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セイクリッド・エンブレム  作者: 長坂 オウ
プロローグ
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序章 記憶2

 ――“ホーウェル陥落”後、しばらく経ってエイルの訃報(ふほう)は届いた。

彼は最前線で活躍していたが、獣魔の奇襲を受けて撤退を余儀(よぎ)なくされた。しかし、追い詰められた彼は自ら(おとり)となり、部下の兵士達を逃がしたのだという。獣王国軍が撤退した後、彼を捜索したものの、その遺体すら見付からなかったらしい。

 その事実を知り、ラウルは落ち込んだ。しかし、涙は流れなかった。どうしてもエイルが死んだとは思えなかったのだ。


「……兄上は約束して下さった。“必ず帰って来る”と」


 自分の部屋で、独りで窓の外を眺めながらラウルは呟いた。外には城の門が見える。今にもその門を抜けて、笑顔で手を振りながらエイルが帰って来そうな――そんな気がしていた。

 直後、部屋の扉をノックする音が響いた。


「――ラウル様。いらっしゃいますか? 私です」

「セヴァンかい? どうしたの?」


 扉を開くと、そこには三十代半ばの黒髪の男が立っていた。

 近衛騎士(このえきし)のセヴァンだった。ラウルが物心つく前から彼に(つか)えている侍従(じじゅう)だ。


「お客様でございますぞ。ラウル様」

「お客様?」


 セヴァンの姿しか見えず、ラウルは首をかしげる。すると、セヴァンの背後から女の子がひょっこりと顔をのぞかせた。


「ラウル様! わたくしです!」

「フィリー! びっくりした。驚かせないでよ……」


 現れた女の子は(つや)やかな桃色の長い髪を揺らして微笑む。彼女はフィリー。ラウルとは同い年の少女で親しい友人だ。


「うふふ。突然ごめんなさい。でも元気そうで良かったですわ。ラウル様」

「フィリー。僕の様子を見に来てくれたの?」


 フィリーは寂しそうな顔になって続ける。


「……エイル様のことは聞きました。領民の皆さんが(なげ)いています。わたくしだって……」

「ありがとう……フィリー。

 でも、大丈夫だよ。父上は無事だったし、僕も悲しんでばかりじゃいられないからね。兄上の分まで頑張らないと……」

「……ラウル様。わたくしもそう思って決めたことがあるんです。今日はそれをお伝えに来ました」

「……え?」

「わたくし、“光の聖者(せいじゃ)”様のお手伝いをする為に神官になろうと思っています」

「光の聖者……様?」


 首をかしげるラウルにセヴァンが説明する。


「セイクリッド・エンブレムを扱える唯一無二の存在であるお方が、そう呼ばれているようです」

「今、その光の聖者様に仕える神官を募集していて、わたくしにも素質があると認められました」

「凄いじゃないか。フィリー!」


 ラウルは自分のことのように喜ぶが、フィリーは何故か浮かない様子。


「……?

 どうかしたのかい?」

「あの……、神官になる為には数年間の修行が必要なので、カンティオを離れなければならないんです」

「そうか。それを伝えに来たんだね……」


 ラウルも寂しげな表情になる。兄を失い、フィリーもまた旅立つ。周囲の環境が変わっていく……。


「――戦争は何もかも変えていくね。僕も、変わらないと……」

「ラウル様……」


 辛そうなラウルを見て言葉を失うフィリー。そんな彼女に気付いたのかラウルはすぐに笑顔を見せて言う。


「フィリー。寂しくなるけど、僕は君を応援するよ!」

「ありがとうございます。ラウル様」


 ニコリと微笑むフィリー。

 そして、フィリーはカンティオから旅立っていった。ラウルとはいつか再会の時が来る、その日までのしばしの別れだった……。





 ――そして、それから六年の月日が流れた。


【人帝国暦一九九九年・アズメル街道】


 人帝国最東の街、アズメルに向かう馬車の中――。


「……ラウル様……ラウル様!」

「……っ!!」


 呼び声にラウルはハッと目を覚ます。彼は兄のように髪を長く伸ばし、兄と同じ年頃に成長していた。


「……セヴァン。ごめん、居眠りをしてしまったみたいだ……」


 四十を越えたセヴァンは、やや白髪が目立ち始めた黒髪で口には髭を生やしている。今でもラウルの近衛を続けていた。


「無理もありませんな。カンティオ領は人帝国の西側にございますので、大陸を縦断するここまでの長旅で疲れが出てしまわれたのでしょう。

 もう(じき)にアズメルに到着致しますので、そこでよくお休みになられて下さい」

「ありがとう。一段落ついたらそうさせてもらうよ」

「しかし、何やらうなされていたようですが、怖い夢でもご覧になられましたか?」

「……え。あ、ううん。大丈夫。

 少し、昔の思い出を、ね……」

「ラウル様……」


 ぎこちなく微笑むラウルを見て、察しがついたセヴァンが彼に掛ける言葉を失った。

 馬車の中に広がっていく何処か重たい空気を払いのけるように、ラウルが窓の外を眺めて言う。


「――あ、セヴァン! 窓の外を見てよ! あれがアズメルの街かい?」


 窓の外に近付いて来る山の(ふもと)の家並み。一番奥にひときわ大きな白壁の建物が見える。


「ええ。一番奥に見える大きな建物が、これから私達が向かう“光の大神殿”です。

 アズメルの街の住人のほぼ全てが、その大神殿に仕える神官なのですよ」

「……光の大神殿。

 あそこに光の聖者様がいらして、セイクリッド・エンブレムも(まつ)られているんだね?」

「はい。そうであります」

「これで獣魔との戦いが終わるんだね……」

「ええ。人帝国軍の切り札であるあの兵器と光の聖者様を無事に帝都に送り届けることが出来たなら、獣魔共など敵ではございません」

「うん……。こんな戦争、早く終わらせないと……」


 その揺るがない決意を胸に、ラウルは尚も近付くアズメルの街と光の大神殿を見つめていた……。



 ――ラウルが光の聖者と出会い、セイクリッド・エンブレムに関わる時、それは、彼の運命を揺さぶる長く険しい旅の始まりだった……。

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