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セイクリッド・エンブレム  作者: 長坂 オウ
第二話 黒騎士、襲来
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第二話 1

16.2.16 本文修正

 アグルスは宝珠の間にいた。騒ぎの中、聖者とエンブレムを捜してここまで来たのだ。


「エンブレムが無い……。あの娘が持っていったのか……勝手なことを。聖者の代わりはもっと捜せば見付かるが、エンブレムの代わりは無いというに……」


 拳を握り締め、怒りに震えるアグルス。そして、すぐに秘密の通路の入り口を開く。


「恐らくこの通路を使ったはず。なんとしてもエンブレムは守らねば……」

「何だ!? 貴様はっ……」


 ゴゴゴと壁が動き出した時、宝珠の間の入り口付近で見張っていたアグルス護衛の兵士が、そう声をあげた途中で胸から血飛沫(ちしぶき)を上げながら倒れる。


「がはっ……」

「おい!? どうし――っ!?」

「……何処だ……セイクリッド・エンブレムは……」


 兵士を斬った者が冷たく呟く。その者は全身黒い鎧で固め、頭には顔全体を被い隠す兜をかぶっていた。腰にはやはり黒い剣が携えられている。声色から男であろうが、中身は何者か全くわからない。

 相手の表情が見えないことが、こうも不気味さを感じさせるものか…。言い知れぬ恐怖にアグルスは声を震わせる。


「な……何者だっ! き、貴様っ!」

「邪魔者は……斬る」


 黒い鎧の男はアグルスに向かう。アグルスも剣を構えるが、ある程度接近したところで男の姿が消える。


「なっ……」


 気付けば男は自分の背後にいた。そして、自分の腹は大きく裂けていて――


「ば……馬鹿な……」

「…………」


 崩れゆくアグルスに対し、男は無言だった。


「黒……騎士……」


 自分を死に追いやる男を、そう表現してアグルスは事切れた。


「……セイクリッド・エンブレム……何処だ……」


 アグルスを気にも留めずに男、“黒騎士”は歩き出した。秘密の通路に向かって……。





【光の大神殿・裏門】


 魔物に襲撃された大神殿から脱出するべく、ラウル達は裏口の門まで辿り着いた。この先にあるというアズメルの森まで行けば、追っ手をまくことも可能らしい。

 門を抜ける為に駆けるラウル達。


「ねぇ、さっきの短縮発動って?」


 走っている途中、魔道に詳しくないのかミリアがラウルに尋ねた。先程ラウルは炎魔法で魔物を一掃したのだが、その魔法を短縮発動させたというのだ。


「ああ、魔法を発動させる為には呪文を唱える必要があるでしょ? その呪文を簡略、省略して唱えて、発動までの時間を短縮させる技術のことだよ」

「へぇ、やたら発動が早いと思ったけど、つまりさっきの魔法の呪文はもっと長いってこと?」

「そういうことだよ」

「ラウル様、本当に凄いですわ。わたくしには難しくて出来ないですし、そういう人の方が多いですもの」

「フィリーがカンティオにいない間に僕も頑張ったんだ。……苦労はしたけどね」


 ラウルはそう言って微笑む。

 短縮発動は呪文を省く代わりに多くの魔力を消費する。また、発動までの時間が短くなる為、発動に集中する時間も短くなるので不安定になりやすい。だから、全ての人が魔法を使えるこの世界においても、短縮発動は誰もが使えるという訳ではない。

 しかし、セヴァンは難しい顔で続ける。


「ですが、獣魔は“昇華発動(しょうかはつどう)”させてきます。魔法の撃ち合いになれば人間に勝ち目はございません」

「しょ……消化? 発動??

 発動が消えるってこと?」

「多分消化と思ってるんだろうけど、昇華だよミリア。

 呪文詠唱を全て省いて、いきなり魔法を発動させる技術のことで、魔力が高い獣魔にしかできないんだよ」

「……呪文無しで発動か。人間が一回魔法を使う間に何回も使われそうね」

「うん。一対一じゃ勝ち目は無いよ……残念だけどね……」

「それでもわたしは……獣魔を……」


 ミリアの表情が曇る。ラウルはそれを見逃さずに心配する。


「……ミリア。どうかしたの?」

「ううん。何でもないわ。わたしから聞いておいてなんだけど、今は急がないとね」

「そうだね。ごめん、急ごう!」


 しかし、何事もなくラウル達は門の間近に辿り着いた。


「何とか無事に脱出出来そうだね」

「そうね。さすがに秘密の通路は知らないだろうし、あの黒い鎧の奴も追い付けないでしょ」


 だが直後、後方に気配を感じたフィリーが表情を強張らせる。


「これは……魔力の流れ!?

 ラウル様っ!!」

「……スパーク・バレット……」


 後方に魔法発動の兆しを感じて叫ぶフィリー。それと同時に、突然放たれる電気の弾丸。それはラウルの背中に向かう。


「――えっ」

「危ない! ラウル様っ!!」


 不意を()かれたラウルを庇ったセヴァンがその弾丸に撃ち抜かれる。


「ぐああぁっ!」

「セ……セヴァンッ!!」


 ラウルの悲痛な叫びも虚しく倒れゆくセヴァン。そして、足を止めたラウル達の後方に姿を見せたのはアグルスを葬った黒騎士だった。


「……見付けたぞ、光の聖者。そして……セイクリッド・エンブレム……」

『っ!!』


 後方に現れた黒騎士の姿を見て、ラウル達は揃って息を呑む。


「黒い鎧の……、あいつが……」


 ただならぬ威圧感におされ、呆然とラウルが声を漏らした。


「あいつよ! あいつが騎竜隊を全滅させたのよ!」

「そんな……。外までもう少しなのに!」


 身構えるラウルとミリア。一方、フィリーは倒れたセヴァンのもとに。


「大丈夫ですか! セヴァンさん! 今、魔法で治療致しますから!」


 しかし、膝を突いたまま苦しそうにセヴァンは、ゆっくりと首を横に振る。


「……よろしいです。フィリー様……」

「ど、どうしてですか!? 酷い怪我(けが)ではありませんかっ!」

「……大丈夫です。それよりも……」


 セヴァンには一つの“懸念”があった。

 一方、フィリーとセヴァンを庇うように黒騎士の前に立つラウルとミリア。


「気を付けて。あいつ、強いわよ……」

「……うん」


 場の空気に緊張感が漂う中、先に動いたのは黒騎士だった。彼の足元にいきなり黄色く輝く魔道陣が敷かれた。


「……スパーク・バレット」


 黒騎士が発動させた電気の弾丸を撃つ“雷魔法(かみなりまほう)”。しかし、呪文詠唱がない。


「昇華発動!? やっぱり獣魔かっ!!」


 魔力に乏しい人間には不可能だとされている昇華発動。つまり、黒騎士は獣魔だ。

 後ろにフィリー達がいる以上、迫る電気の弾丸を避ける訳にはいかないラウルは剣を抜いて叫ぶ。


「風よ! 《風籠(ふうろう)》!」


 ラウルの剣に風がまとわり、それがドーム状に広がって電気の弾丸を弾いた。


「風の魔剣技(まけんぎ)……あなたは“月光剣(げっこうけん)”の使い手だったのね」

「話は後! 僕は炎魔法を使う! ミリアは何とか時間を稼いで!」

「わかってるわ!

 ……獣魔は許さない……」


 黒騎士が獣魔だとわかると、何故かミリアの目の色が変わった。

 ミリアは迷うことなく黒騎士に駆け寄る。


「《灯火(イグニート)》!

 許さない……獣魔は許さないっ!」


 炎をまとった剣で黒騎士を斬り付けるミリア。黒騎士は無言のまま自身も剣を抜いてそれを受け止める。


「獣魔は皆……“殺す”……

 《爆炎(エクスプロード)》っ!!」

「っ……」


 剣先の炎が轟音と共に爆発し、黒騎士の体を吹き飛ばす。

 戦況は意外にもミリアがおしていた。彼女の豹変に少し驚きながらもラウルは呪文詠唱を始めていた。


「《其ハ炎弾(エンダン)、彼ヲ焦ガセ》……

(金属の鎧を着ていても炎魔法は防ぎ切れないはずだ……)」


 炎魔法は人間相手でも役立つ魔法。その威力と熱を(もっ)てすれば頑丈な金属製の鎧だろうが、その上から攻撃が通る。“鎧の敵には炎魔法”……それが戦法の定石ともされている。それは、ミリアの炎の剣も同じだ。


「当てる……

 ファイアー・バレット!!」


 ラウルの手から炎の弾丸が放たれ、ミリアの攻撃を受けて体勢を崩した黒騎士に向かう。

 しかし、黒騎士はそれを避けようともせずに手を伸ばす。すると、今度は一瞬で青い魔道陣が描かれた。


「エクスティンギス・オーラ……」

『っ!!』


 黒騎士の手から展開した水の膜が、ラウルが放った炎の弾丸とミリアの剣の炎を消滅させた。

 何が起きたのかわかっていないラウルとミリアに、後ろからフィリーが叫ぶ。


「っ!?

 そ、それは炎魔法を無効化する“水魔法(みずまほう)”です! 炎の魔力は全て消されてしまいます!!」

「そ、そんな!!

 そんな魔法を昇華発動されたら太刀打ち出来ないじゃないか!」

「わたしの剣まで駄目なんて……」


 昇華発動された水魔法で一気に戦況は逆転する。

 ――そう、それがセヴァンの懸念だった。炎魔法は威力は高いが水魔法にすこぶる弱いという弱点があった。騎竜隊にも炎魔法使いは居たはず。なのに全滅されられた。つまりそれは敵が水魔法使いだったのでは……と。


「……やはり魔法を昇華発動させる獣魔相手では分が悪い。

 フィリー様! 私には構わず、“光魔法(ひかりまほう)”を使って下され……光の聖者のあなた様なら、容易(たやす)いことにございましょう。頼みます!」

「え……は、はい!」

「獣魔を倒すには……もう光魔法しかない……」


 光魔法には獣魔に対して特効(とっこう)がある。光魔法は獣魔に当たると威力がはね上がるのだ。その上昇率は数百倍。その為、木の塀すら壊せないほどの攻撃魔法でも、獣魔にとっては即死させる程の威力になる。

 セイクリッド・エンブレムもまた、そんな光魔法の魔力を持っている兵器ではあるが、今は使える状態ではない。希望はフィリーの光魔法に託された。

 フィリーは少しの動揺を見せつつも光魔法の呪文詠唱を始める。


「《ソレハ神ノ(ツルギ)白光(ハッコウ)ノ刃――」


 フィリーの周りに白い光の流れが生まれる。勿論、黒騎士には気付かれてしまうが――


「炎が駄目なら雷で攻めるまで! 《招雷(チャージ)》!!」


 ミリアの剣に今度は電気が帯び、その剣は水の膜を切り裂く。黒騎士はそれを受け止めるが――


「っ……」

「馬鹿ね! 感電するに決まってるでしょ!

 さあ、フィリー! 今よ!!」


 黒騎士を感電させたままミリアが叫ぶ。彼女のお陰で短縮発動が出来ないフィリーでも魔法を完成させる時間が生まれた。


「――天ヲ切リ裂キ大地ニ突キ立チ、其処(ソコ)()リシ愚カナル者ヲ滅セヨ》!」


 長い呪文詠唱を終えたフィリーの足元に展開する白く光る魔道陣。その中央に立つ彼女は天を指差して魔法発動を宣言する。


「ディバイン・ブレイド!!」


 空からフィリーの身丈(みたけ)の三倍はあろうかという大剣の形をした光の筋が飛来し、轟音を響かせて黒騎士の体を貫き、そして、強い閃光が彼を呑み込んでいった……。

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