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第1話 

 夕方、早瀬千鶴は、憂鬱そうに溜め息を漏らしながら、ある場所を目指して歩いていた。重い足取りだが、歩くたびに背中の辺りまでストレートに伸びた癖のない黒髪がふわふわと揺れている。美人だが、やや垂れ目で、薄い顔立ちをしていて、17歳とは思えない儚げで憂いを帯びた雰囲気を醸し出す千鶴は、近所では薄幸少女として有名である。

 隣を歩いているのは、千鶴の双子の弟の光輔である。少年にしては少々長いその黒髪は、まるで女性のように癖がなくサラサラで、か弱そうな細い体や中世的に整った顔立ちと相まって、少年は少女のように見える。

 2人は仲が良く、何をするにも一緒だった。光輔は、いつでも千鶴について来たし、千鶴も光輔をそばに置こうとした。周りの人間は、いつも気味悪がっていたが、2人は一緒にいる以外の生き方を知らないのだから、是非もない。

 「ねえ、お姉ちゃん…。やっぱり行くの…?」

 光輔は、オドオドと訊いた。見た目通り、声は高い。

 「うん、お姉ちゃんも行きたくないけど、しょうがないの」

 千鶴は、ため息をつきながら答えた。

 2人が、行こうとしているサーバーという施設は、今日の世界の主な資源となっているリヒトという物質を管理する役目を担っており、各施設に設置されている。このリヒトは、大気中に存在し、人間が吸収したものしか手に入れることができない。人間が大気中から吸収し、体内に溜め込んだそれを、サーバーに設置された専用の機械を使って抽出し、これを固形化して貯蔵し、いろいろな施設に出荷する。リヒトを吸収貯蔵できる人間をタンカーと呼ぶ。現在、世界中のタンカーとそうでない人間の割合は7:3くらいで、タンカー検査器という機械で判別できる。タンカーは、定期的にリヒトをサーバーに提供することが義務付けられるが、提供した量に応じて、報酬金がもらえる。

 早くに親を亡くし、大したアルバイトもできない学生の2人には、これが大切な収入源となっているのだ。

 そんな場所へ行くというのに、2人が及び腰になっているのは、昨夜テレビを見たせいだ。

 見ていたのは全世界に一斉放送された、昨今多発しているサーバー襲撃事件についての特番だった。全国各地のサーバーが最近連続して、とある集団に襲われているのだそうだ。その特集によると、どうやら犯人集団は、全員揃って黒い宇宙服のような恰好をしていて、夜な夜なサーバーに現れ、リヒトを奪い、その上サーバーを破壊して逃走するのだそうだ。一度目の襲撃を受け、警戒態勢を厳重になったが、それでも容易に侵入され、警備員達は、皆殺しにされたらしい。この国にもガードナーズという警察集団がいるが、彼らは犯人達を捕まえるどころか、捕捉することもできないらしい。

 そんなことを知ってしまったら、行く気がなくなるのは、当然である。今がまだ昼だとはいえ、不安はそう簡単に拭い去れるものではない。

 「でも、危ないよ。何があったらどうするのさ?」

 「それはそうだけど、もうお金がないもの。それにお姉ちゃんバイトで忙しいし、今日行かなかったら、どんどん行かなくなりそうじゃない?それで罰金なんてことになったら、もっと大変になることは、わかってるでしょう?」

 「それはそうだけど…」

 千鶴の言葉に、光輔は反論の言葉が浮かばない。

 光輔は、姉を行かせまいと説得しようとしたが、どうやら意志は固いらしい。

 「光ちゃんは帰りなさい。光ちゃんはサーバーに行っちゃ駄目だってお母さんが言ってたでしょう?」

 サーバーには、いつも千鶴だけで行く。光輔は行くことすら母親に禁じられている。

 「でも、どうしてかは言われてないよ。だから…どうしてもお姉ちゃんが行くって言うなら…今日は僕も行く」

 「光ちゃん…」

 「今日は引き下がらないよ。お姉ちゃん。僕はただ、お姉ちゃんが心配なだけなんだ。」

 「……分かったわ…。行きましょう。」

 2人の足取りは少しだけ軽くなった。






 郊外に広大な駐車場を持ち、多くの警備員に囲まれたサーバーは、街外れの郊外にあった。

 どうやらサーバー襲撃事件については、多くの人間が知っているらしい。

 警備員達は、千鶴をまるで勇者か何かのように見ていた。それらの視線を振り払うように、2人はそそくさと中に入った。

 警備員達の反応を見て思った通り、普段は賑わっているサーバーに、今日は人がいない。

 彼らも本当は、今すぐ家に帰りたいに違いない。2人いる受付嬢達もそうだろう。

 知っていれば、ここに来ようとは思うまい。

 千鶴達のように知っていてなおかつ来る義務もないのに来る者はいるまい。

 すぐに受付を済ませて、ロビーの椅子に腰かける。

 早く帰りたい、そう思いながら、呼ばれるのを待つ。

 椅子は40脚ほど配置されており、なかなか大きな空間である。

 「抽出番号1番の早瀬千鶴さん。アブソーブルーム3号室までお越しください」

 ほどなく千鶴は、受付嬢に呼ばれ、席を立った。

 「じゃあ行ってくるね、光ちゃん」

 「うん、早く戻ってきてね…」

 光輔は、頼りなさげに千鶴を見送った。

 1番ということは、今日一日で数えても、千鶴が記念すべき今日の、いや、あの特番放送以来、初めてのお客様ということだろう。やはり、皆が認知しているようだ。

 千鶴は、ロビーの右側にある階段を上って2階のドアに3号室と書かれた部屋に入った。薄暗い照明に照らされた、このアブソーブルームは、四角い人一人が入れる程度の広さの部屋で、その奥に直径13㎝ほどの穴が空いた装置がある。丁度大人が手を前に伸ばしたあたりだ。その穴の下に4つボタンがあって左からABC(強中弱)と書かれている。千鶴はCを押しそこに右腕を入れた。

 「抽出を開始します」

 装置が喋り、動き出す。穴が狭くなって、千鶴の腕を圧迫する。

 ふ~っと、何かが抜けていく感覚がする。虚脱感と微妙な爽快感が混ざり合ったような感覚だ。

 しかしその後、すぐに疲労感が襲ってきた。足がふらついた。

 ちなみにCを選んだのは、彼女のタンカーとしての質は決して良い方ではないからだ。

 この質というのは、一定時間のリヒトの吸収量と最大貯蔵量のことで、これも検査で判明する。千鶴は、そのどちらも良くない。

 抽出を終えると、千鶴は決まって体調を崩すのだが…やはりそうも言っていられない。

 「抽出の完了を確認。ありがとうございました。」

 1分ほど経って、また装置からアナウンスが流れた。

 千鶴は穴から腕を出し、部屋を出て、覚束ない足取りで受付に戻った。

 「1番の早瀬千鶴です…」

 千鶴が言うと、受付嬢は、ありがとうございますと言って、パソコンに何やら打ち込みだした。エンターキーを押すと、パソコンとプラグで繋がっていた機械のモニターに数字が移り、2つの口からお金と明細が出てきた。

 受付嬢はそれらを専用の封筒に入れた。

 「それでは、こちらが今回の報酬金になります。」

 受付嬢は、封筒を渡した。

 「ありがとうございます…」

 千鶴はそれを両手で受け取り、一礼して踵を返した。

 ロビーの中を今にも転びそうに歩いていく。

 光輔が千鶴に駆け寄ってきた。

 その時だった。

                  ダダダダダダダダ!!

 外で銃声が聞こえた。耳慣れないその音に振り向くと、あれほどいた警備員が全員斃れていた。そこには黒い宇宙服のような恰好をしていた。そう、テレビを見た、あのサーバー襲撃事件の犯人集団が立っていた。

 数は20人ほど、全員が返り血を浴び、銃で武装している。

 「全員手を上げてその場で膝をつけ!」

 1人が叫び、前にいる6人が銃を構えた。

 その場にいた、千鶴達を含めた4人全員が騒ぎ出した。

 声を上げたリーダーらしき男が、天井に向けて発砲する。

 その銃声に全員が、息を飲んだ。

 「もう一度言う。手を上げて膝をつけ」

 低い声で小さく言ったが、今度は従った。

 皆の恐怖は完全に臨界点を超え、思考が停止した。

 「よろしい。皆、そのままでいてもらおう」

 声を上げた男を含めた10名が奥へ向かって歩き出し、4名は、入り口に待機、残る6名の男達は、千鶴達を見張るために残った。

 千鶴達は受付の前に1か所に集められ、男達は囲むように円の体形を組み、銃を突きつけている。

 捕えられた受付嬢達は、ガクガクと震えていた。

 「お、お姉ちゃん…どうしよう…」

 「大丈夫よ、とにかく今は、言われた通りにしましょう…」






 

 千鶴は、自分の行動を後悔していた。

 ここに来たことに。光輔を連れてきたことに。

 もし、遠くのサーバーに行っていれば…もし、明日にしていたら…こんなことにはならなかったのに…。

 光輔もまた、後悔していた。

 泣きながら、力なく震えながら、何故、千鶴を止めなかったのかと。

 だが、それらはあまりにも遅すぎた。

 眼前には6丁もの銃。それらを持つのは人殺しまでやってのけた悪人共。

 あぁ、そうか。自分たちは死ぬのか。

 千鶴は、幾度かの後悔を終え、少女はそう諦観する。

 そこまで考えて、千鶴の瞳から、ようやく涙が流れた。







 どれ程経ったのだろうか。奥に行っていた男達が、ロビーに戻ってきた。階段側で止まっている。

 「いかがでしたか?」

 「上手くいった」

 リーダーが満足そうに言った。奥に行っていた男達は皆大きな袋を持っている。おそらくあの中にリヒトが入っているのだろう。 

 「さて、サーバーを破壊するついでに、君達には死んでもらう。目撃者に生きていてもらわれると後々が面倒なのでね」

 リーダーは冷酷に言い放ち、千鶴達を見張っていた5人は銃を構えた。

 改めて言われて、また恐怖が襲ってきたのだろう。

 受付嬢達は、再び錯乱し、千鶴達は身を寄せ合った。


 その時だった。


 

---------------------------------------ウイィ~ン---------------------------------


 自動扉の開く音がした。全員が一斉に入り口を見る。誰もいない。だが、待機していた4人が倒れている。

 男達は、いろいろな方向に銃口を振り回した。

 「だ、誰だ!どこにいるんだ!」

 男達は口々に言った。千鶴達も周囲を見回す。

 「ここだ!」

 声のした方向は、上だった。

 黒いスーツを着た青年が高速で浮遊していた。

 「撃て、撃て~!」

 全員が銃を撃ち始めた。が、青年は悉くそれを躱していく。

 「くそ!」

 弾が切れ、男達は、リロードをし始める。

 その隙に青年は階段の反対側、つまり、リーダーに正対するように降り立ち瞬く間に千鶴達を囲んでいた6人を倒した。

 男達は恐れおののいている。

 青年は、そのまま残党どもに襲いかかる。

 「ぐわっ!」

 「うっ!」

 鮮やかだった。流れるようなその動きには、まるで無駄がなかった。

 やがて全員を倒した青年はふう、と息を吐き、千鶴達に振り向いた。

 「怪我はないかい?」

 青年は優しく訊いた。

 

 

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