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セイクリッド・エンブレム  作者: 長坂 オウ
第三話 闇は蠢いて
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第三話 5

16.2.18 本文修正

 アズメルの森で迷ってしまったラウル達。そこへ現れたのは魔物に追われている木こりらしき男。


「た、助けてくれ! か、数が多くてっ……」

「大丈夫です! 今助けます!」


 ラウルは木こりの男を(かば)うように立ち、ミリアは更にその前に立つ。


狼魔(ろうま)が……ざっと十体ってところかしら?」


 狼のような赤目の魔物を狼魔と呼ぶミリア。剣を片手に余裕そうである。


「よくいる魔物だけど数が多い。油断しちゃ駄目だよ」

「わかってるわよ。いくわよ!

 《灯火(イグニート)》!」


 ミリアの声に反応して剣に炎がまとう。その剣を片手に彼女は前方へ駆け出す。


「さあ! わたしが相手よ! かかって来なさいっ!」


 挑発するミリア。ほとんどの魔物は知能が低く、あまり深く考えずに孤立した標的を狙う。今回も例外ではなく、狼魔達は彼女の方へ。勿論、それが彼女の狙いだ。


「た、助かった……。まさか人に出会えるとは……」


 フィリーの側にへたりこみ、胸を撫で下ろす木こりの男。


「ミリアが敵の気を引いてる間にフィリーは魔法を。僕が援護するから!」

「はいっ!」


 ラウルに護られながらフィリーは直ぐに呪文詠唱を始める。


「《ソレハ荒レ狂ウ烈風(レップウ)、真空ノ旋渦(センカ)。大気ヲ震ワセ大地ヲ揺ラシ、彼ノ地ニ在リシ物ヲ呑ミ込メ》――」


 フィリーの足元に魔道陣が緑色に輝き、風が集まって来る。彼女が使おうとするのは風魔法だ。


「……旋渦? って! フィリー! まさか、それっ――」


 何故か慌てだすラウル。彼は風魔法に詳しくないが、似たような呪文の炎魔法を知っている。しかし、フィリーの魔法は完成してしまう。


「――ワール・ウインド!」


 フィリーの手から放たれた竜巻は、蛇のようにうねりながら前方へ向かい、魔物達を吹き飛ばしていく。

 ……同じく前方にいたミリアも巻き込んで。


「うきゃあぁっ!!」

「……あああ……」


 前方から響いた少し愉快な、と表現したら可哀想だが……、そんなミリアの悲鳴を聞いてラウルはガクッとうなだれた。


「――フィリー。ここは森の中で狭いから、“ワール”がつく無差別攻撃魔法は控えた方がいいと思うんだ。前にはミリアもいるんだし……」

「……え?」


 ラウルのアドバイスにフィリーは間の抜けた反応を見せた。

 ラウルが以前使ったワール・ブレイザーや、今回のワール・ウインドは無差別攻撃魔法。発動したら最後、敵も味方も関係なく攻撃してしまう。


「ご、ごめんなさい! わたくし、敵が多かったので、ついこの魔法を……」

「……まあ、確かに今のでほとんど吹き飛んだけど」

「――って、コラァーッ! いつまで呑気に解説してるのよっ! まずはわたしの心配をしなさいよっ!!」


 草むらに飛び込み、何とか避けることが出来たらしいミリアが、その草むらから飛び出して怒鳴っている。


「ごめーん! ミリア、大丈夫?」

「大丈夫だったら怒鳴ってなんかないわよっ!」

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」


 ペコペコ頭を下げながら謝るフィリー。


「この森を抜けたらフィリーの護衛のこの仕事、降ろさせてもらっていいかしら……?」


 頬をピクピク痙攣(けいれん)させながら、明らかに作り笑顔でそう言うミリア。


「だ、駄目だよ! ただでさえ人手不足なのに!」

「んなこと言われても、護衛してあげる人に殺されかけたら世話ないわよ! 森に迷ったことといい、今のことといい……」


 ミリアの堪忍袋の緒はスッパリと切れてしまった様子。


「ごめんなさい! わたくし、ちょっとドジで……」

「自分で言うなっ」

「でも、ドジなりに頑張りますからっ……」

「ドジなりにって――」


 更にツッコミしかけたミリアの背後から影が飛び出す。それは何処かに潜んでいたのか、生き残りの狼魔だった。


「ミリアさんっ!」

「――不意を衝こうが、魔物なんてわたしの敵じゃない……!

 《爆炎(エクスプロード)》!」


 ミリアは動じることなくそれに対応し、剣の炎を爆発させた。その一撃で狼魔は全滅した。


「だ、大丈夫、でしたね……」

「うん。やっぱり強いよ……。あの人……」


 見事な剣さばきに半ば唖然としたラウルとフィリーが呟いた。

 二人よりももっと唖然としていたのは木こりの男。ラウル達の会話の内容についていけずに黙っていた彼がようやく口を開いた。


「凄いな、あんた達。

 本当に助かった。ワシは水魔法が使えるんだが攻撃魔法が苦手でなぁ。一人じゃどうしようもなくて……」


 誰でも魔法が使えて当たり前のこの世界。しかし、戦闘訓練を受けていなければ、この木こりの男のように魔物相手でも(おく)れをとってしまうのが現実だ。


「いえ。間に合って良かったです。僕は何もしてないんですけどね」

「そうだ! あなた、見るからにこの森の木こりよね? だったら、森の出口までの行き方がわかるんじゃない?」


 ミリアはハッと気付いて木こりの男に問うと、彼はうなずいた。


「あ、ああ。そりゃあ、まあ……」

「お願い! 案内してっ!」


 と木こりの男に血走った目で見つめて、ひしとすがりつくミリア。

 あまりの必死さに彼は動揺しながらも再びうなずいた。


「お、おぅ。そりゃあ、勿論だ」

「やったーっ! これで死なないで済むわっ!

 あなたはまるで窮地(きゅうち)に舞い降りた神様仏様よ!」


 あまりの喜びに跳ね上がるミリア。直後、木こりの男が今更ながら気付く。


「あ! あんた、女だったのか!」

「……本物の神様仏様にしてもらいたいの? あんた……」


 いきなり魔物もビックリするような凶悪な顔に豹変し、ミリアが剣を木こりの男に向けた。


「ひぃっ!!」

「だ、駄目だよ! ミリア! 何やってるの!」


 ラウルがミリアを羽交い締めにして、その凶行を止めた。


「と、とにかく森の外まで案内すりゃいいんだな?」

「はい。お願いします。僕達、少し急いでるんですが、迷ってしまって……」

「この森は迷い易いからな。まあ、安心して付いて来てくれ。

 おっと、自己紹介がまだだったな。ワシはレングだ。察しの通り、この森の木こりだ」


 自己紹介されて、どう答えるか迷ったミリアはラウルにそっと耳打ちする。


「……二人の素性は隠した方がいいわよね?」

「……うん。そうだね……」


 今現在、新しい聖者が見付かったということしか(おおやけ)にはされていない。フィリーが光の聖者であることは隠すべきと判断したラウルはうなずいた。

 勿論、公爵家の者がこんな所にいるのも不自然なので、ラウルのことも伏せることにした。


「わたしは旅の傭兵のミリアよ。こっちは騎士のラウルと神官のフィリーよ」

「よろしくお願いします。レングさん」

「神官様? アズメルのか?」

「え、あ……はい。新人ですが」

「いけねぇ。アズメルに近付き過ぎたな……」


 何故か怯えたような反応を見せたレングにラウルが問い返す。


「近いとは思いますけど、何か?」

「……アズメルの神官様や騎士様を前にして文句は言えねぇです」


 畏縮(いしゅく)してしまったレングにフィリーは優しく言う。


「お気になさらないでお話し下さい。わたくし以外はアズメルの関係者ではありませんし、わたくしもあなたを(とが)められるような立場の者ではございません」


 そこまで言われてレングはようやく話し出す。


「なら言いますけど、無断でアズメルに近付こうものなら憲兵(けんぺい)に連行されて牢獄送りになっちまうんだ。

 木こりも近くの村人も誰もアズメルには近付かないし、関わらないようにしてるんだが、正直厳し過ぎておっかなくてよ……」

「(アズメルに光の聖者(フィリー)がいてエンブレムがあったからそこまで厳しくしたのか……)

 ――とにかく、僕達は巡礼に出掛けるところだったので、アズメルではない方へ行きたいので、安心して案内して下さい」

「はいよ。了解致しました」


 レングは明るく笑ってうなずいた。こうして、彼に案内されて森を抜けるべくラウル達は歩き出した。

 歩きながらレングがミリアを見て言う。


「しかし、まあ、あの剣術には驚いたな。剣が燃えるなんてよ」

「あら? “陽光剣(ようこうけん)”には詳しくないのね」

「わたくしも詳しくないのですが、よければお二人の“剣術”について教えて頂けませんか? 陽光とか、月光とか……わたくし、そういったことには疎くて。でも、魔法剣術には興味があるんですよ」

「そういえば、僕が“月光剣(げっこうけん)”を習得したのは、フィリーと別れた後だったね」


 そして、歩きながら陽光剣の説明を始めるミリア。


「わたしの剣術は陽光剣。炎と雷の力を操る魔法剣術よ。攻撃力重視の剣術ね。

 《灯火(イグニート)》という技を使えば剣に炎が宿って、《招雷(チャージ)》という技で雷が宿るの。

 その炎や雷は技を解くまでずっと宿り続けてくれるから、戦う時は役に立つと思うわ。剣を振るだけで鉄まで溶かして斬れちゃうんだから。

 ……ただ、炎と雷は同時に宿せないし、炎を宿らせている時は炎の技しか使えなくなっちゃうんだけどね」


 つまり、剣に炎を宿らせている時に雷の技を使うには、一度それを解いてから雷を宿し直した上で使えるようになるということだ。逆もまた(しか)り。


「僕が使う月光剣は、その真逆だね。水と風の魔法剣術で攻撃力は高くないけど素早くて、水と風の力を同時に使うことも出来るんだ。

 ただ、月光剣の水と風の力は、陽光剣の炎と雷の力のように剣に宿らせることが出来ないから、技を出している間しか魔法剣にはならないんだ」


 つまり、技を使っていない時は普通の剣術になってしまうということ。魔力が宿っていない分、特殊な能力も発揮されず、攻撃力も落ちてしまう。


「魔法剣は呪文詠唱もないんだな」

「そうね。剣に込められ魔力を使って放つものばかりだからね」

「生体魔力じゃなくて、剣の魔力と大気魔力が反応してるだけだからね」


 魔法剣を発動させることを本を読むことにたとえるなら、魔法を発動させるには、一度本をノートに書き写してから読んでいるようなもので、発動までの手間のかかり方は大きく差がある。


「それに何より、魔法剣は“人間の技術”だから“獣魔には使えない”んだ。専用の剣を鍛えないといけないから、その鍛冶(かじ)技術が獣王国に無いんだよ。

 だから、獣魔は魔法剣について詳しくないだろうし、獣魔と戦う時も有効だろうね」

「森に魔物が増えたなら、ワシもそういうのを覚えた方がいいのかねぇ」

「そりゃ、あんだけ魔物がわんさかいるこの森で木こりするなら必要なんじゃない? というか、単独行動は危険よ」


 と忠告するミリア。しかし、レングは首を横に振る。


「いやいや、普段はこの森で滅多に魔物に出くわすことはないんだ。だけど、今日はよく魔物を見たなぁ。

 今朝は“黒い鎧の騎士様”が“魔物に襲われてた”のを見たし……」

『……っ!?』


 レングの発言を聞き、ラウル達は息を飲んで驚いた。


「それは本当ですか!?」

「ああ。助けようと思ったが、あんた達みたいにあっさり魔物をやっつけて、さっさと何処かに行っちまったんだ」

「そ、そう。しばらくは森に入らない方がいいわよ……。レングさん」


 黒騎士について詳しくは語らずにミリアがレングに忠告した。


「いや、言われなくてもそうするよ。また魔物に襲われたくないしな。木こり仲間にも伝えるつもりさ」


 悲惨なアズメルの実状を知ることもなく、レングはそう言った。

 その後も歩き続け、ようやくラウル達の視界が開けた。鬱蒼とした木々はなくなり、広大な草原が広がっている。

 見れば空が白み出していた。夜明けが近いようだ。


「やっと森の外ね。やだ、空が明るくなり始めてるじゃない」

「すっかり朝だね。さすがに疲れたよ……」

「んじゃ、ワシは木こり小屋に仲間がいるからそっちに行く。村はここからもう少し北だ。気を付けてな!」

「本当にありがとうございました! あなたもお気を付けて!」


 レングと別れたラウル達。そして、村に向けて歩き出そうとするが、ミリアは立ち止まったまま動かない。


「――どうかした? ミリア」

「黒い鎧の騎士が魔物に襲われてたって、どういうことかなって思ってね……」

「ですよね。獣魔なら操れる魔物には襲われないはずですのに……」

「別人……ってことはないわよね。本当に訳がわからないわ。あいつ……」

「とにかく、今は北の村に向かおう。体を休めないとね」

「そうね。そうしましょう」


 こうしてラウル達は、ここから北にあるという村を目指して歩き出した……。




 ――迫る人帝国と獣王国の影……。

 それは静かに、音も無く。それぞれの信念を内に秘めて……。

【次回予告】


わたし達が到着した村は獣魔に襲われた過去があった。

獣魔は人間の平和を脅かす存在……わたしの家族だって……

そんな時、再び村に獣魔が現れた。獣魔はわたしが滅ぼしてみせる!!


次回、セイクリッド・エンブレム 第四話。

徘徊(はいかい)する獣』


何……こいつ、まるで魔物!? 理性の欠片もないじゃない!!!



【次回もお楽しみに】

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