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境界  作者: 白烏
9/11

邂逅

 葛原家を辞して一旦事務所に戻った。

 罪悪感を持ち帰ってきたような変装を解き、いつもの冴えない格好に着替えて米谷に連絡をとる。麻衣の話だと今日で夏休みの集中講義は終わる筈だった。

 案の定、急いで授業から抜け出しているのか、相手が出るまで少しの間が空いた。

「もしもし?」

「白鳥です。君の探している―六月二十六日の女性の居場所が解った」

「本当ですか!」

 電話越しでも米谷の興奮しているのが解る。

「明日は日曜日だし、彼女が家にいる可能性は高いだろう。いなかったら、会えるまで何度でも訪問するだけだ。とりあえず、明日会いに行こうと思うのだが、君も来るか?」

「ええ、是非」

「……解った。そうだな、昼の十一時に待ち合わせよう。事務所で待ってるよ」

「本当に、有難うございます」

「ふふ、礼を言うのはまだ早い」

「明日も言います。では講義に戻るので、これで」

 待ち合わせを十一時にしたのに大した理由は無い。朝が苦手だという私の一方的な都合である。米谷の都合も彼の探し人――六月二十六日の女性――葛原真紀――の都合もあったものじゃない。

 それに今日の内に、調べておかなければならないこともある。

 肘掛椅子に身体を預けて目を瞑る。

 もう少しで解決するだろう。

 好奇心からこの依頼を受けたことを半ば後悔し始めていたが、米谷を真紀に会わすことができれば全て解決する。

 私の心中にあったのは、安堵以外の何物でもなかった。



 翌日、十時五十五分。

 英吉利イギリス製の呼び鈴が鳴った。

「こんにちは」

「やあ。……では、行ってくるよ」

 私が肘掛椅子から立ち上がると、朝から事務所に来ていた守宮麻衣は米谷に挨拶してから云った。

「いってらっしゃい。二人とも気を付けてね」

「ただ会わせるだけだ。気を付けることなどないさ。それより留守を頼むぞ」

 麻衣に見送られ事務所を出た。

 始終黙り込んでいる米谷を心配しながら、私はこの依頼が無事終わったら少し休業して休もうと思っていた。

 探偵は――ある意味自由業である。休みたい時は事務所を閉めれば良い。収入はなくなるが、その代り休むことで誰に迷惑をかけることもないのである。麻衣は少し寂しがるだろうが。

 事務所から延々と続く並木道を歩いてゆく。

 米谷は真紀と面会して何と言うのだろう。そんな疑問が頭をかすめたけれど、それは実際私に関係のない話である。米谷と真紀の面会それ自体が、すなわち人探しの最終目的であり依頼の解決なのだ。そこから先は――当人同士の問題だろう。決して自分が早く休みたいからそう思っているのではない、と私は自分に弁解した。

 それにしても連日快晴が続いたせいかうだるような暑さである。私は歩き出して十分も経たない内に玉のような汗をかいていた。

「暑いな」

「そうですね」

「昨日、葛原美貴の自殺について調べていたのだが」

「……」

 米谷は返答しない。構わず続ける。

「翌日、六月二十三日の朝刊に記事が載っていた。小さいがな。見るか?」

「み、見たいです」

 私はポケットから切抜いた記事のコピーを取りだし、米谷に渡す。

 見出しには『○○市内の女性(23)自殺に不審な点有』とあった。

「記事によると、彼女の服が少し乱れすぎていたらしい。まるで死んだ後誰かに触られたみたいにね。財布とか盗まれたものは無かったから、死人を狙った追剥ぎでもないんだそうだ。見出しは少し大げさだな」

 米谷は歩きながらずっと記事を凝視している。集中しすぎて電柱に危うくぶつかりそうになっていた。

「しかし妙ではある。もし彼女を弄ったのが追剥ぎではなく善良な市民だとしたら、その場で警察や救急車を呼ぶはずだろう?」

「……そうですね」

「誰が死んだ彼女を弄るような真似をしたのか。あるいは本当は何かを盗んだのか……」

「白鳥さんは何か思い当たることがあるのですか?」

 少し棘のある口調だった。初めて名前を呼ばれたことに少し驚いた。

「推理小説ならここは華麗な推理を披露する見せ場なんだろうがね。さっぱり解らない」

「そんなものですよ、現実は」

 依頼人、それも大学生に慰められて少し落ち着かない気持ちになったが、米谷が笑っているのを見て少し安心した。

 地図を見るにもうじき目的地である。米谷より少し前に出て歩きながら、安心してばっかりだ、とふと思う。不安にしろ安心にしろ、心が安定していない時にだけ出る感情だ。やはり休んだ方がいい。そう思った時、米谷が止まっているのに気が付いた。

「どうした……?」

 米谷の目線は私を通り越して先にある団地の方に向かっている。その顔は不自然に引き攣っていた。視線の先を辿った私はぎょっとした。


 その先には。

 団地の一室。ベランダから私達を見下ろしている葛原美貴がいた。

 駄文ですが、お許しください。

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