。
少佐の腕を疑っている訳ではない、俺は少佐の腕を知っているし、信頼もしている。
だが、今回ばかりはどんなエースパイロットでも安全とは言いがたい。
俺は自分の役目の重要さを自覚せざるを得なかった。
「おかえり、シオン」
部屋に戻ると、ヴィネットが出迎えた。
わざわざ俺の帰りを待っていたのだろうか?
「ヴィネット?戻ってから何もしてないのか?」
「ちょっとシオンに訊きたい事があってね。ここじゃ何だし、飯でも食べながらどうかなって」
普段明るいヴィネットが、珍しく真剣な表情なので、何か重要なことなのだろう。
俺には特に断る理由も無かった。
「まぁ、良いだろう」
「そいつは良かった。それじゃ、行こうか」
適当に荷物を置いて俺とヴィネットは自室を後にした。
基地の食堂は居住区と基地内部の丁度中間に位置し、どちらからでも簡単にアクセスできる様になっている。
小規模な基地とはいえ、非番の人間も利用するここは、ピーク時にはかなりの人数で埋め尽くされる。
幸いにして、俺とヴィネットは帰還が遅かったのと、俺が少佐と話していた事があり、ピークタイムから大きく外れていた。
「それで?」
俺は自分の分のトレーを机に置き、ヴィネットが席に着いたのを確認してから訊ねた。
「要塞攻略をするらしいね」
思わず耳を疑った。
先程少佐と話したばかりの話題について、なぜヴィネットが知っているのか。
「何処でそれを?」
「噂だよ、俺たちが出てる間に本部から指令が出たってね」
噂なら納得だ。
大方少佐の周囲の人間が漏らしたのが広まったのだろう。
「その反応、噂は本当なんだね」
「ああ、本当さ。さっき少佐とその事で話した」
「なんだって?」
「その攻略作戦の要は俺とお前だ、俺とお前で敵の主力を討つ。陽動を少佐一人が引き受けている間に…な」
「少佐が囮?」
「あの要塞には…、厄介な敵が居るらしい、その対処法はそれしかないと。詳しくは少佐が発表するだろうが」
「ふう…そいつは参ったな」
俺と同じ感想をヴィネットも抱いた様だ。
当然といえば当然だ、正常な人間なら司令官が自ら囮を引き受けるなど、容認するはずが無い。
「って事は、俺とシオンは死地へと赴く事になる訳だね」
「そうなるだろうな」
「この際だ、ずっと前から何度も訊いて来たけど、シオンが何の為にあそこまで戦うのか、教えてくれないか?」
「またか?何故そんなに知りたがる」
こいつとは士官学校時代からの知り合いだが、当時から俺が軍に入った理由を知りたがっている。
何度も俺ははぐらかして来たが、未だに諦めていないらしい。
「いいだろう?デカイ戦いの前、相棒の事を深く理解して何か問題が?」
「……解った。お前のしつこさには負けたよ。この調子じゃ死んでも訊かれそうだ」
「死んだら流石に諦めるさ」
「俺が戦うのは、復讐するためだよ」
これだけで満足するとは思わないが、大まかにだけ答えた。
「復讐?誰に?」
案の定食いついて来たので、俺はもう半ば諦めて続きを話した。
「俺の故郷を襲った奴さ」
「襲った?帝国軍か?」
「そうだろうな」
それから俺は、今までの経緯を全てヴィネットに聞かせた。
ヴィネットは最初こそ相槌を返していたものの、途中から無言で聞き入るのみだった。
「聞いて楽しい話じゃなかっただろ?」
「いや、少なくとも、今まで以上にシオンがどういう人間か理解できたよ」
「なら解るだろ?俺には愛国心は無い、俺が戦うのは戦場で奴と相対するためだ」
「でも、今回の作戦も本気で戦うんだろう?」
「当然だ。俺が死んだら誰が復讐を遂げるんだ?俺は生きる、復讐を果たすその時まで」
「まるで…鬼神だね…」
「ああ…、そうだな」
鬼神。
ヴィネットの揶揄は恐ろしく的を射ていると言えるだろう。
もはや俺は普通の人間ではない。
大切な人すら守る事ができなかった、そんな無力な俺が、今日まで生きている。
俺は普通の人間のように幸せを享受する資格など無い。
この命は、ただ復讐の為だけにあるのだ。
その為なら、どんな危険な戦場すら生還してみせる。
俺は決意を新たに、後日の作戦へ備える事にした。