第一話 血塗られた日
「現在も続いているグレイン帝国との戦争ですが、ついに国境を越え、我が国の領土内へと主戦場が移動した模様です。これについて軍務省は『現状では押されているが、間もなく配備される新型ガナードにより、戦場は帝国領土内に移動するだろう』とコメントしており――」
ふと、誰かの足音が聞こえた気がした瞬間、鈍い音と共に背中に物凄い痛みが走った。
「イタっ!」
携帯端末でニュースを眺めながら歩いていたが、背中を叩かれ慌てて振り返る。
「おはようシオン!何か面白いニュースでもあった?」
そこに居たのはセシルだった。
快活な性格の彼女は日頃一緒に居る俺から見ても可愛く、実際男子からの人気は高い。
しかしいささか荒っぽく、今も声をかけるだけで良い所を、わざわざ思いっきり背中を叩く有様だ。
「お前なぁ、なんでもっと普通に挨拶できないんだ?全力で背中を叩く必要ないだろ?」
「あはは、ごめーん。歩いてたらシオンが見えたから一緒に行こうと思って!」
「一緒に行くのは良い、だから次からはもう少し優しく声をかけてくれ」
俺とセシルの家は近く、よくこうして一緒に登校する事がある。その所為で時々夫婦などと茶化される事はあるが、別に付き合っている訳ではない。
「それで?どんなニュースだったの?」
「どうして俺がニュースを見てたのを知ってるんだ?」
「だって、シオンってばいつも朝は歩きながらニュース見てるでしょ?」
確かに事実だ。
朝の時間が無い中で、移動時間中に端末でニュースを見るのが一番効率的だと思っている俺は毎日歩きながらニュースをチェックしている。
「戦争に関する内容だった、ついに戦場が王国内に移ったらしい」
「そうなんだ…、いつかなるとは思ってたけど、いざ自分の国で戦争が起きてると思うと怖いね」
「でもこの街から国境へは遠いからな、きっと大丈夫さ」
「そう……、そうだよね!」
「それより、ニュースで言ってた新型のガナードってどんな機体なんだろう、気になるなぁ」
ガナードと言うのは帝国が開発した人型兵器の事で、従来の戦車や戦闘機を上回る戦力を発揮する、いわば新時代の兵器だ。
ガナードの有用性は帝国が隣国を次々に併合している事からも明らかで、それに対応するべく俺の故国、ラシェード王国でも急遽開発が開始されたが、性能は明らかに帝国製に劣り、その性能差がそのまま戦況に現れている。
「さっすがガナード部の部長ね、戦争より新型機の方が気になるなんて」
「部長って言ったって、まともな部員三人しか居ないけどな」
ガナード部とは、俺とセシルの通う学校の部活の一つだ。
GT…ガナード・トーナメントと呼ばれる競技用ガナード同士の対戦競技が有り、ガナード部はこれに参加する為の部活だ。
このGTは、国が手っ取り早くガナードの技術を洗練する為に生み出した物で、元々はメーカー同士の戦いだったのだが、パイロットの素養がある者を見極める為に、と一般の団体も参加できる様になった経歴がある。
この様な経歴からか俺らの学校におけるGTの人気は低く、部員は俺を含めて五人(うち二人は名前だけ)、ガナードも三機しかなく、しかもどの機体も旧式で、本気で上を目指すのは現環境では無理だろう。
そんな状況なので、GTにおけるランク(1~5まである)、通称トーナメントランク(TR)も、去年ようやく4に昇格した所だ。
「兵器に乗って戦うなんてとんでもない!って人ばかりだもんね」
「それに俺達弱いからなぁ、もっと強ければ人気が出るんだろうけど」
事実、昨日行われたTR4昇格初の大会も俺以外の二人は初戦敗退、俺自身も準決勝でストレート負けを喫し、とても残念な結果に終わった。
「そんな事ないよ、シオンは凄いと思うよ?旧式機で2大会連続優勝するんだから。昨日だって準決勝まで進んでたし、噂ではシオンのファンクラブが有るとかって噂だよ?」
ファンクラブが有るなんてのは初耳だが、言われてみれば確かに昨日は珍しく応援が多かった気がする、それに何故か女子ばかりだった。あながち本当なのかもしれない。
「そうは言っても、あれは最低ランクの大会なんだから、そんな凄い事でもないだろ。それにファンクラブとか言われてもなぁ」
「もう、シオンったら欲張りなんだから!ファンが居るなんて凄い事なんだし、もっと喜ぶべきだと思うよ?」
などと言われた所で、そもそも他人に称賛される為にやっている訳ではないし、わずかに関心する程度だ。
「愛妻の言うとおりだぞ、シオン」
「ん?」
声の方に目線をやると、悪友のアベルがにこやかにこちらを見ていた。
こいつとはいつも学校近辺でこうして会うのだが、話し込みすぎて大分歩いた事に気づかなかった様だ。
しかし、そんなアベルが今浮かべている笑顔が気に入らない、人をいじる時のとても嫌な笑顔だ。
「アベル、何度も言っているがセシルは――」
「アベル君!付き合ってないっていっつも言ってるでしょ!」
とてもいい音を立てセシルの足がアベルの股間に入った。
グッジョブ、セシル。
そしてざまみろアベル。
「あ、朝の軽いジョークじゃないか……」
股間を押さえながらうずくまるアベルが、今にも死にそうなほどか細い声でセシルに抗議するが、今回はセシルの乱暴さを咎める気は一切ない。
「乙女の純情を踏みにじるからよ!」
そんな乱暴な乙女は居ない、と喉まで出かかった所で何とか堪えた。
ふと周りを見ると、股間を押さえてその場にしゃがみこんだアベルを見て、何事かと他の生徒達が注目していた。
「アベル」
俺はアベルの肩に真顔で手を乗せ、アベルが苦悶の表情の浮かぶ顔で俺を見つめたのを確認した後――。
「頑張れ!学校までもう少しだ!とにかくそれまで堪えるんだ!」
周りの生徒たちにも聞こえるような声、しかしあからさまな大声ではない声量で言い放つ。
すると集まっていた生徒達がクスクスと笑いながら、バラバラと学校へと向かい始めた。
「なっ!おまっ!」
そのままの格好で周囲の反応を見てから再び俺を見たアベルに対し、生徒達が解散したのを見届けてから、先ほどアベルがした様な悪い笑みを浮かべてやった。
「さ、行くぞセシル」
「そうね、遅刻しちゃ困るしね」
「ちょっ!待て!待ってくれ!」
悲痛な叫びを上げるアベルを無視し、俺とセシルは迷わず学校へと歩いて行った。
「おいシオン!今朝はあんまりじゃないか」
放課後、学校内のハンガーにてガナードの調整をしていた所に、アベルがやってきて早々文句を言い始める。
「お前が下らない事を言うからだ、お前の所為で夫婦なんて言われる羽目になったんだぞ」
「実際夫婦みたいなもんだろー」
「全然違う、まず付き合ってない」
そう言い放って俺はガナードのコックピット内に入り、調整を再開した。
「まったく、いい加減付き合えばいいのに、お互い好きなんだろ?」
「機体を動かす、そこに居ると危険だぞ」
「んなら中に入って話せばいいだろ?」
図々しくも当然の如くコクピットに乗り込むアベルに、最早呆れて追い出す気にもなれなかった。
「まったく……、調整の邪魔はするなよ?これから練習場で調整後のテストと微調整するから、少し激しく動くぞ」
「え?マジ?少し加減してくれよ、この体勢結構辛いんだよ」
「そんなのは知らない、お前が勝手に乗りこんだんだろ」
機体をゆっくり歩かせ、ハンガーの外に出る。
とても奇妙な事に、練習場の観客席には何人かの女子生徒の姿が見えた。
「おいアベル、お前何をしたんだ」
「何もしてねぇよ、あれだろ?噂のお前のファン」
「今朝セシルもそんな事言ってたな」
昨日の試合といい、この観客といい、最早ファンクラブの存在は紛れもない事実のようだ。
「どうしたシオン、嬉しいのか?」
「いや、どうせなら入部してくれれば良いのに、そうしたら一緒に活動できるし、
彼女達も嬉しいんじゃないのか?」
「解ってないな、お前さんは。恥ずかしくてそんな事できないんだよ、彼女達は」
「そういうもんか」
正直、俺には彼女達の気持はさっぱり解らない。
憧れの人が居るなら近くに行きたいし、丁度所属する部が人材不足なら、近づくチャンスと思って俺なら迷わず入部するが。
「さて、そろそろ本当にテストを始めるけど、観客席に降ろしてやろうか?」
「うーん、可愛い娘がいっぱい居てそれも嬉しいけど、彼女達はお前のファンだからなぁ。見向きされない所か、相乗りしてたなんてばれたら何されるか解らん」
「じゃぁ降ろさなくて良いんだな?」
「あぁ、こっちに居た方が安全だろ、たぶん」
「後悔するなよ」
一言だけ言ってから、俺はブースターを最大限に使い、機体を前方へと急発進させた。
向かいの壁に到達する寸前で急旋回、今度はジグザグに移動しながらハンガーの前へと戻る。
「お、お前!俺を殺す気か!なんだよ今の無茶苦茶な機動は!」
「ブースターのテストと、回避動作のテストだ、調整は上手く行ったみたいだ。次はカカシ相手に攻撃動作のテストだ、しっかり掴まって歯を食いしばっとけよ」
「ちょっ!ダメ!死ぬ!」
騒ぐアベルを無視して、練習場に常設されている仮想敵(通称カカシ)に向けて、先ほどのジグザグ機動で素早く近づく。
移動のスピードを殺さずに、この機体のメイン武装である、大型ブレードですれ違い様に薙ぎ払う。
薙ぎ払いの後、ブースターも駆使して後方に大きく跳躍する。
空中でサブ武器の投擲用ナイフを左腕でカカシに投げつけ、やや離れた位置に着地する。
着地と同時に、ナイフは見事カカシのコックピットに見立てた位置に命中した。
命中を確認した後、カカシを中心に円を描くように移動しながら、この機体の貴重な射撃武器、100mmライフルでカカシの頭部を狙い撃つ。
照準がずれていて一度目は外れたが、続く二発目でしっかり頭部に当て、そこで一旦機体を止めた。
「おいアベル、生きてるか?」
「何とか……」
「ファンの皆が拍手してるよ、良かったなアベル」
「あれはお前に拍手してるんだろ」
「テストはこんな感じで終わりだ、模擬戦じゃなくて良かったな、模擬戦だったら本当に死んでたかもな」
「もう二度とガナードには乗らない…」
「無断で乗り込むからだ、一旦ハンガーに戻って再調整する。次は模擬戦だからな、降りないと知らないからな」
「ちゃんと降りるって、もう懲り懲りだよ」
俺は他の部員に連絡を取りながらハンガーに機体を戻し、機体の再調整を始めた。アベルはというと機体がハンガーに入り、ハッチが開いた瞬間飛び降りて帰って行った。
「部長!お待たせ!」
「おう、来たなヨシアキ、昨日はお疲れ」
彼の名はヨシアキ、珍しい名前だが、なんでも旧世界の時代に存在した、ある国では普通のネーミングらしい。
彼の一族は代々その一風変わった名前を付ける風習が有ると語っていた。
「もう少しで作業が終わる、悪いんだがそれまで待ってくれるか?」
「いいよ、丁度僕も機体をチェックしたいしね」
そう言ってヨシアキは、ハンガー内の丁度真向かいある自分の機体へ向かって行った。
彼も昨日の大会には出たので、恐らくその関係で機体を調べたいのだろう。
アイツは初戦で敗退したが、あまりにも圧倒的な戦闘を強いられ、大きな破損が出る前に決着を着けられたので、機体は無事だろうが。
そんな事を考えている内に機体の再調整は終わり、工具の片付けも終わった。
「おーい、ヨシアキ!こっちは終わったけど、そっちはどうだ?」
「丁度こっちも終わったよ!」
「よーし、それじゃ始めるぞ!」
ヨシアキが頷いてコックピットに入ったのを見て、俺もコックピットに乗り込みハッチを閉める。
「部長、そっちの機体の調子はどう?」
機体の起動が終わって、メインモニターに周囲の景色が映った所で、ヨシアキから通信が入った。
「問題無いぞ、そっちは?」
「こっちも問題ないよ。良かったよ、壊れてなくて」
「そうだな、模擬戦で壊さないようにしないとな」
苦笑いするヨシアキを尻目に、再び機体をハンガーから隣接する練習場へと移動させる。
今度は俺の後ろにヨシアキの機体が連なり、二機揃って練習場入りした。
「うわ、さっきより増えてる」
「うわー、凄いね!あれ全部部長のファンでしょ?」
「あそこまでの人数だと、本当に俺一人のファンか怪しくなるな」
もう夕暮れ時だと言うのに、女子生徒の数はさっきの倍以上だ。
彼女達にとって俺たちの練習の何が面白いのか、さっぱり理解できないが。
「まぁ良い、いくらボロ設備でも客席は安全だから気にしないで始めよう」
「部長ってクールだよねぇ、挨拶くらいしてあげたら?手を振るとかさ」
「んー、それもそうだな…」
しばし考え、機体の外部スピーカーで女子生徒に挨拶する事にした。
「えーっと、どうもガナード部部長のシオンです。これから模擬戦をするので、良かったらそのまま見て行って下さい」
「いやいや、そうじゃないっしょ……」
モニターの右端の通信相手を表示している枠の中で、ヨシアキがやれやれと言ったジェスチャーをする。
「じゃぁ、どう言えって言うんだ?」
「ったく、しょうがないなぁ。これだから戦い一筋の朴念仁は……、ここは僕に任せておきなって」
そういうとヨシアキは俺の機体の前に出て、ガナードの手を振りながら外部スピー
カーで女子生徒に語り始めた。
「こんにちは女子生徒の皆!君達は噂のシオンファンクラブの会員かな?」
なんだそのシオンファンクラブは、と言おうとした所で客席の女子生徒が一斉に勿論と叫び始めた。
あまりの状況に俺はどう反応すれば良いのかさっぱりわからない。
だがそんな俺を気にする事も無くヨシアキは続けた。
「成程、それじゃあこれからシオン部長と模擬戦するんだけど、それが終わったらシオン部長との握手会!なんてやっちゃおうかな?」
「「「キャァー!」」」
ヨシアキの爆弾発言と、圧倒的すぎる女子生徒のパワーに気圧され、開いた口が塞がらない。
「という訳で、シオン部長もそれで良いかな?」
寄りにも寄って、外部スピーカーを使ってそう質問したヨシアキには、多少の悪意を感じずにはいられない。
「ま、まぁ……そういう事なら…仕方がないな…」
またも客席が湧く、あまりの状況に目眩すら感じて来た。
これじゃまるで見世物だ。
「それじゃ模擬戦始めようか、部長?」
今度は通信で話しかけてきたヨシアキに、俺は静かに問い返した。
「ヨシアキ、お前は俺に恨みでもあるのか?」
「いやだなぁ、折角部長にファンクラブが出来たんだから、楽しんでもらいたいだけだよ僕は」
「…………」
その発言の真意は不明だが、考えても仕方がないので今は模擬戦に集中する事にした。
「もう良い、始めよう」
「りょーかいりょーかい」
俺とヨシアキはそれぞれ所定の位置に向かい、向かい合う形で一度止まった。
「では、時計が17時23分になったら始めよう」
「おっけー」
30秒程で時計は23分になった、その瞬間お互いに動き出す。
「大会では部長の方が好成績だったけど、部長の戦い方なら僕にも読めるよ!」
開始後真っ先に突っ込んだ俺とは反対に、ヨシアキは機体を後退させ、ライフルで動きを牽制して来た。
だが、こうなる事は安易に予想出来た。
「それは読めてるんじゃなくて、覚えてるだけだろ?」
俺は先程アベルを殺しかけた回避機動に切り替え、ヨシアキとの距離を縮める。
マシンガンならともかく、単発のライフルなら高速のジグザグ機動で容易に避けれる、それが特に狙いもせず放たれた弾なら尚の事だ。
「嘘!大会まではこんなっ!」
「お前の悪い癖はそれだ、データを集めるのは良い、だが頼りすぎる」
俺は大型ブレードを抜き放ち、すれ違う勢いに乗せてブレードを振り抜いた。
「くっ!」
ヨシアキは何とかシールドでその攻撃を凌いだが、勢いは殺しきれず機体のバランスは大きく崩れた。
「だから予想外の事態に対処できずに負ける」
俺は振り抜いた勢いを利用し、定点ターンの要領で機体を急旋回させる。
その急旋回のついでに機体の腕でヨシアキの機体を掴み、バランスの崩れたヨシアキの機体を、旋回で発生したモーメントエネルギーを使って地面へと引き倒す。
俺の機体の進行方向と同じ方向に傾いていたヨシアキの機体は、あっけない程簡単に地面に倒れた。
「まずは一勝だな」
引き倒したヨシアキの機体に、ブレードを突き付けて静止する。
「あはは、流石部長。うわっ、開始から1分も経ってないよ」
「前から何度も言ってるだろう?その場で動きを読むのと、相手の動きを覚えるのでは全然違うって。次はデータに頼らず、自分の読みだけで立ち回ってみろよ」
「くそー、次こそは一矢報いるぞ、ファンの前で恥かかせてやる。そうしてあわよくば俺にもファンが……そうなったら……」
妄想を垂れ流し始めたヨシアキを無視して、俺は機体を再び所定の位置へと戻した。
それに遅れてヨシアキも、ブツブツと妄想を垂れ流し続けつつもスタートポジションに機体を戻した。
「次はヨシアキの好きなタイミングで初めて良いぞ」
「なんだって!くそー、手抜きかよ!」
毒づいたヨシアキはライフルを構え、俺の機体に狙いを定め出した。
「いくよ!」
ヨシアキは合図と共にまずは一発、俺の機体の頭部に向けてライフルを撃った。
しかし機体を僅かに横に移動させ、弾を紙一重で避けた後、またヨシアキの機体に向けて全速力で突撃する。
「また同じ手か!今度こそ勝たせて貰うよ部長!」
ヨシアキも同じく、機体を後方に移動させながら、今度はしっかり狙いを定めたライフルで攻撃してきた。
そこでまたしても先程と同じく回避機動で弾をしっかり避けつつ、距離を詰める。が、そこでヨシアキも前へと突っ込んできた。
「成程、射撃は止めて接近戦か」
「接近戦なら回避機動も意味無いからね!」
ヨシアキが近接戦に切り替えた事で、お互いブレードを振りかぶった状態で突撃する形になった。
「これでどうだ!」
気合と共に、すれ違う寸前にヨシアキの機体がブレードを振り抜いた
「残念」
速度はそのまま、俺は交錯する寸前で機体を跳躍させ、まるで高跳びの様にヨシアキのブレードを避ける。
「嘘!飛んだっ?」
ヨシアキの機体を飛び越え着地し、着地した姿勢のまま振り向かずに、後ろ手でライフルを3発、無造作に連射する。
「おっと、危ない!でも狙ってない弾なんか当らないよ!」
バックモニターでヨシアキが弾を避けたのを確認し、ヨシアキがこっちに突っ込んでくるのをそのままの姿勢で待つ。
「どうした部長!着地の衝撃で機体が壊れちゃったのかい?」
「残念だな、俺の機体はそんなヤワじゃないんだ」
その言葉と同時に、俺は機体の向きはそのまま、全速で後退させ、そのままヨシアキの機体とすれ違う。
「やばっ!後ろを取られた!」
「これで二勝目だな」
「甘いよ部長!」
俺はそのままヨシアキの機体に向けてライフルを撃つ。
後方から飛んでくる弾をヨシアキは読んでいたのか、振り向きながら構えたシールドで弾を防いだ。
「なんだ、やればできるじゃないか」
「へへ、今度はそう簡単にはやられないよ。それに制動の瞬間を狙えばシールドを持ってない部長の機体はどうもできないよね?」
その言葉通り、制動の瞬間に100mmのライフル弾が飛んできた。
だが100mmもの大口径弾を、剣で切り払うなど造作も無い事だ。
「俺がシールドを装備しないのは必要が無いからだ、お前も知ってるだろ?」
「うわぁ、出たよ離れ業、昨日のミサイルの三枚卸しといい。いくら100ミリだからって、普通あの速度で飛ぶ弾斬る?」
思いがけず披露した弾のスライスショーに、客席は興奮しているようだ。
墓穴を掘った感は否めないが、模擬戦とはいえ手を抜く気はない。
「さて、そろそろ終わりにしよう。これ以上客席を盛り上げたくはないからな」
俺はブレードを腰に戻し、変りに投擲用ナイフを右手に持たせた。
左手にはライフルを握ったままだ。
俺は右手のナイフをヨシアキの機体へ向けて真っ直ぐ投げる。
即座に左手はさり気無くライフルを構える、ヨシアキが回避するであろう右側に向けて。
「投げナイフかー、カッコいいけどそう簡単には当らないよね」
ライフルで狙われている事に気づかず、悠々とナイフを避けるヨシアキ。
避ける方向は予想通り右。
勿論射線に入った瞬間トリガーを引き、ナイフを避けてドヤ顔のヨシアキの機体へと弾は吸い込まれていく。
「え?弾?ちょっ!」
狙い通り、弾はヨシアキの機体のコックピットへとヒット、大会規定でコックピットへの弾の直撃は即敗北だ。
「くそー!また負けた!」
「まぁ、さっきよりは全然良かったよ」
「残念だなー、勝ちたかったなぁ」
「もっと腕を磨くんだな」
そう言って、大歓声の中ハンガーに戻ろうとした時、ヨシアキの機体が俺の機体の肩を掴んだ。
「どうした?」
「部長?何か忘れてないかな?」
刹那、勝利の高揚感と共に、全身の血の気が引いた。
「疲れた……」
「あはははっ!それじゃファンクラブの噂って本当だったんだぁ!」
「笑い事じゃない。人数が多過ぎて全然終わらないんだぞ、あんな戦慄を覚えた事はGTでも無いぞ」
あの後、あろう事か2時間にも及ぶ握手会が催され、俺はファンを名乗る女子生徒に揉みくちゃにされ、大変の二文字では済まされない惨事だった。
それを聞いたアベルは今にも泣きそうな顔で走り去ってしまったが。
その後俺は家の近くにある公園でセシルを見つけ、こうして話をしながら帰路に付いている訳だ。
「はー、本当に困ったもんだなぁ」
「それは贅沢な悩みだと思うよ?世の中モテたくてもモテない男の子だって居るんだから」
「そういう奴に全部押しつけてやりたいよ、このままじゃ俺の身が持たない」
俺は袖をまくって、腕に付いた痣をセシルに見せた。
「うわぁ、酷い痣だね、ガナードで暴れすぎたんじゃないの?」
「ちがう、ファンを名乗る女子生徒にやられたんだ、握手会後半に一人の女子生徒が抱きついたのが発端で、一気に女子生徒が群がってきたんだ」
あの様子は旧世界のゾンビ映画の様ですらあった。
女性恐怖症になったらどうしてくれるんだろうか、ヨシアキは。
「それは流石に羨ましく無い…かな?」
「だろう?んじゃ、また明日な。ほんとに今日は疲れたよ」
いつの間にか家の前について居たので、切りの良い所で別れを告げた。
「あっ、もう家の前についてたのね」
「ああ、もともと大した距離じゃなかったしな」
「んー、今日は久しぶりにシオンの家でご飯作ってあげようか?」
両親が忙しく、一年の殆どを一人で過ごす俺に、昔はよくセシルが飯を作りに来てくれた事もあった。
しかし年齢と反比例するようにその機会は少なくなっていき、いつ頃からかそんな事はなくなっていた。
年頃の男女が、親の居ない家に二人きりという状況が、年齢と共に耐えられなくなったのかも知れない。
あるいは、周りの人間に変な噂をされるのが嫌だったのか(これに関しては既に手遅れだが)。
俺にも解らないし、それを気にした事も無かったが、いざセシルが家に来ると言い出した瞬間、言い様の無い気恥しさが浮かんできた。
「はぁ?良いよ別に、お前の家で親が飯作って待ってんだろ?」
気恥しさから、つい突き放すような言い方をしてしまったが、セシルは気にしていない様だ。
「平気だよ、今日は私の親も帰って来ないから。それに、シオン疲れてるでしょ?疲れが取れそうな料理作ってあげるから!」
この幼馴染が、こんな風に一度決定した物を覆すのは、並大抵の努力では叶わない。
尻に敷かれていると言われる由縁だが、何年も一緒に居るといちいち抗うのも面倒になる物だ。
俺は渋々了承し、とりあえずは有り難い幼馴染の厚意に甘える事にした。
「ただいまー」
しかし帰って来る言葉は無い。
「ま、当然だよな」
俺の独り言に後ろのセシルがくすりと笑った。
「なんだよ?」
「いつもシオンってこんな事してるの?」
「まぁな、無言で入るのも寂しいし、たまーに親が帰ってたりするからな」
なるほど、と頷くセシルを伴い、俺は居間へと歩を進めた。
「家の中は覚えてるよな?キッチンとか変わってないと思うし、好きに使っていいぞ」
「うん、わかった」
「俺はちょっと着替えてくるけど、お前は着替えなくて良いのか?」
「あ、そうだった。ちょっと一旦帰って着替えてくるね!」
すっかり忘れていた様で、セシルは苦笑いしながら出て行った。
「そそっかしい奴だ…」
思わず独り言をこぼしながら自室へと向かった。
手早く着替えを済ませた俺は、気が付けばベッドに横になっていた。
思えば、セシルとの付き合いも大分長い物で、今年で大体七年くらいだろうか。
父親の仕事の都合でこの街に引っ越して以来の付き合いだ。
「七年、かぁ……」
当時の俺は、折角友人を作ってもすぐ別れてしまうのが悲しくて、友人は作らないよう、他人と会話をする事が殆ど無くなっていた。
転校生という肩書に惹かれ、大勢の人間が俺に詰め寄ったが、沈黙で返す俺に皆すぐに飽き、誰もが俺の事など気にしなくなっていった中、セシルだけが積極的に俺と関わろうとした。
「ねぇ?なんでみんなの事無視してるの?」
何度目かすら忘れたセシルの問いに、ついに俺の我慢が限界を迎え、つい口を開いてしまった。
「どうせまた転校して、二度と会えなくなるんだ。なら友達なんて最初から居ない方が良い」
「そんな事ないよ」
俺は言葉を失った。
その一言を告げたセシルの顔が、これまでの人生で見た事無いほど真剣そのものだったからだ。
「さっ、行こ?」
次の瞬間には笑顔に戻ったセシルに腕を掴まれ、強引に外へと引っ張り出され、その様子を見たクラスメイトがクスクスと笑っていたのを今でも覚えている。
そしてその後、俺はアベル達と知り合い、徐々に意地を張るのが馬鹿らしくなり、普通に皆と接する様になったのだ。
思えば、あいつには世話になってばかりなのかも知れない。
それこそ、どうしたら借りを返せるのか解らないほどに。
いつの間にか寝ていた様で、端末の着信音で目が覚めた。
「懐かしい夢だったな」
一人暮らしで半ば癖と化している独り言を呟きながら、端末を見る、実にどうでも良い内容のメールだった。
ついでに時刻を確認すると、どうやら1時間ほど寝てしまっていたようだ。
セシルは一人で料理中だろうか?
気になって一階に下りてみるが、誰も居なかった。
「戻ってないのか?」
料理をしていた形跡もないし、あれからセシルは一度も家に来ていない様だ。
一体どうしたのか気になった俺はセシルの家まで行ってみる事にした、セシルの家はすぐ近所なので、さして時間はかからない。
「家にも居ないのか」
到着したセシルの家は、明かりが一切点いていなかった。
とりあえずノックしてみようかとドアの前まで行った所で、ドアに張り紙がある事に気付いた。
「研究所に行くので出かけます、約束守れなくてごめんね…って、こんな所に貼らんでも端末で言えばいいのに」
何故こんな所に貼ったのか見当はつかないが、恐らく何か意図があった訳でもないのだろう。
俺は端末で、セシルに向けて「いいよ、またな」とだけ送った――のだが、送れなかった。
「は?送信エラー?」
よく見ると、端末の電波状態を示すゲージが圏外を示している。
「なんで圏外なんだ?」
試しにあちこち移動してみるが、端末の表示は圏外のままだった。
「なる程、これで書置きだったのか」
俺はセシルの手紙の裏に、メールと同じ文面を書き写し、ポストに突っ込んだ。
端末の謎について思案しながら家に戻ろうとしたその時、空に幾筋もの光が伸びている事に気付いた。
「なんだ?」
気になった俺は、端末の望遠モードを起動してその光の筋を見てみた。
光の正体は俺にとっては慣れ親しんだ存在のガナードだった。
基地もあるこの地では、ガナードが空を飛んでいる事は稀であるにしろ不自然では無い。
無いのだが、その機体の形状に引っ掛かりを覚え、注意深く観察してみた。
その機体の肩に、獅子に跨る騎士の紋章を見つけ、俺は目を疑った。
「なっ、そんな!あの紋章……帝国軍じゃないか!」
俺の叫びと同時に、街中にサイレンが鳴り響いた。
「緊急のお知らせです、現在我が街上空にて帝国軍機が飛行中です、軍が対応中ですが、市民の皆さんは安全のため、学園へ避難してください」
各所にあるスピーカーから避難勧告が繰り返し流れ、俺も学園へと急いで向かう事にした。
「クソッ、端末が通じなかったのは帝国軍のジャミングだったのか。セシルは無事なのか…」
一度だけ振り返り、無人のセシルの家をしばし見つめ、俺は学園へと走り出した。
「セシルが居ない!?あいつ、まさかまだ研究所に!」
俺が学園に着いた時には既に帝国軍と防衛隊は交戦開始し、基地周辺は火の手が上がっていた。
そんな中、住民の避難を担当している軍人にセシルについて訊いてみた所、まだここには居ないと帰ってきた。
セシルが居るであろう研究所は、現在帝国軍が目指している基地の隣だ。守備隊の旗色は悪く、このまま放っておけばセシルは助からないだろう。
そう考えた時、一つの決意が心に生まれた。
――俺がガナードで、セシルを助けに行く。
幸い、今居るのは学園で、ガナードのあるハンガーは目と鼻の先。
あの旧式の機体で勝てるとは思わないが、回避に徹すれば何とかなるだろう。
善は急げとハンガーへ向けて俺は走り出した。
「君!どこに行くんだね!」
軍人の一人に腕を掴まれ、強引に止められる。
「ハンガーだよ、友人を助けるためにはガナードが必要なんだ」
「ガナードって言ってもあれは競技用だろう?君まで死んでしまうぞ!」
「構わない、あいつを見殺しにするくらいなら死んだ方がマシだ!あいつは俺の恩人なんだ!」
俺の剣幕に押されたのか、軍人はひとしきり黙考し、神妙な面持ちで口を開いた。
「君、名前は?」
「シオン・フォンスバーグ」
「フォンスバーグ…まさか君のお父さんはジョシュア大佐?」
「そうだけど?」
軍人は無線でひとしきり何かを話した後、俺に向き直った。
「君の為に一機だけ、イーリスを手配した。その機体と君なら、何とかなるだろう」
軍人の発言があまりにも突飛で、呆気にとられてしまった。
「イーリスって新型機じゃ…」
「ああそうだ、私の機体なんだが、生憎腕を怪我していて乗れないんだ。本来なら私が出て何とかしてやりたい所だが…、君に危険を押し付ける様ですまない」
「いえ、それよりなんで、俺にそんな尽力してくれるんですか?」
機体到着を待つ間、未だに不明な軍人の意図を尋ねてみた。
「君のお父さんはかつて戦場で私の命を救ってくれたんだ。だから君の恩人を助けたい気持はよく解る、私だって君のお父さんがピンチなら駆けつけるさ、例え止められてもね」
いくら恩人の息子でも、実力も知らない相手に貸し出すなど、お人好しにも程がある。
父親に助けられたというのだけが理由とは、到底思えなかった。
そんな俺の心の内を見透かしたかの様に、目の前の軍人は話を続けた。
「それに、君の実力はGTで見た事があるんだ。卒業後に軍にスカウトするかどうかって話が出てた程だよ」
発足の経歴からスカウトされる事があるのは知っていたが、まさか自分がその対象だった事に驚きを隠せなかった。
「でも、そんな成績良くないですよ?」
「成績は飾りさ、君の機体の基本性能はGTに出てる中で最低だ、そんな機体であれだけ戦えるんだ、その腕前は評価に値する」
今朝、セシルも同じような事を言っていた。
俺は自分の力を過小評価しすぎなのだろうか。
ならば、今は自信を持とう。
俺は必ずセシルを助けられると。
「ほら、来たようだぞ」
顔を上げると、確かにこっちに接近するトラックが一台、荷台にはガナードが横たわっている。
「あ、軍人さん、名前を伺っても良いですか」
コックピットに乗る寸前で、名を聞いていなかった事を思い出した。
「ん?ああ、名乗って無かったね。ショーン・マクゲイル、階級は少佐だ」
「ありがとう少佐さん、戻ったら必ずお礼はします」
「礼は要らない、ただ生きて戻ると約束してくれれば良いさ。グッドラック、シオン」
「はい、行ってきます」
その言葉を最後に、俺は機体のコックピットに乗り込み、機体を起動する。
「内装は…やっぱ大分違うな。でも主要な部分は変わってない…当たり前か」
俺は機体をゆっくり起き上がらせ、いつもの様に計器類をチェックする。
流石軍の物だけあって手入れが行き届いており、あっちこっちジャンクパーツな俺たちの機体とは大違いだった。
「待ってろよ、セシル!」
俺はブースターを起動し、一直線に基地周辺……つまり戦場へと向かった。
基地に近づくにつれ、あちこちで発生している火災により周囲が明るくなっていくのが解る。
その様相は、もはや戦場ではなく、地獄と呼んだ方が良いかも知れない。
「あー、聞こえるかシオン君、聞こえたら返事をしてくれ」
その時突然通信が入った、声の主は先程まで話していたこの機体の持ち主、ショーン少佐だ。
「少佐さん?どうしたんですか?」
「流石に君を一人で戦場に放り出すなんて酷な真似は出来ないんでね、ここからサポートさせて貰うよ。機体の状態やカメラの映像はこっちでもモニターしているから、君は普通に戦ってくれ、逐次必要だと思ったら助言をする」
「ありがたい、流石に初の実戦なんで少し緊張――敵かっ!」
レーダーには敵の反応を示す赤い点が現れていた。数は一機なので、テストをするには丁度良いだろう。
「ふむ、エンプナーか、イーリスの敵ではないし、テストと思っていろいろ試してみると良い。勿論実戦だと言う事を忘れるな、あんま下手な事やると死に繋がるぞ」
「確かに、機体を試すには丁度良い相手ですね」
いつも大会でやる様に、間合いを詰めるため高速で相手に接近する。
当然相手はプロ、一瞬で対応し、マシンガンで弾幕を張る。
これは流石に回避不可能だ、普段の機体であればだが。
この機体、格闘戦向けに換装してあるらしく、ブースターの出力が尋常ではない。その強力なブースターで、強引に機体の進路を左に九十度曲げる。
機体を蜂の巣にするのに十二分な量の弾丸は、さっきまで機体のあったであろう空間を通り過ぎ、はるか後方へと飛んでいく。
流れ弾が避難所に当らなければいいが。
「ほほうやるな、あの弾幕を避けきるとは、やはり私の目は間違いじゃ無かった様だな」
「まだ気は抜けませんよ、懐に入れてないし、どうやら次はミサイルをご馳走してくれるらしいですから」
脚のミサイルポッドからミサイルが放たれ、こちらへ猛スピードで飛来する。
だがミサイル斬りならかつて幾度もやった。
普段の機体とは比べ物にならない運動性能のこの機体で、ミサイルの一発や二発が斬れない筈は無かった。
俺は居合の要領で腰からブレードを抜き放ち、そのままミサイルを二発まとめて斬り捨てた。
「凄いな、噂には聞いていたが、ミサイル斬りの瞬間を見れるとはな」
通信でいちいち少佐の感嘆の声が入るが、この人は存外にお喋りなのかも知れない。
「少佐、お喋りする為に通信してきたんですか?喋ってないでサポートしてくださいよ」
「おやおや、民間人に上官みたいな事を言われてしまったな。そうだな、しっかり火器も使ったらどうだ?体勢を崩させれば接近も容易だろ」
「なるほど、それでこの機体はショットガン持ってるんですか」
「いや、それは私の趣味かな」
「……」
とにかく、ショットガンであれば、手軽に弾幕を張る事が出来、足止めとしては十分だ。
現在の相対距離を確認し、ショットガンの有効射程内である事を確認した上で、俺は敵機へ向けて発砲した。
思った通り、敵は着弾を避けるべく、横方向へと移動する。
その瞬間、俺は思いっきり距離を詰める。
それに気づいた敵はマシンガンで応戦を試みるが、俺はその全てを避けきり、お返しにともう一発ショットガンを撃った。
流石に不利な体勢で避ける事は難しかったのか、敵機は左半身に直撃を受け、左腕を中心に一部機能不全に陥った様だ。
シールドを構える事すらできない敵機に、俺は一切の慈悲もくれずに右手のブレードで追撃を加え、コックピット諸共真っ二つに斬り捨てた。
残骸は強かに地面に叩き付けられた後、推進剤に引火したのか大爆発を引き起こした。
「素晴らしい!初陣で一発も貰う事無く敵機を撃墜するとはな、これなら友人の救出も余裕だろう」
だが倒したとはいえ素直には喜べない、些か時間を使いすぎてしまった。
俺はセシルのもとへ急ぐ為に研究所に向けて再発進。
「少佐、研究所周辺の状況は解ります?」
「ちょっと待ってくれ……。む、まずいな、敵に囲まれている」
やはり、時間を使いすぎたか。
「すぐに向かわないと!敵の数は!?」
「四機だな、いや待て…更に一機増えた。これは……研究所内からの反応だと!?」
「中から?一体どうなってるんだ」
そう話しつつも、機体は全速力で研究所に向けて飛行中だ。
そろそろ肉眼でも研究所周辺の様子が見える位置に着いたようで、囲まれている様子がよく解った。
「囲んでる四機は見えますが、どこもおかしな様子は見えませんけど?」
そう告げた瞬間、研究所の壁が爆ぜ、煙の中から一機のガナードの影が現れた。
「なっ……研究所が……」
「まさか、工作員でも潜入して居たのか?あれは研究所に秘匿されていた機体だぞ」
だがおかしな事に、その煙から出てきた深紅の機体は、味方と思われるエンプナー四機を瞬く間に破壊した。
「あいつ!一瞬で四機も!」
「パイロットは帝国人じゃないのか?何にしても気をつけろシオン君」
体勢を整え、慎重に研究所へ近づく。
外壁が大きく抉られて居るとはいえ、まだセシルが死んだと決まった訳じゃない、研究所はその特性上、地下にシェルターがあり、セシルもそこにいる可能性の方が高い。
「あいつ、一体どうしたんだ?」
目の前の機体はというと、先ほどから一切微動だにしない。
俺は機体を地上におろし、一歩ずつ慎重にその機体へ近づいて行く。
だが何歩目が進んだ所で、急に目の前の機体が動きだし、こっちへ向かって来た。
「くっ!見境なしか!」
「シオン君一旦引くんだ!そいつは君の勝てる相手じゃない!」
ここまで手放しで俺の実力に感嘆していた少佐の、俺では勝てないと言う言葉に、この機体の危険さを感じたが、ここで引く訳にもいかなかった。
ここで引けば、まだ生きているであろうセシルは、この危険な機体の傍に残される事になる、それでは俺がここに来た意味がない。
「俺は引けない、引く訳にはいかない」
「やめろ!その機体は圧倒的過ぎるんだ!」
少佐の言葉を肯定するかのようにその機体は唐突に接近してきた、今まで見た事も無いスピードで。
普段なら俺が自ら飛び込むような超至近距離に、赤い機体が居た。
「ッ!」
反射的にブレードで斬りつけるも、紙一重で避けられ、反撃に強烈なパンチを受ける。
「ぐはぁっ!」
機体は後方に吹っ飛び、俺は痛みに悶えながらもサブモニターに映る機体の状態をチェックする。
たった一撃で、そこは右腕部への深刻なダメージと、ブースターの一部破損を告げるメッセージで埋め尽くされた。
「右腕が無くとも!」
俺は左腕でショットガンを発砲する。
またしても敵機は、先ほどの様に紙一重ではないにしろ回避して見せた。
だがその回避直後に見せた一瞬の制動による隙を、俺は見逃さなかった。
残った全てのブースターで突撃し、敵機へ体当たりを敢行。
流石に二連続で回避は出来なかったのか、その体当たりは見事命中。
壊れた右腕を叩き付けられ、体勢を崩した敵機に、ショットガンを投げ捨てた左腕でブレードによる斬撃を加える。
今度は見事に当たり、敵の左腕の肘から先を斬り飛ばす事に成功した。
しかし調子に乗るなとばかりに、強引に右腕で引き剥がされ、そのまま機体を地面に叩き付けられた。
衝撃で通信機が壊れたのか、いつからか少佐の声は届かない。
それどころか、二度の叩き付けにより、俺の体と機体は随分とダメージを溜めてしまっていた。
「だが……まだ諦める訳には!」
残った力を振り絞り、機体を立ち上がらせようとするも、それを嘲笑うかのような追撃を浴び、ついに機体は動かなくなってしまった。
「冗談だろ…、こんな所で死ねるかよ!セシルだってまだ助けてないのに!」
次の瞬間、強い衝撃と共にコックピットの正面が割れ、俺はその破片を右目に受けてしまった。
「ぐあああああああああっ!!」
未だ味わった事のない苦痛で、今にも意識が飛びそうだった。
何とか痛みに耐え、残った左目だけでコックピットに開いた穴から外を見つめる。
ぼやけていく視界に映ったのは、飛び去って行く深紅の機体だけだった。