第八話 1
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フィリーが光の聖者の真の力を手に入れる為に必要な道具、“四魂の神器”の一つがある水の神殿を目指し、街道を北上するラウル達。
「地図によれば次の街に着いたら水の神殿は目と鼻の先だね」
「ただ、距離的に次の街には着けないから、今日は野宿になりそうね」
今も尚、街道を歩き続けながら話すラウル達。太陽は既に西に傾き始めていた。
「その街にはおじさんも行ったことがないから、リメンブランス・ワープも使えないしね」
記憶を元に転移する魔法リメンブランス・ワープ。便利な魔法だが、行ったことがなければ記憶も無いので使うことは出来ない。また、行ったことがあってもしっかりと覚えていないと使えない難しい魔法だ。
「便利なようで結構使えない魔法ね」
「記憶を頼りに効力を発揮するって、月光剣の《明鏡止水》に似てるね」
「《明鏡止水》って、斬りたいものだけ斬れるって技の?」
「そうだよ。“斬りたいもの”に指定出来るのは、僕が見たことがあって、記憶にあるものだけなんだよ。
例えば、ミカンの皮を残して中身だけ切るってことは出来ないだ。そのミカンの中身は剥いてみないとわからないでしょ?」
同じミカンは世界に二つとない訳で、剥いてみないと中身の形はわからない。形がわからないものは“斬りたいもの”には出来ないようだ。
「つまり、鎧の上から体だけを斬るってことは出来ないのか」
「うん。その人の裸を見たことない限りは、衣服の上から肌を傷付けることは出来ないよ」
「ちょっと待って。それじゃあ普通に剣で斬り付けるより弱くなってない?」
ミリアがつっこむ。それなら確かに普通に斬った方が早そうだ。
ラウルは苦笑いする。
「まあ、服を着ない魔物と戦うために作られた技らしいし、元々月光剣は殺傷目的の技は少ないんだよ」
《風籠》や《水月鏡花》も直接的に敵を倒す技ではない。月光剣の技の多くは味方を守る技が多いようだ。
「鎧すら斬ろうとする陽光剣とは、本当に真逆な性質ね……」
「ミリアちゃんにぴったりな魔法剣ね!」
「…………」
言わなくてもいいことを言ったデュランを睨むミリアだったが、何故か今回は無言のままだった。
「……あれ? どうしたの? なんで黙ってるの……?」
「いや、おっさんいつも胸をはだけているじゃない?」
デュランはいつも上着の胸元を大きくはだけ、肌を露出している。その胸元には銀色ペンダントがキラリと輝き、一度見たら印象に残るチャラチャラした格好だった。
すると、ミリアはいきなり笑い出す。
「つまり、ラウル。試し斬りし放題よ。今からどんなに隠しても手遅れよ! ざまぁ見なさい!」
「ハッ! しまったぁ!」
と頭を抱えるデュラン。勿論そんなことをするつもりのないラウルは呆れ顔になる。
「二人の漫才に僕を巻き込まないでよ……」
「漫才じゃないわよっ!
冗談はともかく、またいつ四天魔将に狙われるかわからないし、剣の稽古は怠れないわね」
「片方の女性が鳥の獣魔でしたわよね? 空を飛ばれたらすぐに見付かってしまうかも知れませんわね……」
「そうよ。空からじゃ手の打ちようがないし……
そういえば、“犬”の方がその鳥を“ミスティ”って呼んでた気がするわ」
「翼魔将の“ミスティスアロゥイン”かな?」
と呟くデュランに一瞬驚いたものの、ミリアは続ける。
「四天魔将の制服すら知ってたんだから、名前をフルネームで知ってても、もうあまり驚かないわよ……」
「ん? フルネームはさすがに知らないよ?」
と、首をかしげるデュランにミリアも首をかしげた。
「今言ったじゃない。ミスティ・スアロゥインって!」
「……ああ、違う違う。ミスティスアロゥインまで全部名前よ。苗字はもっと長いと思う。獣魔の名前はとても長いらしいから、大抵愛称で呼ばれてるね」
「僕の名前がラクシェン・ウルトで普段はラウルって呼ばれているのと同じかな?」
「そういうこと」
国も違えば文化も違う。それは当然のことだが、一般市民は当然、貴族でもほとんどが獣王国の文化をよく知らない。
敵国だから知らなくても――で切り捨てられているのが現状だ。
「犬の方は?」
「闘魔将“アゼルドウォンファート”だったかな?
二人共、一昨年に人帝国軍の新型の戦艦を数隻沈めてるね。その時、割りと二人の存在は有名になったと思ったけど、研究所の中だけだったのかな?」
「一昨年に海軍と獣魔で小競り合いがあったことは知ってるわ。だけど、詳しい内容は国民までは降りて来ないわよ」
あの二人が戦艦を沈めたと聞いて言葉を失うラウル。
「あの二人が……戦艦まで……」
「この前のあの二人からは想像出来ないよなぁ。
まあ、戦艦を沈められたのは奇襲されたからでしょ。まさかたった二人で戦艦を沈めに来るとは思わないし、先手を打たれて成す術もなかったと聞くよ」
しかし、アズメルでも同じ過ちを犯している人帝国にミリアは呆れ顔になる。
「獣魔のこと甘く見すぎてるんじゃないの? 相手は空を飛べるんだし、警戒は怠るべきじゃないでしょ?」
「長いこと獣王国側から攻め入られてないんだし、人帝国は“防衛”よりも“侵攻”に力を入れようとする傾向にあるからねぇ。付け入られる隙は多そうだけども」
今まで攻める一方だった人帝国。防戦の向きの武器も魔法も開発は盛んではなかった。ホーウェル陥落まではそれでも良かったのだが。
そこまで聞いてフィリーは不安そうに言う。
「獣王国は何故侵攻して来ないのでしょうか? ホーウェルの時のように一気に攻め込まれるということも有り得るでしょう?」
空も飛べ、魔法も強い。そんな獣魔が大群で押し寄せて来たら……。と不安になったようだ。
しかし、デュランはあまり問題には思っていないのか、軽い口調で答える。
「どうだろうね。空を飛べるのはごく一部の種族で大半は飛べない種族だろうし、他に海峡を渡る術は木製の帆船のみ。
一方、人帝国は大昔の魔動機を使ってる戦艦があるし、独自開発した水や風魔法で水や風を操り、帆船ですら自由に操れる。
元々海峡は海流が荒れるから、獣魔達の場合は海峡を渡るだけでも相当リスクがありそうだけどね。
そのリスクを冒してまでホーウェルを落としたんだろうけど、結果は敗退。ほら、ラウルも知ってた獣四天王。その四人はホーウェルにて全滅したんだよ」
獣四天王は四天魔将と呼ばれる前の獣王国の組織。ホーウェルを陥落させた四人の将軍であったが、セイクリッド・エンブレムの力により全滅していた。
「じゃあ、あの時に獣王国軍の戦力も大きく殺がれていたのか……」
「そうそう。だから今の獣王国軍は戦艦を沈めたりエンブレムを狙ったり、少数精鋭でチクチクと戦力を削ろうとするだけだろうね。
少数じゃ光魔法には対抗しきれないし、表立った行動はしないか、しても奇襲ばかりでしょ」
獣王国は兵士不足。更に多民族国家で民族間抗争など問題も抱えている。その為に軍の士気が不安定で人帝国に攻め入ることもままならない。そんな話は人帝国民にもよく知られているが、都合が悪いことは色々と隠蔽している人帝国が言うことであり、どこまでが真実なのかラウル達は疑問に感じ始めていた。
とはいえ、今のところ獣魔は少数精鋭で行動しているようで、兵士不足なのは事実のようだ。
「少数精鋭って言っても、その少数の強さが馬鹿げてるのよ」
「あの黒い鎧の獣魔とかね」
ラウルとミリアの会話を聞いて驚くデュラン。
「黒い鎧の獣魔って、まさか全身真っ黒の鎧を身に付けて顔すらわからない奴?」
「え? うん、アズメルを襲撃した獣魔だよ。
デュラン、知ってるの?」
デュランが黒騎士のことまで知っているとは思っていなかったラウルが驚きながら尋ね返した。
「いや、そいつって四天魔将の一人かも」
「え!?
……あ、いや、あの強さならそれでも納得だけど」
一度驚いたが、妙に納得するミリア。
「鎧魔将・黒騎士って呼ばれてるはずだ。
素性は全く不明。そういう奴がいるって噂があった程度で、今まで人帝国では表舞台には立っていなかったんだけど。そんなに強かったの?」
首をかしげるデュランにラウルは黒騎士の説明をする。
「強いも何も、光魔法が効かなくて……」
「光魔法が効かない!? そんな、馬鹿な! 理魔法で防がれたんじゃないの?」
「いいえ。理魔法を発動させたようには見えなかったわよ。間違いなく直撃してたわ」
「うーん……。獣魔に理魔法以外で光魔法を防ぐ術は無いはずだけどな……」
顎に手を当てて悩むデュラン。今まで飄々(ひょうひょう)としていたが、この話には態度を変えた。しかし、その事には誰も気付いていない。
「“四”天魔将ってことは、あと一人いるのよね?」
「…………」
四人いるはずの四天魔将。残り一人についてミリアがデュランに尋ねるが、気付かずに悩み続けるデュラン。
「おっさん! 話聞いてる!?」
「え。あ、残りの一人?」
「そうよ! いるなら絶対現れるでしょ? わたし達は会ったことないし、おっさん知らない?」
四人目の四天魔将に会ったことがないラウル達は興味を持ってデュランを見詰めるが、デュランは苦笑して答える。
「実は……おじさんも知らない。名前すらさっぱりよ」
「はぁ!? 他の三人は知っててなんで残りの一人は知らないのよ!」
「無茶言わないでよ! 噂すら聞かないんだから! これだけ知ってたら充分でしょ!」
ミリアに胸ぐらを掴まれて焦るデュラン。なんでもかんでも知っているようではないようだ。
「残りの一人は活動していないのかな。それとも……」
「四天魔将の三人がフィリーを狙って動いてるのよ? 動いてないって考える方がおかしいわね」
「まあ、用心するに越したことはないね。
この前の二人だって、こっちに光の魔法使いが二人もいるってわかった以上、次は面と向かって勝負だ! って突っ込んでくるとも思えないし……」
「次は不意を衝かれるかも知れないってことだね」
改めて緊張感を持つラウル達だったが、デュランだけは気楽に笑う。
「ま、敵さんもおじさん達がどこを目指してるかわからないだろうから、大丈夫大丈夫!」
「またおっさんは楽観的な……」
「ですが、あの黒い鎧の――黒騎士はあれから姿を見ませんわね」
「そうだよね。あれほど強ければ街の中でも襲ってくるんじゃないかって、ちょっと不安に思っていたんだけど……」
結局、アズメルで会った以降、黒騎士がラウル達の前に現れることはなかった。その理由も謎のままだった。
「まあ、とりあえず野宿の場所探さないと日が暮れちゃうよ?」
「さっきからおっさん、あんたねぇ……。こっちが真面目に話してるって時に……」
「用心は必要よ? でも悩んでも仕方ないことは必要ない心配でしょ? 杞憂って奴よ」
なははと笑いデュランは先に歩いて行く。いつもの調子で緊張感のない彼を見てミリアは頭を掻く。
「ったく、もう……。気が抜けるわねぇ……」
「デュランさんは、きっとわたくし達を不安にしないように気を遣って下さってるのですよ」
「……買い被り過ぎでしょ。それ」
フィリーにも呆れるミリアをよそに、ラウルはふと空を見上げた。
「このまま、何事もなく旅が続けばいいんだけどね……」
その願いは届かない確率の方が高そうだ。しかし、今だけは何事もなく、空には白い雲が流れている。
【セイクレア獣王国・王都セイクレア】
大きな羽根をはばたかせ、城の庭に降り立ったのはデューグに鷲君と呼ばれていた鷲翼人種の男だった。
「賢魔将に帰還しろと言われて帰還したが。一人で人帝国に残って何をするつもりだ? 賢魔将は……」
彼は人帝国に賢魔将――つまりデューグを送り届けて、その場で帰還命令を受けて獣王国に帰還したようだ。しかし、その理由は聞かされてはいない。
「元々何を考えているかわからない人だが、全く掴みどころのない人だ」
呆れ顔で自分の部屋に向けて歩き出した彼の耳に、カシャリカシャリと金属が擦れる音が届く。それは金属の鎧を着た者が歩く度に響く音。獣王国では聞き慣れない音だ。
「この音は……」
振り向けば、廊下の先からこちらに向かって来る者がいた。それは獣王国ではただ一人、鎧を身に付けた者。
「鎧魔将……黒騎士?」
少し驚いたように呟き、彼は壁ぎわに身を避けて黒騎士に道を開けた。




